表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

【妹よ6】

「ちい兄っ、頑張って。死なないで。死なないで。死なないで」




                「チャンスだぜ!コウイチ。お前なら出来るって!!このオレが保証するっ

                          この状況をお前は想像して、オレを付き合わせたんだろ?

                      なら、ちゃんとして見せろ。お前を、オレの友として誇らせてくれ」




「オレは尊敬するよ。二度とお前をファットマンなどと云わない。誰にもお前をバカにさせなどしない。

お前こそ、魔人のなかの魔人だ」




    「興味は引かせた。十二分に楽しませた。……後は、飽きさせるだけだぞ。ファットマン」






 鼻梁から血の泡が吹き出していた。呼吸がし難くなって体力が削られていくのが解る。


 頭の後ろと額、耳の後ろから流れ落ちる鮮血が左目に入りこんで真っ赤に視界を塞ぐ。狭まった視界を補うために使った薬が、さらに私の脳を溶かした気がした。


「質問して良いかな?」


 私はゆっくりと首を持ち上げて、キャメロン・ディアスを見た。


 口元が少し斬れて見えるが、綺麗な姿だ。今、ふと気づいたが彼女はかなりの美人だと今更のように思った。油断も遊びもなく、剣を取る彼女はなんと美しいことか。戦いを生業とする一族。彼らは戦装束こそがもっとも似合うのだろう。原始的な美がそこにはある。


「なんだい?」


 私はゆっくりと静かな声で答えた。


「なぜ、そんな躰になっても勝利を疑わない?」


 私の躰にはもう、鎧が纏われていない。すべて打ち砕かれて、破片と、所々が千切れた帷子が防刃用の下着が覗いていた。


 汗に濡れて見える躰はまだらの紫色に染まっている。


「君にとって…この戦は命を……命をかけるに値するものかい?」


 ゆっくりとキャメロン・ディアスが首を振る。


「我が命をかけるは何かを守るときのみだ。そして、この戦いは守るためのものではないっ」


 言い終えると、彼女が私の傷だらけの顔を見て息を呑んだ。


「ははっ………なら、やっぱりオレの勝ちだ。オレには守るものがある。オレの勝ちだ」


 私は、心から勝利を信じて笑った。ミチル、私の妹よ、私は勝つぞ。


 ゆっくりと重心を前足にかけた。


 すでに私は防御を捨てている、もう彼女の速く重い剣を止められないのだ。


「なるほど……心で負けていたか。だが、遊びの試合とは云え、これほどの武闘を演じたのだ、最後も私が勝たせて貰うぞ。貴公の牙をすべて折ってな」


 彼女が長剣を左後方に引いた。


 私の最後の勝機が近づいている。ケンジ、お前との特訓がもうすぐ活きるぞ。


「オレの牙は折れない。オレは命に誓ったんだ。牙を折りたければ殺すしかないぞ」


 私は、撃たれ強さだけなら、魔人1だがね。意地悪く、傷だらけの顔で笑った。


「行くぞっ!」


 わざわざ云わなくても、もうディアスの踏み込みの呼吸すら覚えてしまった。知ってるか?私はとろ臭くて、泥臭い、糖尿病まで患っていて、小さなころか妹に守られていた矮小な男なんだよ。


 そんな、私が強くなるには、頭を使うしかない。死んでしまうほど集中するしかない。後悔しないように、できることをすべてするしかないんだ。


 そうしないと、また、ミチルが死んでしまう。あの時、私の心の中でミチルは死んだのだ。


 二度と死なせるものか。


 私はミチルの兄だ。


「はああ!!」


 裂帛の気合いと共に横伸びに斬撃が来る。私は、その一撃の意図を理解しながら、敢えて乗った。


 金属と金属が撃ち合う激しい衝撃音が場内に響き渡り、観衆がワッと叫んだ。「すごい!武器破壊だ!」「アシュリカ族の勝ちだ!」


 金属製の柄がふたつに折れていた。あの重い斬撃をこれだけ防いでくれたのだから、私としては感謝してキスしてやりたいくらいだ。


 斧の刃が地面に落ちるより速く、私は忘れられたように腰に収まっていた二刀を抜いた。そして、顔を明らかに切羽詰まった表情にする。昔、よくしていた表情だから、この顔を作るのは簡単だ。本当は笑い出しそうなほどの心持ちでも完璧に演じられた。


「楽しかったぞ。魔人、コーイチっ」


 いや、楽しいのはこれからだ。


 私は傷だらけの掌でミシミシと柄が潰れるほど二刀を強く握りしめ、首と下腹部を守りながら突進を開始した。


「うおおっーーーー!!」


 刺突が隙だらけの腹部を抉った。帷子を突き抜けて躰に入った。内臓が千切れ、衝撃は脊椎を傷つける。─────それは、普通の人間の場合だ。


 私は絞ったといっても肥満体だよ。腹部の肉だけは落としきれなかった。過剰の訓練で全身の贅肉を筋肉に置き換えることに成功したが、それでも腹部には脂肪が残った。でも、朝と昼と晩に1000回ずつ腹筋と背筋を行った私の腹だ。ケンジに鉄の棒で叩かせまくった腹だ。血を鬱血させながらも大量の食物を飲み込み続けた私の腹だ。


 不敗の女戦士キャメロン・ディアスが真剣を使おうとも、一度なら堪えてみせる。息が詰まる衝撃と共に肋骨が二本粉砕されたのがわかった。だが、骨折の痛みなら私は慣れている。どうと言うこともない。


「なに?!」


 止まらない私に始めて彼女が、心の底から驚愕したのが解った。


 ミチル、勝つぞ。私は勝つ。


 至近に迫った私に、ディアスが零距離からの剣を放つが、そのモーションもすでに学習済みだ。私は左剣でもって完全に押さえ込んだ。


 間髪入れず、私は右剣をディアスの目めがけて投げつけた。


 すでに、右手の小指は折れている、握っていたところで使える剣ではない。


 投げのモーションから、そのまま右手を廻してディアスの剣を握る手首を取る。


 勝った!会心の笑みが漏れる。


 組み打ちは、魔人の業だ。アシュリカ族とは云え、知らないで返せるほど稚拙な業ではない。


 腕を引きつけながら、私の躰ごと彼女に寄り添い、影のように背後に回る。


「おのれっ!」


 左手の剣も捨てた私と未だに、剣を手放さない彼女、片手を自分で塞いでいることが彼女に理解できているだろうか。


 背後から、彼女の股下に手を潜らせて持ち上げざまに投げる!飛行機投げ。


この投げは同体で地面に落ちるから、体重をかけて押さえ込むときに立ち上がる隙を与えずに済む。


 ディアスならば、地面に叩きつけても平気で起きあがってくるかも知れないが、これでは出来ないはず、だった。


 投げ上げた彼女がその長い足を空中を蹴るようにして伸び上げる。衝撃で折れていた方の手が外れてしまった。さらに、彼女は空気を蹴って空中にいる私の背中を転がって逃れたのだ。


 地面に膝を突いて倒れ込んだ私は、バッと顔を上げてディアスを見る。「な……?」


 彼女は、剣をもって先ほどと同じにたたずんでいた。


「惜しかったなぁ。狙いは良いぞ。だが、その戦術は部族の男たちが皆、私に試していったものだ。その対策に私は躰を寝させない修練もしている」


 簡単には投げられないよ。蒼い瞳がそう言っていた。









 勝てない。甘かった。私程度が考えられる戦術を今まで誰も使わなかったわけがないではないではないか?!私はそこまで考えつくことが出来なかった。


「負けを宣告してくれるか?勇敢な男よ。そこまで、追いつめさせて、この隙を狙っていたのだろう。これ以上の策は有るまい。頼むから負けを認めてくれ。勇敢なる男」


 勝てない。これ以上の策はない。そう、今までの訓練はすべて、ここまでくるためのものだった。それを、あっさりとかわされた。どうすればいいのか、解らない。私の最強の武器たる考える頭さえ、混乱してきた。


 極限まで高まっていた集中まで途切れてくると、思い出したように全身が苦痛を訴えてきた。耐え難い激痛が頭をガンガンと鳴らしていく。


「かぁは─────っはぁぅ……はぁぁっ」


 身をかき抱くようにして痛みに耐える。傷ついた内蔵から絞り出された鮮血が口元を汚していく。


 もう、無理だと全身が訴えた。


「認めてくれるか?コーイチ」


 いっそ、優しいほどの声音でディアスが語りかけてきた。


 私は、それに頷こうとして顔を上げたが、口から出てきた言葉は躰を裏切っていた。


「嫌だ。…死んでも………負けるわけにはいかないっ」


 魂が嫌だと叫んでいる。


 思い出せ。あの日のミチルを、ミチルの血を、ミチルの肉を、ミチルの骨を、ミチルの苦痛を思い出せ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 狂って死んでしまえ。


 妹も守れない、兄なら死んでしまえ。傲慢なわけではないだろう?死ぬまで妹を見守るなどとは云っていないんだ。妹がせめて、自分の未来を選ぶまで兄として守ってやると誓っただけなのだろう。


 命に誓ったんだ。その大事な誓いさえこなせないような兄なら、死ね。この場で、あの犬畜生に喰われて死んでしまえ!!


「負けない!だれにも負けない!オレは誰にも負けない!」


 叫ぶたびに咥内から血が溢れた。


 鮮血を飛び散らして叫んだ。


「ディアス構えろ!最後の勝負をしよう!お前は、最高の剣でもってオレを殺せ!そうしなければ、オレはもう、止まらんぞ!聞け!ミチル。オレはとまらない!とまるときは、勝ったときだけだ!!」


 地面を殴りつけて、反動で跳ね起きた。


 足よ、動け。


 腕よ、動け。


 主人が生まれて初めて本気で、やる気なんだ。お前らもしっかり期待に応えて見せろ。


 剣を拾い上げ前傾姿勢で顔をガードした。他の場所などいくらでも叩かせてやる。意識を刈られない限り、私は動いてやる。


「いいだろう!コーイチ。お前の戦意に敬意を表してきっちりと止めをさそう。貴公は私が今日まで戦った戦士たちのなかで、もっとも心強き男だったぞ」


 黄金の髪がキラキラと輝いている。彼女のモチベーションまで私の思いは上げてしまったらしい。


 隙なく中段に構えたディアスに私は猛然と走り寄る。頭を激しく振って、的を散らしながら突進する。鎧を失った躰は、刃の潰れた剣でも容易にその肌を切り裂かれた。見る間に、腕が真っ赤に染まる。


 腕の隙間からジッと観察し、カットのタイミングを読んで飛び込んだ。モーションは取れている、勇気もこの場になってやっと完成した。


「ディアス!!」


「コーイチィ!!」


 腰だめの剣で突きかかる私と、完璧な弧を描いて繰り出されるディアスの剛剣。


 私の剣がディアスの鎧の表面を砕いて突き刺さった。


「がっぁ!!」


 剣を握っていられない衝撃が私を襲った。


 何も出来ない、真っ白になる瞬間だった。


 ディアスの長剣が私の脇から左肺の上まで埋まっていた。彼女は、その潰れた剣で、ぼろぼろだとは言え帷子と鍛えた筋肉とほどよく残った脂肪の鎧をぶち抜いたのだ。


 恐らくは、今までの戦いでもっとも素晴らしい剣だっただろう。


 彼女は私の言葉道理、最高の剣で答えたのだ。なんと、素晴らしい心義を持った女か、と他人事なら思っただろう。


「あッ…あぁう………」


 私が声にならない喘ぎを上げながら、一歩ずつ後ろに下がる。


「動くなっ、コーイチ。動きすぎると死ぬ傷だぞ」


 ディアスが彼女の赤い鎧に突き刺さった剣を引き抜いてゆっくりと近づいてくる。刃に血のりは付いていない、ギリギリで届いていなかったのだ。


 ディアスが内着に来ていた下着を鎧下から引きずり出して引き裂いた。即席の包帯を作りあげていく。


 途中からはあまりの死闘に声を潜めていた観衆が、やっと終わってくれたのかという安堵感から最後の歓声を上げ始める。「すげぇぞー。良くやった、デカイの!」「二人ともすばらしかったわ。王覧武闘に相応しい最高の武闘よ」


 私はフラフラと揺れる躰で終わったのか、と周囲の言葉で思っていた。


 全身から、力が抜けて、片膝がゆっくりと付かれた。


「ちい兄っ!死んじゃだめーー!ボクを1人にしないでぇ!ちい兄っ」


 ミチル?!


「ちい兄ぃーー!」


 ミチルが居る。泣いている。ミチルが泣いてる。


 そのとき、私の脳がどうやって数万の観衆の悲鳴のような歓声のなかから妹の声を選び取ったかは解らない。でも、確かに私は妹の悲しみの声を聞いた。


 そして、私が妹が死ぬことを約束する証書に印を押しそうになっていたことに気づいた。


 負けたら、ミチルが死ぬんだぞ。


 暗殺など、ディアスに仕掛ければ、ミチルはあの鋭い剣に簡単に殺されてしまうだろう。ミチルがどんな訓練を受けたかは知らない、でもそれがディアスには通じないだろうと私は戦いのなかで理解した。この女は戦の神に愛されている。


 印は押さない。


 足の親指に残る力を集めた。靴の中で指の先が全体重を支えて、ジリッと撓んだ。


 片膝を立てて、重心を前方に移し、耳を頼りに跳ねた!


「ディアス!」


「なっ?おまえっ」


 完全に虚を突かれたディアスは今まででもっとも弱々しい体当たりで体勢を崩して、始めて地面に転がった。


 会場のすべての人間が虚を突かれただろう。試合は終わっていたのだ。私以外の心の中で、しかし、最初に決めた勝敗の決定法は私とディアスの二人で決めるというものだ。


 まだ、終わっていない。


「コ、コーイチ死ぬ気か?」


「死ぬかよ。お前を負かして生き延びる!」


 必死で腕を取り、首を絞めようと藻掻いた。下になったディアスが首を絞めに行った私の腕の中に掌を通して、完全に決められるのを防いでいた。


 私は、その掌ごと絞め落とそうと力を込めている。


 体中から力を絞り出すと、比例して私の躰から鮮血が溢れた。


 アシュリカ族の赤い鎧をさらに鮮やかな朱が染めていく。


 ディアスがだんだんと青くなってきている顔で楽しそうに嬉しそうに笑った。私は不可解に思う余裕もなく、必死で力を込めている。


「ディアス。オレの勝ちだ。降参しろ」


「アシュリカ族の決闘に降参はない。このまま気絶させるが良い」


 ディアスは抵抗を止めて、躰から力を抜いた、とたんにあれだけ力強かった躰が柔らかい女のそれにかわって私を戸惑わせた。だからとって、力を抜くほどバカではなかったけれど。


「ヤマムラ・コーイチだったな」


「ああ」


「心に刻んだ。ああ、コーイチ」


「なんだ?」


「私のことはディアと呼べっ。お前になら許す」


 醜さの欠片もなく、美しいといえるほどの笑みを浮かべて、ディアスは意識を手放した。私は、その呆気なさにしばし呆然としたが、クラッと目がぶれたために慌てて頭をふって意識を持ち上げた。まだ、気を失うわけにはいかない。


 彼女の頭を丁寧に石の舞台に寝かせると、私はフラフラする躰でなんとか、立ち上がり「私の勝利だ!」と叫んだ。


 傷だらけの腕を天に突きつけ。


 私は天に吼えた。







 ミチル。誇ってくれていいよ。オレはお前の兄として恥ずかしくない人間になったと今なら心から云うことが出来る。







 私は、始めて自分のことが好きになったよ。


 遠のいていく意識のなか、最後に私はそんなことを思いながら、意識を手放した。満場で響き渡る拍手の中、私は立ち尽くし眠りの世界に行く。恐らくは、先に行ったディアスも居るはずだ。少し、話をしようか?いや、ちがうな。ディアス、自慢させてくれ。私を自慢させてくれ。


 たぶん、君なら聞いてくれるだろう。


 少しだけ、笑ってくれて、でも、理解して頷いてくれるだろう。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ