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【妹よ2】



「なんでミチルなんだ!?なんで!?なんで!?

 ……頼む。オレにその役目を遣らせてくれ。頼む。頼む」



                    「貴様も少しは成長したが、いまだに下から数えた方が早い。無理だな」








 ハッキリ云われた。


「お前が一番、使えないな。戦に使うなら、お前は囮役か、壁役だぞ」


 私の目のまえには、この施設内で鬼とか悪魔とか呼ばれている男が立っていた。


 彼の名前はポルカだ。


 この魔人たちの施設で教官をやっている、その彼が私のまえまでわざわざやってくると開口早々そう言いだした。


 しかし、そんなことを今更聞かなくても、私は十分承知している。なぜなら、ここには魔人が300人ほど居るが、私は模擬戦で一勝もしたことがないからだ。


 ちなみにミチルはすでに五人抜きできるほどの腕前で、兄としては少し立場がない。


「ミチルを担いでディミック山を走破したと聞いたが、それも嘘だったらしいな」


「………………。」


 私も、出来たことが不思議でならないことなので反論はしなかった。


 まったく、たったの1時間、振り棒をしているだけで息がつかえてくるのになぜ、あのときはあれほどの剛力が出せたのか?


 興味をなくしたようにポルカが、去っていくのを視界の端に見つめながら、私は振り棒を再開した。


 刃にカバーをかぶせた両手持ちの、新しい斧を肩の筋肉をいっぱいに引っ張って振り上げて、振り下ろす。


 地面に置かれた木をたたき割って薪を作るついでの鍛錬。


 顎下についた皮下脂肪が、これくらいの鍛錬でとれるはずもなく、相変わらず私は鼻で荒く息をしている。


 仲間の魔人たちは、それを見て良く笑う。


 振り下ろすと、あんこ型の体型の私はお腹が詰まる。これも、また笑いの種だ。


 だが、笑うだけ笑うがいいさ。この躰のお陰でディミック山を抜けられ、妹の命を救うことが出来たのだから。


「あっ!ちい兄、やってるねぇー!ペナルティー」


 妹がヒョコヒョコと足を引きながら走ってきた。


「ミチル。あんまり無理するなよ。まだ直ってないんだから」


「そーいうなら、ちい兄も体中包帯だらけじゃないの」


 確かに、私は半ミイラ男といった感じだ。怪我の多さから云えば、私はミチルの比ではないのだ。


 だが、なんと言ってもこの肥満体。


 ちょっとや、そっとでは壊れない。


「まあ、罰則はオレがやっとく。お前はそこで見てろ」


「オレ……ね」


 小さくミチルが何か呟いた。顔を向けて覗き込むと妹は顔を真っ赤にして「な、なんでもないよ!」っと云った。そこはかとなく、嬉しそうに見える。


 荷物を放り出してきた私たち兄弟は規定どおりに罰則を受けている。


 この施設一月分の薪を割るといった聞いた瞬間、悲鳴を上げそうな代物だった。


「ふっ」


 鼻から勢いよく息が抜ける音は自分でもマヌケだったが、それをしないと息苦しくていけないのだから仕方ない。


 薪はカコンッと軽い音を立てて両断された。


 黙々と薪を割る私を妹が嬉しそうに見ている。


「なんだよ?なにか面白いのか?」


「んー。別に何が面白いってのじゃないけどね。ちい兄がなんだか、楽しそうだから」


 私が?


「だって、ちい兄、こないだまでここ大嫌いだったでしょ?存在を認められないくらい」


 そう……なのか?


 いや、そうなのだろう。私はこの世界が嫌いだったのだ。命のやり取りを当たり前のように繰り返すここが嫌いで、悪い夢のように感じていたのかも知れない。


 でも、今は違う、私はここでミチルの誇れる兄にならねばならい。いや、なりたいのだ。


「そうだな。オレはここを受け入れたのかも知れないな……」


 私は、ほんの少しだけ唇の端に笑みを浮かべて、斧を振り下ろした。







 私が所属している組織は、魔人衆という魔人だけで構成された組織だ。


 ここは傭兵派遣会社のような場所で、魔人を鍛え上げて雇い主のニーズに応えている。


 雇い主というのは、リンガイア王国を指す。


 つまり、魔人衆とはリンガイア王国の作った施設軍隊。その中でももっとも特殊なものである。


 魔人には国籍もないので私たちはハッキリ言って権利を持っていない。リンガイアで捕まった私たち兄弟は問答無用でこの施設に送られて今日に至っている。


 過剰な訓練と一般の兵士にはつかえない薬物の投与が日常的に行われている場所だ。


 今も、昼の一番熱い時間帯に日が暮れるまでのマラソンを仰せつけられている。もちろん、重いガントレットとレッグガードを付けてである。


 走るのが苦手な私はマラソンがもっとも嫌いだ。足を囓られて負傷しているはずのミチルが先ほど私を手を振りながら追い越していった。確か、これで五回めだ。


 つまり、私の足は負傷者の足よりも遅い。


 なぜ、走るとドスドスと音を立て、重心が左右に揺れるのか私は自分のことながら理解できないでいる。


「よう、ファットマン!聞いたぜ、あのミチルちゃん事件」


 よく話をする魔人のケンジが声をかけてきた。ファットマンとは私のあだ名だ。


「なんでも野宿中にむらむら来て襲ったって、鬼畜な兄貴だねぇ」


 私は前を向いたまま答える。


「なにを云ってるんだ」


 私はおーきな溜息をひとつ吐いた。


「おや?違うのかい。オレが聞いた噂じゃそうなってたんだけど」


「違うにきまってるだろ。バカでかい犬に襲われてオレをかばったミチルが怪我しただけだ」


「それだけ?」


「そうだ」


 ケンジは私の憮然とした言葉を聞くと、少し笑って「嘘つけ」と云った。


「オレは帰ってこないお前ら心配してずっと物見櫓で見てたよ。森から突然飛び出してきたお前らとハウンドの群れ。お前が、化け物どもを蹴散らしながら砦に飛び込んでくるとこもな。まぁ、着いたとたんにお前は気を失っちまったがな」


 走りながら、話をするのは私としてはかなり苦しいのだが、急に黙ったケンジにどうしたのかと視線を向けた。


「ちょいと見直したぜ。ファットマン……いや、コウイチ」


 真剣な顔をしたケンジがファットマンと呼び、その後ニヤリと笑って私の本名を呼んだ。そう言えば、この男が私の本名を呼んだのは初めてだったと気づいた。






 この日から、私は模擬戦でそれこそ半殺しの目に遭うようになった。


 今まで、私は魔人たちに明らかに手を抜いて貰っていたらしい。


 彼らが訓練に本気になってくれたのは、私の成長の証なのだろう。とは言え、三日に一度のペースでどこか骨折するようになったのは戴けないが。


「いくよー、ちい兄っ」


「待て!ちょっと待て!ホントに待て!」


 乱取りのように繰り返される実践形式の訓練。


 靴ひもが解けて、たたらを踏む私に問答無用で撃ち込まれる妹の華麗な剣戟がテンプルを強かに打ち付けた。


「一本!」


 ケンジの脳天気な声を頭のどこかで聞きながら、私の魔人衆としての生活が本当の意味で始まった日が終わった。


「ありゃりゃ?ちい兄……気絶しゃった?」



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