07.君と僕の始まりの歌と花火
07.君と僕の始まりの歌と花火
小さなヒロとメールの交換をしていた。いつ通話しようかなんて言う話題とヒロが人見知りだっていう不安をぽつぽつと書いて寄越してきた。その度に「大丈夫だよ」と俺は小さなヒロを安心させるような言葉を送った。そのメールのやり取りは俺達のあいだに、さらなる甘やかさを注ぎ込んだ。
***
ダンスルームでヒロがカッコよく踊って見せても、俺はその仕草全てが愛らしく見えてしまって、ハイタッチしてくるヒロの手をそっと少しだけ気づかれないように握り返した。ヒロが背中に飛びついてくるのを感じると俺は手を広げて抱きとめてしまいそうになった。
その日、ヒロがダンスルームの入り口で待っていた。俺は嬉しくてヒロを抱き締める。ヒロが「!!」を頭の上に掲げてそっくり返って笑って、俺を突き飛ばした。そして俺にパンチを繰り出しながら「今日は、公園行かない?」とメッセージを寄越した。
二人で、ルーム「公園」のブランコを並んで漕いでいた。やがてヒロが、それ以上は吹っ飛んでいってしまほど高くブランコを漕ぐと「カニ!!」とオレの名前を呼んだ。俺は初めてこのヒロの声を聞いた。
「なにー?」と俺は応えた。「は、はじめて話すよね!」とヒロがまたブランコの頂上に行くと声を張り上げた。「ヒロ、声、かっすかすだな」と俺は笑った。ヒロは何も言わないでブランコを漕いでいたけどその横顔は笑っていたし、「クククク…」と小さな笑い声が漏れて聞こえていた。俺もその隣で小さく笑いながらブランコを漕いだ。
「おれ、引きこもりなんだ」とヒロがつぶやいて、俺はヒロの方を見た。その横顔は笑っていた。清々しい顔をしてこれから冒険にでも行くように口角を少し上げて黒い目は少し遠くを見てキラキラ輝いていた。そして「だから、声、かっすかすなんだ」と得意げに言うと俺を振り返ってみた。俺はヒロにウインクと一緒にスターを投げた。それがヒロの向こう側の夕焼け空に光の粉をまき散らしながら飛んで行った。
ヒロがぴょんとブランコから飛び降りたので、俺も真似してヒロの横に飛んだ。俺と並ぶとヒロが「今度、カニと遊びたい」と小さい声で言って、俺はびっくりして少し固まった。
「嫌ならいいんだけど…」とヒロがジャンプをしながら小さな声で言って、その声は危うくジャンプをする時のピョンピョンっていう音に紛れそうだった。俺は慌てて頭の上でクラッカーを鳴らすと、その紙テープの下、跳んでいたヒロを捕まえた。ヒロは俺の腕の中で暴れながら笑っていた。
いつにしようかと俺が聞くと、ヒロはこれから予定を組むと言った。俺と会うためにヒロには準備がいるのだろうと思って、「そうだよな」と俺は頷いた。ヒロがソワソワし出したので時間を見ると、ルーム「☆あにまるぅ☆」の時間が迫っていた。俺は「明日はどうする?」と聞くとヒロは「ダンスルームで待ってる」と言うと煙のオプションを使って消えた。
***
ダンスルームから一旦現実に戻り、俺もお茶を一口飲むとルーム「☆あにまるぅ☆」へ向かった。
小さなヒロが俺を見つけると短い脚でテトテトと走ってきた。俺もヒロに向かって走って行く。
突然二人の距離がグンと広がり、俺たちは一本のレーンの上を走っていた。左右をきらめく光とキャンディーとぬいぐるみ、果物、お菓子がでたらめに流れて行き、頭上には虹のアーチ。その上は夜空になって、いくつもの星と月が流れていった。小さいヒロの足から光の影が出ているのを見て、自分の足元を見ると同じように光の影が伸びていた。
テトテトテト――。ようやく合流できた俺はヒロを高く抱き上げるとくるくると回した。ヒロの踵から光が伸びてその残像が円を描いた。
パッと明るくなるといつものルーム「☆あにまるぅ☆」。俺たちの周りにはメンバーたちが集まって、騒ぎながら星とハートと紙飛行機を飛ばした。
俺はヒロを片手でいつものように縦に抱き、飛んできた紙飛行機を捕まえて開く。「尊い」「お似合い」「いいね」と短いお祝いのメッセージのなかにしっかりした長文も混じっていた。その全部をヒロに読み聞かせてあげると、ヒロは俺の肩に乗せた頭をゆらゆらと振って目を閉じてそれを聞いていた。
みんなにお礼を伝えて、いつもの二人の場所へ行くとヒロが俺から降りて丸まった。俺は少し寂しい気持ちになったけれど、ヒロの黒い尻尾が楽しそうにゆらゆらと大きく揺れているのを見ながらその背中を撫でた。
「さっきのは、何だったんだろう?」と俺が聞くと、ヒロはちらりとこちらを見た。しばらくするとタヌキの配達員がお手紙を持って現れた。
「「あれは、時々はじまる ここのイベントだよ
僕たち それに まきこまれちゃったね
あんなに祝福されるカップルは初めてだよ
楽しかった 」」
そう書いてあって、ヒロが俺達はカップルだって思っていてくれることが嬉しかった。別にカップルって言ったて、イコール恋人同士ではないっていうのは知っているけど、それでも俺は嬉しかった。「俺も楽しかったよ」と囁くとヒロはしっぽをくるっと回して円を描いた。
そろそろ眠る時間だ。俺はいつものようにヒロを抱き寄せるとその横に大きな体を横たえた。ルームの天井が夜空になって俺達に夜がやって来る。向こうから光が近づいてきて、それはランプを持ったタヌキの配達員だった。
「「明日、19時に通話できる?」」
「もちろんだよ」そういって俺は嬉しくて小さなヒロを抱き締めた。ヒロは少し肩を上げただけで知らんぷりをしていて、俺はヒロのつむじのあたりに軽くキスをした。
***
一日そわそわしていた俺は19時20分になっても音沙汰のない小さいヒロに自分から電話をしてみた。2コールで小さいヒロが出た「は、はい。僕です。」俺はそのかっすかすの声に、今日は何も言えなくて緊張して「ヒロ? 俺はNEO931だよ」と全く気の利かない返答をした。
「うん。」と言う小さいヒロの返事はまだかすれていた。少し冷静さを取り戻して俺は「ヒロと通話が出来て、嬉しいよ」と言うと、小さなヒロがたぶん向こうで頷いたような音が聞こえた。
話はまったく盛り上がらないで、ヒロが「僕そろそろ…」と言い出したので、「またね」と俺は言った。少し沈黙があったあとで、「NEO931の…こっち…の…声も…好きだ…よ」と小さいヒロが、最高にかっすかすの声で言ってくれたので俺は泣きそうになってしまった。
「ありがとう。待ってるよ」と言うと通話を切った。
ダンスルームで会ったヒロは何か一仕事終えてきたような男の貫録をにじませていた。ように見えたのは俺の気のせいだったかもしれない。
その日は二人が初めて一緒に踊った「September」っていうゆっくりしたメロディー恋の歌を「Expert」のランクで踊った。
いつもヒロは曲の合間に十分にアレンジを入れて回りながら踊るのを好んでいたので、適当に緩く踊れるhardモードを気に入っていたけど、今日はExpertの激しいパッドを受け止めながら高速でその間をくるくると回って見せた。
俺はパッドに合わせるのと、時々ヒロの方を見るのが精いっぱいだったけれど、高速でくるくる回るヒロがきれいで、曲の後半で俺はヒロに見とれて何度もパッドの指示を見逃した。
ヒロの頭上で、高得点の花火が上がった。ヒロは俺をその下に抱き寄せて立たせると、自分は夜空に向かって手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねた。
終始その日のヒロはご機嫌でテンションが高かった。俺も便乗してキャッキャと飛び跳ねて愉しんだ。
「ヒロ、ヒロ。好きだよ……。」心の中で何度もつぶやいた。どっちのヒロへ向けての言葉でなくて、俺はどっちのヒロも好きだった。