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05.声とメール

05.声とメール


 小さなヒロが俺を見つめていた。その頭をいつものように撫でてあげてもヒロは鳴かなかった。ただ俺のことをじっと見つめて、やがてそっと目を閉じた。


 眠ってしまったのだろうか?それとも身体だけおいてミュートにしてしまったのだろうか?

 静かな、もしかするとヒロの抜け殻のそれを俺は抱いて眠った。


***

 翌朝、朝礼の最中にスマホの通知に「hiro0917からのメッセージ」を見つけた。今すぐにそれを開きたいが、開くことが出来ずにスマホと部長の顔を交互に見た。部長はぼそぼそと何か話していた。


 いつも部長の声はほぼ聞こえていないし、本人も聞かせるつもりがなかった。自分の順番だから部長は何かを話す振りだけをしていた。

 部長の後に課長が張り切って席を立つ。元気に挨拶をすると話し出した。課長は話が上手なので、通常ならば俺もその話を頷きながら聞くのだが、今日はヒロからのメッセージが気になってソワソワした。


 「どうした多田、ソワソワして」と課長が笑った。俺は自分の名前を呼ばれて軽く頭を下げた。自分でも気が付かないうちに体を揺すっていたと、あとから島谷が笑いながら教えてくれた。


 いつもなら営業先へ向かう車の運転は俺がしたが、今日は島谷に頼んだ。道が分からなくなったら声を掛けてくれと言ってすぐにメールを開く。ゲームの運営からのメールに「hiro0917さんからのメッセージ」とリンクが張られていて、そこからメッセージ画面に行くことが出来た。俺はこの機能を使うのが初めてだった。


 「「NEO931へ

この機能を使うのは初めてなのでちゃんと届くのか不明です。

僕もNEO931に会いたいと考えました。


でも、現実の僕は・・・なんて言っていいのか

ルーム「☆あにまるぅ☆」のような僕ではありません


だから、NEO931がガッカリするのではないとかと思います。」」


 「ガッカリなんてしないさ!!」と俺は心の中で叫んだ。ヒロがどんな姿だって俺はかまわなかった。ヒロが男だってわかっていても、すでに俺はヒロが好きなんだ。だから、ヒロが何者であろうと俺はガッカリなんてしないと思った。


 少し冷静になってから、仮にヒロが俺の考えている範囲のすごく外にいるような人、例えば80歳のおじいさんとか、ヤンキーの中学生とか、最悪、いま俺の隣で運転をしている島谷であろうと――。俺は友達として好きでいると思う。


 もし、本当に島谷がヒロだったら……

 これからもう少し、お互いに仕事を頑張ろうと思った。もう少し彼のフォローもしてやろうと考えた。


 チラリと島谷を伺うと、前を向いたまま「メールですか、いいですよ、返信しても」とにやにやした。「ハンドル、ちゃんと握ってよ」と俺は言い、スマホに視線を落としながら、島谷がハンドルを握るか伺った。

 島谷の、ハンドルを握らないで手を乗せるだけの運転が俺は苦手だった。しかも島谷は方向音痴だったから彼の運転に二重の危うさを感じていた。俺はシートベルトをつつっと擦ってそのベルトの締め具合を確認してからヒロにメッセージを打った。


 「「ヒロへ

ガッカリなんてしない。

ヒロが何者だって関係ないよ。


俺はヒロと、もっと仲良くなりたいし

ヒロを見失いたくないんだ」」


 ここまで書いて、重いやつだと思われないかと心配した。

文字だけのやり取りは、相手がこちらの意向をどう汲み取るかわからない。せめて通話で彼の声色を確認しながら話せないかと思った。


 『ヒロを見失いたくないんだ』という文字を消すと、『とりあえず、通話しない?』と打ち直した。


 その短いメッセージを読み直しておかしくないかと何度も俺は考えた。となりで島谷も何度も鼻を鳴らしてわざとらしく小さく笑った。


 ようやく、そのメッセージを諦めて送った。

 取引先に着いて、車内で島谷にいつもと同じ注意をする。「笑わなくてもいいから相手のことをちゃんと見て、話しを聞いていなさいと」小学生相手かと思いながら俺は繰りかえした。

 

 島谷が頷く振りをして下を向いてふざけた顔をしているのは知っていたが、取りあえず言っておくことが大切なのだと見てみぬふりをして、呪文のようにそれを取引先毎に俺はつぶやいた。


 ポケットに入れたスマホがブルルと震えた。今朝hiro0917のメッセージ通知を見つけてから、ゲーム運営の通知をONにしておいた。さっと確認すると「hiro0917さんからのメッセージ」の小さな窓が開いた。迷わずそれをタップする。隣で島谷が「ええ!」と不満の声を上げた。


 「「NEO931へ

迷ってる。

僕は人見知りなんだ。知ってるよね。


キミの声が好きだ」」


 俺はそれを読むと、ニヤけて危うく島谷の前で体をよじりそうになった。

「行くぞ!」と厳しい声を出して車から降りると、収まらない自分のニヤけ面を隠そうと頬の内側噛んで、島谷の前を歩いた。


 取引先の担当は島谷の無礼には慣れて、あからさまに俺の方にだけ身体を向けて話をした。時々、隣の島谷がもぞもぞと動くのを感じ、担当者の視線が隣の島谷にちらちらと移るので、その度に俺は愛想笑いと少し困った顔を作って小さく頭を下げた。


 車に乗り込むと俺はすぐにヒロにメッセージを返した。「ゆっくり、考えてくれてくれれば良い」と、それから「今夜も待っている」と打ち込むとそれを飛ばした。

 「今夜も待ってる」と自分で送ったその一言に俺の胸は射抜かれ甘い痛みを味わいながら、俺の瞼の裏に目を伏せて丸まる小さいヒロの姿が浮かび上がった。


 通話でなくても、ルーム「☆あにまるぅ☆」ではアバター同士でボイスチャットが出来る。けれど、きっと小さいヒロは話さないだろうと、なんとなく思っていた。


 「「キミの声が好き」」と言うヒロのメッセージが、知らない誰かの可愛い声で、俺の頭の中で再生された。

 その声は舌っ足らずだったり、少しふくれ面をした少年のつぶやくような声だったり、爽やかなハスキーボイスだったりした。いろんな声が俺の声を好きだと読み上げた。


 その甘い妄想は10分もしないうちにしぼんだ。「「キミの声が好き」」って、俺のあのハスキーで逞しい男らしい声はボイスチェンジャーが作っていた。

 通話でも使うことは出来るが、リアルで会う時にはどうにもならない……。


 現実の俺も、ルーム「☆あにまるぅ☆」で出会うような俺ではなくて、hiro0917がガッカリするかもしれないと、いまさら気が付いた。

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