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12ページ目 菫さんの5月の肝試し 後編


 2階の大広間に潜伏する2班の面々は息を殺して固まって座り込み、寛斗達1班に3階に行っていないことがバレないようにやり過ごしている。3人とも黙り込んでいるが……そのせいで外の音がどうしてもしっかりと聞こえてくる。


「……なぁ、足音……」

「しーっ、喋らないでよ」

「だって聞こえて……」


 知輝が口を開くので未夢が静止するも……そう言われてみると、パタパタと歩く音が嫌でも耳に入ってくる。3人の顔からは血の気が引く。


「や……やべぇな。どっか他のとこ……」

「いや無理だろ。下手に動くと却って…」


 知輝と幸輔が囁く中……無常にもその足音はどんどん大きくなっていく。それもどう聞いても複数人分の足音にしか聞こえない。


「…じゃあどうしたらいいんだよっ」

「バレたらもう仕方ないでしょ。白状してもう1回最初から回れば許してくれるんじゃない?」

「うっ……そうか」


 せっかく挑戦した高額バイトで報酬を貰えないよりかは、未夢の言った通り再び最初からやり直す方がマシ……知輝はそう思う。幸輔も同意見のようで、うんうんと頷いている。

 その間にも……足音は更に大きくなるほか、徐々に大広間へと更に近づいてくる。


「……なんかこっち来てね?」

「……マジで?!」

「どうすんのよ??」


「おい」


 突然、3人の耳に男の声が入ってきた。その声はクラスメイトの声ではなく、全く聞き覚えがない。


「え?」


 知輝はその声に反応してしまい……思わず立ち上がっただけでなく、何があったのか確認すべく入口の障子へと行ってしまった。



 

「…………えええ!?!?」




 その人影を見るや否や、知輝は驚愕したと同時に青ざめた顔でその場に呆然と立ち尽くす他なかった。

 

 大広間に入ってきたのは3人組だが……寛斗達1班ではなく、いかにも素行の悪そうな男3人だ。もちろん彼らの存在など知輝は知る由もない。

 しかも、3人とも知輝にメンチを切りながらジリジリと迫ってくる。


(な、なんだコイツら!?……まさか脅かし役か?でも普通はこんなヤンキーみたいなのじゃなくてオバケ役とか…)


 知輝は今どういう状況なのか必死に頭をフル回転させゆっくりと後退りする。しかし虚しくも男達は一気に距離を詰め、リーゼントの男に至ってはいきなり掴みかかってきた。


「ひぃっ!!」

「おいテメー!ココは俺らの溜まり場なんだよゴラァ!何勝手に上がり込んでんだよ!?」


 ドスの効いた男の声は、もちろん他の2人にも聞こえている。早速未夢は手で口を押さえて震え上がり、幸輔も冷や汗がダラダラと垂れてくる。


(何!?あの人達誰!?どういうこと!?)


 未夢の頭の中は大パニックになり、全く声が出ない。隣にいる幸輔も同じなのか黙ったまま。

 その間にも知輝は男達に絡まれ……


「勝手に入りやがったんだから……罰金払わねぇとなぁ」

「オイ金出せよ!」

「(そもそも今バイト中だし)か、金なんか……


……ぐはぁっ!!」


 男の握り拳が、知輝の頬に直撃する。その拳には金属製のメリケンサックが握られていた。知輝はその場にドサッと倒れ込んだ。そんな状態でも男達は容赦せず、今度はサングラスの太った男とロン毛の男が彼に足で蹴りかかったり踏みつけたりする。


「ほらほら金出さねぇと」

「死んじゃうかもな〜」

「うぐッ……ぐぇッ……」


 男達の嘲笑う声と、知輝の苦痛な声が嫌でも耳に入ってくる。未夢が目を覆う一方、幸輔はスッと立ち上がった。それに気付いたのか、知輝は袋叩きされながらも彼らの方を見て……


「お前ら逃げろぉぉ!」


 それだけ言った直後、再び顔面を殴られた。

未夢は言われた通り一目散にその場から逃げ去ったが、幸輔は言うことを聞かず……


「な、な、何やってんだよ……」


 相変わらず汗を流し身体を震わせながらも、不良達にジリジリと距離を詰め勇敢にも立ち向かった。



(早く……早く!!)


 未夢は全速力で2階の廊下を駆け抜けて上り階段へと辿り着き、大急ぎで逆走する。行きしはギシギシ鳴るのが気になったが、今は気にしていられない。足がもつれそうになりながらも必死で階段を駆け降りるも……


「ぐぅっ!!?」


 急に首元が締め付けられた。それと同時に足を出しても全く前に進まない。そればかりか後ろに引っ張られている。


「ちょっとそこのおねーちゃん……中々可愛いじゃねーか」

「!!」


 恐る恐る振り向くと……先程知輝に蹴りを入れていたロン毛の男が真後ろにいる。着ているブラウスの首根っこを掴みながら。身動き出来ないのはこのためだった。

 恐怖で言葉が出ず、みるみるうちに顔が青くなっていく未夢を見て男は嘲笑う。


「よーし!捕獲したぞ」

「ちょっ……やめてぇ!!」


 必死に抵抗するも、未夢はロン毛の男に首根っこを掴まれそのまま引っ張られ、踊り場の壁に身体をグイッと押し付けられる。そのうえ男は項のあたりに顔を近づけスンスンと鼻を鳴らす。


「いい匂いするじゃねーか……なぁ、楽しいことしよーぜ!」

「いやぁあ!!」


 未夢は涙目になりながら死に物狂いで抵抗するも、男の魔の手は止まらず……穿いているデニムのボタンに到達する。


「助けてぇ!!」

「ハハハ、無理だよ。お前の連れ今頃ボコられてるだろーしよ」


 助けを請う未夢の手から少し左側に……赤い丸型の物体とその上に赤いランプがあり、その物体の中には「強く押す」と書いた窓のようなものがある。未夢はそのボタン目掛けてグッと左手を伸ばすも、男がその手を後ろから掴む。


「おい、何やって……だぁッ!!」


 一瞬の隙をついて……未夢は足を上げ、男の右足を思いっきり力を込めて踏んづけた。相当痛そうな悲鳴を上げながら、男は少し離れて痛々しげに足をさする。

 これで身体の自由が利く未夢はそのボタンに人差し指を当て、力一杯押した。


(お願い……鳴って!!)




「ん?」


 その少し前、2階についたばかりの1班では……寛斗が早速違和感を覚えていた。


「ど、どうしたんだよ……きよみー……」


 貴大がそう訊いても、寛斗は黙ったまま何やら考え込んでいる。時折スンスンと鼻息を立てながら。


「なんか……匂わない?」

「え?」

「……言われてみれば確かに!」


 萌も同調するので、貴大は顎に指を当て集中して匂いを嗅ぐと……自身に満ちた表情を浮かべた。


「ん!これは……マルメソの匂い!」

「……なんで銘柄までわかるんだよ」

「前遊んだお姉さんが吸っててさ〜」

「お前はハタチ過ぎた人にまで……ってそういう問題じゃないだろ!なんで?」


 なんと銘柄まで指摘した貴大に、寛斗はすかさず突っ込む。が、そんなことはどうでもよく、そもそもどうしてタバコの匂いがするのだろうか。寛斗は正直嫌な予感が頭をよぎった。


「まさか……誰かがこの中で……」

「えっ!……ホリトモかザワあたり?」

「そうじゃなくて!……誰かいるかも。俺ら以外に」

「……ええっ!?」

「マジ!?」


 これには呑気に振る舞っていた貴大も、「内部犯行」を疑った萌も絶句する。よもや自分達以外の誰かがこの廃旅館にいるなんて全く夢にも思わなかったから。


「流石に俺らの中の誰かじゃないだろ、みんな未成年だし。だとしたら……」

「じょ…冗談やめてよきよみー…」

「お前何言って…」


 寛斗以外の2人が動揺して口走った瞬間……


ジリリリリリリ!!


 けたたましい火災報知器の音が、大音量でその場に鳴り響いた。



 その頃、3階では――


「ねぇ、上川畑君」

「はい」

「なんでこのバイトやろうと思ったの?」


 とある客室を探索しながら、菫は直に訊いた。今いるメンバーの中で寛斗を除けば、彼のみ金に困っていそうに見えないからだ。明確に金欠或いは欲しいものがあると言った貴大、萌、未夢や、金遣いの荒そうな知輝、幸輔、身内を強請ってまで小遣い稼ぎをした凜と違って。


「えーっとですね……僕もお金は欲しいんです。あの、もうすぐお祖父様の誕生日なんでプレゼントを買おうかなと。いつもお祖父様にはお世話になってますから」


 (今時の子って……ちゃんとご家族に誕生日プレゼントとか贈るものなのね。私は……お父さんにもお母さんにも何もしなかったなぁ)


 菫の顔が少しだけ曇るのを直は見逃さず、どうしたことか尋ねる。


「…どうしました?」


 

「いや〜、上川畑君は偉いわねって。できるうちにお祖父様孝行しないとね……親孝行もだけど」

「そうですよね〜」


 直は照れくさそうに頭を掻いた。菫は同じ質問を凜にもしてみる。


「……ねぇ、生田目君はなんでこのバイトを?」

「僕も気になります、生田目君」


 どうやら直も気になっていたようで、前のめりになっている。


「だって1万円貰えるんならやるだろ」


 次の客室に入ったところで、凜は2人を一瞥してから答えた。やっぱりねと思う菫だったが、それでも直はまだ気になるようで……


「だーかーら、生田目君はなんでお金が欲しいんですか?そんなにお金に困ってます?」


 更に探りを入れると、凜は明らかにイラッとした様子で鋭い視線を向ける。


「……アンタには関係ねぇだろ」

「確かにないですけど気になるじゃないですか」


 冷たく言い放っても直は全く怯まずしつこく絡んでくる。菫ももういいでしょ……と思っている側で。凜は心底面倒くさそうに渋々口を開く。


「……俺は貯金が趣味なんだよ」

「そうなんですね」

「えっ、意外!」

「意外ってなんだよ」


 今度は凜のキツい視線が菫へと刺さるが、菫は特に気にしないどころかププッと笑ってすらいる。別に凜に金遣いが荒そうなイメージは毛頭ないのだが、なんとなく予想外だったからだ。


(まさかお金たくさん貯めて高級料理でも食べに行くのかしら?すっごい辛いやつ……)


 そんなことまで妄想していた菫をよそに、凜は既に視線を外して、客室の壁に懐中電灯を当てながら再び口を開いた。


「……それにアイツの頼み事だし」

「……え?」

「アイツって…」


 菫と直が「アイツ」が誰なのか訊こうとしたところで……


ジリリリリリリ!!


 こちらでも2階と同じく、火災報知器の轟音が響き渡った。



 この何とも耳障りな音のせいで、貴大は即座にパニックを起こし、萌も目を白黒させる。


「えっ!何!?何があったんだよ!?」

「か、火事!?まさか…タバコ!?」


 そんな2人とは対照的に、寛斗は焦らずに音が鳴る方向をチラッと見るや否や、すぐさま走り出す。


「あ!待って!きよみー」

「置いてくなよ〜」


 萌と貴大も寛斗に着いて走る。ただでさえタバコ臭い廊下を駆け抜けるうちに、その匂いはどんどんキツくなる。とある客室の前で寛斗の足が止まった。


「やっぱり……」


 掃除してあるはずの部屋の中に……タバコの吸い殻が落ちている。それもさほど時間が経っていないのか、真っ白なままのものが3本も。道理でその部屋がどことなく煙たいうえ、タバコの匂いが一番キツい訳だ。


「あっ!タバコじゃん」

「やっぱりコレで鳴ったのか…」


 後の2人も吸い殻に気付いたが……寛斗はまだ違和感を拭えない。


(確かにタバコはあるけど、あの火災報知器もっと奥の方から聞こえたような…。それに吸ってた奴らはどこ行ったんだ?逃げたのか?それかまだ中に…?)


 ちょうどその頃から……ドスドスドスと足音が微かに聞こえてきた。それは上り階段側から聞こえ、だんだん大きな音になってくる。

 その足音に反応して1班の面々が振り向くと……人影がどんどんこちらへと近づいてくる。


「うわぁあぁ!」

「えっ!誰!?きよみーの知り合い?」

「いやー、違うよ」


 貴大は早くも怯え出した。その人影の見た目はスキンヘッドにサングラス、金のネックレスに黒いジャージを着た巨漢。どう見ても半グレ或いは不良にしか見えなかったから。萌は貴大程慄いてはいないが、この全く知らない男の乱入に流石に動揺している。

 

 そして見知らぬ男は3人の前で立ち止まる。ゼエゼエと息を吐きながらガンを飛ばし、早速寛斗達に怒号を浴びせた。


「はぁ、ハァ……テメェら何してんだゴラァ!!」


 貴大と萌は震えて縮こまるが、寛斗は2人と違って毅然とした態度を取り、はっきりと反論する。


「それはこっちの台詞ですけど」

「うるせぇ!ここは俺らの溜まり場なんだぞ!」


 まさか寛斗が歯向かうとは思わなかったのか、男は更に目を吊り上げる。


「溜まり場?この建物うちのグループ会社の所有なんですけど」

「はぁ!?聞いてねーよっ!」

「それより俺さっき見ましたよ、その財布」

「…は?」


 サングラスの男の右手には財布が握られている。右端にブランドロゴがデカデカと入った、ファスナー式の黒いその財布……寛斗には見覚えがあった。彼だけでなく、貴大も「あっ……」と呟く。


「それ……ホリトモのじゃね?」


 この財布を見た瞬間、寛斗はある光景が頭に浮かんだ。それは今日、「ホテルスエヨシ」に向かうバスに揺られる中、知輝が全く同じ財布を出して所持金を数え、ほぼ空っぽだとぼやいていた。それ以前にも、知輝がそれを持って購買で昼食を買いに行くのを何度も目撃している。

 それを指摘された男は……明らかにギクリとし、目が泳いでいるのがサングラス越しに見える。


「……なんで俺の友達の財布持ってるんですか?」

「…………」


 寛斗が問い詰めるも、男は黙秘している。そこに萌と貴大が追い詰めようとするが……


「もしかして……」

「盗……ぐあッ!!」


 盗んだのかと言おうとしたところ……硬い拳が貴大の顎のあたりに思いっきりぶつかった。あまりの衝撃に悲鳴を上げただけでなく、貴大はよろけてその場に座り込んだ。


「キャー!」

「ターちん!」


 萌が悲鳴を上げる中、男は嘲笑いながら痛そうに呻く貴大の頭をガッと掴み、持ち上げようと引っ張る。


「いっ……いででッ……」

「おいおい兄ちゃん、デカいくせに弱っちいぜ。そんなんで倒れてちゃ情けねぇぞ。さっきのガキ2人組の方がまだ張り合いがあったぜ」


 男が散々罵倒した挙句にそう言った直後、寛斗は表情筋を変えた。


「ガキ2人組?…どういうことですか?」

「あ?さっき大広間にいたんだよ。ザンギリ頭とすんごい癖毛の奴が。あ、あと女もいたな、逃げられたけど。アイツら金出せって言ったのに出してくれねーから、リンチして奪ってやったんだよ」

「!!」

「う、嘘でしょ……!」


 高笑いしながら財布を見せつける男に、寛斗と萌は茫然自失とするほかなかった。男がリンチしたという「ガキ2人組」の特徴が、知輝と幸輔のそれにドンピシャだったうえに、その財布。

 2人の安否が気になった萌はスマホを取り出したが……圏外だ。男に頭を掴まれている貴大もガタガタと震え出す。

 追い討ちをかけるかのように、男は貴大をより強く引っ張り、あとの2人に対してはガンを飛ばす。


「……テメェらもボコられたくねーんなら金出せ!罰金だ!」

「罰金?なんで?」

「ぁあ!?」


 反旗を翻したのは……寛斗だ。その態度といきなりのタメ口にカチンときたようで、ずっと掴んでいた貴大を放り投げてまで詰め寄ってくる。鋭い視線をサングラス越しにぶつけながら凄むも、寛斗は一切怖気付かない。


(おいおい全然ビビってねーじゃねーかコイツ。これは一発ヤキ入れねーと……)


 男がそう思いながら手の骨をバキバキ鳴らすところで、寛斗が再び口を開いた。


「だからこのホテル、俺の親の会社のものだって言ってんだけど?罰金払うのは俺らじゃな……」

「テメェ!!」

「いやぁああ!!」

「わぁああ!」


 激昂した男は怒りに任せて寛斗の胸ぐらを掴み、知輝達と同様に鉄拳制裁を喰らわせようと、思い切り右手を上げた。それと同時に萌と貴大が再び悲鳴を上げる。





「ぐぇええ!!」




 痛々しい叫び声を上げたのは……サングラスの男の方だった。鳩尾に、自分よりも格段に硬い拳で中段逆突きをお見舞いされたからだ。男はえずいて鳩尾を押さえながら、その場にうずくまる。貴大と萌は何が起こったのかイマイチ把握出来ず、目をぱちくりさせている。

 この一発がこれほどまでのダメージになるとは寛斗自身も思っておらず……


「……情けないのはどっちだよ」


 呆れた顔で、苦しんでいる男に向かってそう呟いた。



 大音量で響く火災報知器の音に、3階にいる菫達3班も当然ビックリさせられていた。


「えっ!?火事ですか!?」

「嘘でしょ!?早く逃げないと…」

「どうせイタズラか誤作動だろ」


 慌てる直と菫に対し、こんな状況でも凜はクールなままだ。


「いやでも生田目君…」

「このボロ旅館に火の気なんかある訳ねーだろ」

「わかんないわよ。もしかしたら放火されたとか」

「こっ……怖いこと言わないでくださいよ〜」


 鷹を括る凜に異を唱える菫、それに対して直は青ざめてビクビクする。


「とりあえず1階まで降りるわよ。3階なんか逃げ場がなくて危ないから」

「そうですね!」

「…………」


 各客室を回るのをやめて先を急ぐ菫と直だったが、凜は着いて行かずに3階最後の客室に入った。2人はちょうど非常口を見つけたものの、そのドアを開けると「KEEP OUT」と書かれたテープで封鎖されている。


「あ、ここはダメね…」


 菫が引き返そうとしたその時だった。


「み、宮西さん……」

「ん?」

「何か聞こえません?」


 直がそう言うものだから、菫も耳を澄ませる。確かに言われた通り耳に入ってくる。ドタドタと急いで走る足音が、上り階段方面から。だが菫は大して気に留めず……


「誰か階段上ってるんじゃない?」

「いや、でも、一番最後に出発したのって僕らじゃないですか。だから僕らの後って誰も上がって来ないんじゃ…」


 そう言われてみると……菫も不審に思ってしまう。まさか……第三者があの階段を駆け上がっているのだろうか?それでも菫はスマホが圏外であることを思い出し、ある仮説を立てる。


「も、もしかしたら……清宮君じゃない?何かあって私達に知らせに来てくれたとか。ほら、今スマホ圏外で使えないじゃない」


 こう話している間にも、ドタドタ走る足音はどんどん大きく、菫と直の元へ迫ってくる。


「あ〜、そうかもしれな…」


 直が言い終わる前に足音は止んだ。2人の数メートル前には、ハァハァと荒い息を吐いている紫色のジャージを着た人の姿がある。

 ただ、それはどう見ても寛斗ではない。というより、2年3組の人物ではない。


「……え?」

「……だ、誰?」


 菫と直はその人影を見て……呆然と立ち尽くした。この時は逃げるという考えすら思い浮かばなかった。

やがてその人影も2人がいることに気付き……ニヤリと醜い笑みを浮かべ、ジリジリと近付いてくる。


(リーゼントに髭…………漫画に出てくる不良みたいじゃない?)


 ここに来て菫は嫌な予感がした。直もそう思ったのか顔色がガラリと悪くなっている。2人ともゆっくりと後退りをするが、その男は容赦なく距離を詰める。


「おいおいリア充までいんのかよ……狩ったら面白そうだぜ。さっきの野郎2人なんかよりもな」


(いやいやそういうのじゃないんだけど……ていうか「野郎2人」って…どういうこと?)


 そう思いながら菫は直と共に後退りを続けるも、リーゼントの男は高笑いして肩を回しながら、更に接近してくる。おまけに「逃げんなよ」と牽制までして。

 もちろん逃げたくなったが……男子とはいえクラスメイト、それも10歳年下の高校生を置いて逃げる訳にはいかない。ここは一番年上の自分が何とかしないと……と菫は思う。

 

 菫は足がすくみながらも、勇気を振り絞って必死に笑顔を作る。


「そ、そんな喧嘩腰にならなくても……」 

「うるせぇ!ボコられたくなかったら金出せやコラァ!」

「ひぃっ!」


 ドスの効いた大声で凄まれ、菫は思わず縮こまった。一方、直は持っているショルダーバッグの中に片手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探している。その手はガクガク震えて、額には冷や汗が滲んでいるが。


(やっぱり……怖いわよね……どうしよう…!)


 何かその辺に武器になるようなものが落ちていないか、菫はキョロキョロ見回すも残念なことにこの辺りには何もない。男はそんな菫を鼻で笑う。


「おっとおじょーちゃん、助けを求めたって無駄だぜ〜?他に誰もいねぇし彼氏も腰が引けてるからな〜」

(いやアナタよりも私の方がたぶん年上だから。それに彼氏じゃないんだけど)


 頭の中でツッコミを入れながら菫は直を見ると、彼は探すのに集中していて男の台詞は聞いていないようだ。「聞いてんのかオラァ!」と男が怒号を飛ばして目と鼻の先まで近づいたところだった。

 直は漸くそれを見つけ、取り出すや否や男の眼前に突き付ける。


「!!」

「そっ…その娘に手を出すなっ!!ゆ、指一本でも触れたら……刺しますよッ!!」


 直は果敢にも男に立ち向かう。先程と変わらず冷や汗を流し手を震わせながらも、血走った目で男を睨みつけて。その手に握られているものは……鋏だ。


(か…上川畑君!?まさか……守ってくれてるの?)


 失礼ながら不良相手に彼がそんな行動をとるとは思わず、菫は却って動揺した。守ろうとしてくれているのは嬉しいけれど……このままでは直が危ない。

 そんな菫の心配は的中し……リーゼントの男が驚いたのは一瞬だけで、程なくして舐め腐ったように馬鹿笑いした。


「ハハハハハ!そんなちっせぇ鋏で俺を刺せるかよバカが!こうしてやる!」


 そう言うと同時に……鋏を握りしめる直の手に硬い拳がガンと勢いよくぶつかった。その衝撃でカシャンと音が鳴ると共に、鋏が床に落ちる。


「痛ッ!!」

「上川畑君!!」


 相当痛かったようだ。直は拳が当たった左手を押さえ呻めきながらその場に座り込む。菫が「大丈夫!?」と訊いてもすぐに返答出来ないほど。

 そんな2人に、男はより一層悪い顔でニヤニヤしている。


「やっぱり口ほどにもねぇじゃねーか。さぁお嬢ちゃん、金を渡してもらおうか。渡さねえとどうなるかわかってるよなァ?」

「…………」


 何か言い返すかやり返したいが……返せそうな言葉が見つからないし、武器になるようなものもない。そればかりか直と同じく、冷や汗は滲んでくるしやはり身体が震えてしまう。


(あ〜!!……いくらアラサーであろうとやっぱり怖いわよ!)


 目の前にいるリーゼントの男をただただ睨みつけることしか出来ない菫だったが……ここでとある客室から漸くあの男が姿を見せた。


「ん?なんだ貴様?」

「……き、貴様だとぉ!?」


 あっさりと「貴様」呼ばわりされカチンときたのか、リーゼントの男は怒号を上げぐるりと振り向いた。彼の目に映るのは……懐中電灯を持った凜だ。


「ケッ、もう1人いんのかよ」


 男は吐き捨てた後、踵を返して凜へと向かって行く。ものすごい剣幕で睨みつけながら。


(ちょっ!生田目君!危ないわよ!)


 焦る菫とは裏腹に、凜は男が迫ってこようが全く動じない。その冷めた目で男から視線を逸らさず、もちろん逃げることもない。持っていた懐中電灯を床の上に置いたぐらいだ。男も今までに痛めつけた相手と何かが違うことに気付いたようで……


「なんだテメェ、やけに肝が据わってんじゃねーか。よっぽどボコされる覚悟が出来てんだな?」


 煽ってくる男だが、凜は態度を変えない。それどころかクスリと薄ら笑いすら浮かべ、こう言った。


「貴様こそなんだよ。ただのDQNのくせにイキリやがって」

「「!!!」」

「…………」


 菫と直が仰天したのはもちろんのこと、リーゼントの男も暫く絶句していた。凜以外の3人にとっては全くの予想外どころか驚愕の展開だ。不良相手に言い返すどころかあそこまで言うなんて……。

 男は更に眉を吊り上げ、更に鬼気迫る形相を凜に見せつけながら挑発を続ける。


「ほーう……テメェ舐めてやがるな。自慢じゃねぇけど俺ぁこの辺じゃ一番最強なワルなんだぞぉ?」

「知らねーよ。てかそういうのダセーんだけど」

「!!…やんのかゴラァ!!」


 大声で怒鳴りつけ、男は拳を大きく振り下ろした。


「ひぃッ!」

「生田目君!」


 菫も直も咄嗟に目を逸らした。




「!!??」




 リーゼントの男は目を疑った。あれだけ力を込めて速くパンチを喰らわせたはずだったが……当たっていない。拳を振り下ろしたところに凜の顔があると思いきや、いつの間にか左に逸れている。


(なっ……何ィ!?)


 頭が真っ白になる男だったが、その瞬間……


「グハァッ!!」


 バキッと鈍い音が鳴り、痛そうな悲鳴が聞こえた。それと同時によろけたのは……凜ではなくリーゼントの男の方。今まで目を逸らしていた菫にもその光景はバッチリ見えた。


「……え?」

「……ええ?」


 目を疑ったのは男だけでなく、菫と直もだ。2人でも何が起こっているのか理解が追いつかない。ただ、見えるのは男が相当痛そうに右頬を押さえているところだ。恐らくそこに凜の拳がめり込んだのは想像に難くない。


「ってぇ……何すんじゃテメ……ゔぎぃッ!!」


 負けじと反撃のパンチを凜に喰らわせようとした男だったが、その手は無情にも掴まれたうえ、今度は見事な回し蹴りが反対の頬に命中する。男はまたしても喚く羽目になった。ほんのり赤くなった両頬を痛々しげに押さえるも、凜は容赦せず冷たい視線を男に向ける。


「貴様、野郎2人狩ったって言ったよな?全く…中々酷ぇことしやがって」

「うるせぇ!」


 またもや男は飛びかかるが、凜は華麗に避ける。同時に正拳をお見舞いしようとしたが、男も学習したのか何とか交わす。こうして互いに攻撃しては避けて交わしてを繰り返しているうちに、再び上り階段を足早に駆け上がる音が聞こえた。その音はどんどん大きくなってくる。


(また誰か来てる……もしかしてあの不良の仲間?ああいうのが単独行動するとも思えないし……ていうか生田目君大丈夫なの!?さっきはガッツリ当てたし今のところ互角に戦えてるけど)


 凜と男の戦いを見届けながら、菫は新たな恐怖に震えが止まらなくなる。やがてその足音はすぐ近くまで迫り、人影が見えた。リーゼントの男とやりあっている一瞬の隙をついて凜が振り向くと、ほぼ全身ヨニクロの服を着た人物が廊下の端の方に立っている。よっぽど急いで階段を登ったのか、額に汗を滲ませて息を切らせながら。




「……寛斗?」

「……凜!危ない!」

「ん?…………っ!!」




 寛斗が叫んだ瞬間、凜の膝裏目掛けて鋭いキックがぶつかった。流石に効いたのか、凜はそこを押さえながら座り込む。俯いているため表情こそよく見えないものの、少なからず痛いのだろう。


「「生田目君!!」」


 菫と直が思わず叫び、寛斗は心配そうに凜に駆け寄った。それに対し、男は勝ち誇ったようにヘラヘラ笑い出す。


「ハハハッ、勝負あったな…………ん?」


 男がそう言ったのも束の間、凜はあっという間に立ち上がった。「大丈夫か?」と訊く寛斗に、首を縦に振りながら。


「…ったく、お前が来てビックリして当たっちまったじゃねーか」

「えー、せっかく手伝ってやろうって思ったのに。1人じゃ大変だろ?」

「別に。頼んでねぇよ。てか知ってたのか?アイツがいるの」

「ああ、2階に仲間がいてて教えてくれたから」



数分前――


「わ、悪かったよ!もうやめてくれぇ!」


 すっかり満身創痍のサングラスの男は寛斗の目の前で土下座し、遂に白旗を上げた。その周りではコテンパンにされかけたものの既に立ち上がっている貴大と、萌が歓声を上げ拍手している。


 1班の面々と鉢合わせした男だったが……寛斗には全く歯が立たなかった。自分から喧嘩を売ったにも関わらず、攻撃はほとんど交わされた挙句、空手技で逆に男が痛め付けられる羽目に。つい前までかけていたサングラスは戦闘中に外れて床に転がっている。

 男の怯えた顔に、寛斗は距離を詰め笑顔を見せた。


「おっさん……さっき言ってたよな?リンチしたって」

「お……おう(誰かおっさんだコノヤロー…)」

「ってことは……仲間がどっかにいるんだよね?リンチは1人じゃ出来ないし」

「……!!」

「で、おっさんの仲間はどこにいるの?」

「……」

「教えてくれなきゃ…」


 口を割らない男の手を、寛斗は踏み付ける。男はすぐさま泣き言を言って……


「や、やめろぉぉ!!お、俺らビックリしたんだよ、突然火災報知器が鳴るから。ひ、1人は3階に行ってもう1人は知らねぇ!女のケツ追っかけて階段まで行ったのは見たけど…」

「そう、ありがとう。…じゃ、こっちの部屋入っててもらえます?」


 泣く泣く仲間の動向を伝えた男に寛斗は礼を言うと、すぐ近くの客室まで彼を誘導し、部屋に放り込むなりドアを閉める。そして持っていたマスターキーでガチャリと鍵をかけた。


「暫くそこで反省しててくださいねー。後で開けてもらえると思うんで……警察の人に」


 ドアの内側からドンドン叩く音が聞こえてくるが、寛斗は無視を決め込む。

 そして寛斗は貴大と萌に2班の面々のことを頼み、3階へ向かった。



 どうやら寛斗が凜の助太刀に来たことがわかり、リーゼントの男は不服そうに2人に絡んでくる。


「何だよテメェら、2人でヤる気かぁ?こっちは1人だってのに」

「おっさん達だってリンチしてたじゃないですか」

「なっ……(お、おっさんだとォ!?)」


 間髪入れずに寛斗に反論され二の句が告げない男に、凜が鼻で笑いながらとどめを刺す。


「だいたい貴様、この辺で最強なワルなんだろ?じゃあ俺らみたいなワルでも何でもない奴2人ぐらい、1人で簡単にやっつけてみせろよ」

「何だとゴラァ!!??舐めやがって!!」


 散々挑発され、男は怒りが頂点に達したようだ。

リーゼントの男は怒りに任せて拳を振り下ろすも……誰もいない。会心の一撃をぶちかますつもりが、空振りに終わる。

 「……は?」と口走った数秒後、男の脇腹のあたりに鋭い痛みが走る。思わず顔を歪める男に、今度は強烈なパンチがほぼめり込むかのように激突する。

 

 そう、凜が男の脇腹に蹴りを入れた直後、寛斗が顔面に手痛い一発を喰らわせたのだ。これには男も顔を押さえながらよろける。


「すっ……凄いわね……」

「ね、ねぇ……」


 この2対1のバトルを、菫と直は固唾を飲んで見守っている。「この辺最強のワル」だという不良相手にこの戦いっぷり、しかも至近距離だから迫力満点……菫も直も目が釘付けになってしまう。そして何より……共に戦う寛斗と凜の息がピッタリ合っている。先程男に攻撃する直前も、軽く視線を交わしてからだった。


(清宮君は空手の有段者って聞いてたけど、まさか生田目君も……?それにあの2人さっき下の名前で呼んでたわよね……何か関係があるのかしら?)


 菫が色々考えているうちに、リーゼントの男は何とか持ち直し、更に赤く腫れた顔で再びギロリと睨みつける。これだけやられても、まだ戦う気はあるようだ。


「てッ……テメェらやるじゃねぇかぁ……。でもまだまだぁ!!」


 今にも襲いかかろうとするリーゼントの男に、2人は再び視線を合わせ……


「凜、後は頼む」

「おう」


 それだけ言葉を交わした後、寛斗は何故か数メートル程後退して男と十分な距離を取る。恐れをなしたと勝手に判断した男は久しぶりに高笑いする。


「ハハハ!もしかしてビビっちまったかー?」


 男がそう言った瞬間、寛斗はスタートを切った。すぐさま表情を変え「何!?」と驚く男に向かって全速力で走り……


「うっりゃぁあ!!」


 寛斗は掛け声を上げながら凄い勢いで男に飛びかかり、腰のあたりにしっかりした腕を回して、精一杯の力を込め組み敷く。そのせいで男はほぼ身動きが取れず、ジタバタすることしか出来ない。

 そんな状態の男に凜は一気に距離を詰め、長い脚を思いっきり上げ、その下にある男の頭目掛けて勢いよく振り下ろす。


「ッだぁぁああ!!」


 ゴツッ!という鈍い音と共に断末魔が響き、程なくして男はガクッと倒れ込んだ。




 アメフト部らしいタックルをした寛斗はもちろん、踵落としを決めた凜も暫くの間、息を荒げていた。ずっと見ていた菫と直は2人の元へ駆け寄り、拍手を送る。


「生田目君、清宮君、ありがとう!大丈夫?」

「お2人ともカッコよかったですよ!」


 寛斗は疲れた様子を見せずに手をはたきながら、心配そうな表情を向ける。


「全っ然。それよりすー様とばったんこそ大丈夫?」

「大丈夫よ」

「おかげ様で助かりました」

「思いの外しょーもねぇ奴だったからな〜」

「凜は1回蹴られてたじゃん」

「うるせぇ」

「とりあえず早く脱出しよう!まだどこかに仲間がいるかもだし」


 凜と言い合いになりそうだったが、寛斗は3人を連れて足早に1階へと向かう。



 ちょうどその頃、入口付近では鍵谷が心配そうに待っていた。すると中から人影が見え……


「あともうちょいだぞ!2人ともしっかりして」


 右肩に知輝、左肩に幸輔を抱えた貴大が外へ出てきた。貴大に抱えられている2人は顔や腕などが腫れていたり青痣が出来ていたりと生傷が絶えず、辛うじて立てているが足元はふらついている。そして泣いている未夢に抱きつかれている萌も男性陣に続く。


「お三方とも大丈夫ですか?救急箱を持って来ていますのですぐに手当てをしましょう。早くバスの中へ…」


 鍵谷はすぐに駆け寄り、乗って来たマイクロバスまで皆を誘導する。


「か、か、鍵谷さん!な、中にヤンキーが!」

「俺らボコられたんだよ!」

「そうよ……私乱暴されそうになったんだから!」

「まだきよみー達が中に…」


 貴大、知輝、未夢、萌の4人は口々に訴えるも、鍵谷は冷静に対応する。


「ええ、知っていますよ。実はこの旅館には監視カメラを数カ所取り付けておりまして、あなた達以外の人影がバッチリ写っていました」

「え……」

「知らなかった…」


 そんな話は初耳だったので驚く面々に、鍵谷は更に話を続ける。


「ただ皆様がそこまで痛めつけられていたのに気付けず、誠に申し訳ございません。もっとセキュリティを強化しないといけませんね……。ただ、今日はもう大丈夫です。しっかり通報しておきましたので」


 鍵谷の言ったそばから、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。



 菫達3班の面々と寛斗は下り階段を降りていた。もうすぐ1階で、そこから大きなロビーを抜けると出入口まで辿り着ける。寛斗によると、あの不良の仲間がもう1人どこかに潜んでいるとのことで、一行は警戒しながら先を急ぐ。


「ねぇ、上川畑君」

「は、はいっ?」


 凜と寛斗のすぐ後ろに菫と直が着いていくような形になっている。どうしても言っておきたいことがあったので、階段を全て降りてロビーに差し掛かったところで菫は直に声を掛けた。もう出入口まであと少しだから大丈夫と睨んで。


「…上川畑君もカッコよかったわよ、あの時」

「え?あ、あの時って…」

「鋏突きつけてくれたじゃない」

「…あぁ、でも僕なんかすぐやられましたし」

「それでもカッコいいわよ、こうして立ち向かえるんだか…………っ!?」


 言い終わる前に、何者かが菫の腕をグイッと引っ張った。


(……え?!何?オバケ!?)

「宮西さん!!」


 直が叫んだのに反応し、前にいた凜と寛斗も咄嗟に振り向いた途端……愕然とした。


「!!!」

「すー様!!」


 菫はお化けよりもずっとタチが悪い者に腕を握られ引っ張られた。そればかりかあっという間に首に腕を回される。菫は歯を食いしばって必死にもがくも、身動きが取れない。


「んっ!ぅうッ!」

「はい捕獲〜。これじゃ碌に動けねぇだろ」


 菫を生け捕りにしたのは……前に未夢を捕えようとしたロン毛の男だ。恐らく未夢が火災報知器を鳴らした際に逃げ出し、そのまま1階に潜伏していたのだろう。男は腕で菫の首を更にキツく絞め、苦しそうに呻く菫を眺めながらヘラヘラと笑う。


「な、何するんですか!!」

「やめろ!その娘を放せ!」


 直と寛斗が食ってかかるが、男は嘲笑うだけだ。


「おいそこの野郎ども動くなよ〜?もし動いたら……このお嬢ちゃんどうなっても知らねーからな!」


 そう言われてしまっては……3人とも何も出来ない。直はただただオロオロすることしか出来ず、寛斗も怒りに震えながら男を睨みつけるだけだった。凜も流石に汗を浮かべ、もどかしそうに歯を食いしばっている。


(くっ……苦しぃ……)


 一方、どんどん腕の圧が強くなり呼吸が辛くなってくる菫。ただ……あることに気が付いた。


(……ん?この男……?)


 男は白いジャージを腕まくりしており、菫の首に回っている腕も素肌である。そしてふとあるものが目に入る。……菫は一つだけ、男に一泡吹かせる方法が頭に思い浮かんだ。


「ハハハ、コイツ返して欲しいかー?まぁオメェらの財布くれるんなら考えてやってもいいけどー?」


 ロン毛の男は面白そうに笑いながら男子達を挑発している。なので今、菫には目を向けていない。

 

 それをいいことに、菫は思いっきり下を向いて……


「ほらほら早く……ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

「「「!?」」」


 ロン毛の男の腕に力一杯噛み付いた。そのせいでガッチリ押さえつけていた男の腕が緩み、男子3人が驚く中、一瞬の隙をついて菫は脱出した。


「宮西さん!」

「すー様!早く!こっち!」

「おい、どこ行くんだよ!」


 直、寛斗、凜が口々に呼び掛けるも、菫は敢えて無視し一目散に走り出した。


「コラ待てクソガキ!よくも噛み付きやがって!」


 腕に歯形をつけられた男は当然激怒し、走る菫を一心不乱に追いかける。


(なーにがお嬢ちゃんだのクソガキよ!)


 普段は足の遅い菫だが、この時ばかりは必死に飛ばし、床に置かれていたあるものを手に取った。そして敢えて男が距離を詰めてくるのを待つ。


(よくもまぁ見た目に騙されちゃって……チビだからって舐めるんじゃないわよ!それに私……アラサーなんだから!!)


「へへへ、今度こそ…………ぶッ!!!」


 醜い笑顔を見せながら、だいぶ近くまで追いついた男が手を伸ばしたところで、菫はそれを顔面目掛けて投げ付けた。バンッと鈍い音が響いて見事に命中する。


「って……ふざけんな……ぅわっ!!」


 ロン毛の男は痛そうに顔を押さえ、鼻血まで出している。間髪入れずに今度は汚い水がぶっかけられ、男は思わず悲鳴をあげる。

 菫が投げたものは……雨漏り用の金属製のバケツだ。しかも菫が命中させた直後、凜が雨水の溜まった別のバケツで水をかけたのだ。


 白いジャージを汚され、ロン毛の男は更に喚き出す。そこに寛斗がとどめの一撃をお見舞いし、男はぶっ倒れた。


「やったわ!」


 何とか危険を回避し、菫は目を潤ませながらも何とか笑顔を見せた。


「すー様!大丈夫!?」

「み……宮西さぁん!!よかったです!!」

「ったく、無茶しやがって」


 程なくして男子3人もそれぞれ声を掛けてくる。


「大丈夫よ。ありがとう……


……こうやって皆で不良をやっつけんのも青春って感じね」


 つい先程まで大ピンチだったにも関わらず、そう言ってのけた菫に直と寛斗はほっとする。一方、凜はため息をついてこう言った。


「……思ってたよりも余裕あんじゃねーか」



 こうして不良グループが襲来するという斜め上の展開になりながらも、この季節外れの肝試しバイトは何とか幕を閉じた。菫達4人が脱出を遂げた直後、鍵谷が呼んだパトカーが到着し、不良3人組はめでたく連行されていった。

 駆けつけた警察官によると、3人は地元でも有名な札付きの不良だという。日頃から暴行や恐喝、暴走行為に不法侵入など非行の常習犯であり、度々警察の世話になっていたそうだ。

 

 一方、彼らに叩きのめされた知輝と幸輔の怪我は大事には至らず、鍵谷の手当だけで何とかなりそうだ。


「おい、ザワ……」

「ん?」


 怪我を負った知輝と幸輔は手当を終えてマイクロバスの中で休んでいた。2人とも、顔や腕などに絆創膏や湿布が何枚も貼られている。そんな中、知輝が不意に口を開く。


「何で逃げなかったんだよ?俺、お前と畔柳に逃げろって言ったのに」

「いや逃げれる訳ねーだろ、こんな状況で。だって俺は……」


「ザワとホリトモ!こっち来れるー?今からバイト代渡すから」

「「おう!」」


 幸輔が言い終わる前に、寛斗は2人を呼び出した。バイト代と聞き、2人とも怪我を負っていることも忘れて元気よく返事をし、即座にバスを降りて行った。




 寛斗から渡された給料袋を確認するなり、参加者の面々は唖然とし、自身の目を疑った。


「……え?」

「多くね?」

「本当だ!」

「確か1万円って言ってたよね?」


 袋の中に入っていたのは1万円札……と5千円札の2枚。未夢、幸輔、貴大、萌が口々に言う中、菫もこのバイトを持ちかけられた日のことを思い出す。確かにあの時、寛斗は1万円だと言っていた。


「ああ、ちょっと給料上げといたよ。……皆には危険な目に遭わせたから」


 寛斗は少しだけ顔を曇らせてそう言った。すると、直は首をぶんぶん横に振る。


「そんな……きよみー君は何も悪くないじゃないですか!あの人達が勝手に入ってきただけですし、それに自分の手でやっつけて…」

「いいから貰っといて」

「あ、ありがとうございます」


 寛斗がそう押し切ったので、直はそれ以上は礼以外何も言わず、黙って袋を鞄にしまった。他のメンバーもほぼ全員、同じようにありがたく受け取ることにしたが……


(……いやたったの5千円じゃ割に合わないんだけど!)


 未夢だけはどこか不服そうな表情を浮かべていた。

 そして凜はというと……


「ありがたく頂くぜ」


 いつの間にか寛斗のすぐ横にいて、礼を言ってから着ているジャケットのポケットに給料袋を入れた。そんな凜に、寛斗は思わずふふっと笑う。

 この2人の元に、菫も給料袋を持ったままさり気なーく距離を縮める。どうしても気になる事があり、2人に訊きたかったからだ。

 

「あ、あの……清宮君と生田目君!」

「あ?」

「どうしたのすー様?」

「その、なんていうか、変なこと訊くけど……2人って仲良いの?」


 勇気を出して菫が訊くと、寛斗と凜は互いに顔を見合わせた。どちらからともなく。

 そんな2人の反応に、気まずくなったのかと勘繰った菫は慌ててベラベラと長い言い訳をした。


「あっ!だって……あの不良と戦ってる時息ピッタリだったじゃない?ちょうど清宮君がタックルしてから生田目君が踵落としして。それにお互い下の名前で呼んでるし……」


「まぁ腐れ縁ってやつ」


 先に答えたのは意外にも凜の方だった。そして寛斗もひとまず「だな」と言ってから続ける。


「もう10年ぐらいの付き合い……だっけ。同じ空手道場に通ってたんだよ、凜と俺」

「ええっ!!そうだったの!?」


 まさかの接点に……菫は面食らったと同時に腑に落ちた。そこまで昔から付き合いがあるのなら、特に言葉を交わさず阿吽の呼吸で戦えるのも頷ける。そして3階を回っていた時に凜が言った「アイツ」とは寛斗のことだと、今の菫には何となくわかった。


「だからああやってタッグを組んで戦えてたって訳ですね〜。圧巻でしたよ〜」

「上川畑君いつの間に……」


 気がつくと菫の横には直がいて、よっぽどあの戦いっぷりに魅了されたのか目を輝かせ、未だに舌を巻いている。


「まぁ凜は段取ってるからな〜」

「余計なこと言うんじゃねーよ。てか寛斗もだろ」


 このやり取りですら絶妙で……菫は「流石10年来の付き合いね……」と思いながら笑みをこぼしたのだった。


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