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13ページ目 菫さんと葵さんの美味しい夜の話


『えー、連休最終日の今日は行楽日和の晴天でしたが、明日の天気は……』


 夕日が沈みどんどん薄暗くなっていく中、菫はカーラジオの天気予報に耳を傾けている。隣では葵がハンドルを握ってくれている。予報によると、連休明け1日目の天気は雨らしい。それを聞いた葵は早速ため息をつく。


「雨か〜。ただでさえ連休明けでテンション下がるってのに」

「まぁ雨は確かに下がるわね〜。……でも青春には雨も必要じゃない?」


 菫が嬉々としてこんなことを言うので、葵は理解に苦しむ。


「ひ……必要?」

「だって雨の日ならではの青春イベントってあるじゃない?相合傘したりとか!」

「あ〜、確かに……ってお姉ちゃん誰と相合傘するの?」


 葵は素朴な疑問を投げかけると、菫は質問に答える前に笑い出した。


「あははっ、違うわよ〜。私がするんじゃなくて他の子がしてるのを見るの!で、あの2人怪しくな〜い?って」

「そんな相合傘ぐらいで……」

「ていうか葵も高校の時好きな人と相合傘してたんじゃなかったの?私覚えてるんだから!」

「確かにしたね。でも冷めたんだって。その人の傘盗んだやつだったから」

「………………」


 わざわざ葵の微妙に苦い思い出を掘り返してしまい、菫は申し訳なく思った。そして話題を変えることにする。


「あっ、そうだ。あと雨で涙を洗い流したりとか……」

「風邪ひくよ〜。……ていうかお腹空いてない?」


 ゴールデンウィーク最終日の5月6日、菫は葵と東京方面にドライブに出かけていた。葵も仕事が休みでせっかくだから……という訳でレンタカーを借りたのだ。しかしゴールデンウィークなので観光地はどこも混んでおり、あまり遠くにも行けず観覧車のある公園やショッピングセンターに寄るだけに留まった。

 そして今、時計の時間は17時15分を指している。


「空いてきたわね。お昼早めに食べたし」

「じゃ、早いけど晩ごはん食べようよ。この辺どっかいいお店あるかな〜」

「調べてみるわ、ちょっと待ってて」


 菫はスマホを取り出すと早速周辺の飲食店を探し始めた。するとすぐにとあるお店に引き寄せられる。


「あ、なんかぐるログの評価高いお店この辺にあるわよ」

「高いってどれくらい?」

「4.2かしら。とにかく定食のメニューが多くてどれも美味しいって」

「そこに決めた!!」

「待って、カーナビで検索するから」


 こうして2人はその店へと足を運ぶことにした。



 それから数分車を走らせたところで、菫は「あっ、たぶんそこよ」と指差した。周りには幟が立てられ、出入口には暖簾がかけられているので営業中と思われる。あまり大きい店ではないものの、店に入ってくる人がチラホラいる。


 この店の名前は『はるなつ食堂』で、出入口の真上に大きな看板があるほか、紺色の暖簾にも『はるなつ』と書かれている。またその横にはリアルなサンプルが置かれ、駐車場に車を停め歩いてきた菫と葵はつい立ち止まって見入ってしまう。


「なんかメニュー多くない?」

「口コミにもあったけど確かにいっぱいあるわね〜……どれにするか迷いそう」


 メニューは全て定食であるが、ハンバーグやエビフライといった定番のものはもちろん、魚料理、中華料理、果ては担々麺やお好み焼きなどの変わり種と、種類が多い。その焼き魚定食ですら秋刀魚、鮭、鯖など更に種類がある。その数、約50種。

 これには菫も葵もより食欲をそそられる。


「葵……どれ食べたい?」

「う〜ん……どれも美味しそうだし……よし!入ってから決めよ!」


 これだけメニューが多いと中々決められず……葵が高らかに宣言したと同時に、とりあえず店に入ることにした。


「いらっしゃいませ!」


 引き戸をガラッと開け暖簾をくぐると、すぐにと従業員達の活気のある声が耳に入る。


(……ん?この声……)


 葵に続いて店に入った菫は、何かに気が付いた。その声の一部が……よく知っている声だからだ。思わず葵の背後からひょっこり顔を出すや否や、菫はつい大きな声で「あっ!」と口走り、葵を抜かして前に出る。


 どうやら相手の方も菫の存在に気付いたようで、同じく目を丸くした。テーブルを拭いている手を一旦止めて。


「あれっ!すー様!?」


「は……はるるちゃん?」


 普段と変わらない、長いポニーテールにシュシュの髪型の彼女は……遥だ。店のロゴが入った三角巾を頭につけ、同じデザインのエプロンを着ている。遥も最初こそ驚いたようだが、菫が来てくれて嬉しいのかすぐに笑顔へと変わる。


「びっくりした〜。まさかすー様が来てくれるなんて思わなかったから」

「私も〜……ここでバイトしてるの?」

「ここ私の家なの。今日は部活が午前中だけだから昼から手伝ってて」

「えっ、そうなんだ!もしかして『はるなつ食堂』って……」

「そ、私と妹の名前からとってるの」


 菫がへぇーと納得する後ろで葵は軽く戸惑っている。初めての店のはずなのに、自分の姉がその従業員とかなり親しげに話すのだから無理はないだろう。それでも従業員、もとい遥が高校生ぐらいに見えることから何かを察したようで、その様子を黙って見守っている。


「てかすー様、お家もっと遠かったよね?なんでわざわざうちに…」

「いや〜、今日は…お姉ちゃんとドライブしてて」

「!!!」


 まさかの一言に、当然葵は動揺した。なので菫は「わかってるわよね?」と釘を刺すように葵を軽く睨む。

 ただ、よくよく考えると誤魔化すのも無理はない。菫は実年齢をクラスメイトに秘密にしているし、今話している遥も例外ではないだろう。そうなると、まだ18歳未満の高校生の妹が普通免許を持っているという、あり得ないことになってしまうのだから。


 とりあえずこの店を出るまでは「お姉ちゃん」と呼ばないように気をつけないと、と葵は心に決めた。そんな事情などつゆ知らず、2人の見た目も相まってか遥はあっさりと信じ込み、丁重に頭を下げて挨拶した。


「すー様のお姉さんなんだ!はじめまして!すー様と同じクラスの玉井遥です」

「こちらこそはじめまして。すっ、菫の姉の葵です」


 少し吃ってしまったが、葵も何とか取り繕った。



 今『はるなつ食堂』にいる客は菫と葵を含めて5人ほどで、夜のピークタイムはもう少し後だと思われる。2人が席に座ると、身長と雰囲気が遥によく似ている従業員の中年女性がにこやかに水とおしぼりを持ってきた。案の定この女性は遥の母で、先日会っためぐるの母と同じように挨拶をしてくれた。

 

 キッチンに立って料理に腕を振るっているのは遥の父で、母曰く挨拶に行きたいのは山々だが忙しくて手が離せないという。菫は「お気になさらないでください」と言ってから、メニューを広げた。




 それからかれこれ20分……


「すー様、お姉さん……そろそろ決まりました?」


 別の席でオーダーを取っていた遥が2人の席に寄って訊く。が、2人ともメニューを開いてはチラチラ見ながら頭を抱え、難しい顔で唸るばかりだ。


「おーい、すー様ー!」

「……あっ、ごめん!」


 遥が眼前で手を軽く振ると、流石に気付いて菫ははっとした。葵も同じように反応する。


「ごめんね。…まだ決まってないの」

「メニューがいっぱいあってどれも美味しそうだから…つい迷っちゃって」

「まぁうちはメニューが多いのが売りなんで。ゆっくり考えてくださいね」


 店にさえ入ればスムーズに決められると思ったが……菫と葵は席についてまでも迷っていた。ただでさえ多いはずのメニューだが、席にあるメニュー表だけに載っているものまであり、2人は迷うを通り越して悩みに悩んでいる。

 ずっとこれでは長居して迷惑になってしまうと思った菫は、ある考えを思いついた。


「ね、ねぇ!はるるちゃん、何かオススメってあるかしら?」

「オススメ?そうだねぇ……イカリング定食かなぁ」

「イッ……イカ……」


 早く決めるために訊いたはずが……菫はつい顔を歪めてしまった。それを見た葵はクスリと笑う。


「す、菫はイカ苦手だもんね〜」

「えっ、そうなの?」

「あはは……実はトラウマなの。小さい頃に喉に詰めちゃって……」

「あ〜、確かにイカは詰まりやすいよね。でもめめちゃんなんか…」


 遥がそう言いかけたところで、出入口の戸がガラッと開いた。


「おっつー!」

「お疲れさんだべー!」

「……ってあれっ!すー様!?」


 これまたお馴染みの声が聞こえたかと思ったら……店に入ってきたのは沙希、オリビア、めぐるの3人だ。こんなところで偶然会うなんてと菫は目を丸くしたが、同時に嬉しくなる。それは3人も同じようで、最初こそは目をぱちくりさせていたものの、すぐに笑顔を見せ、奥の席にいる菫に手を振った。


 『はるなつ食堂』は定食が基本は500円から800円と値段が安いこともあり、遥によると多くの高校生や大学生が来るらしい。ちなみにめぐる達は今日部活が休みで暇な者同士で遊んでいて、晩はここで食べることになったそうだ。

 3人とも菫と葵のすぐ後ろに座り、早速注文をした。めぐるがイカリング定食、沙希がチキン南蛮定食、オリビアがミックスフライ定食をオーダーするのを尻目に、菫はまだ悩ましげに頭を抱えている。


「すー様とお姉さんはまだ決まってねの?」


 オリビアからそう訊かれ、菫は苦笑いした。


「いっぱいあるから迷っちゃって…みんなよく早く決められるわね」

「私はさっきスマホでチキン南蛮食べてる動画見たからな〜」

「めめちゃんはいつもイカリングだもんね」

「うん!イカ大好きだし」

「そんなにオススメなら私もイカリングにしよっかな〜」


 一緒にずっと悩んでいた葵が遂に決断しそうになり、更に菫は焦り出した。


「ちょっ!ちょっと待って…………ん?スペシャルランチ……?」


 ちょうどその時、菫はメニュー表の左上に、手書きである文字が書かれていることに気が付いた。「ランチ」と書いてあるが、すぐ横に(ディナー)とも書いてあるので、夜でも注文出来ると思われる。写真はなく、すぐ下には「何が入っているかはお楽しみに!」とある。値段は他の定食より少々高く、1,200円。

 この時点で菫は注文する気はなく、ただ見ていただけだったのだが、遥は驚いたようで……


「えっ!すー様そんないっぱい食べれるの!?」


 と思わず口を滑らせてしまった。もちろん遥はすぐにハッとするも、菫にはその「スペシャルディナー」がどんなものなのか何となくわかった。


「ひょっとして……デカ盛り的なやつね?」

「バレたか……まぁそんなとこ」

「ねぇ、はるるちゃん。これってシェアしても大丈夫かしら?」


 まさか姉がデカ盛りを選ぶとは思わず、「えっ!?」と驚く葵の横で、遥は「大丈夫だよ〜」と笑顔で答えた。後ろからはめぐる達が囃し立ててくる。


「おっ!スペシャルディナー行っちゃう?」

「せっかぐだし食いなよー」

「行っとけ行っとけー!」


 めぐる達にかこつけて、菫はニヤリと笑いながらメニュー表の「スペシャルディナー」のところを指差した。


「お姉ちゃん……これシェアしない?」

「なんでまたコレ?普段そんな食べないでしょ?」

「どんなのか何となく気になって。それに今すごくお腹空いてるし、2人でなら食べれるわよ。お姉ちゃんだってお腹減ったって言ってたじゃない」

「そ、そうだけどどれだけデカいのか……」


 躊躇する葵に、遥は笑顔を見せて言う。


「あ、もし食べきれなくても大丈夫ですよ。タッパーあるんで。…有料ですけど」


 姉及びその友人達に言いくるめられ……最終的に葵は半ばやむなく首を縦に振った。


「ねぇ……本当にアレでよかったの?」


 注文した後になっても葵は訝しげな顔をしていたが、菫はどこ吹く風だ。


「大丈夫でしょ。お腹ペコペコじゃない、私もお姉ちゃんも。それにタッパーも買えるんだから」

「あーあ、イカリング入ってるかもね」

「お姉ちゃんが食べたらいいじゃない。イカリング頼もうとしてたでしょ?」

「……」


 こんな姉妹のやりとりを、後ろの席の3人組は面白そうに笑いながら聞いている。


「すー様と葵さんって仲良いな〜」

「めっちゃ羨ましい!お姉さん私も欲しかったなー。ムカつく兄貴と弟しかいねーし」

「私も弟いるども最近なんも喋らねな〜」


 めぐる、沙希、オリビアは2人の仲の良さや姉がいることを羨望の眼差しで見ている。実際には逆で、菫が姉で葵が妹であることに一切気付いていないようだ。今のところうまくやっているし誰も疑わないので、正直ホッとしている。

 

 そんな中、スマホのバイブの音が近くから鳴り出した。皆一斉にスマホを見たところ……


「あっ、私だぁ!」


 着信が来ていたのはオリビアのスマホだ。オリビアは「ごめん」と言って一旦席を立った。暫くすると、うんざりした様子で大きなため息をついて戻ってきた。


「うぢのお父さんだったべ。今どごでご飯食ったらんだ?って。はえぐ帰っでこいってうるせぇ!」

「あ〜、お父さんから?うちはお母さんからさっきLINE来てた。ご飯食べたらすぐ帰れって。いちいち口うるせぇんだけど!」


 どうもオリビアの父は娘の帰りが遅くなるのを心配して電話をかけていたらしい。沙希の母も同様に。鬱陶しそうにしている2人とは裏腹に、菫と葵はついクスリと笑ってしまう。


「きっと心配されているのね。何事もなく帰ってこれるのか」

「そーそー、うざい気持ちはわかるけどさ」

「あ、それじゃあ帰りうちのお母さんに送ってもらう?ちょっと大丈夫か訊いてみるし」


 めぐるが提案すると、沙希とオリビアは目を輝かせる。


「えっ、いいの?」

「たぶん。今LINE送っといた」

「ありがでぇべ!」

「サンキュー!」


 礼を言った後で、沙希はさも当たり前のように菫に訊いた。


「すー様は親御さんうるさくねーの?」


「…………」

「…………」


 菫も葵も一瞬黙り込んだ。この反応から、めぐるだけ何かを察したようで、少し焦った様子で沙希を窘めようとしたが……


「ちょっ、さっきー…」

「あっ、でもお姉さんも一緒なら心配ねーか」

「そーゆーことじゃなくて…」


(まぁそりゃこの空気なら訊かれても仕方ないわね……親のこと)


 菫は大きく息を吐いてからめぐるに「もういいのよ、めめちゃん…」と言ってから、改めて口を開く。


「あのね、私達……お父さんもお母さんもいないの」



「ほんっとに!ごめん!!」


 沙希はとにかく深々と頭を下げ、テーブルに頭がひっつきそうになっている。普段は勝気で底抜けに明るい沙希のこんな態度は中々珍しい。なぜかオリビアとめぐるまでガッツリ頭を下げてくる。


「私もごめん!うぢのお父さんの話なんかしてしまって」

「私だってごめん!もっとちゃんと止めてたら…」


 もちろん菫も葵もめぐる達を責める気がなければ怒ってもいないので、そこまで丁重に謝られると却って恐縮してしまう。


「3人とも顔を上げて!私達全然気にしてないから」

「そーそー、知らなかったんだし仕方ないじゃん。あっ、でもめぐるちゃんは知ってた感じ?」


 葵はつい先程のめぐるの反応からそう思ったようだが、菫は軽く首を捻った。めぐるとはしょっちゅう話す仲だが、親がいないことを今までに話したかしら……?と。


「いえ、私も聞いてはいなかったんですけど……何となくそうなんかなって」

「え!?どうして?」


 そう言われ、他の誰よりも菫が一番驚いた。思わず菫はめぐるの顔を凝視しながらその理由を訊く。


「だってすー様、こないだ私とお母さんとドッグカフェ行って、お母さんとちょっとやり合ってた時……寂しそうな目ぇしてたじゃん」

「……あ」


 全くの図星だった。バレてたのね……流石めめちゃん。そう思いながら菫はチラリと横を見ると、遥の両親が声を掛け合い協力しながら料理を作ったり盛り付けをしている。カウンターを挟んだ2人の前には遥が立っていて、伝票と料理を確認している。

  玉井家にとってはいつもの家族の光景なのだろうが……菫はどうしても羨望の眼差しで見てしまう。すぐに視線を前に戻すと、菫はあのドッグカフェでのことについて語り出す。


「確かにそんな顔してたかもね。めめちゃんみたいに何でも話せるお母さんがいるのが羨ましくって」

「わかる。私も皆の話聞いてて、心配してくれるお父さんやお母さんがいるのいいなって思っちゃった」


 葵も菫の話に頷いてから、親がいて羨ましく思う気持ちを素直に伝える。


「しかもうちの親、突然、しかも2人同時に亡くなったのよ。10年前に……交通事故で。こんなことならもっと親孝行…ってごめんね。こんな暗い話して」


 つい先程までの明るい空気がしんみりしてきたので、菫は話をやめた。せっかくこうして友達と偶然会って一緒に食べるところなのだから、明るい雰囲気の方が絶対に良いと思ったから。それでもオリビアは心配そうに訊いてきた。


「でも大変だったんでね?うぢの高校私立だし学費どが…」

「あっ、それは大丈夫よ。お姉ちゃんがしっかり働いてくれてるから」

「!!」


 菫はそう言って葵に目配せした。葵は少しびっくりした表情を見せた後、照れくさそうに苦笑いを浮かべる。


「皆お待ち遠さま!」


 ここで、料理が完成し遥がめぐる達の席へ届けにきた。定食3人分をテーブルに置くと、遥は一旦カウンターの方へ戻り、また別の料理を今度は菫と葵の席へと持っていく。


「「!!!」」


 テーブルに『スペシャルディナー』がドンと置かれた瞬間、菫と葵は息を呑んだ。

 

 まるでお盆のような大皿に大量の料理が乗せられている。最初に2人の目に飛び込んできたのは、大きなボウルで形作られたと思われる山のようなチキンライス。その頂にはお子様ランチの如く旗が刺してある。

 その周りにはハンバーグにフライドチキン、タコ型ウインナーなど子供の好きそうなおかずが皿から溢れそうになっている。

 一応、油っこいものだけでなく隅の方にはサラダとフルーツもあるが。


「すっ、凄くない!?『無吉ゼミ』か『盛りウマい店』に出てきそうね!どれも美味しそう!」

「これで1,200円って安すぎじゃない!?てかお子様ランチみたいな感じね」


 菫と葵が驚いて感服しながら「スペシャルディナー」を眺めているのを見て、遥は取り皿とスプーンを置きながら満足気に微笑んだ。


「そうなんですよ、テーマは大人のお子様ランチです。で、いっぱい食べる人にって…」

「へぇー!確かに大人でもお子様ランチ食べたい人いるかもしれないわよね」

「とりあえず食べてみよ!適当に分けていい?」

「ありがと」


 こうして葵が取り皿に適当に分け、いざ実食!と言わんばかりに2人ほぼ同時にスプーンを口に運ぶ。


「「……美味しい!!」」


 そう言ったのも2人ほぼ同時だったので、後ろの席のめぐる達も思わず吹き出した。


「めっちゃシンクロしてるじゃん」

「まるで双子だべ〜」


 めぐるとオリビアが微笑ましげに2人を眺めている。そのせいで菫は少しばかり照れ臭くなりながら、取り皿にある分のチキンライスをもう一口口にした。



 「スペシャルディナー」の料理はチキンライスのみならず全て見た目通り美味でついつい食が進み、菫も葵も少しずつ取り皿に分けながら食べ進めていく。完食できるか否かはもはや杞憂に過ぎず、あっという間に量が減っていく。それでも完食する頃には2人ともほぼ満腹になっていた。


「あー、お腹いっぱい!」


 葵が満足そうに両手でお腹をさする一方、菫は骨付きのフライドチキンに齧り付いている。強いて言えば、このチキンが一番美味しいので最後まで取っていたのだ。

 後ろのめぐる達3人もとっくに食べ終わっていて、皆ご満悦な様子だ。


「ごちそうさま、凄く美味しかった」

「ありがとうございます。お姉さんもまたいつでも来てくださいね。もちろんすー様も!」

「うん!ぜひ行きましょ。今度は普通の定食食べたいわね」

「でもまた迷うんじゃない?…菫のことだから」

「いや〜、次食べるならフライドチキン定食かしら」

「もー、どんだけ気に入ってんの…」


 またも姉妹間のテンポ良い掛け合いに皆が笑う中、遥はあることを思い出した。


「そういえば、一昨日はだぁ坊が来てくれたなぁ。お父さんとお母さんも一緒に」

「マジで!?」

「だぁ坊の家ここからかなり遠くね?」

「それでもわざわざ来てくれたの?」


 めぐる、沙希、菫が口々に訊くと、遥は「うん」と頷く。


「だぁ坊もね……この「スペシャルディナー」目当てに来てくれたの!」

「コレを1人で食べてたの?」

「そうだよ」

「ええーー!」


 あの山のように盛られたチキンライスに大皿から溢れんばかりのおかずを1人で、しかも3組男子の中では最も小柄な悠太が……。と思う訳でもなく、菫とめぐる達3人は「あ〜」と納得したように呟いている。驚愕しているのはただ1人、悠太のことを知らない葵だけ。


「大飯喰らいだからねアイツ」

「学食もいつもドカドカ喰ってるし」

「宿泊研修のカレーも何杯もおがわりしてらったべ」


 めぐる、沙希、オリビアがそう言う中、菫が頭に浮かんだのは少し前、保健室で悠太と寛斗とパンを食べた時のこと。養護教諭の中村が買ったパンを彼だけ4つも食べていたのだ。


「そんなによく食べる子なんだ〜?言っちゃ悪いけど結構デブなの?」

「いや全然……ほら、この子」


 そう言いながら菫が悠太の写真を見せたところ……葵が更にビックリ仰天したのは言うまでもない。



 楽しい時間はあっという間で……お会計の時にはもう19時を過ぎていた。遥にまた明日と告げて店を出ると、駐車場には既にめぐる母の車が停まっている。ここでめぐる、オリビア、沙希とも別れ、菫と葵はレンタカーに乗り込んだ。


「あ〜、大変だったわ。何とかバレなかったけど、何回お姉ちゃんって呼びそうになったか」

「ごめんね。でもちゃんと誤魔化せてたじゃない」


 暫く車を走らせた後で、葵は安堵の表情を浮かべた。車に乗ってすぐだと、めぐる達の中の誰かに聞かれ怪しまれる可能性があるから、このタイミングで言ったのかと菫は思っている。


「いいよ、ここで年齢バレたら皆大混乱するだろうし。そんなことより…」

「ん?」

「お姉ちゃんのクラスの子皆いい子じゃん!楽しそうだし馴染めてそうでよかったよ!」


 嬉しそうにニコニコ笑いながら葵は言ってくれた。菫も思わず笑顔になる。


「でしょ!?皆のおかげで学校楽しいんだから。このまま青春謳歌できそうだしね!」


 助手席で目をキラキラさせる菫に、ハンドルを握る葵も声を立てて笑い出す。

 しかし……程なくして葵は少しだけ苦しそうにお腹を軽くさする。


「葵、お腹苦しいの?それにずっと運転してくれてるしだいぶ疲れたでしょ?いつでも運転変わるわよ」


 菫は気遣ってそう言ったものの……葵は首を横に振った。


「これくらい大丈夫。だいたいお姉ちゃん最近碌に運転してないじゃん。それに同じ高校の子に運転してるの見られたらどうするの」

「うぐぐ……」


 言われてみれば確かにそうだ。菫は最近全くと言っていいほど運転していない。それにめぐる達と同じく遊びに行っている生徒もいるだろうし、どこかしらに公ヶ谷高の誰かがいる可能性はなきにしもあらず……。菫は残念そうに唸った。


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