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17ページ目 菫さんの因縁の体育祭 前編


 6月1日、遂にその日はやってきた。いつも殺風景なグラウンドに万国旗が掲げられ、両端には全クラスカラーの風船で作られた入場門と退場門があり、いかにも体育祭らしくカラフルに彩られている。更に周りには白いテントがいくつも置かれている。


 そして体操服と各クラスカラーの鉢巻姿の全校生徒が入場行進を終え、集まっている。校長による無駄に長い開会挨拶が終わった後、生徒会長が壇上に上がり、高らかに選手宣誓する。


「宣誓!僕達公ヶ谷高校の生徒一同は、この体育祭のために毎日頑張って練習をしておりました。

今日はその成果を十分に発揮し、スポーツマンシップに則り正々堂々と、全力で戦い抜くことを誓います!

令和X年6月1日、生徒代表、鈴木大」


 拍手が上がると同時に、生徒達の後ろからドーンと爆音が響き渡った。振り向くと、まだ朝8時台だというのに花火が上がっている。菫や1年生達初参加組は驚いてうるさそうに耳を塞ぐが、他の生徒達は動じずにワーワー盛り上がっている。どうやらこの演出も毎年恒例である模様。

 

 熱気が高まっているのは本部席も同じだ。勢いよく拍手しながら特に満足そうにその様子を見守っている女性が1名。緩く纏めた明るい茶髪とサングラスに黒いマスク、極めつけにはド派手な赤いスーツを着ており、最早教師らしからぬ身なりの彼女は…


「いや〜、やっぱ体育祭はこうでなくっちゃ!」

「り、理事長……いくら体育祭だからってこの格好はちょっと……」

「あら、いいじゃな〜い。6月も紫外線きっついし、若い子らと違って肌ボロボロになっちゃう」


 別の教師が諌めようとするも、理事長である新庄明世は聞く耳を持たずに軽くあしらった。




 開会式が終わると、2年3組の面々は早速気合いを入れるべく円陣を組む。今回は34人全員で肩を組んで大きな輪になり、菫は遥とめぐるの間にいる。あのクラス対抗戦と同じように、音頭を取るのは沙希だ。


「じゃー行くよ!


今度こそ正義はー?」


「「「勝ーーーつ!!!」」」


「この体育祭はー??」


「「「3組が勝ーーーつ!!!」」」


「あのライオン寺とかいう奴にはー??」


「「「負けるかーーー!!!」」」


「さぁ行こう!!!」


「「「オーーー!!!」」」


(ふふふ……これぞ青春ね……)


 そんな2年3組をにこやかに眺めているのは副担任の栗山。また菫も青春っぽさを感じている一方で、冷ややかな視線で眺めている男が約1名……


「おい、邪魔なんだけど。一丁前に円陣なんか組んでんじゃないよ、俺らに勝てるはずなんかないのに」


 例によって絡んできたのは、頭に1組のチームカラーであるオレンジの鉢巻を巻いた丈一郎だ。相変わらず身体も顔も態度も大きすぎる。

 

 クラス全員彼を一瞥はしたものの……すぐにそっぽを向いてそれぞれ応援席に腰かける。当然腹を立てた者もいるはずだが、敢えて。するとまさか無視されるとは思わなかったのか、丈一郎は狼狽する。


「お……おい!ちょっと!聞いてる?」


 当然聞こえてはいるが、全員反応しない。時間の無駄だし余計なストレスを感じたくないからだ。

 そんな丈一郎に、寛斗が唯一声を掛けてくる。


「やぁやぁ、西園寺君。やけに自信満々だなぁ」

「当然だよ。君達に勝つんだから」

「じゃあ練習もみっちり頑張ったんだよな?

その割に1組の皆が練習してんのあんまり見てないような…」


 話を聞いていた菫も、寛斗の言う通りだと思った。確かにここ10日間ほどグラウンドにて朝練・放課後練をしてきたが、2-1の生徒達だけ見かけることがなかったから。

 そう指摘した寛斗に、丈一郎は鼻で笑う。


「フフフ、練習なんかほぼしていないよ」

「……え?」

「1組は皆優秀、しかも運動部員も実力者ばかりだ。

だから練習なんかしなくたって実力のある方が勝って当然だろ!まぁせいぜい頑張るんだな〜」


 まさかの事実に絶句する寛斗をよそに、丈一郎は自分の応援席へと去って行った。


「おいおい大丈夫なのかよ1組……」

「ムカデなんか練習しねえとヤバくね?」


 その一部始終を見ていた恭平と真二はヒソヒソと言葉を交わすのだった。



「いいですね〜、3組は」

「えっ?」


 本部席で杉谷がペットボトルの蓋を開けたところで、2年5組担任の小笠原美希が話しかけてくる。杉谷の隣に座る、2年1組の担任の若竹も耳を傾けている。


「皆団結してるじゃないですか。ああやって円陣も組んでますし。ウチは皆やる気ないんですよ〜」


 小笠原はため息をついて自分のクラスの応援席を一瞥する。確かに、どの生徒も暑そうにうちわで仰いでいたり、かったるそうに天を仰いでいる。

 そこに1組の若竹も自分のクラスの愚痴をこぼし始める。


「いや〜、ウチのクラスもちょっとアレでね……学級委員の西園寺が独裁政治っぽくなってて」

「ええ〜。確かに西園寺君そういうとこありますもんね。他の子らから恐れられてそうな感じですもん」

「そうなんだよ〜。注意しても効果がなくってさ、下々の言うことは聞かんって感じで」

「うわ〜、確かあの子親資産家ですもんね」


 いつの間にか自分のクラスや生徒の愚痴話で会話が弾む中、杉谷は優越感に浸りながらペットボトルの水をグイッと飲み込む。


(皆鬱憤が溜まってるんだなぁ。まぁ若竹先生も小笠原先生もまだ若いんだから仕方ないね。それに引き換えウチのクラスは……言うことなし!フフン)



 最初に行われるのは1年生の100メートル走で、その次に2年生の200メートル走の火蓋が切って落とされた。

 第一レースのレーンには悠太が立っている。横を見ると……因縁の1組の生徒もいる。その彼は陸上部で短距離の選手だという。


(初っ端から陸上部かぁ……でも負けないよ!

サッカー部だっていつも走ってるんだから)


 第一レースの走者全員がクラウチングスタートの姿勢になり、教師がスターターピストルを構える。パァンと鳴った瞬間、悠太達走者は一斉に走り出す。


「だぁ坊いっけーー!!」

「かっ飛ばせー!!」

「頑張れ頑張れだぁ坊!!」


 クラスメイト達の大声援が聞こえる中、幸先よいスタートを切れた悠太は風のように200メートルトラックを駆け抜ける。

 悠太自身もうまく行ったと思ったが……前を走る者がたった1人だけいる。あの1組の陸上部員だ。悠太は更にスピードを上げたものの……あと一歩及ばずにゴールテープを切ったのは1組の方だった。


 悠太が屈んでハァハァと息を弾ませる一方、その1組の男子は余裕なのか疲れた素振りを一切見せず1等の旗のところへ向かう。悠太をドヤ顔でチラリと見ながら。当然、悠太がムカついたのは言うまでもない。


 悠太に続き、他の出場者も全員200メートルを走り切ったのだが……1組に勝てた者は陸上部で長距離選手の五十幡つばさと日向のみ。ただ、1着でゴールできなかった者も全員2位か3位という結果だ。

 ちなみに雅哉が走ったレースにはあの丈一郎もいて、見かけによらず2着の雅哉を追い抜かし、1位を掻っ攫っていった。どうやら彼は雅哉以上の所謂動けるデブらしい。


 皆悔しげに歯を食いしばっていたり申し訳なさそうな顔をしており、帰るや否や応援してくれていたクラスメイト達に深々と頭を下げる。


「ごめん……勝てなかった」

「1組のアイツが速すぎて……」

「皆応援してくれてたのに……」


 しかし、彼らを責める者は誰一人いない。そればかりか「お疲れ〜」と彼らの頑張りを労っている。


「いやいや皆よく頑張ってたよ!それにまだまだこれからだって」

「そーそー!まだ始まったばかりじゃん」

「うさぎと亀みてーに逆転してやろーぜ!」


 出場した悠太と真二の肩を叩きながら激励する寛斗に沙希と恭平も同調し、200メートル走組を元気づける。現在の点数は1組がぶっちぎりのトップで88点、3組が次点の56点。まだまだ巻き返せるうえ、むしろ大健闘と言えるだろう。


 次は3年生の300メートル走と1年生の大縄跳び・大玉転がしを挟んで借り物競走が控えている。

 出場する菫はというと……少し前から緊張しており自分の席で震え上がっている。もちろん今は青春らしさに浸る余裕もない。そんな菫を見かねてか、めぐるが声を掛けてくる。


「すー様どうしたの?寒い?」

「いやそうじゃなくて……緊張してて。もうすぐ借り物競走だし……」

「大丈夫大丈夫!借り物競走ならすー様でも1着狙えるって!あっ、そうだ!」

「ん?」

「せっかくだし気分変えてみない?ちょっと髪の毛貸して!」

「ええっ!?」


 菫が首を縦に振る間もなく、めぐるは後ろで一つに纏めている菫のヘアゴムを掴み、それを引っ張って抜き取った。



 2度目の高校生活初の体育祭で、いよいよ菫の出番がやって来た。レーンに立っている菫は深呼吸をしながら待っている。先程とは打って変わってアラサーに相応しくない可愛らしい髪型で。


 緊張している菫に、気分が変わるようにとめぐるが髪型を変えてくれたのだ。ゴムで縛っただけの纏め髪から、左側に寄せた三つ編みに。まさかこの年で三つ編みにするなんて……とは思ったものの、案外動きやすいので結構気に入っている。

 

 手掛けためぐるはもちろん他の女子達も黄色い声を上げ、菫は照れ笑いした。ただ、偶然通りかかった直も三つ編み姿の菫をチラチラ見ていたことに菫は気付いていない。


 待っている間に菫は対戦相手をチラッと見てみる。


(皆私ほどじゃないけど小柄か……ちょっとふくよかね)


 特に菫のすぐ右隣の女子は女版丈一郎とでも言えそうな巨漢で、視力も悪いのか分厚い眼鏡をかけている。しかもこの女子生徒も1組であるらしい。


(これは……借り物次第じゃ勝てるかしら?変なものじゃなきゃいいんだけど)


 少しばかり希望が持てたところで、教師がスターターピストルに弾を入れ始めたので、菫は気を引き締める。

 早速「すー様ファイトー!」「宮西さん頑張ってくださーい!」と次々と声援が送られる中……パァンと大きな音が鳴った。



 凜は屋外トイレを出た後、1人でポキポキと手の骨を鳴らしている。凜が出場する綱引きの順番はあと3つ先だし、リレーに至っては大トリの一つ前だ。なので凜が今のところやっていることはただ一つ。他のクラスメイトと同様にメガホンを叩いて応援することだけだ。


 そこに、見覚えのある巨体がどんどんこちらへと近づいてくる。凜にとってはイマイチ会いたくない人物で、心の中で舌打ちをする。


「やぁ、生田目じゃないかー。余裕ぶっこいてるな」


 例によって丈一郎は絡んできたが、こちらも例によってシカトする。身体ごと完全にそっぽを向いて。

 すると丈一郎は案の定凜の前にまで来てしつこく因縁をつけてくる。


「お〜い。無視するなんて感じ悪いぞ」

「あ?お前にだけは言われたかねーよ」


 間髪入れずに言い返した後、凜は丈一郎に言い返す隙も与えず続ける。


「つかお前、自分のクラスの応援は?俺に構ってる暇があるんなら…」


 凜が言い終わる前に、丈一郎は鼻で笑う。


「ふん、俺がいなくても1組の皆がやってくれてるし。それに……応援なんかなくたって1組は優勝するんだから!お前らと違って実力があるんだからな!」


 得意気かつ高らかに宣言する丈一郎に、凜は暫く黙った後、苦々しい笑みを浮かべた。


「……そんなこと言う奴初めてだぜ」

「そういう3組は応援頑張りすぎてて喧しいね。あれだけ大声出されてちゃ気が散…」


「生田目くぅーーーん!!!」


 丈一郎がまだ話している途中……菫がこちらを目掛けて全力疾走してくる。当然、凜も丈一郎も呆気に取られ目を丸くする。


「ちょっと来て!!」

「は?な、何だよ?」

「おい、今俺とお話中…」

「そんなのいいから早く!」


 話し中だからと言って止めようとする丈一郎を振り切り、何が何やらわからない様子の凜の腕を菫は掴んで引っ張る。それでも凜は何かを察したようで……


「もう話は終わりだ、じゃあな」

「あっ、ちょっと……」


 まだ言い足りずに手を伸ばす丈一郎を尻目に、凜は菫について行く。


「おい、早く行かねぇと抜かれるぞ」

「あ!」


 いかんせん菫が鈍足なので、途中から逆に凜が彼女を引っ張って走るような形になってしまう。

こうして凜が快足を飛ばしてくれた甲斐あって、クラスメイト達が大歓声を上げる中、菫は見事に1着でゴールした。

 ただ、事実上ゴールテープを切ったのは凜で……「どっちが借り物なんだよ〜」などと笑いも起こっていたのは言うまでもない。


 すぐに体育委員がお題と合っているか確認するべく、菫と凜の元に駆けつける。


「宮西さん、お題は何ですか?」


 そう訊かれ、菫はお題の書いた札を見せる。体育委員と同様に凜もそれを覗くと……そこには「クラス一のモテ男」とあった。念の為、菫は「合ってますよね?」と訊くと、体育委員は二つ返事でOKを出した。


「モテ男って……他にもいるだろ。福谷とか金村とか」


 当の凜がやれやれといった顔で息を整えている一方、菫は年甲斐もなく狂喜乱舞し誰よりも喜んでいる。菫にとっては人生初の1着だから。


「ダメダメ、「クラス一」なんだから。ありがと、一生懸命走ってくれたおかげで1等よ!これまで生きてきて初めてなの〜。あ〜、嬉しい!」


 目をキラキラ輝かせて感謝の気持ちと初めて1等に輝いた喜びをこれでもかと伝える菫に、凜は少しばかり引いた顔でこれだけ言った。


「……アンタみてぇな鈍足だとこんなに嬉しいもんなんだな」

「うん!」


 この時ばかりは菫は特にカチンとくることもなく、素直に頷いた。


 とその瞬間、次の順番の栞里が風の如く菫の元に突っ走ってくる。「クラスで一番小さい女子」と書かれた札を持って。


「すー様ちょっと来てー!」

「えっ!?」


 先程の凜と同様、菫は今度は借りられる側になり、またしてもゴールへと連れて行かれたのだった。


 

 その後も菫は暫くの間ルンルンな気分のままだった。そのせいで応援にも力が入り、いつしかめぐる達に負けず劣らず大きな声で「頑張れー」やら「ファイトー」やらエールを送っている。

 

 応援の甲斐あって、男子の綱引きは1組に文句なしの勝利を果たし優勝した。やがて綱引きの出場者達が戻ってくると、応援していたクラスメイト達は褒め称え、拍手をして出迎えた。こうして3組は大いに沸いているにも関わらず……


「おいおいいい加減にしろよ!」


 1組の応援席の方から怒号が飛んできたので、3組一同の視線が一斉に集中する。そこでは丈一郎が自分のクラスメイト達の前に立ち、我慢ならない様子で彼らを大声で叱責している。


「よりによって3組なんかに負けるとか本当最悪!お前ら揃いも揃って非力で鈍臭いんだから。もっとやる気を見せてくれよ!」


 罵られている1組の面々は誰も彼に言い返せず、黙って俯いたまま。当然1組の雰囲気だけ群を抜いて重苦しい。その重苦しさが他のクラスにまで伝染しかねない有様だ。現につい先程まで大盛り上がりしていた3組も心なしか盛り下がっている。せっかくの良い雰囲気が壊され、真二は早速ぶつくさ言う。


「ケッ!こっちはテンション上がってたのに!」

「てかせっかくの体育祭なんだからキレてんじゃねーよ」

「マジでウゼェんだけど!」

「ちょっと文句言ってきてやろーぜ」

「あれじゃ1組の皆可哀想だもんなー」


 恭平、知輝、和馬、寛斗も真二に同調するだけでなく、流石にこれは目に余るのでスルーせずに他のクラスメイト数名と乗り込みに行くことにした。「ちょっと!喧嘩はやめなよ」と莉麻が止めるのも聞かずに。


「さっきからうるせーんだよ!」

「嫌な空気がこっちにも感染るからやめろ!」


 3組の一部生徒が1組の応援席に押しかけた時、既に丈一郎に難癖をつけている先客がいた。2組の生徒数名である。彼らの応援席は1組のすぐ隣なので、3組以上に割を食っていたのだろう。それでも丈一郎は態度を変えようとしない。


「フン!悪いのはこいつらだろ、3組如きに負けて不甲斐ないんだから喝を入れてるだけさ」

「おい「3組如き」って言いやがったな」

「さっきも言ったよなー?「3組なんか」って」


 そして真二と沙希が憎々しげに横から口を出すと、丈一郎は面倒くさそうに頭を掻いてため息をつく。


「なんだ君たちか……今2組と話してるんだから邪魔しないでくれよ」

「はぁ?」

「俺らのことは散々邪魔しやがったくせに!」

「どの口が言ってんだよ!」

「邪魔っつったってやーが怒鳴ってるだけさーー!」


 和馬、恭平、悠太、日向が口々に反論し更に喧しくなったので、「ちょっと皆落ち着こう!」と寛斗は一旦彼らを大人しくさせる。それから冷静に語りかける。


「邪魔して悪いな。だけどそうカッカするなよ。せっかくの体育祭なんだから楽しくやろうぜ」

「うるさい!勝ったからっていい気になるな」


 それでも突っぱねる丈一郎に、今度は知輝が突っかかってくる。


「わりいな、俺らが勝っちゃって。それにしても見ろよ、ウチのクラスと違って皆辛気臭い顔してんな〜」

「そんな訳ないだろ、なぁ?」


 丈一郎が1組一同に確認しても、皆俯いたまま黙っているだけだ。そればかりか知輝にはある女子生徒が目についた。


「どう見ても楽しくなさそーじゃねーか。この娘なんか今にも泣きそうになってるぜ。なぁ、西園寺の奴怖えーよな?」


 その女子生徒は……借り物競走で菫と一緒に走った瓶底眼鏡のふくよかな女子だ。件の借り物競走では4着であったため、少なからず責任を感じていたのだろうか、指摘された通り眼鏡の奥で涙を浮かべている。それでも彼女はハッキリ言えずに言葉に詰まっている。


「あ……あの……」

「そんな訳ないよなー?近藤!」

「だからやめろって〜。ガチで泣いちゃうぞ」


 その女子に詰め寄る丈一郎を、知輝はヘラヘラ笑いながらだが止めに入る。そこに寛斗は真面目な顔で丈一郎に投げかける。


「なぁ、自分のクラスの子を泣かせるなんてどういうこと?学級委員なのに」

「な、泣かせるって……勝手に泣きそうになってるだけじゃないか」

「いやアンタにキツく言われて怖いからだって。他の子だってそんな感じっしょ」

「誰も西園寺に逆らえねーんじゃねーの」


 めぐると恭平もそう指摘した後、寛斗は敢えて更に丈一郎がカチンときそうな一言を浴びせる。


「これで本気で優勝するって思ってんの?冗談もほどほどにしろよ。たかが1競技で俺ら格下に負けたぐらいで怒鳴られるような殺伐とした空気じゃなぁ…まるで恐怖政治じゃん」


 寛斗にボロクソに言われ、丈一郎は耳を疑った。少しの間口篭ったものの、丈一郎は再び言い返す。

 

「さっ、殺伐ぅ!?恐怖政治ぃ!?言いがかりはやめてくれ!」

「…それこそこっちのセリフなんだけど。今まで散々イチャモンつけてたじゃん」

「くぅぅ〜〜!」


 案の定更に鋭い視線で睨みつけて歯を食い縛りながら、丈一郎は悔しそうに拳を握る。と、そこに漸く1組担任の若竹が駆けた。丈一郎が指差しながら若竹に訴えるも、3組の面々は「喋ってただけでーす」と踵を返してその場から去って行く。


「負けたくねぇからってイカサマするなよ〜、俺みたいにな!」


 知輝に至っては捨て台詞まで吐かしながら。2組の生徒達も続いて立ち去った。




 離れたところでこの一部始終をずっと見ていた菫はため息をつく。琴葉も先程の言い合いを見物するため菫の横にいる。


「いや〜、1組じゃなくて本当によかったわよ……」

「ね。去年もこんな感じだったのよ。1組の皆可哀想」


 未だに暗い雰囲気の1組に同情する琴葉に、菫はなぜかニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。


「いや〜、ここまで雰囲気がアレだと……いつか誰か反逆しそうじゃない?その時が楽しみだわ〜」

「……現実だとそんな上手くいくかしら〜?」


 あらぬ妄想をした菫に琴葉がツッコミを入れる横で、誰かが知輝の背中を小突く。振り向くと、見覚えのある人物が立っていて知輝は思わず顔が引きつる。


「お前もたまにはいいこと言うじゃん。ちょっと見直したぜ」


 ニコニコ笑いながら話しかけてきたのは……あの騎馬戦で足を踏まれた水野という2組の生徒だ。彼も丈一郎の態度が不快でクレームをつけに来ていたらしい。知輝はまさか因縁の相手からそう言われるとは思わず、苦笑いをした。


「いや〜…思ったことそのまま言っただけだぜ…」


 そう言う知輝はこの時点ではまだ気付いていなかった。熱い視線が注がれていることを。そしてその視線の主は……少し前に泣き出しそうになっていた近藤という女子であった。


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