04.揺れる境界線
04.揺れる境界線
「今度、早い時間に会える?」とダンスルームの帰り際に、ヒロに聞かれて俺は頷いた。
「明日、大丈夫?」とヒロが言い、明日、いつもよりも1時間早くダンスルームのロビーで待ち合わせることにした。
『何だろう?』俺は気になりながら、ダンスルームを後にすると、すぐにNEO931になりルーム「☆あにまるぅ☆」へ小さいヒロに会いに行った。
そのまま朝までヒロと一緒にルームの中で眠る。
最近は、それが俺の日常になっていた。時々ヒロが俺の腕の中でうめき声をあげた。怖い夢でも見るのだろうか?俺は一生懸命にヒロを撫でた。現実のヒロはいま怖い夢を見ていて、俺のこの手の温度も、なにも、なに一つヒロを慰めてあげられないことが悲しかった。
***
「カニは好きな人いる?」と、ダンスルームのロビーで、ヒロが柱に寄りかかりながら聞いた。俺はどきんとして「なんで」と上ずった独り言を漏らして慌てて考える顔のマークを送った。
「好きだった人いた?」とヒロが質問を変えてきたので、俺はこっそり呼吸を整えて「そりゃ、いたよ」と応えると、すぐにヒロが「それって、どういう気持ち?どういう気持ちが、好きなの?」と矢継ぎ早にメッセージを送ってきた。
「どういう…」そう改めて聞かれると、俺にもよくわからなかった。
「例えば可愛いなとか、一緒にいて楽しいなとか、あとキスしたいなとか…」と打ち込みながら、小さいヒロのことを思い出していた。
「可愛いとかは、ないけど、一緒にいたいし、キスしたい? うん。」と書かれたヒロのメッセージを読んで、俺は『もしかしてヒロは俺のことが好きで、俺に探りを入れているのではないか』と考えた。
なぜならヒロは、一日のほぼ半分以上の時間を俺とゲーム内で過ごしているのだから、いきなり他で出会いなんてないだろう。
そう考えてから、ヒロの好きな人がNEO931である可能性も考えた。NEO931の方がヒロとたくさん一緒にいるし、この間キスらしきものもした。そうだ、そっちだろう!どっちにしてもヒロの好きな人は俺だ!
浮かれてから、はたと思った。俺はヒロのこと好きなんだよな?可愛いし、一緒にいて楽しいし、あとキスしたい。隣で眠る小さなヒロを思い出して、胸か下腹かわからない胴体のどこかが、うずいて痛くなった。
目の前のヒロに目をやると、眉を寄せて考え込んでいる。ヒロの目の下に並んだホクロ。俺は、目の前のヒロの腰に手を回して引き寄せた。二人のヘソとヘソがくっつくと、ヒロが「!!」マークを掲げ、俺は慌てて手を放した。
「こういう事したいって、思うような相手が好きってことなのじゃないかな?」と苦しい言い訳を大急ぎで送った。ヒロは「ふーん」と体を左右に揺らした。
その後、しばらくやり取りしてみたが、ヒロに好きな人が出来たのかはっきりしたことは不明なままだった。
その日はダンスバトルをしないまま、そろそろお別れの時間が近づいてきた。俺はいっそ自分からヒロに告白をしようかと考えたけど、思い切ることが出来ないで「またね」と言って別れた。
NEO931になって、小さいヒロを見つけると大急ぎで抱き上げて、その背を撫でた。
さっき、向こうのヒロと別れて、ここに来るまでの間に頭によぎった不安を振り払って欲しくて、小さなヒロの背を撫でた。
いままで、のんきに考えもしなかったことが、いきなりリアルに俺を襲った。
それは、『明日にでもヒロが突然消えてしまうかも知れない』ということだった。
いままでネットの世界の誰かと特別仲良くなったことがなかった俺は、そんなことを考えたことがなかった。
自分の都合で浮上すれば誰かと簡単に会うことが出来た。そして、その中の誰かと会えなくなるなんて考えたことはなかったが、実際たくさんの別れは俺を密かに通り過ぎて行き、俺はそれに気が付かないでいた。
小さなヒロの背中を撫でているうちに、落ち着きを取り戻しながら俺は今この瞬間に、ヒロにログアウトされてしまったらどうしようと考えて、コントローラーを握る手に汗をかいた。
「ヒロ、ヒロと、ちゃんと会いたいな」俺は小さなヒロの顔を見ないまま呟いた。