日本連邦・トラック宇宙基地建設計画(1970年代)
歴史的背景
• 1960年代末〜1970年代初頭:ナチス・ドイツ分裂戦、米南北内戦、中華崩壊が本格化
し、地球文明の崩壊が不可逆的であることが明らかとなる。
• 日本連邦(大日本帝国+蝦夷共和国)と英連邦は、地上文明の延命から脱却し、宇宙空
間への移行を前提とした国家構造への転換を開始。
• その第一歩として、かつての大日本帝国軍の拠点であったトラック諸島(現・チューク
環礁)を中核とした軌道打ち上げ・宇宙移民拠点の建設を決定する。
---
なぜトラック諸島なのか?
要因 説明
軍事的遺構 旧日本軍の水上・航空基地インフラが一部利用可能(滑走路/防空壕)
地理的条件 赤道に近く、地球自転速度を活かせる打ち上げ効率の高い地点
安全保障上の優位 汚染・戦火・混乱から離れた太平洋上であり、他勢力の妨害を受けに
くい
政治的安定性 日本連邦の直接支配下で、治安・補給体制の整備が容易
---
建設計画の概要
■ 計画名:
「天翔計画(Project Ama-Tobi)」
(のちの軌道建設計画群の母体)
■ 着工:
1973年(皇紀2633年)3月、日本連邦参事院の緊急法令により着工認可
■ 拠点名称:
トラック第一宇宙建設基地(通称「暁島施設」)
---
基地施設の主構成(1970年代末時点)
施設名称 用途 備考
暁島第1発射台 中型ロケット打ち上げ用 ロシア製R-7系列や日本独自開発機「震天一型」
対応
試験整備棟 再使用機体や衛星の整備 冷却設備、遮蔽区画あり。月着陸用試験機も保管。
NBC防護研究区 軌道居住環境の耐放射線・気密実験 蝦夷技術主導。化学・生物環境の閉
鎖検証設備含む
統合司令塔「千歳館」 宇宙ミッション・観測統制施設 日本海軍航空隊出身者が管制要員
の中核を担う
封鎖港湾エリア 民間船舶の接近禁止区域 水陸両用搬出入/資材再利用も進む
---
主な開発・試験成果(1970年代中盤〜)
年 成果 解説
1975年 試験型固体燃料ロケット「雷鳴I型」初成功 小型衛星打ち上げに成功/国産素材の
燃焼試験に貢献
1977年 長期閉鎖環境試験棟「曙庵」開設 最大180日間の生存実験に成功。蝦夷・日本両
軍の医療技術統合成果
1979年 軌道上無人観測ユニット「旭観一号」投入 太陽電磁波観測/放射線分布の常時監
視開始
---
技術協力と国際関係
• 英国技術協力団による気密・素材工学支援(真空溶接、酸素再循環制御)
• カナダ経由の米南部連合亡命技術者が計算制御系・燃料配分解析に貢献
• 蝦夷共和国が主導するNBC封鎖区画の機動遮蔽材研究が初期モジュール設計の基盤に
---
戦略的意義
| 軍事的 | 発射拠点兼、将来の軌道迎撃/早期警戒装置運用前提の準軍事拠点 |
| 科学的 | 宇宙空間からの観測・太陽活動解析・月面調査支援の中継基地 |
| 民政的 | 脱出民選抜・再訓練・生存技術習得の長期滞在型訓練施設として運用 |
---
結語
「暁島」は、滅びつつある地球文明が、未来へ“脱出する”ための跳躍板であった。
それは戦争基地ではなく、「記録と技術の載った方舟」を空へ押し出す発射台。
地球の夜が深まる中、ここから飛び立つ光だけが人類の夜明けをつなぐものだった。




