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10ページ目 菫さんの楽しいHoliday


 二度目の高校生活初の、ゴールデンウィーク初日。菫と琴葉はとあるマンションの一室の前に立っている。足音が聞こえたのか、早速ワンワン吠える声が中から響いている。


「今日も元気ね」

「菫ちゃんが来てくれたからじゃない?」


 2人は思わずニヤけてしまう。部屋のオートロックは既に開けてもらっており、菫はドアノブを握ってグッと引いた。


「おはよう、瑠奈(るな)ちゃん」

「お姉ちゃんおはよー!」

「おはよ……ふぁあ」


 玄関には既に、灰色メッシュが入った暗いアッシュ色のロングヘアの女性が立っている。菫と琴葉が元気よく挨拶をしたのに対し、パジャマ姿のその女性は大きなあくびをした。2人とも彼女が夜遅くまで仕事をしていることを知っているので、文句は言わない。

そして迎えてくれたのは彼女だけでなく……


「ドンキーもおっはよー!」


 隣にいる茶色い豆柴犬も勢いよく尻尾を振ってピョンピョン跳ねている。先程の吠える声も彼のものだ。菫と琴葉がその場にしゃがんで撫で撫ですると、すぐにゴロンと寝転んで白い腹を見せた。もう何度も会っているからすっかり懐いている模様。


「せっかく寝てたところ起こしてごめんね」

「首輪とリードどこだっけ?」

「もう行くの?琴も菫ちゃんもゆっくりしてきなよ」

「え、でも…」

「いいからいいから。また後で昼寝でもするし。いつもお世話になってるからお茶ぐらい飲んでって〜」


 こうして促されるまま、菫と琴葉は部屋に上がり込んだ。ドンキーも嬉しそうに着いていく。




 この部屋の主のと星野(ほしの)瑠奈(るな)は菫の元同僚であり、琴葉の姉でもある。ただし、瑠奈と琴葉は親の再婚で姉妹になったので血縁関係はない。しかも2人の親はまた離婚したので今は苗字も違う。それでも今もこうして時々会うほど仲は良い。

 

 瑠奈は今も夜職を続けており、今はとあるクラブで働いている。菫と瑠奈は同い年で入店時期もほぼ同じ、意気投合するのにさほど時間はかからなかった。菫が夜職から足を洗った今もなお、こうして連絡を取り続けている。

 

 そして時間がある時は、菫は瑠奈に代わってペットのドンキーの世話を手伝っている。今日も菫は特に予定がなく葵も仕事があるので、ドンキーの散歩を買って出た。琴葉も部活がてら遊びに行くことにした。

 夜職だと散歩に行ける時間は限られているし、菫は可愛い犬と散歩が出来るしで双方にとってプラスになっている。また、豆柴であるドンキーが菫にとってはちょうどよいサイズで、相性も良いようだ。




「……で、高校生活は上手くやってんの?」

「上手くやってるわよ〜」


 瑠奈が紅茶を出しながら訊くのに対し、菫よりも先に琴葉が答えた。


「なんで琴ちゃんが先に答えてんのよ〜」

「で、時々青春あるある言ってんのよね。校舎裏で告白するとか。だいたい時代遅れかフィクションなやつだけど」

「そんなことないでしょ〜。こないだだって喧嘩を見たんだから!場所は河原じゃなくて公園だし「お前つえーな」「お前もな」とかは言ってなかったけど」

「……そういうとこよ、菫ちゃん……」


 ローテーブルに並んで座る菫と琴葉のやりとりを見て、瑠奈はクスクス笑う。菫の膝の上にはドンキーが寝転んでいて、リラックスしているのか目を細めている。


「こうして見ると菫ちゃんガチの高校生みたい。いいなぁ、楽しそうで。私なんかロクなことなかったな〜。バカ高校で不良しかいなかったし」


 自分の高校生活を思い出してため息をつく瑠奈に、菫はくくっと笑う。


「そんな高校で2回もダブったのね……ユニちゃん」


 琴葉まで笑い出す中、瑠奈は一気に無表情になった。


「まぁそれはもう終わったことだから……桜子ちゃん」


 「ユニ」こと瑠奈からかつての源氏名で呼ばれ、菫は黙って人差し指を唇につけた。


 

 瑠奈も自分の分の紅茶を淹れてから、2人の前に腰を下ろして話を元に戻す。


「でもさ、一回りも年下の子と話合うの?ゼネレーションギャップとか感じない?」

「まぁそれは……何とかね」


 菫が答えた後、琴葉は何かを思い出したのか口に手を当て、クスクス笑い出した。


「菫ちゃんったら……友達に『弱小哀歌ベースボーイズ』読んでるって言っちゃったのよ」

「ちょっ!琴ちゃん……」


 瑠奈は思い切り吹き出すので更に恥ずかしくなり、菫はローテーブルに突っ伏す。ドンキーはそんな菫の頬を横からペロペロ舐める。




 それは昨日の昼休憩、食堂にいる時だった。菫は今度こそめぐるのグループの面々と昼食を食べていた。

 流行りの有名人の話になった時、菫は一切ついていけず、TVは見ないしSNSもやっていないで一旦逃げた。SNSについては夜職時代はやっていたが、今はアカウントを削除している。

 

 しかし、めぐるから休みの日は何をしているのか聞かれた結果、菫は漫画をよく読むことと『弱小哀歌ベースボーイズ』が好きだとうっかり言ってしまった。周りがシーンと静まり返ったのは言うまでもない。

 琴葉がそれを知っているのは、たまたまその時に近くいたからである。




「……そりゃ『弱小哀歌ベースボーイズ』なんか今時の高校生読んでないでしょ!」

「そうなの!?面白いのに〜!昔から嫌なことがあった時はこれ読んで思いっきり笑ってたのよ」

「私だって菫ちゃんが言うまで初耳だったわ。スマホで調べたもん」

「…………」


 『弱小哀歌ベースボーイズ』とは菫お気に入りの野球ギャグ漫画で、20年と長期連載されシリーズ化もしている。だが……今時の高校生は知らなかったようだ。真二からは「そんな漫画があるのかー」、寛斗からも「ごめん、知らないなー」とはっきり言われた。

 

「そりゃ思ったわよ。やっちゃった!って。

でもね……いたのよ。知ってる子が!」


 菫が不敵な笑みを浮かべて言うと、瑠奈と琴葉は「ええっ!」と驚く。実はグループの中で唯一、沙希だけが『弱小哀歌ベースボーイズ』を知っていた。沙希の兄がその続編を読んでいるのだという。もちろん菫は安堵し、沙希の兄に感謝の気持ちすら芽生えたほどだ。


「とりあえず良かったじゃん。……で、琴葉は学校どうなの?体調とか大丈夫?」

「大丈夫よ!今日もこれから部活行くし」

「おっ!行ってくるのね。ちょっと待って……」


 琴葉にも同じ話題を振ってから、瑠奈は高級ブランドの財布から千円札を取り出し、琴葉に渡す。


「はいコレ。お花代ね」

「ありがと!お姉ちゃん」


 姉妹のやり取りを眺めて、菫は懐かしさを感じる。そういえば自分も葵に時々部費を渡していたなぁと。視線に気付いた琴葉は菫の顔を覗き込む。


「……菫ちゃんも入る?花道部に」

「わかんないわよお花なんか」

「前いっぱい貰ってたでしょ〜」

「お客さんから貰っただけよ」


 菫と琴葉が話しているところで、瑠奈は細いタバコを手に取り1本咥えた。ほぼ反射的に菫はローテーブルの上に置いたライターを取り、シュッと音を立てて火をつける。その反動でドンキーは菫の膝から落っこちて、不服そうな表情を見せた。


「ありがと」


 タバコを咥えたまま礼を言うと、瑠奈は笑いながら冗談を口にする。


「……まさか学校でもこんなことやってないよね?」

「する訳ないでしょ!今禁煙だし。てかタバコの煙はよくないわよ。琴ちゃんにもドンキーにも」

「そうよ!煙たいから外出て!」


 菫も琴葉も文句を言い、ドンキーも「そうだそうだ」と言わんばかりにワンと1回だけ吠える。「はいはい」と言って瑠奈はタバコを咥えたまま、ベランダの窓を開けて外に出ていった。



 瑠奈のマンションを出た菫は部活に行く琴葉と別れ、ドンキーを連れて緩やかな上り坂へと向かう。この道はよく行く散歩コースの一つで、ドンキーも軽い足取りで歩く。よっぽど散歩が嬉しいのかせっせかせっせかと上っていく。


「待ってドンキー!」


 リードを引っ張られ、菫は早くも着いていくのがやっとだ。ドンキーは今年1歳、まだまだ遊びたい盛りなお年頃である。菫と違って体力があり余っているようだ。坂を上り切ると既に菫は息が絶え絶えで、休まず先を急くドンキーのリードを数回引っ張って、何とか止めた。


「ちょっ……ちょっと休憩……」


 菫はハァハァと肩で息をしながら一旦立ち止まり、その場に屈み込む。ドンキーも座ると、「何でこんなに疲れてるの?」と半ばバカにしていそうな目つきでじーっと眺めてくる。


(も〜、ドンキーが元気過ぎてこっちが大変よ!

でも瑠奈ちゃん忙しくてあんまり散歩行けてないって言ってたわね。身体は鈍るだろうしいっぱい遊んで羽を伸ばしたいわよね〜……そうだ!)


 良い考えが思い付き、菫は思わず手を叩いた。そんなドンキーにとってお誂え向きな場所が、この近くにあるのを思い出したからだ。念の為財布の中身を確認してから、菫は再び歩き出す。


「ドンキー、今日はあっちに行きましょ!

いっぱい遊べるしお友達も出来るかもね」


 言っていることがわかっているのか、ドンキーは目をキラキラ輝かせて着いて行く。






「そーれっ!」


 掛け声と共にボールを軽く投げると、ドンキーは全力疾走し、あっという間にそれを咥えて拾い上げる。そして再び菫の元に戻って返す。


「ちゃんと返してくれるのね。賢い賢い!」


 頭も身体も撫で撫でされ、ドンキーは嬉しそうに尻尾を振っている。


 ここは「Dog Island」というドッグカフェであり、菫とドンキーはその敷地内のだだっ広いドッグランで遊んでいる。連休初日の午後なのでカフェはほぼ満席、ドッグランにいる犬と飼い主の姿もすこぶる多い。小型犬から大型犬までいるが、どの犬も皆楽しそうだ。ドンキーのようにおもちゃで遊ぶ者もいれば、他の犬と一緒に走ったり飼い主以外の客に構ってもらったりと、どの犬もそれぞれ満喫している。

 

 そのドンキーはというと、ボールを渡した後お座りをして上目遣いで菫の顔を覗き込んでいた。


「ん、もっと投げて欲しいの?」


 「うん」と言わんばかりに熱い視線を投げてくるので、菫は1回目よりも右手に力を込めてボールを思いっきり投げた。もっと遠くに飛ぶように……


「あ゛っ!!」


 と思っていると、思いの外遠くに飛ばし過ぎてしまい……ドッグランの柵の外に行ってしまった。菫が思わず声を上げる一方、ドンキーはボールが飛んだ方の柵まで走り、そこで止まって呆れ顔で菫を眺めている。まるで「何やってんだよ」と言っているようだ。


「ごめーん。遠くに投げ過ぎちゃったわ」


 ドンキーに言うと、菫はドッグランの入口へ急ぐ。「お姉さん下手くそ〜」と子供の声が聞こえてくるが、元々ノーコンだし慣れっこだから菫は大して気にしない。幸い近くに家や別の建物はなく、「痛っ」と言う声も聞こえないので、恐らく人にも当たっていないようだ。とりあえず人や物に当たらなかっただけで菫はホッとする。


 ドンキーを連れ、他の犬が出て行かないように素早くドアを開け閉めし、ボールの飛んだ方へ向かう。投げたボールはテニスボールぐらいの大きさで赤色だ。辺りを見回したが見当たらない。菫は視覚を使ってもう一度くまなく地面を見渡すが、それらしき物はない。

 一方、ドンキーは鼻をクンクンさせ嗅覚で探している。すると、彼はドッグランに隣接する空き地の茂みに顔を突っ込んだ。


「あ!」


 程なくして、ドンキーはそこからスッと顔を出す。あの赤いボールを小さな口でガッチリ咥えて。


「ここにあったのね〜!さっすがドンキー!

本当にお利口さんなんだから〜。よしよし」


 ボールを貰うと、菫はニッコリしながらドンキーを抱っこして身体を撫で撫でし、高いトーンの声で褒め称えていると……




「あれっ、すー様??」




 突如そのあだ名で呼ばれ、驚いた菫はドンキーを抱っこしたまま反射的に振り向いた。



「あっ……めめちゃんじゃない!」


 目の前に立っていたのは……めぐる。まさかこんなところで出くわすとは思っていなかったのか、びっくりした顔を見せている。それは菫も同じだが。それでもめぐるはすぐに嬉々とした表情へと変わる。


「えっ!?もしかしてすー様もワンちゃん飼ってんの?」


 めぐるは嬉しそうに駆け寄り、菫が返事をする前にドンキーにも「こんにちは〜!」と挨拶し、手を差し出して匂いを嗅がせる。するとドンキーはすぐ嗅いだだけでなく、その手をぺろりと舐めた。もちろん尻尾も振りながら。


「ううん、うちの犬じゃなくて……知り合いのワンちゃんよ。その人、仕事が忙しくて時々私が代わりに散歩に行ってるの」

「そーなんだー。めっちゃ可愛いじゃん!ペロペロ舐めてくれてるし」


 流石に元同僚とは言えず、菫はお茶を濁すが、めぐるは気にせずにドンキーの頭を愛おしそうに撫でている。そのめぐるも腕にリードを通している。その先には服を着た黒と茶色のミニチュアダックスが繋がれていて、尻尾を振ったままピョンピョン飛び跳ねている。


「あら、はじめまして〜」


 菫はドンキーを地上に下ろしてしゃがみ込み、今度はめぐるの犬に挨拶して撫で撫でする。ドンキーも興味があるのか尻の匂いを嗅ごうとする。


「めめちゃんのワンちゃんだって人懐っこいじゃない。あっ、お腹見せてる!」

「クッキーは男の子だから女の子大好きなんだよな〜。ワンちゃんも人間も」

「男の子ね。ドンキーもよ。女の子大好きなのも一緒じゃない」

「この子の名前はー?」

「ドンキーっていうの」

「どっ……ドンキー?」


 名前を言うと、めぐるは唖然とした。まぁ何が言いたいのかは菫でもわかるので、思わずププっと笑ってしまう。


「あんまり合わないでしょ?その知り合い、ゲーム好きだから……」

「そういうことかー。いや柴犬ならもっと日本風かなって。ポチとかハチとかコテツとか」

「あ〜、確かにね」

「でもドンキーだっていいじゃん。てかすー様、私服も可愛い!」


 言われてみると、私服姿で会うのは今日が初めてだ。白いカットソーにデニムの膝丈ジャンパースカートと、菫にとってはいつもの服だが、めぐるには可愛く見えるらしい。


「え?あ……ありがと。めめちゃんだって可愛いじゃない。特にそのトップス。あと髪型も似合ってるわよ」


 めぐるはというと、ふんわりした白いトップスに淡いブルーのジーンズを穿いている。彼女のサバサバした雰囲気とは少し違うきれいめカジュアルな私服だが、これはこれで似合っていると菫は思う。

 そして普段と違うのは服装だけでなく、髪型もだ。今日のめぐるは普段のお団子頭とは違い、頭頂部だけお団子にしており、肩より長い残りの髪は緩く巻いている。所謂ハーフアップのお団子版といったところか。

 逆に菫からも私服を褒められ、めぐるは満足そうに口角を上げた。


「サンキュー!せっかくの連休だしオシャレしたいじゃ〜ん」

「めめちゃんは今日部活ないの?」

「うん。てかうちは30日と3日と4日だけなの。……バスケ部弱いから」


 最後の台詞だけ苦笑いしながら、めぐるはそう言った。確かに公ヶ谷高のバスケ部は強豪ではないと菫は聞いたことがある。ただ、クラスの中で運動神経の良いめぐるや彩矢音がいて弱いなんて、菫にとっては意外に思える。


「そ、そうな…」

「めぐるー、どこ行ってるの!席空いたわよ」


 「の?」と菫が言おうとしたところで、40代後半ぐらいの小綺麗な女性がめぐるを呼ぶ。彼女もまた赤いリボンをつけ服を着た白いスタンダードプードルを連れている。

 その女性……よく見ると目元がめぐるにそっくりである。


「あ!お母さーん、キャンディ!」

「えっ、お母さん!?めめちゃんの?」

「うん、うちのお母さん」

  

 まさかの人物に菫は驚いて思わず訊くと、めぐるはあっさりと首を縦に振った。それと同時にめぐるは女性とスタンダードプードルの方に向かって大きく手を振る。道理で似てると思ったら……と思いながら菫はつい畏まってしまう。一方、犬達2匹はどちらも尻尾を振りながら互いの尻の匂いを嗅ぎ合っている。


「あら、お友達?はじめまして」

「は、はじめまして!めめちゃ…いや、めぐるさんと同じクラスの宮西菫です!いつもお世話になってます」


 近付いてきためぐるの母に、少し吃りながらも菫は自己紹介をして頭を深々と下げた。きちんと挨拶をしたが、めぐる親子にとっては少々堅かったらしく、一瞬だけきょとんとした後で笑顔を見せた。


「あらあら、そんなに堅苦しくなくていいのに〜」

「そうだよすー様、フツーにめめちゃんでいいよ。うちのお母さんなんだから」

「あ、ありがと……」

「あなたが菫ちゃんね。めぐるの母の千春です。よかったら一緒にコーヒーでもどう?」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ!めぐるのお友達だもの」

「そーそー!せっかく会ったんだし」

「じゃあお言葉に甘えて……」


 再びお辞儀をしてから、菫はめぐる親子について行くことにした。そんな菫を尻目に、ドンキーはというと……キャンディというもう1匹の犬に興味津々な様子だ。どうやらキャンディは雌らしく、ドンキーは目を輝かせ身体の匂いを嗅ごうとしている。体格差がかなりあるが、ドンキーはさほど気にならない模様。しかし、キャンディにとってはアウトオブ眼中なようで……彼には目もくれずについて行くだけだった。



 めぐる親子と菫と犬達が座っているのは窓際の4人掛けの席で、午後の太陽の光がたくさん降り注いでいる。テーブルの下には犬3匹がいて、ドンキーは念願のキャンディの身体の匂いを嗅いでいるが、彼女は知らんぷりで横になっている。その一方でクッキーはドンキーの身体を嗅いでいる。

 

 注文した飲み物が全て来てから、めぐるの母の千春(ちはる)は本日初対面の菫について話を始めた。


「菫ちゃん、あなたのことはめぐるからよく聞いてるわよ〜。いつもうちの子と仲良くしてくれてありがとね」

「えっ!そうなんですか?」


 まさか家族にまで自分の話をしてくれているとは微塵も思わず、菫は驚いて聞き返す。当のめぐるもニコニコ笑いながら頷いている。


「ええ。凄く可愛らしい子と同じクラスになって仲良くなったってね」

「うん。仲良くなれて嬉しかったからつい……もしかして嫌だった?」

「ううん!大丈夫。まさか私の話なんか…って思って…」


 心配そうな顔をするめぐるに、菫は首を横に振った。少しびっくりしただけのことだから。思えば一度目の高校時代、両親に学校の友達の話なんてしただろうか。二度目の高校生活が始まってからも、妹の葵にですら友達の素性や詳細についてまでは話していない。


「で、菫ちゃんは大人しそうだけど言いたいことはハッキリ言うし、案外大物でクラスの皆も一目置いてるって……言ってたわよね?」

「うん」

「あ……ありがとうございます」


 まさかそう思ってくれているなんて……。それもめぐるだけではなくクラスの皆からそう思われているとは、菫には全くの初耳だ。菫は嬉しいような恥ずかしいような気分でアイスコーヒーをグイッと流し込んだ。大物というよりただ皆よりも10年年上なだけなのだが。

 

 そしてそこまで言われると……菫からもめぐるについて言いたいことがある。


「というより……お礼を言うべきなのはこっちですよ。

いつもめめちゃんにはよくしてもらっていますし、おかげさまで誰とでも話せるようになってきて毎日学校楽しいですし…。

このクラスで初めて話しかけてくれたのもめめちゃんなんです」


 あの初日の校舎裏掃除を思い出して懐かしくなりながら、なんとなく照れ臭くておずおずと口にした。それを聞いためぐるは嬉しそうに口角を上げながら、アイスティーを啜っている。千春も手を口に当てて笑いながら……


「この子はコミュ力と運動神経だけは昔からめっぽう高くてね。勉強ももうちょい頑張ってくれたら言うことないんだけど〜」

「ちょっとお母さ〜ん!一言多くない!?」


 つい先程までの笑顔はどこへやら、めぐるは不服そうな表情を浮かべた。この親子のやりとりを見て、菫は思わず笑ってしまう。微笑ましいなぁと思いつつ……



 

(いいなぁ……お母さんがいて。しかも何でも話せて軽口叩けるほど仲良くて……)



 

 少しだけしんみりとした。

 そんな菫の前でめぐる親子は先程の千春の発言が発端で言い合っている。


「あら〜、こないだの実力テストだってイマイチだったじゃない。それにまた今度中間テストあるんでしょう?」

「せっかくの休みなのにテストの話とかマジだるいんですけど〜。ねぇ、すー様」

「…………」

「す、すー様??」

「……あ!ごめんごめん!ちょっとボーっとしてた」


 つい物思いにふけていたが、めぐるに話を振られて菫はハッと我に返った。

 一方、飼い主達が話し込んでいる間、ずっとテーブルの下や横にいる犬達はというと……


「あれっ、ドンキーったら……」


 ふと犬達がどうしているのか気になり、菫はテーブルの下を覗いてみると……思わず吹き出した。めぐる親子も彼女に続いて見てみると……


「耳舐めてる〜!」

「あらあら、ドンキー君はキャンディが好きなのね」


 床に寝転んでいるキャンディの耳を、ドンキーはペロペロと舐めていた。キャンディの方はドンキーに構わずされるがままになっている。

 ドンキーも青春してるのね……と菫は思ったが、キャンディが迷惑そうにしているので、慌ててリードを引っ張る。


「こらっ、ドンキーやめなさい!嫌がってるでしょ」

「いいのよ、こらキャンディ!ちょっとは愛想よくしなさいよ。お姉ちゃんでしょ」

「そーそー。もう3歳だし……ってことはドンキー、さては年上好きだな?」


 めぐるがニヤリと笑みを浮かべながら本犬に訊くと、ドンキーはキラキラした瞳で見つめ返した。恐らく「そうだよ」と言っているのだろう。


「やっぱりそうか〜」

「でもキャンディちゃんはあんまり……って感じね。ずっと目を合わせてこないし。……あ!」


 これまで半ば嫌々耳の匂いを嗅がれていたキャンディがふと立ち上がり、その場にお座りをした。ドンキーに背を向けて。


「キャンディ、どうした……あ!」


 菫に続いてめぐるも気が付いた。

 キャンディの視線の先に……別の客が連れているカッコいいシェパード犬がいる。キャンディよりも大きな体格と精悍な顔立ちからして恐らく雄犬と思われる。そしてキャンディの目は……ドンキーが彼女に視線を送った時と同様、キラキラ輝いていた。


「まぁ、キャンディったら。あっちのワンちゃんの方が好きなのかしら」

「あの子の方がデカいもんね〜」


 めぐる親子は笑いながらそう言った。ドンキーは悲しげな表情で「クゥーン……」と鳴きながらその場に座り込んでいた。その後ろで寝転んでいるクッキーはやれやれとでも言いたげに、彼をじっと眺めていた。



 ドッグランに移動した後も、キャンディのドンキーへの態度は変わらないまま。再び菫がボールを投げ、ドンキーが追いかけてカッコよくキャッチするも……キャンディは見向きもしない。

 その代わり、キャンディがうっとり眺めているのは相変わらず先程のシェパード犬だ。シェパード犬もまたフリスビーを華麗にジャンプしキャッチしている。その姿もキャンディには堪らないようだ。負けじとドンキーも何回もボールを取りに行くが……


「ドンキー……よっぽど疲れたのね」


 どれだけ頑張ってもキャンディの気持ちは変わらず、疲れ果てたドンキーはすっかりバテてベンチの下の地面に倒れ込んでしまった。行きしはあれだけ元気に歩いていたというのに。そのベンチに座る菫が声を掛けても、ドンキーは悲しそうな顔でハァハァと息を吐くだけだった。


(やっぱり犬も人間と同じで自分より大きい方に惚れちゃうのかしら……)


 そう思っていると、今までめぐる親子と一緒に遊んでいたクッキーがドンキーの側に寄ってくる。クッキーはドンキーの顔に自分の鼻を寄せ……ペロリと舐めた。


「クッキー君、もしかして慰めてくれてるの?ありがと。ドンキー、失恋したのは残念だけどお友達できてよかったわね」


 最早菫にはそういう風にしか見えず、感謝の気持ちを込めて頭を撫でると、クッキーは嬉しそうに目を細めた。ヘタっているドンキーもクッキーの思いが伝わったのか、力なくだが尻尾を振っていた。


「もぉー!キャンディさっきから全然走らないんだから!あ、クッキーこんなとこにいるんじゃ〜ん」


 クッキーに続いて飼い主のめぐるも菫達の元に駆け寄ってくる。母の千春はキャンディと遊んでいるが……例のシェパードに夢中であまり集中していないようだ。


「キャンディちゃんよっぽどあのワンちゃん気に入ってるみたいね」

「そーそー!せっかくドッグランで運動しに来たのにさ。ドンキーはあんなにボール追っかけてるのに〜」

「いいとこ見せるためよ……意味なかったけど」

「まぁ女の子なんてうちの子以外にもいっぱいいるからさ、元気出しなよ!」


 今度はめぐるが励ましながらドンキーのお腹のあたりを撫で、彼は依然としてハァハァ息を切らせながらも、少しばかり笑ったような顔を見せた。そこに、千春とキャンディも遅れて菫達のベンチにやって来る。


「あれ、キャンディ来てくれたの?ずっと動かなかったのに」

「あのワンちゃんもう帰ったからね〜」


 道理でキャンディの顔は少しばかり寂しそうに見える。反対に意気消沈していたドンキーの表情もガラッと変わり、パッチリ目を開けて顔を上げる。そんな中、千春は鞄からスマホを取り出して……


「せっかくだし写真撮るわね!ほら、めぐるも菫ちゃんの横座って」

「キャンディも一緒に撮ろう!」

「ありがとうございます!」


 めぐるはキャンディのリードを手に取ると、彼女を連れて菫の横に座る。そして菫がドンキーを、めぐるがクッキーを抱き上げ、それぞれ膝の上に乗せる。2人でピースサインを作ったところで「ハイチーズ!」と千春は声を掛け、スマホの撮影ボタンを押した。


(今日はめめちゃんと偶然会えて楽しかったし、ドンキーにもお友達できたって瑠奈ちゃんにも琴ちゃんにも言わないとね〜)

 

 菫はそう思いながら、めぐると共に満面の笑みを見せた。振られたばかりのドンキーもまさかキャンディと撮ってもらえるなんて思っていなかったのか、とても嬉しそうな顔で写っていた。



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