表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

11ページ目 菫さんの5月の肝試し 前編



「おいおい……何だよコレ……」


 その建物を目の当たりにするなり知輝は絶句した。

 知輝だけでなく、他の2-3の生徒達数名も面食らった様子で呆然と立ち尽くしている。菫もその中の1人だ。


 彼らの目の前にあるのは……3階建ての小規模な旅館と思しき建物だ。色褪せた看板にはデカデカと「ホテルスエヨシ」と書いてある。

 それにしてもこの建物、だいぶ古ぼけてみすぼらしい。壁はところどころ黒ずんており落書きが描かれ、蔦のような植物が蔓延っている。極めつけには窓ガラスがないのか、一部の窓にベニヤ板が貼られている。そもそも入口は立入禁止の張り紙と共にロープで封鎖されている。


(これって……どう見ても廃墟よね?)


 そう思っているのは菫だけではない。ほぼ全員が難しい顔でその建物を眺めている。


「もしかして……バブルの負の遺産ってやつですかね?」


 その中の1人である直が口を開くと、知輝が不思議そうな顔をする。


「バブル?何だよそれ、泡ってこと?」

(今時の子ってバブル知らないのね…) 


 菫がまたしてもゼネレーションギャップを感じている横で、直は「バブルとはですね…」と知輝に丁寧に教え出す。



 事の発端はゴールデンウィークの中日、唯一の平日のことだった。


「突然だけど……この連休でお金に困ってる人!」


 10分休憩の時、寛斗がいきなり前に立ったかと思うと、前触れなくクラス全員にこんな話を切り出した。当てはまる人は挙手しろとでも言うかのように右手を挙げながら。一瞬、皆呆気に取られシーンと静まり返ったが……


「なになに??もしかして小遣いでもくれるのか?」

「さっすが清宮財閥は太っ腹だな〜!」


 知輝と真二がその沈黙をあっさりと破る。知輝に至っては教卓へ瞬間移動してまで喰らいつくので、寛斗は思わず苦笑いしてしまう。


「バイトだよバイト。流石にタダであげる訳にはいかんって」

「バ、バイト?」

「そう。5月4日昼からの1日限定で、日給1万円」

「マジ?1万円貰えんの!?やるやる!」


 知輝が更に距離を詰め、キラキラ輝く目で寛斗を見つめてくる。あまりの喰いつきっぷりに寛斗は少し引きながらも1人目が決まった。同じく食いついていた真二は部活があるらしく、残念がっていた。そして即決したのは知輝だけではない。


「俺も行こっかな〜。ぶっちゃけお金にはマジ困ってんだよね。連休後半も部活ない日はずっとデートだし。交通費に食事代に遊び代にホテル代に……」


 貴大も知輝に続いて手を挙げた。誰も訊いていないのにお金の使い道までベラベラ喋り、女子はもとより一部の男子までもがドン引きしたのは言うまでもない。


(ホテルって……まだ16か17(歳)でしょ。


でも……)


 菫は貴大にツッコミながらも考え込む。確かに日給1万円は高額だし、高校生にとっては魅力的だろう。正直な話、菫も少し靡いている。やはりお金は欲しいし、いくら昔自分が学費を工面したとはいえ、葵に頼りっぱなしなのもちょっと……と思わなくもない。

 だが、それと同時に……どんなバイトなのかがどうしても気になってしまう。


「何さーその高収入なバイトは。もしかして詐欺でもすんじゃねーだろーなー!?」


 そんな菫の気持ちを知ってか知らずか、日向がその内容について訊く。すると寛斗は吹き出して勢いよく首を横に振る。


「違う違う!!する訳ないだろ!なんていうかその……モニタリングってやつかな。来月にうちのグループ会社が新しいレジャー施設をオープンさせることになったんだ。で、試しに行ってきてフィードバックが欲しいって」

「へぇ、面白そうじゃねーか!」

「で、どんな施設なんだよ?」

「それは当日までのお楽しみ!」


 参加が確定した2人は早速興味津々な様子だ。しかし寛斗はその施設の詳細までは教えなかった。


(なるほど……とりあえず犯罪じゃあなさそうね)


 それを聞いただけでも一安心した菫は……おずおずと手を挙げた。


「清宮君、私も行こうかしら」

「……すっ、すー様も!?」



 菫が挙手した瞬間、寛斗はびっくりして黙り込んだ。まさか菫が名乗り出るとは思わなかったのだろう。そんなリアクションをされてしまっては、菫も再び訝しんでしまう。


「ど……どうしたの?」

「いや……まさかすー様が手を上げるなんて思ってなかったから。……まぁいいや!ぜひ来てよ」


 寛斗は少しだけ考え込んだ後、OKを出した。とりあえず大丈夫そうなので菫はホッとした。横で聞いていためぐるも行きたがっていたが、よりによって部活の日なので残念そうにしていた。

こうして菫が名乗り出たのを皮切りに……


「僕も行きたいです!」

「私も行くー!新しいソフト買いたいけどお金ないしー」

「俺も金ないから行きてー」

「私もー!今月ピンチなの」


 直、萌、幸輔、未夢もバイトへの参加を表明した。そして……


「俺も行くわ」


 まさかの凜も挙手をした。3組の皆には全くの予想外で、教室内にはどよめきが走った。ただ、言い出しっぺの寛斗だけはそうでもないのか、ニヤリと笑みを浮かべている。


「オッケー、ばったん、今川さん、ザワ、畔柳さんと……凜な。他はいるー?」

 

 そこから名乗り出る者はおらず、最終的に菫、知輝、貴大、直、萌、幸輔、未夢、凜の8名で落ち着いた。

 参加者には後日寛斗からLIMEが来た。集合場所はとある駅で、なるべく動きやすい服装に歩きやすい靴で行くようにと。集合場所は廃ホテルの最寄駅らしく、そこからは清宮家の所有するマイクロバスで一行は現地へと向かったのであった。


 ちなみに菫は少なからずそのバイトを楽しみにしており、琴葉と昨日LIMEでやり取りをしていた。


『モニタリングとか言ってたけど……

絶対何か面白いことある展開よね〜!

もしかしたら……清宮家の本家に連れてかれるとか!?』


 暫くしてから琴葉から返信が届いた。


『も〜菫ちゃん!

なんで清宮君の本家が出てくんのよ笑

しかも元ネタ学園ものじゃないし笑』


 

 一方、菫と同じく女子の参加者である、萌と未夢も狼狽している様子だ。


「…ちょちょちょ!!ここ本当に新しくできるとこなの!?ねぇ、きよみー!」

「どう見てもボロ旅館じゃない!」


 萌に呼ばれるがまま、寛斗も他の皆より少し遅れてマイクロバスから降り建物の前に来た。運転していた、鍵谷(かぎや)というスーツを着ている30代ぐらいの執事と一緒に。彼の手に握られているものは……3本の懐中電灯だ。


「いや、正真正銘の新しいレジャー施設だよ。あと、バブル時代って程古くもないし。ねぇ、鍵谷さん」


 あっさり答える寛斗に、鍵谷も眼鏡をクイっと上げてから大きく頷く。


「はい、左様でございます。ここは廃旅館を使わせて頂いた、肝試し会場でございます」


 鍵谷によると、この「ホテルスエヨシ」は10年程前に廃業し、廃業後は全く買い手がつかず長年の間放置されすっかり朽ち果てていた。そのため不法侵入や破壊行為が後を絶たず、尚更荒廃に拍車がかかっていたという。

 また実際にそんな事件や事故はないにも関わらず、人が死んだという噂まで流れ、心霊スポットとしても一部では有名になっていたようだ。


 清宮財閥の数多いグループ会社の一つである、清宮観光なる会社が「ホテルスエヨシ」を買い取ったのは半年ほど前。違法行為を防ぐべく、リニューアルに着手したという。


「でも何でこのままにしてんのよ?こんなにボロいんだからさっさと解体して新しく立て替えたらよくない?」


 未夢がもっともなことを言うので、鍵谷と寛斗は解体しない理由を冷静に告げる。


「実は清宮観光の役員の中にそういう建物のマニアがいましてね。なるべく朽ち果てたままで何かに利用できないかと…」

「で、肝試しかサバゲーの会場にしたらどうだ、って。それで肝試しの方が気楽に入れるから、そっちになったんだよな」


 それを聞くと、菫は何となく腑に落ちて「あ〜」と口走った。


「中々面白い発想ね。確かに廃墟のままより不法行為は減らせそう」

「サバゲーは準備が大変ですからねぇ」

「お前ら何納得してんだよ…」


 菫に続いて直も同調するが、知輝は引いた様子でツッコミを入れる。しかし……


「へぇ……中々面白れーことやるじゃねーか」

「そうかー?俺的にはサバゲーの方が面白そうだけど」

「脱出ゲームみたいで面白そー!」


 凜と幸輔に、最初こそ動揺していた萌も案外ノリノリな様子だ。ゲーマーである萌と幸輔はともかく、凜がこんな調子なのは中々珍しい。

 しかし、残りの3人はここに来て拒否反応を示しており……


「おっ…お前ら正気か!?」

「こんなとこ絶対無理なんだけど!オバケ出そうじゃん」

「こんなにボロボロなんだし今にも潰れそうだぜ〜?」


 知輝、未夢、貴大は早速文句を言い出した。それでも鍵谷と寛斗は涼しい顔であしらう。


「大丈夫ですよ、安全のため雰囲気を壊さない程度で改装と掃除をしておりますから。例えばガラス片などの危ないゴミや、古い消火器など危険なものは撤去しております」

「どうしても嫌なら帰ってもいいけど?」


 寛斗がそう言うと、知輝、貴大、未夢はその場を離れようとしたが……


「……1万円いらないんならな」


 と続けたので、3人とも足がピタッと止まった。



 そのまま寛斗は話を続ける。


「それに帰るとしてもどうやって帰んの?この辺バスないぜ」


 この廃旅館は山道沿いにあり、周りには無数の木々が生い茂っている。すぐ前に片側1車線の道路こそあるものの、バス停らしきものは近くにない。そもそも一行の交通手段も清宮家所有のバスだったのだから。

 そして凜がとどめの一撃をお見舞いする。


「お前らよっぽど怖えーのか?あんなただの廃旅館如きで」

「「「!!」」」


 流石にイラッとしたのか、3人はさっさと戻ってきた。


「こ、怖くなんかねぇ!わーったよ、行ってやるよ!1万円のためならな!」

「しゃーないな〜。ホリトモが行くんなら…」

「あーあ、絶対靴汚れるでしょ!せっかくブランドのスニーカー履いてきたのに!」


 どう見ても渋々だが、知輝、貴大、未夢も「肝試し」に参加する気にはなったようだ。


(凜、サンキューな)


 笑みを浮かべてそう思いながら、寛斗は羽織っているパーカーのポケットから紙とペンを取り出した。


「じゃあ誰と行くか決めようぜ!鍵谷さんは外で待機だから、今いるのは俺含めて9人……ということは3人ずつか」

「えっ、でも肝試しって普通ペアじゃないですか?」

(確かにだいたい男女ペアよね。で、2人の距離が縮まるっていう。……でも恋愛イベントはもういいし3人で良かったわ)


 菫がそう思っているとは知らずに、直は彼女をチラッと見て意見する。


「いやでもペアにしたら1人余るって。それに女子は3人だけだし」

「ぼっちで肝試しとか最悪だろ」

「それなら男同士ペアの方がマシだな」

「じゃあ3人でいいですよ〜」


 寛斗、幸輔、貴大、直で話し合う中、知輝は女子3人をチラ見しボソッと口にする。


「ペアだったとしてもな〜……あいつら全員まな板だし……」

「ホリトモ、なんか言った?」

「!!」


 未夢の声が聞こえると同時に知輝が振り向くと……女子3人がジリジリと距離を詰めてくる。3人とも鬼の形相で睨みながら。当然、知輝はサーっと血の気が引いた。


「い、いや、何でもねぇよ……」

「あら、まな板って言ってなかったかしら?」

「そ、それはこっちの話……」

「こっちの話ってどゆこと?」

「ま、まな板欲しいな〜って」

「なんで今そんな話になるのよ!?」


 こうして菫、萌、未夢に詰められている知輝を、凜は呆れたような目つきで眺めていた。いつの間にか凜の隣には寛斗がいて、紙とペンを持ったまま手招きをする。


「みんなこっち来てー!アミダで班決めするから」




(この中で頼りになりそうなのは清宮君、生田目君……あと上川畑君も割とよく話すしね。この3人の中の誰かと一緒だったらいいわね。後はちょっと……)


 そう願いながら、菫はアミダの中から一つ選んで名前を書いた。他のメンバーもどんどん名前を書き、あっという間に全て埋まる。


「よっし……開けてみよー」


 寛斗がそう言ったと同時に、折ってある下の部分をゆっくりと開いた。



「じゃ、先行ってくるな!」

「あ〜、ちょっと怖いかも」

「ワクワクする〜!」


 寛斗率いる1班。他の面子はビビっている様子の貴大と、反対に心を弾ませている萌。この3人がトップバッターで、入口のロープを跨いで中に入っていく。


「ぼっちゃま、気をつけて行ってきてくださいね」

「いってらっしゃい」

「怪我するなよー」


 鍵谷と他の班の面々に送り出される中、3人の姿は中へと消えていった。

 次の2班が出発するのは5分後。その1人である未夢は早速班員について愚痴をこぼしている。


「本当最悪なんだけど〜。なんでホリトモとザワなんかと回らなきゃいけないのよ」


 そう言われた知輝と幸輔はカチンと来たようで、未夢を睨みながら言い返す。


「ああ?文句言うんなら帰れよ」

「こっちこそお前より今川か宮西がよかったわ」

「はぁ!?」

「まぁまぁ、喧嘩はやめてくださいよ〜」

「仲良くやれよ。お前らこれから一緒に肝試しするんだろ?」

 

 危うく2対1で一触即発になるところ、直がその間に入った。それどころか珍しく凜まで口を挟んでくる。


「仲良くやれる訳ねーだろこんな奴と!」

「それはこっちのセリフよ!」

(大丈夫なのかしらこの班……)


 止めるのも虚しく、知輝も未夢も反目し合い2人の目と目の間にバチバチと火花が散っていそうなほどだ。  

いつまでもこんな調子なので菫は心配になり、直はため息をつき、凜もやれやれという表情になる。


「2班の皆様、5分経ちましたよ。そろそろ出発です」


 そんな険悪な状態でも、鍵谷は冷静に3人に声を掛け出発を促す。知輝は渋々懐中電灯を受け取り、「お前ら行くぞ」と吐き捨ててから中へと入って行く。それから幸輔も続く。未夢もいかにも嫌々といった感じでノロノロ歩く。

 かくして残ったのは菫、凜、直の3班のみだ。


「……みんな行っちゃったわね」


 人が減って辺りはすっかり静かになる。菫が呟くと、待ってましたとばかりに直が反応する。


「後は僕達だけですね!…宮西さんは怖いですか?」

「うーん…ちょっと怖いかも。見た感じでは暗そうだしね」

「肝試しつったってただの廃墟だろ。脅かし役とか仕掛けとかねぇだろうし、大したことねぇんじゃね?」


 2人の会話に凜もしれっと参加する。凜は貴大らと違って怯えている様子は一切ない。


(生田目君が怖がってるなんて正直想像出来ないけど……もし怖がったらどうなるのかしら?案外クールな子の方がビビる展開もありよね……)

 

 こんな状況でもいつも通りクールな凜だが、菫にとっては恐怖に怯えている彼を見たくないと言えば……嘘になる。むしろ見てみたいとすら思い、菫は少しだけニヤける。それは直も同じようで……


「そんなこと言って〜、生田目君だってちょっとはビビってませんか?」

「全然」

「…でも本当は?」

「しつけーよ」


 ソッポを向く凜と、構わずに茶々を入れる直。この組み合わせを見るのも初めてで、菫は2人のやり取りを見てププッと笑った。尤も、直の方は誰彼構わず話しかけるタイプだが。


「お三方、もう5分経ちましたのでそろそろ…」


 ここで鍵谷から声が掛かり、3班も出発することとなった。凜が懐中電灯を受け取り、菫と直に「行くぞ」と言ってから入口のロープを跨ぐ。菫もドキドキしながらついていく。


「気をつけて行ってらっしゃいませ」


 鍵谷の声が後ろから聞こえる中、3班の面々もゆっくりと入っていった。


(…これで皆さん入られましたね。あとは全員無事に帰ってこられることを願うだけ……ん?)


 ずっと見守っていた鍵谷だったが……近くにバイクが置かれていることに、今気が付いた。それも3台も。


(なぜあんなところにバイクが?……まぁツーリングでもなさってるんでしょうかね)



 まだ14時過ぎだと思えない程、廃旅館の中はかなり暗い。元々この日は曇っているうえ、山の中で当然照明もないのだから無理はない。懐中電灯のおかげで何とか周りを見渡すことはできる。

 

 最初に入った広いロビーでは、現役時代からのテーブルやソファがあちらこちらに散乱しているのが見える。雨漏りもするのか、ところどころに金属製のバケツも置かれ、時折ピチャッと水音が鳴る。また壁には無数の落書きや見事なスプレーアートが描かれてある。


(……いざ入ってみるとやっぱり不気味ね)


 菫は寒気を感じ、つい足がすくんでしまいながらも何とか順路へ進むと……


「うわぁ!!」

「キャッ!?」


 直がいきなり叫び声を上げた。菫もつられて叫んでしまう。


「どうした?」

「あっ、あれ……」


 唯一叫ばず動じていない凜が訊くと、直は上擦った声で言いながら指差す。凜はそこに向かって懐中電灯で照らした。


「…………」

「わっ……」

 

 凜は黙ったままで、菫は目が点になった。恐怖を感じた……のではなく、品のなさにドン引きして。

 懐中電灯で照らされたところには、ピンク色のスプレーでデカデカと落書きが書かれていた。『ま××』と。


「……おい、こんなのスルーしろよ」

「だって……なんでこんなこと書くんだろうって思いません?わざわざ廃墟に来てまでですよ」

「知らねーよ!どーせ堀みてぇな変態が書いたんだろ」

「……確かになんでかしら?」

「いいからさっさと行くぞ」


 そう言われてみると……菫も確かに気になる。答えが出ないまま、凜は2人を急かす。すると……


「きゃああ!!」


 今度は菫が驚いて叫び声を上げ、その場で硬直する。


「どうしました宮西さん!?」

「あ、アレ……」

「ったく何だよ…」


 続いて菫が見た方へ凜が懐中電灯を向けると、そこにもスプレーで描いたと思われる絵があった。

 黒のスプレーで描かれた人の顔のようなものに、真っ赤なスプレーで目、鼻、口に更に落書きが施されている。まるでそこから血が流れているかのように。


「うわっ!!…これはかなりビックリしますね」


 菫同様にビクッとした直とは対照的に、凜は一向に驚いたり怯えた顔を見せない。


「……ただの落書きじゃねーか」

「そうだけど……怖くない!?血が出てるみたいじゃない!」

「壁から血が出る訳ねーだろアホか」

「…………」


 必死に恐怖を訴える菫だが、凜には全く響かない。終いには半ばバカにされ……ぐうの音も出なかった。と同時に、これには菫も流石に腹が立った。もちろん壁から血が出るなんて有り得ないことだし、言っていることは至極真っ当なのだが。


(……何よ!私はこんなにビックリしたのに!そんな言い方しなくてもいいでしょ)


 他の2人を待たずにせっせと進む凜の背中を、菫はギロリと睨みつけた。そんな菫を直はひたすら宥める。


「まぁまぁ宮西さん落ち着いて。僕達も早く行きましょうよ」


(ったく……いい年して落書き如きでビビんなよ)


 直に促されるまま着いてくる菫を尻目に、凜はそう思いながら一足早くロビーを後にし、階段を登り始めた。



 その頃、1班は――


「えーっとここは……あっ!!」


 萌がとあるドアを開けると、すぐ前に「KEEP OUT」と黒字で書かれた黄色いテープが何重にも貼られている。なのでそこから先へは進めない。


「今川さん、そこ危ないから入っちゃダメだって」

「えっ、そうなの?」

「本来なら非常階段があるんだけど、ところどころ錆びついてるらしいよ」


 寛斗が理由を話すや否や、萌と貴大はゾッとした。何せ3人がいるのは3階。この錆びついた階段を踏み抜いてしまうと……当然真っ逆さまに落ちる。

 

 この肝試しは最初に最上階の3階まで上ってから、2階と1階に降りていく順路になっている。早くも寛斗達1班は3階の部屋をほぼ全て回り、2階へ降りようとしていた。その途中であの非常階段を見つけたのだ。

 この廃旅館の階段は先程の非常階段を除くと2箇所あり、最初に3階に上る方と反対側の階段から2階へと降りていく。階段を降りながら、萌は少々難しい顔をしている。


「うーん……なんかちょっとマンネリって感じかな〜。どの部屋も似たり寄ったりだし」

「確かにな…」


 少々辛口な意見に対し、寛斗も顎に指を当てて同調する。確かに3階の客室はどの部屋も布団や物が散乱していたり落書きが少々あるだけで、特に見ごたえはない。強いて言えば、菫が先程ビックリしたような、血を連想させる赤い落書きや手型があるぐらいだろうか。


「やっぱ脅かし役は要るんじゃない?ただ廃墟の中回ってるだけじゃねぇ…」

「そうだよなー。ありがと、今川さん。後で担当の人に言っとくよ」

「あ!こんなのどうかな?首吊り人形置くとか」


 萌に言われるがまま、寛斗は先程回った客室にそれが置かれているのを想像し……正直なところ背筋が凍りついた。


「……いやそれは怖過ぎるだろ。でも肝試しだしそこまでやってみても…」

「な、なぁ!きよみー…」

「え?」

「そ、そのデニム……ヨニクロのやつだよな?お、お前でもそんなの着るんだ…?」


 突然何の脈略もない話を始めた貴大の声は、かなり震えている。この中に入ってから、貴大はずっとこんな調子だ。黙って震えているか、こんな声で肝試しと関係ない話をするかの二択である。どう見ても恐怖に怯えているようにしか見えない。

 寛斗は仕方なしに貴大に話を合わせる。


「別に普通に着るけど?」

「だ、だって……あの清宮財閥なのに……」

「なんか落ち着かないんだよな、高い服着ると。まぁ俺今日靴以外全部ヨニクロだけど。……ていうかこの話さっきもしたよな?」


 そう、実は3階に向かっている時も、貴大は寛斗のパーカーがヨニクロのものではないかと言っていた。貴大自身も図星だったのかビクンと震え、細い目が少しだけ見開く。


「そ、そ……そぉだっけぇ……?」

「うん、してた。あの時もきよみー、全部ヨニクロだって言ってたじゃん」


 萌にまで同じことを言われ、貴大がガックリ項垂れたのも束の間……


「#@$%◆;◎★⁂!!」

「えっ!?」

「ターちん!?」


 声にならない声を上げて腰を抜かす貴大の足元を、寛斗が懐中電灯で照らすと……


「……何だよ、カマドウマじゃん!」

「もぉ!ターちんったらビビりすぎ〜」


 まさかのカマドウマにすら怯える貴大に、寛斗は呆れて萌はゲラゲラ笑うのだった。



 その頃、2階のとある客室では……


「おい、俺にも1本くれよ」

「…てめぇタバコ忘れたのかよ?」

「わりぃわりぃ」

「チッ、後で返せよな」


 上下ジャージ姿の若者3人組がいて、そのうち2人はタバコを吹かしている。もう1人の金髪ロン毛に白いジャージの若者も、隣にいるスキンヘッドにサングラスの太った男から1本貰い、火をつけた。残りの金髪リーゼントに髭を生やした紫ジャージの男も、美味しそうに吸っている。

 この3人組……どう見ても素行が良さそうに見えない。もちろん清宮財閥の関係者でもない。


「なんか前来た時より綺麗になってねぇか?もっとゴミいっぱいあった気がするぜ」

「そーか?気のせいじゃね」

「細けぇこたぁ気にすんな!やっぱココは溜まり場としちゃ最高だぜ!誰も来ねぇしよ!」

「ポリも滅多に来ねぇしな!」

「酒飲もうがタバコ吸おうがクスリやろうが誰も注意しやしねぇ!」


 ここがよっぽど良い溜まり場なのか、3人とも勝ち誇ったかのように高笑いする。その周りにはモクモクと紫煙が立ちこめる。換気扇もないので当然のことだが。


「あ、そーだ。今日も誰か他の奴来てんじゃね?」


 金髪ロン毛の男が思い出したように言うと、他の2人も「あ〜」と頷く。


「半年ぐらい前だっけか?写真撮ってた奴」

「ああ、覚えてるぜ。ちょっと脅したら2万円くれたよな?」

「アイツの顔マジ傑作だったよな!小便垂らしそうなぐらいビビりやがって」

「あ〜、今日もいねえかな。金いっぱい持ってる奴」


 リーゼントの男は部屋の外をチラッと見てから、煙を大きく吐いてニヤリと笑った。




 一方、2班はというと――


「おい、本当にいいのかよ……」


 訝しげな眼差しで幸輔が呟くも、知輝はお構いなしで2階の大広間を探索している。もう1人の班員である未夢はまだ根に持っているのか、ビリビリに破れた障子の前につっ立っているだけだ。仏頂面でいかにもやる気がなさそうに。


「別にバレなきゃいいだろ。3階なんか面倒くさくて回ってらんねーよ。てかボロいだけで怖くも何ともねーじゃん」


 知輝は懐中電灯で落書きを照らしながら返す。少し前に菫達3班が上りの階段を通過する際、2班は2階の物陰に隠れ、周りが暗いせいで全く気付かれなかった。未夢は一刻も早く終わらせたいので、この「ショートカット」に二つ返事で賛成したが、幸輔は未だに懐疑的だ。


「いやいやバレたらどうすんだよ!1万円貰えなくなるかもしれねーじゃん」


 そう言われると……知輝も未夢もギョッとする。そもそも1万円目当てでここにいるのに、貰えないとなると本末転倒かつ今までの苦労が水の泡になってしまう。


「だ……大丈夫だろ……ん?」


歯切れの悪い返事をした後、知輝は何かに気付いた。


「どうした?」

「なんか今笑い声が聞こえたような……」

「きよみー達じゃないのー?」

「ヤベッ、3階行ってねーのバレるかも」

「暫くここから出ねぇ方が良さそうだな」


 幸輔の鶴の一声で、2班の面々は当分この大広間に籠城することにした。障子の前にいた未夢も大広間の中へと引っ込む。




「ん?何か聞こえねえ?」


 タバコ1本吸い終えたところで、サングラスの太った男がぼそっと言う。仲間2人も一斉に聞き耳を立てる。


「そういやそうだな」

「……ちょ、女の子の声聞こえてこん!?」

「女!?こんなボロ旅館に来るのかよ」

「いやいやマジで。ちょうどよかった……俺だいぶ溜まってんだよな〜」


 未だに紫煙を燻らせて鼻の下を伸ばすロン毛の男に、サングラスの男は吹き笑いしリーゼントの男は苦笑いする。


「相変わらずゲスいこと考えてやがるぜてめぇは。てか女は女でもブスだったらどうすんだよ」

「別に関係ねーし」

「そんなことより金だ金!おいテメーら、早く行くぞ!」

「ちょっ、待……」


 リーゼントの男の主導の元、不良男達は声が聞こえる方へと向かう。ロン毛の男は急いでタバコを吸ったせいで煙に咽せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ