23ページ目 菫さんの体力テスト
菫が直の傘に入れてもらった日から3日間、その後も荒れた天気は続いていた。梅雨時だから仕方ないものの、空は暗いわ空気はジメジメしているわで、3組の面々のテンションはどことなくいつもより低い。
特に屋外で活動する運動部員達は不満タラタラだ。
天気がようやく回復したのはその翌日のことだった。この4日間ずーっと大荒れの天気だったことが嘘のような快晴で、キラキラ光る太陽が教室を照らしている。雨のせいで水たまりだらけでぬかるんでいたグラウンドも、ほぼ乾いている。
この日本晴れに運動部員達は大喜びし、今日から部活できるぞーと大はしゃぎしている。
が……菫はそうではない。今日の菫は朝から憂鬱で、登校中だというのに暗い顔をしている。その隣にいる琴葉も菫ほどではないが、あまり浮かない顔だ。
「はぁ……体力テストって何のためにあるのかしら」
「ね。体力ないことなんかやらなくてもわかるのに」
「体力測るんならさぁ……ひたすら夕日に向かって走ってその距離を測ればいいんじゃないの〜?」
「夕方にならないとできないじゃな〜い。しかも今、日が長いんだから」
菫の斜め上な発想に、いつものように琴葉はツッコむのだった。
そう、この日は体力テストが3、4時間目に控えている。天気が良くなっても菫の気分が沈んでいるのはそのせいだ。体育祭と同様、小学校時代から毎回壊滅的な成績で苦い思い出になっている。
ただ、先日の体育祭とは違い……張り切っている生徒はそこまで多くない。むしろ菫並みに乗り気でなかったり、「たりー」などとぼやいている者も結構いる。確かに体力テストは体育祭と違い、好成績を叩き出しても表彰されないので無理もない。
そしてあっという間に2時間目まで終わり、菫は気分が沈んだまま更衣室へと向かった。
★
しかし……体育祭同様、いやそれ以上にやる気に満ち溢れている者が約1名。
その彼は、更衣室に入るや否や白いポロシャツを脱ぎ、早速クラスメイト達に自慢の大きな筋肉を見せつける。
「フフフ……遂にこの日がやってきたぜ……」
上半身はランニング1枚でボディービルのポージングを披露する成一に、男子更衣室内は一気に盛り上がる。
「まっちょんすげー!」
「まーたデカくなったんじゃねぇさー?」
真二とに日向に上腕二頭筋と大胸筋を触られながら、成一はドヤ顔を見せる。
「まぁいつも暇さえあれば鍛えてるからな〜。マッチョルさんのYouTube見て」
「マッチョルさんって……マッチョル北浦!?あの人のトレーニングってかなりキツイんだろ?大丈夫なのか?」
マッチョル北浦とはボディービル大会を何度も制覇しているボディービルダー兼WeTuberで、成一が目標としている人でもある。ただ、そのトレーニングの内容はかなり過酷なものであるため、寛斗は少し心配そうな表情を浮かべる。
「へへっ、大丈夫だよ。体力には自信あるんだから。もちろんこの体力テストだって誰にも負けねぇよ!」
自信たっぷりに豪語しながら、成一はまた別のポーズを取る。
「流石まっちょん!でも俺も負けねぇさー!」
「おう!俺らだって頑張るぞ!」
「まぁ怪我するなよ」
普段成一と仲の良い日向、雅哉もメラメラと闘志を燃やす中、聡太郎だけは冷静だ。他の男子達も同じように意気込む者もいれば、反対にやる気のない者もいる。そんな彼らを見ながら、成一は鼻息を荒くする。
(このクラスには……ライバルが多い。体育祭は優勝できたし有り難えけど、体力テストは個人戦だし話は別だ。
おにぎりは野球部のエース左腕でうみんちゅは水泳部でエース級、ナラッチも強肩の持ち主だし、きよみーは2年にしてアメフト部のキャプテン……まずコイツらは要注意だ。気を抜いてたら負ける!
コイツらだけじゃなくて……やけに落ち着き払ってやがるあっさんも剣道初段の実力者だし、だぁ坊もチビだけどサッカー上手くてすばしっこいし侮れねぇ。
女にだらしないターちん、カネリュウも一応運動部だし身体能力は高えだろうな。よっしーもやる気なさそうだが元野球部だし。そして……)
成一が最後に睨みつけたのは……凜だ。当の凜はガンを飛ばされていることに気付いていないのか、涼しい顔で着替えている。
(生田目は帰宅部だけど運動神経は抜群で、こないだの体育祭なんかリレーの選手に選ばれやがって……。
噂では空手で段取ってるらしいし気をつけねぇと……てか何で俺よりも細いのにアイツはモテて、俺は見向きもされねぇんだ!?)
「?」
ここで凜が視線に気付いたのか、くるりと成一の方に振り向く。間一髪のところで成一は目を逸らした。
(いかんいかん……ホリトモみたいなこと考えてた。今日は体力テストに集中しねぇと。何せこのクラス一筋肉のある俺が全種目で1番、もちろんクラスでも1番になってやるんだからな!)
再び気合いを入れるべく、成一は両手で自分の頬をバチンと叩いた。
★
体育館での種目が全て終わり、3組の女子達はグラウンドへと向かっている。大半の生徒がワイワイしながら渡り廊下を歩いている一方、菫は案の定意気消沈している。そんな菫の肩を沙希がパンッと勢いよく叩く。
「すー様〜、そんなしょげんなって」
「そうだよ〜、反復横跳びはまぁまぁだったじゃん」
めぐるの言う通り、体力テストの種目で唯一得意……というよりもマシな反復横跳びだけ、菫はまずまずの成績であった。
しかし、他の種目はというと……今まで通り惨憺たる成績である。というよりも年のせいでより退化しているのかもしれない。
握力ではめぐるに「本気出してる?」と聞かれ、長座体前屈では足に手がつかないことを沙希に驚かれた。遥に足を押さえてもらった上体起こしも頑張って10回しか出来なかった。
一応動きやすいように髪型は体育祭の時と同じ一つ結びの三つ編みにしたが、全く効果はない。
屋外で行われるのは50メートル走、立ち幅跳び、ハンドボール投げ、20メートルシャトルランの4種目である。これまた菫にとってはトラウマしかない種目名で、寒くもないのに体が震えてしまう。
「いや〜……皆凄いわね。私全然運動しないから全然ダメだわ」
それに皆若いんだから……と思ったが、当然それは言わないでおく。何人かの結果をこっそり覗いたが、出来の良さに菫は驚かされるだけだ。やはり年齢のこともあってか、自分ほどの運動音痴はそうそういないのだろう。
「私だってそんなにだよ〜。お2人さんが凄いだけで」
「いや〜、私だってさっきーよりかは全然…」
「まぁ部活で鍛えられてるしこれぐらいはな……あ!男子今ハンドボール投げやってね?」
遥とめぐるが謙遜し合う中、沙希が話題を変えグラウンドの方へ指を差す。その先では男子のハンドボール投げの真っ最中だ。菫達4人はその様子を見物しようとグラウンドへ急ぐ。
「本当だ!しかも今投げてんのおにぎり君じゃん!」
めぐるの言った通り、ちょうど雅哉がハンドボールを左手でしっかり掴み、今にも投げようと構えているところだ。見物している女子は菫達だけではなく、他の3組女子達もいる。その中には雅哉の想い人の花恋の姿も……
「(ああ伊藤さんも俺を見てくれてる……これはいいとこ見せないと……)
うりゃあーーー!!」
淡い想いを抱きながら、雅哉は左腕に力を込めていつもの部活と同じく思いっきり振り下ろした。
「おおーっ!!」
「すげぇ!!」
雅哉が力いっぱい投げた甲斐あって、豪速球と化したボールは遥か遠くまで伸び、飛んでいく。男子はもちろん見物している女子も思わず歓声を上げる中、暫くしてからボールは地上に落ちた。
「えっ!これ……かなり遠くまで飛んだんじゃない?」
まさか雅哉がこんな球を投げるとは思わず、驚く菫にめぐると沙希が自慢げに解説する。
「おにぎり君はうちの野球部のエースピッチャーなんだから!」
「左手からこの豪速球だもんな!あれはなかなか打てねぇよ」
が、菫はなぜかきょとんとした表情を浮かべ、ぼそっと言った。
「……中島君ってピッチャーだったの?」
「「「えっ……」」」
まさかの発言に、菫以外の3人は絶句した。雅哉が野球部員であることはもちろん菫も知っているのだが。暫くの間静まり返っていたが、めぐるが沈黙を破って菫に訊く。
「……す、すー様……おにぎり君どこ守ってるって思ってたの?」
「え?キャッチャーかなって……」
そう菫が答えると、めぐる、沙希、遥は思いっきり吹き出した。
「キャ、キャッチャーってwww」
「お腹いてぇ〜www」
「体がデカいからそう思ってたの〜?」
「あらら……そうだったのね」
遥の指摘の通り、雅哉のその体型から菫はてっきり彼が捕手だと思っていた。愛読している『弱小哀歌ベースボーイズ』に出てくる捕手も雅哉と似たような体型であることもあって。
更に菫にとっては意外な事実をめぐるが教える。
「キャッチャーはナラッチの方だよ。おにぎり君とバッテリー組んでるし」
「えっ!意外なんだけど」
「こらー!女子!男子ばかり見てないで早くこっち来んかー!」
やはり菫が驚いたところで、砂場の方から女子の体育教師である森本が怒号を放つ。次に立ち幅跳びがあるというのに、大半の女子が男子のハンドボール投げに見入ってしまい、砂場まで来なかったのだ。
菫達は「はーい」「すいませーん」と返事をしながら、森本が待つ砂場まで走って向かう。
「あーあ、次ナバちゃんなのに〜」
他の女子同様に砂場へと急ぎながら、花恋は残念そうにぼやいた。
雅哉が投げた距離は……実に59メートルであった。現時点ではクラストップの成績である。森本に呼ばれたせいで花恋達女子がいなかったのが残念だが、それでも雅哉は満足そうな表情を浮かべている。
(ぐぬぬ……ほぼ60メートル叩き出しやがったな!やっぱりコイツは脅威でしかねぇ!)
悔しそうに歯を食い縛る成一に、雅哉は早速嬉しそうにニヤニヤ笑いながら挑発してくる。
「何悔しそうな顔してるんだよ〜、まだ投げてないのに。まぁまっちょんも本気出したらあれぐらい飛ばせるぜ。楽しみにしてるよ〜」
「!!!」
イラっとして更にキツく歯を食い縛る成一とは裏腹に、雅哉は軽やかな足取りで去っていく。
既に投げ終えた悠太、恭平、寛斗はその様子を遠くから見守っていた。
「ありゃりゃ……バチバチにやり合ってるね〜」
「普段は仲良いのによ」
「まぁまっちょん体力テストの時はいつもこうだからな〜。仲良くてもライバル視してて…」
★
雅哉の次は凜が無表情かつ掛け声なしの無言で32メートルを投げ、捕手の真二も野球部の名に恥じぬ48メートル。その次は貴大、慶吾、知輝と続き、遂に成一の番がやってきた。
成一は深呼吸しながら、体操服のポケットから小さなスプレーのようなものを出す。これから投げるハンドボールにその液体を噴射して塗り広げたほか、自分の手にも同じように吹き付ける。
「おいおい何やってるんだよまっちょん…」
真二がその異様な光景をドン引きした様子で眺めていると、寛斗が近くに来て耳打ちする。
「ああ見えて潔癖症なんだよまっちょんは。
マシンで筋トレする時もいつもマシンと自分の手、どっちもみっちり消毒するし、砲丸投げる時もこんな感じだし」
「マジか。……そういえばしょっちゅうアルコールで机拭いてるし手ぇ消毒してるよな。
あとドアノブ触ってんの見たことねぇ……」
男子の体育教師から「早く投げろー」と言われるまで消毒してから、成一は位置に着く。出来るだけ飛ぶように遠くを眺め、右手に握ったハンドボールを高く上げ、いざリリースしようとした時だった。
ブーン……
「……うわぁああ!!」
耳元で羽音が鳴ったかと思ったその瞬間……成一の目の前を大きな蝿が飛び、一瞬だが彼に接近した。成一は反射的に絶叫したうえ、心の準備が出来てから投げるはずだったボールをその勢いで投げてしまった。
力なく適当に投げてしまったせいで、そこそこの距離は飛んだものの、あっという間に地面に落ちてしまう。
「おいおいどうしたんだよまっちょん!」
「ポイって投げやがった〜」
「あれだけ溜めたのに随分呆気なく投げましたね〜」
「う、うるせえ!!」
ヤジを飛ばしてくる真二、恭平、直に成一はすぐに言い訳をする。
「蝿が飛んでたんだよ!俺の顔の前で!」
しかし、ヤジは収まるどころか更に酷くなるばかりだ。いつの間にか日向と知輝も加わってくる。
「蝿なんかにビビってるんじゃねぇさぁー!本当に、やーは虫嫌いさー!」
「だいたいお前の顔が汚くて蝿が寄ってきたんじゃねーの?」
「何だとォ!?モテねぇヒョロガリが偉そうに!」
「はぁ!?お前なんか無駄に筋肉ついてるだけじゃねーか!」
流石に知輝のコレには成一も腹を立て、言い返した。一触即発となったところで、寛斗と鶴岡が止めに入り何とか収束するも、肝心の成一の結果は雅哉には遠く及ばす37メートルであった。
また2回目の結果も1回目よりはマシだったが、40メートルとやはり納得のいく結果にはならなかった。
(クッソー!!あのウザい蝿さえいなければ……)
暫く時間が経っても成一は諦めきれず、地団駄を踏みっぱなしだ。
「まぁまぁまっちょん君、40メートルだって凄いじゃないですか〜。おにぎり君が異次元なだけですよ!
また次の種目頑張りましょう」
「お、おう……サンキュー……」
見かねた直が肩を叩き、慰めてくれたおかげで少し落ち着いたものの……やはり悔しさは拭いきれない。
全種目で1位の目標を掲げていたはずが……ここまで6種目で成一が1位を獲ったのは意外にも握力、上体起こし、立ち幅跳びの3つだけ。いずれもぶっちぎりのトップであった。
が、反復横跳びでは日向と悠太に及ばす、長座体前屈では貴大に負けてしまった。なお、貴大曰く体が柔らかいのは女子と遊んで鍛えているからだが、他の男子達がドン引きしたのは言うまでもない。
残りの種目は50メートル走と20メートルシャトルラン。成一は足の速さにも自信があり、リレーの選手にも当然選ばれている。もちろんマラソン大会でも毎回10位以内には入っているので持久力にも自信はある。せめてこの2つは1位になってやろうと、成一は改めて意気込んだ。
そんな成一を尻目に、雅哉は花恋の前で最高記録を叩き出せて未だにルンルンな気分だ。肝心の花恋は一応見ていただけに過ぎないのだが。
しかし、ある人物のハンドボール投げを見て、真剣な表情へガラリと変わる。
「2回目は…………45メートル!」
雅哉ほどではないが大健闘し、軽く「うっしゃあ!」と言いながらガッツポーズを見せたのは、和馬だ。普段サボり魔である和馬も何気にやる気を見せているし、こうして良い結果だと嬉しいらしい。
和馬の結果を見届けた後、雅哉は同じように見物していた真二にコソッと声を掛ける。
「なぁ見たか?今のよっしーの」
「おう、見た見た」
「まだこれだけ投げられるんなら……なぁ、」
「だよな〜……もうあの時の先輩いねーし、いい加減戻って…」
「なんか言ったか?」
当の本人に訊かれ、雅哉と真二はギョッとした。
結果が出た後の満足そうな顔とは打って変わって、和馬は2人を凄い剣幕で睨みつけている。
「いや、よっしー凄いな〜って言ってただけだよ」
「そーそーそー!お前まだあれだけ投げれるんだな〜」
雅哉と真二は慌てて必死で取り繕うも、和馬は表情を変えることなくこう言い放ち、2人の元をさっさと立ち去った。
「……言っとくけど、もうあんなクソ野球部には戻らねーからな」
★
その後、グラウンドにて最後の種目の20メートルシャトルランが行われた。女子の最高記録は陸上部のつばさが駆け抜けた91回。やはり長距離の選手だとこの種目は大得意であろう。
一方、今回もやはり菫は20回で真っ先に離脱した。そもそも菫にとってはあの「ドレミファソラシド」の音階ですらトラウマで、聞くだけで寒気がするほどである。
それから菫はつばさが走り終えるまで応援に徹していた。こうしてひたすら走るのも青春らしいわね……と思いながら。
一方、男子の方も20メートルシャトルランが行われている。男女どちらも最後の種目はシャトルランで、先に終えた女子は早速その様子を見物するべく、男子の元に行ってみる。早速離脱したのか、文化部の慶吾と佳之がコースの外でへたっていた。
「今何回目ー?」
「40回目」
「ぽそのとバヤシはもう終わったのー?」
「うん、俺らもう疲れたし」
沙希とめぐるに訊かれて答えた慶吾と佳之は、一生懸命に往復している残りの男子を少し引いたような、怯えたような表情で眺めながらぼやく。
「それにしても……皆怖いって」
「なぁ……」
「どったごどだべ?」
オリビアが2人に訊いたと同時に、菫は一生懸命走っている男子達をチラッと見て……彼らの言いたいことがよくわかった。ほぼ全員真剣な表情で駆け抜けており、中でも成一はガンギマった目で走っている。
他の女子達もそれに気付いたのかちょっと……どころか結構引いている。
「まっちょん……」
「凄い頑張ってるね……」
「こんな顔して走ってんの初めて見た……」
「体力テスト如きでここまでやる〜?」
目が点になる女子達に、佳之と慶吾も同調する。
「皆バチバチやり過ぎなんだよ」
「まぁ気持ちはわかるんだけどな〜。俺もクイズやってる時はあんな顔になってるかも」
そんな中で、菫はワクワクしつつ少し残念そうな様子で男子の熱戦を見物している。
(皆頑張って走ってる……このままでも十分青春っぽいけど……やっぱり夕日が沈む浜辺で走る方が絵になるわね。ここじゃちょっと味気ないわね……)
菫の妄想とは裏腹に、今男子達が走っているのは単なるグラウンドであるうえ、まだ午前中なので明るい陽の光が差し込んでいる。
★
こうして男子達も女子と同じように回が進むにつれ次々と離脱者が出始めた。それでもあっという間に100回目に到達し、残るは7名。
聡太郎、悠太、日向、寛斗、凜、真二、成一と、凜以外は全員運動部のエース級である。最初は談笑しながら気楽に観戦していた女子一同や離脱組の男子達はもちろん、女子の体育教師の森本までがいつの間にかこの戦況を真剣に見守っていた。
(一体誰が最後まで残るのかしら……やっぱり松本君が最有力かしらね。あれだけキマってて一生懸命走ってるんだから……)
「ねぇすー様、誰が一番最後まで残ると思うー?」
「えっ……松本君かしら」
ハラハラドキドキしながら観戦していた菫に、めぐるがいきなり訊く。菫は咄嗟に思っていた通り答えた。するとやはり菫はそう言うと思ったのか「あ〜」と呟く。
「あんなにやる気満々だもんな〜。でも私は敢えてうみんちゅに1票!水泳部だし体力凄そうだし」
「私はきよみーかな」
「私は敢えてナラッチで」
めぐるだけでなく遥と沙希も最後に誰が残るかを予想しているらしい。なぜなら……
「じゃあ外した人は当てた人に100円ずつ払って貰うからね〜」
「ええっ!?」
まさかめぐる達が賭け事をしようとしているとは思わず、菫は驚いた。
(まだまだやれる!この筋肉があるんだから!)
一心不乱に何回も20メートルを往復しているうちに……いつの間にか110回に行き着いている。残る男子はだいぶ減り、成一は優越感に浸りながら走っている。沢山走ってはいるが、そのおかげで全くと言っていいほど疲れを感じない。そればかりかモチベーションが上がり、まだまだ駆け続けていたくなるほどだ。
「あーーー!もぉ無理!」
「しんどーー!!」
111回目で真二と悠太が遂に弱音を吐き、走るのをやめた。沙希がガックリしていることなど知る由もなく。それに続き、聡太郎も酷く疲れた様子でコースを抜ける。
これで残りは4人となり、今も頑張っているのは日向、寛斗、凜、そして成一。もちろんここまできて成一は更に燃えている。ベスト4が確定し、残りの3人も引き摺り下ろしてやろうと、成一は更に自らを奮い立たせる。
が……
(やべぇ……足が……)
これまで問題なく駆け抜けてきたが……いかんせん115回目を過ぎている。成一の鍛え上げられた肉体であっても、流石に体が悲鳴を上げ始める。ここまでがむしゃらに頑張ったツケが今回ってきたのか、足はずしっと重くなってガクガク震えてくるし、横っ腹まで痛くなってきた。
ただ……それは他のメンバーも同じようだ。日向、寛斗、凜も同じように疲れの色がはっきりと濃く見えている。苦しそうに肩で息をし、とめどなく吹き出る汗を時折腕で拭っている。いつもポーカーフェイスの凜ですら流石に少し顔を歪めている。だが残りの3人だってまだ諦めない。
「まだまだぁー!」
「皆頑張れー!」
「ファイトー!」
いつの間にか3組一同が成一達4人を一丸となって応援していた。その一方で、教師陣は流石に心配しているのか「無理するなよー」と呼びかけている。その裏で菫達だけ賭け事に勝つべく1位予想した人物を応援しているのは内緒で。
そして121回を超えたところで……
「あー、クソッ……」
あと一歩のところでラインに足が届かず……凜がここで脱落となった。まだまだ頑張りたかったのか、悔しそうに呟きながらコースを後にする。そんな凜に、見物しているクラスメイト一同は拍手を送る。
(よしっ!生田目に勝ったぞ!まだまだ……)
とは思ったものの……今となっては成一も思うように足が動かない。少しでも早く腕を振って必死に喰らいつく。
更に進み125回に到達したところで、今度は寛斗が限界に達してコースを抜けた。相当汗をかいたのかセンター分けの前髪が額に貼り付いており、鬱陶しそうによけている。ここで寛斗をトップと予想した遥も賭けに負けてしまったが、他の生徒同様に拍手で迎え入れた。
いよいよ残りは2人となり、成一と日向の一騎打ちとなる。もう130回へ到達しようとしているところなのに、2人は一歩も譲る気はなく両者互角の戦いを繰り広げている。
(うみんちゅの奴もう十分頑張っただろ!いい加減降りやがれ!)
成一がそう思っていても、日向は一向に抜けようとしない。だいぶキツそうなのに成一と同じくまだまだ無理をするようだ。
(だいたい50メートル走はお前が1番だったろ!こっちは俺に譲れよ!)
シャトルランが行われる前……50メートル走で6.5秒を叩き出した日向は、例によって悔しがる成一に「次も俺が1番になってやるさー!」と宣戦布告していたのだ。もちろん成一は黙っておらず勝負に乗り、結果的に宣言通りタイマン勝負となった。
(クソー!負けてたまるかー!)
130回目の音階が鳴り、最後の「ド」の音が鳴ったと同時に成一はギリギリのタイミングでラインを踏んだ。
しかし、日向は一歩遅れ……
「だぁーーー!負けたさぁーー!」
ラインを踏めずにここで脱落となり、日向は悔しそうに叫ぶ。それからすぐに仰向けに倒れ込んだ。いつも鼻に張り付いている絆創膏が汗で剥がれそうになっている。
成一がそれに気付いたのは131回目を走っている最中だった。日向の叫び声を聞いて振り向くと、倒れた彼に寛斗達が水やタオルを持って駆け寄っている。
(えっ!うみんちゅここで終わりか!?ってことは……俺が一番!?やったぞーーー!)
最後まで残れたうえ、あの日向すら抜いた結果となり……成一は達成感と幸福感を覚え、疲れが溜まりに溜まっているのに笑みがこぼれてくる。
ここまでくると……むしろこの精鋭達と真剣に戦えて楽しかったとすら思えてくる。
(本当に俺はいいライバルがいっぱいいるな……うみんちゅはもちろん他の皆も……。今日こうしてガチで戦えて……嬉しいぜ!)
こうしてライバル達と真剣勝負することの楽しさを身を持って感じ、131回目を完璧に走り切った成一は……ラインを踏んですぐにその場に倒れ込んだ。
★
体力テストの総合結果が出たのは、それから2日後のことだった。2-3の男子達は早速それを見せ合ったりしてワイワイ盛り上がっている。
「俺去年の方が成績よかったんだけど〜」
「マジかよ、お前もう老化してんじゃね?」
「てかやっぱりまっちょんが1位かよ〜」
「おもんねぇ〜」
「予想通りすぎるんだよー」
「実力の結果だから仕方ねぇだろ」
総合結果の用紙には男女別のクラス順位も載っており、栄えある1位となったのは……やはり成一だった。順当過ぎてつまらないとぼやく真二と恭平を、成一は適当にあしらう。一方、成一に次ぐ2位だった日向はやはり悔しさを露わにし、結果用紙をぐしゃりと握っている。
「ちくしょー!まっちょん強すぎるさー!……やしが来年は負けんからな!」
「おう!来年も勝負しようぜ!」
「おいおい俺も入れてくれよ〜」
「まっちょんには勝てねーけど頑張るよ」
再戦を誓い、成一は日向、雅哉、聡太郎の順にバチンと鋭い音を立ててハイタッチをした。そして次に寛斗の方に視線を向ける。
「そのためにはまだまだ鍛えねーとな!おいきよみー!またお前の家の筋トレルーム使わせてくれよ」
「俺も俺もー!」
「おう!またいつでも来いよ」
どうやら清宮邸には筋トレ専用の部屋があるらしく、成一と日向の頼みを寛斗は二つ返事で快諾した。
(あんなにバチバチやってたのに……体力テストが終わればまた仲良くしてる。
……河原で散々殴り合った後で仲良くなる不良と似たようなやつじゃない。これこそ青春って感じね!)
一方、菫はそんな男子達を眺めてニヤけるが、すぐに真顔に戻り結果を黙って覗く。順位はというと……全く予想通りのドベであった。まぁ今更悲しくもならなければ腹が立つこともない。そもそも自分は皆より10歳も年上なのだから、体力が劣っていてある意味当然だしドベなのも当たり前だ。
「わっ!めめちゃん!」
と、ここでまたしてもめぐるが結果を覗きにかかり、菫は思わず結果用紙を折り畳む。
「すー様なんで隠すの〜?」
「だって恥ずかしいじゃない!私ビリだったんだし見ても面白くないわよ」
「えー、すー様の結果気になるんだけど〜」
「そんなことよりほらコレ!可愛いでしょ?皆から貰った300円で買ったのよ」
菫は話題を逸らせるために、シャトルランの賭けで手に入れた300円で買った、ペンケースにつけたキーホルダーをめぐるに見せる。それは「リンゴ犬」というリンゴの着ぐるみを着た犬のキャラクターのものだった。




