日本連邦の宇宙開発(1970年代〜1980年代)
歴史的背景
• 地球の大半がNBC戦争と文明崩壊によって汚染・無政府化。
• 日本連邦(大日本帝国+蝦夷共和国)と英連邦は、残存文明勢力として地上再建より宇
宙脱出を戦略方針とする。
• 日本連邦は、1960年代の終わりに**「天翔計画(Project Ama-Tobi)」**を発足。トラッ
ク諸島を基盤に宇宙インフラの開発に着手する。
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第1段階:基盤整備と小型打ち上げ試験(1970年代前半)
■ 主な施設建設
• トラック第一宇宙建設基地(通称:暁島基地)
• 滑走路・発射台・気密倉庫・NBC遮蔽ドーム・太陽電池試験設備などを建設。
• 蝦夷側分担:放射線耐性素材/酸素再循環技術の実験ブロック開発。
■ 開発された初期機体
名称 種別 備考
震天一型 固体燃料ロケット 気象観測・大気成分調査用。最大高度150km。
雷鳴一型 高高度探査ロケット 上層大気中の放射線分布測定に使用。蝦夷技術協力あり。
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第2段階:宇宙利用試験と軌道環境探査(1970年代後半〜1980年)
■ 宇宙観測・資源試験
• 「旭観一号」:日本初の本格的な軌道観測衛星(1977年打ち上げ)
• 太陽活動観測・放射線量変動・低軌道気流の常時測定。
• 太陽電池実験衛星「光武一型」:軌道上での高効率パネル耐久試験。
■ 戦略的意図
• 核戦争後の地上放射線を超えた「清浄な物理空間」としての宇宙に希望を託す。
• 軌道上でのエネルギー獲得手段(太陽発電)と居住可能性の検証が本格化。
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第3段階:宇宙発電と居住実験の開始(1980年代)
宇宙発電所計画:「日輪一号」
• 軌道配置年:1983年
• 設計:大型太陽電池パネル展開型+送電試験用マイクロ波ビーム送信機
• 出力:軌道上で平均出力8MW(地上送電試験は沖ノ鳥島沖で実施)
• 成果:
• 宇宙空間での太陽発電の長期安定性を実証
• パネル構造材における放射線脆化と温度変動の劣化対策を蓄積
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宇宙ステーション建設:「すばる」
• 建設開始:1984年(皇紀2644年)
• 軌道配置:地球低軌道(高度約400km)
• 定員:最大20名、6ヶ月滞在可能(蝦夷・日本・英の合同搭乗チーム)
• 設備:
• 再生型水・空気循環装置(蝦夷提供)
• 微重力植物育成実験ユニット
• 粉末保存食製造試験室
• 有事時の脱出カプセル×4基(大日本帝国製)
主な実験
• 生体リズムの変化と酸素消費量の長期記録
• 軌道上物資の腐敗・再加水・復元調理技術
• 密閉空間内における精神ストレスと空間構成設計
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統合的技術蓄積(〜1989年)
• 軌道における**「生きる」「働く」「エネルギーを得る」**の三本柱を実験的に確立。
• 地上では「紙挟み作戦」によって集められた旧世界の技術資料が、この実験群の設計に
活かされた。
• 英連邦の協力で遠隔観測管制・国際技術用語の標準化も開始され、軌道上での多国間連
携を意識した運用が芽生える。
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総括
日本連邦の宇宙開発は、軍拡でも国家威信でもなく、
「滅びゆく地球に残された文明を未来へ持ち出す」ための、冷静かつ計画的な挑戦であっ
た。
“すばる”とは、星を見上げる者たちが集う場所であり、未来を紡ぐ者たちの足場であっ
た。




