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16ページ目 菫さん、毎日練習中


 既に橙色に染まっている空の下。眩しい夕日が公ヶ谷高校のグラウンドを照らしている。最終下校時刻が迫っているが、グラウンドには未だに体操服姿の生徒がいる。その中には、菫達2年3組の生徒の姿もあって……


「せーのっ!いちに!いちに!」


 前からオリビア、萌、めぐる、来美、菫の順で縦に並んだ5人が動きを合わせゆっくりと前に進む。先頭のオリビア以外は前の人の肩に手を置き、全員の足首が紐で繋がれている。1番後ろにいる菫も、前の4人に合わせて必死に進んでいる。


(あー速っ!おーりんちゃん足速いから着いてくのたいへ……あ゛っ!)


 足を取られバランスを崩し、あわや転倒……というところだったが、何とか踏みとどまる。するともう一つ前のめぐるがそれに気付いたのか声掛けする。


「すー様大丈夫?もうちょいゆっくり行こ!」


 言われた通り、菫達のムカデ隊はスピードを心持ち落としたものの……先程よりも全員の動きがピッタリ合った状態でどんどん前に進んでいる。


「あともうちょい!頑張って!」


 次の沙希、英玲奈、莉麻、未夢、遥のムカデ隊は既にスタンバイしており、先頭の沙希が手をぶんぶん振りながら本番さながらの声援を送る。それに応え菫達はその勢いのまま駆け抜ける。

 オリビアと沙希がハイタッチしたと同時に、沙希率いるムカデ隊がスタートを切った。そして彼女らの視線の先には、貴大、龍星、恭平、直、悠太の順に並んだアンカーのムカデ隊が待ち構えている。


 この通り、3組の面々は全ての授業が終わった後も学校に残り、体育祭の練習をしている。

 特にムカデ競走はムカデ隊全員で足並みを揃える必要があるのでみっちりと練習を重ねている。現に今日も何度も誰かしらが転びそうになり、漸くまともに前に進めるようになってきたのは今頃になってからだ。

  

 なお、ムカデ競走の練習をしている横ではリレーの出場者がバトンパスの練習中。またその近くでは玉入れの練習中で、副担任の栗山も一緒に残って玉入れ用の籠を持ってくれている。なお担任の杉谷は急用があるとのことで欠席している。


 そうこうしているうちに、アンカーのムカデ隊が大きく崩れることなく見事ゴールを決めた。既に走り終わった出場者の面々が一斉に彼らに駆け寄る。


「速いじゃ〜ん!流石男子!」

「いや〜、まだまだだよ」

「何回もコケそうになりましたよ〜」


 めぐるが褒めちぎっても、アンカーを走る男子達にとってはまだ納得のいく出来ではないようだ。貴大と直が謙遜する中、龍星は自慢の顔を触りながらこう言う。


「そうそう、もっと安定して速く行けるようにならないとなー。コケたら俺の顔に傷がついちゃうし」

「心配すんのそこかよ」

「顔なんかまず怪我しないっしょ〜」


 恭平と悠太がツッコミを入れ、周りの女子達はドン引きする。特に英玲奈は眉間に皺を寄せ反吐が出るような表情になっている。


「おーい皆!そろそろ最終下校時間だからキリのいいところで…」


と、ここで遂に栗山からストップがかかる。気がつけば辺りはすっかり薄暗くなっていた。3組の面々は「はーい」と返事をし、練習をやめる。


「今日はこのくらいにして、また明日から頑張ろうじゃないか」

「栗山センセ、明日は皆部活あるんでグラウンド使えないんすよー」

「なんで明日は残れる人らで応援グッズ作ります」

「で、明後日は朝練っす!」

「ハハハ、皆これだけ頑張っているんならきっと優勝できるぞ。朝練は先生も行こうかなぁ」


 めぐる、寛斗、真二がそう話すと、栗山は穏やかな笑みを浮かべた。更に他の生徒達からも「ぜひ朝練来てー」と呼びかける声が飛んでくるので、栗山は嬉しそうにしている。なお杉谷がそう言われているのを菫は今のところ見たことがない。


(不思議ねー……疲れてるはずなのにそこまでだるくないわね。今日はまぁ上手く行ったからかしら〜)


 昔はあれほど運動会の練習が憂鬱だったというのに……今のところはそれが嘘のようだ。きっと今のところ大きなヘマもなく、まだそこまで責められていないからだろうか。

 菫は軽い足取りで他の生徒と一緒に校舎へと向かった。



 翌日から予定通り2-3の面々は応援グッズの制作に取り掛かった。応援旗、メガホン、うちわ、ポンポンをそれぞれ担当に分かれて作っている。いずれも3組のチームカラーである水色で揃えられている

 和気藹々とした雰囲気で制作が進む中、廊下側の窓はやけに大柄な人影があり……


(2年3組……このクラスには何気に俺と同じく裕福な奴が結構いる。

親が小児科医の田宮来美、

大学教授と学者を親に持つ上川畑直、

音楽家の親がうちの高校にいっぱい寄付金を出しているるらしい杉浦優香子、

地元の名家生まれだという淺間聡太郎、

俺のタイプの齋藤莉麻も親は弁護士

……まぁこいつらはいいとして、厄介なのはあの2人だ!)


 廊下側窓に佇んでいるその生徒がギロリと視線を送ったのは……寛斗と凜。彼らは今3組の応援旗に色塗りをするところだ。


(生田目凜の親は飲食を中心に色々手広く経営している実業家、

清宮寛斗は言わずと知れた清宮財閥の御曹司……

そんでもってこいつらの中間テストの順位はワンツー!

あ゛ーー!なんでこいつらがこの俺よりも上なんだよ!?)


 明らかにイライラした様子のその男子は遂に親指の爪を噛み始めた。

 

 その時、ずっと閉まっていた窓が勢いよく開き……


「おいさっきから何なんだよ、ジロジロ見やがって」


 顔を出してきたのは、凜。鋭い視線で睨みながら問い詰める。その男子が思わず怯んだところで、「なんだなんだ」と言わんばかりに他の3組の面々も寄ってくる。


「あれっ、西園寺じゃねーか」

「1組なのになんでいるんだよ?」


 真二と寛斗にそう言われ、西園寺と呼ばれた生徒が何か言い返そうとしたところ……


「えっ?ライオンじ?」


 よく聞き取れなかった菫はつい聞き返した。「らっ…ライオン!?」と驚き呆れ絶句する彼とは裏腹に、3組の教室内がどっと笑いの渦に包まれる。


「ハハハハハハハ!」

「西園寺だっての!」

「すー様最高〜」

「あははははっ……ぐるしい〜」


 あの凜ですらウケたのか、口を手で隠しながらププッと笑っているし、めぐるや沙希に至っては腹を抱えて大笑いしているし、涙が出ている者までいる。

 当の菫は訳がわからずきょとんとしているが。そんな菫に遥が笑いながら耳打ちする。


「あの人はね、1組の学級委員で合唱部の西園寺君」

「あっ、西園寺か…」


 ここに来て菫はハッとするももう後の祭り……その男子、西園寺丈一郎は物凄い剣幕で菫を睨みつける。 

 よくよく見ると、くっきりした二重瞼に高い鼻と彫りの深い顔立ちだが……貫禄のある体格で雅哉や養護教諭の中村に負けず劣らずである。「痩せたらイケメン」と言われそうね……と菫はつい思ってしまう。


「失礼じゃないか、人の名前間違えて」

「ご、ごめんなさい…」


 その剣幕に負けて菫がとりあえず謝ったところで、真二と知輝が絡んでくる。


「そんなことぐらいでキレんなよこっわ〜。女で自分より小さいからって喧嘩腰はよくねぇぜ」

「てかなんでお前がいるんだよ?1組の女子みんな可愛くねーし目の保養にでも来たのか?」


 その瞬間、クラス中の女子から冷たい視線が向けられたことに知輝は気付いていないようだ。当の丈一郎は全く動じず、一旦俯いたかと思うと何やら不敵な笑みを浮かべる。


「フフフ……偵察してたんだよ。君達がどう頑張ってるのかね。でも安心したよ、あまりにもレベルが低いんだから。何だよこの変なデザインの旗は。なんで富嶽三十六景に鮫なんか描いてるわけ?いらないしセンスないよ」

「「「!!!」」」


 応援旗は美術部の佳之がデザインしたもので、丈一郎の言う通り、葛飾北斎の『富嶽三十六景』のような海に鮫を書き足したデザインで、「2-3大勝」とデカデカと書かれている。鮫を描いたのは佳之曰く海の王者かつ泳ぐスピードも速いからだが、丈一郎には理解し難いらしい。

 

 ここまで言われると……当然3組の生徒達の腹の虫は収まらず、今度はこちらがキレる番となった。


「はぁ!?お前こそ何様だよ!」

「感じわりぃー!」

「何がレベル低いよ!」

「バカにすんなコラァ!」

「バヤシに謝れ!」

(あーあ……これは酷いわね)


 当然、罵声が飛び交い一気に騒がしくなる。怒って丈一郎に反論するか罵声を浴びせる者もいれば、ドン引きして呆れ顔になっている者、悲しそうな顔になっている者もいる。

 

 これに対し、丈一郎はうるさそうに耳を塞ぎながらフハハと嘲笑うだけだ。


「全く、ギャンギャンうるさいな〜。これだけうるさいとまるでヤカラだよ。そんなヤカラのクラスがお行儀のよいうちのクラスに勝てるなんて到底思えないね!それに君達は知らないのかな〜?弱い犬ほどよく吠えるっていうの」

「「「…………」」」


 めぐるなど怒っていた生徒達は思わず黙り込む。ほぼ全員悔しそうに歯を食いしばりながら。同じように眉間に皺を寄せて睨んでいる悠太の肩を誰かがポンと叩く。その人物は「任せて」と小声で呟いて前に進む。それと同時に、丈一郎はギョッとした。


「……へぇ、1組は凄い自信あるんだね〜」


 早くも冷や汗を垂らしている丈一郎に、寛斗はニッコリ笑みを浮かべながら言い放った。いつの間にか寛斗の隣にいる凜も助太刀する。


「そういうお前らは勝つために血の滲む努力をしてるんだな?天下の1組様なんだから」

「っ!当たりま…」

「その割に無駄なことやってんじゃねーか。

暇ならうちみたいに応援グッズ作るか作戦会議でもしてろよ。しかもわざわざよそのクラスに横槍入れるなんて、お前それでも学級委員かよ」

「!!」


 凜に捲し立てられた挙句、ド級の正論パンチを喰らい……流石の丈一郎も黙った。顔を真っ赤に染めて。横で耳を傾けていた寛斗もうんうんと頷いて口を開く。


「ああ、凜の言う通りだよ。俺も学級委員だからわかるけど、忙しくて他のクラスに絡む暇なんかなくない?ていうか1組は今何やってんの?西園寺がいないのに」


 イライラが最骨頂になったのか、丈一郎は眉を吊り上げ血走った目で、握った両手を窓枠に叩きつけ反論する。


「うるさいうるさいうるさい!言われなくても作戦会議なんか今やってるぞっ!1組はお前らと違って皆真面目だから俺がちょっとぐらいいなくたって大丈夫なんだからなっ!」


 大声で言い返した後、丈一郎は何かを思い出したのか、「あっ」と口走り意地悪な笑みを浮かべる。


「そんなことより清宮、君さっきから学級委員学級委員言ってるけど……3組前反則負けしたんだよなぁ?確か宿泊研修の騎馬戦で。……なんでこう反則する奴が出るもんかねぇ〜、学級委員なら止めなきゃダメじゃ〜ん」

「……!」


 これには流石の寛斗も返す言葉がなく、固まってしまう。そして反則をした張本人の知輝はわかりやすく俯く。


「ちょっと!それはきよみー関係ねぇだろ!」

「そうだよ!ホリトモが勝手にやったことなんだから!」

「アイツらコソコソやってたんだから俺ら知らなかったんだよ!」

「私達も知らなかったんだもん、ねー」


 またも3組の面々は食ってかかる。が、丈一郎はまるで言い訳なんぞ聞きたくないとでも言うかのように肩をすくめて首を横に振る。


「しかもバレるなんでざまあないな。まぁお前らみたいな雑魚にはお似合いだな」

「何が雑魚だよ、ブタに言われたかねぇ」

「はぁぁ!?雑魚は雑魚らしく大人しくしてろ〜」


 再び凜がキツい一言で応戦し、丈一郎が怒って飛び掛かろうとしたところで、「コラ、何やってる!」「やめなさい」と廊下から声が聞こえた。杉谷と栗山がこちらに向かってくる。


「1組の西園寺君じゃないか。今はLHRの時間なんだから早く自分のクラスに帰りなさい」

「杉谷先生の言う通りだ。君は1組の生徒なんだからこんなところにいる場合じゃないだろう?」

「はーい……すいません……」


 遂に教師達から面と向かって注意され、西園寺は渋々1組の教室へと戻っていった。「失せろー」「帰れー」「しっしっ」と大ブーイングを喰らいながら。

西園寺の姿が見えなくなってから、未夢、花恋、英玲奈は早速栗山に泣きつく。


「栗山センセ!聞いてくださいよ!」

「西園寺君が花恋達のことバカにするんですぅ〜」

「マジでムカつくんだけど〜!」


 これに対して、栗山よりも先に杉谷が笑いながら生徒達を宥める。


「そうか〜、そりゃ大変だったな。まぁ気にするな。言わせとけ言わせとけ!」

「皆、落ち着いて。いいか、こういうのは結果で黙らせるんだ。なぁに、君達なら大丈夫、絶対勝てる。ほぼ毎日あんなにしっかり練習してるんだから」


 杉谷に続いて栗山も冷静に生徒達に言い聞かせる。すると、はらわたが煮えくり返っていた生徒達は落ち着きを取り戻し、悲しそうに俯いていた者も次々と顔を上げる。そんな彼らを見て、学級委員である寛斗は大きく頷いてから皆に呼びかける。


「栗山先生の言う通りだよ。皆で勝って西園寺を黙らせようぜ!絶対に1組に負けてたまるか!」


 他のクラスメイトも当然同じ気持ちで、鼻息を荒くする。


「おう!!あのクソデブを見返したれ!」

「アイツの悔しそうな顔見てぇもんな〜」

「雑魚って言う方が雑魚なんだから!」

「こうなったらできる限り沢山練習しようぜ!朝も放課後もどっちもやるかー?」

「やろうやろう!」


 恭平、真二、悠太も1組を負かすよう意気込み、成一が練習量を増やすことを提案すると、寛斗は即座に賛成する。他の皆も頷いたり「そうしよう」と口を揃え、誰一人反対しない。

 もちろん、運動音痴の菫でもこれには賛成だ。そればかりか菫はこうしてクラスが団結しているのを見て、やはり目を輝かせている。理由はどうであれ。


(やっぱり3組はこうでなくちゃ!皆で団結して一緒に頑張って……まさに青春ね!


……自分が競技に出るのだけは憂鬱だけど)


 


 盛り上がっている中で、唯一未だに傷ついているのは旗をデザインした佳之だ。


「……俺ってセンスねぇのかな」

「そんなことないですよ。バヤシ君の海と鮫凄くカッコいいですから。西園寺君のような凡人には、この旗の良さはわからないんですよ!」


 佳之がか細い声で呟く横で、直は彼を安心させるべく肩をポンと叩いた。



 それから3組の面々は毎朝いつもより早く登校し、放課後は遅くまで残り練習を欠かさず行っている。もちろん全員集まるのは難しいが、それでも来れる者だけで自主的に集まっている。

 

 意外なことにサボり魔で悪名高い和馬や幸輔、寝坊と遅刻の常習犯である萌もしっかり来ている。それほど丈一郎の態度が腹に据えかねたのだろう。


 ちなみに菫は琴葉にも丈一郎について聞いたが……琴葉は間髪入れずに嫌そうな顔を見せた。


「……西園寺君……同じクラスだったのよ、1年の時」

「あらら……」


 琴葉によると、丈一郎は成績優秀で資産家の一人息子だが……あの傲岸不遜かつ偉そうな態度はいつものことだという。琴葉達は彼のイエスマンと化していたらしく、恐らく今の1組もそんな空気ではないかと琴葉はため息をつく。


 しかし、そんな琴葉とは裏腹に菫はニヤリと笑みを浮かべている。


「いるわよね〜、そういう奴。でも……噛ませ犬の匂いがするのよね〜……」

「か、噛ませ犬??」

「うん。で、だいたいボコボコにやられるのよ。清宮君みたいな人に」


 琴葉は吹き出した。


「ふふっ、これも漫画みたいな展開ね。……でも西園寺君を噛ませ犬にするには頑張らなきゃね。もちろん菫ちゃんも」

「……もちろん頑張るわよ」

「頑張ってね!……うちのクラス皆やる気ないし」

「……それも寂しいわね」

 


 丈一郎が3組に絡んできた日から3日後。2-3の面々がグラウンドで練習をしていると、丈一郎は取り巻きを引き連れ再びウザ絡みしてきた。


「まぁせいぜい頑張れよな〜」

「どうせ優勝するのは1組なんだから」


 当然、練習に参加していた面々は烈火の如く怒る。


「やってみないとわからないじゃないですか〜」

「うるせぇ邪魔すんな!」

「やーらこそ引っ込めー」


 直、和馬、日向が言い返すも、丈一郎達は馬鹿笑いしながら去っていった。花恋に至ってはあっかんべーをしている。


「おい、相手にすんじゃねーぞ。時間の無駄だ。そんな暇があるんなら集中しろよ」


 丈一郎達を睨みつけている一部のクラスメイト達に釘を刺したのは、凜。今日は寛斗が部活で欠席しており、代わりに参加者を纏めている。


「……おい、なんで生田目が仕切ってんだよ」

「さぁ……」


 知輝はそれが気に入らないようで貴大に聞くも、首を傾げるだけだ。しかし、菫にはわかる。きっと、寛斗が凜に頼んだのであろうと……。


 欠席者は寛斗だけでなく、ムカデ競走の出場者にも今日は欠員がいて、とりあえず残った者でムカデ隊を作り練習を進めている。

 なので萌、莉麻、未夢、遥、菫ととりあえず今いるメンバーで練習をしているのだが……


「あっ!」

「きゃっ!」

「わっ!!」


 菫がリズムについていけず、バランスを崩して転倒する。均等が乱れ、前にいる遥と未夢までもが転んでしまった。前にいる萌と莉麻は何とか持ち堪えたが。


「すー様、大丈夫?」


 転かされたにも関わらず真っ先に菫を気遣う遥に対し、未夢は……


「……ちょっと宮西さん、さっきからコケすぎ!いい加減にしてよ!」


 ギロリと菫を睨みつけて文句を言う。実は今日の練習で菫が転んだのはこれで3回目。いつも率先して声出ししてくれるオリビアやめぐるが欠席しているためか、この日の菫はいつもよりイマイチだった。


「ご、ごめんなさい……」


 菫が謝っても未夢は怒りが収まらず、めぐるがいないのをいいことに更に非難を続ける。


「も〜、こんなノロマと一緒とか嫌なんですけど〜!宮西さんのせいだからね!あのクソデブのクラスに負けたら。本当イライラする〜」

「…………」


 そう罵倒され……菫は俯いて口篭った。それと同時に苦い記憶がフラッシュバックしてくる。



 1回目の高校時代の体育祭のこと。全員リレーで当時の菫のクラスは1位を独走していた……菫にバトンが渡るまでは。


「途中までよかったのにな〜」

「宮西のせいで3位だよ」

「足引っ張りやがって」


 嫌でも当時のクラスメイト達の陰口が聞こえてくる。そもそもこんなことは決して初めてではなく、中学校の時も小学校の時もあった。菫はコレがあるから運動会や体育祭、及びその練習が今までずっと嫌いだった。




(やっぱり…ここでも同じよね……)




菫がそう思っていると……




「ちょっと畔柳さん!言い過ぎですよ!」

(え?)


 未夢に食ってかかったのは……同じくムカデ競争に出る直だ。まさかの擁護に未夢は一瞬怯んだものの、すぐに言い返す。


「なっ……何よ!ノロマにノロマって言っちゃダメなわけ?」

「今日はちょっと調子悪いだけでしょう。ほら、宮西さん傷ついてるじゃないですか。発言する前に人の気持ちを考えてください!」

「はぁ〜!?ばったん如きが偉そうに…」


 危うく一触即発ムードになろうとした時、たった今までリレーのバトンパスの練習をしていたはずの凜までがこちらへと向かってくる。

 そんな凜がギロリと鋭い眼光を向けたのは……未夢だ。


「さっきからうっせえんだよ!喧嘩してる暇があるんなら皆でもう1回やってこい」

「だ……だって……」


 ギョッとした未夢は一気にしどろもどろになる。直の時には威勢よく言い返していたというのに。何か言いたそうな未夢だったが、凜は反論の余地を一切与えない。


「つーかノロマな奴がいるんなら尚更みっちり練習しねーと。アンタがそうやってボロクソ言ってる時間が一番無駄。あのデブに勝ちてえんなら黙って練習しとけ。お前もな」


 ついでに直も凜から睨まれてギクっとする。


「ぼ、僕は宮西さんが…」

「はいはい。いいからさっさと戻れ」


 言いたいことを全て言い終え、せっせと戻る凜に直もついて行く。そんな2人を菫はポカーンと眺めている。


(2人とも…庇ってくれたの…?)


 直はともかく、凜がこんなこと言うなんて……と思っている菫の肩を誰かが叩く。振り向くと、すぐ後ろに遥がいた。


「みーこったら酷いこと言うんだから〜。気にしちゃダメだよ」

「あっ……転んじゃってごめん」

「全然いいよ」


 一方、凜に一喝された未夢は言われた通り黙ったものの……その後ろ姿を不服そうに眺めている。そんな彼女には莉麻が肩を叩き、目が笑っていない笑顔でこう言った。


「みーこ、ちょっと言い過ぎなんじゃない?せっかく皆団結してるのになんで和を乱すようなことするわけ?」

「…………」


 未夢は顔からスーッと血の気が引いた。2人の間だけ一瞬で空気が重くなるも、それを打ち消すように萌がムカデ隊のメンバーに声を掛ける。


「ごめーん。私がちゃんとリード出来てないからだよねー。次からちゃんとするからさー」


 おかげで重苦しい雰囲気が少しだけ軽くなり、ムカデ隊の面々は気を取り直して再び紐を結び直し、練習を再開した。






「生田目君……ありがとう」


 練習が終わった後、菫は手洗い場で手を洗っている凜を捕まえ感謝の気持ちを伝えた。

 その前には直に礼を言いに行っており、直は「いえいえ、僕はいつだって宮西さんの味方ですから」とやけに照れくさそうにしていた。

 にも関わらず……凜は無表情のままだ。


「……なんで?」

「えっ?」

「俺アンタに何かしたっけ?」

「何かって……注意してくれたじゃない、畔柳さんに」

「……あぁ、」


 菫に指摘され、凜は漸く何のことなのか思い出したようだ。それでも彼は一切表情を変えずに言い放つ。


「あれは…耳障りだしガチで時間の無駄だって思ったからそう言っただけ。別にアンタのためでも何でもねーよ」

「……あ、そう」

「それに……」

「それに?」

「アンタ10個も年上なんだから体力落ちてるだろうし、俺らよりノロマで当然だろ」

「…………」


 最後の一言だけ菫にだけ聞こえるよう小声で言うと、凜はその場から立ち去ろうとした。が、数歩進んだ後で「あ、」と何かを思い出したように立ち止まって振り向く。


「傑作だったぜ、こないだ「ライオンじ?」って言ったの」


 よっぽど面白かったのか、くっくっと笑いながらそれだけ言うと、凜は踵を返して去って行った。

 菫は暫くその場に暫く立ち尽くした後、なぜか無性に笑けてきたのだった。




(……。生田目君も西園寺君とそんなに変わんないじゃない……口悪いのが)



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