大日本帝国海軍 第二期戦艦「長門型」
(長門、陸奥、加賀、土佐)
1935〜1938年竣工/砲力重視型主力戦艦
■ 開発経緯と戦略的位置づけ
扶桑・伊勢型(13.5インチ砲)に続き、天城型(14インチ高速戦艦)が4隻完成したこと
で、帝国海軍は**「速力の艦隊」と「打撃の艦隊」**の二重編成を模索。
この頃、ドイツやソ連、さらには蝦夷共和国海軍や仏印の動きなど不安定要素が増しつつ
ある中、艦隊決戦で敵主力艦を砲撃で圧倒する「重砲戦艦」の必要性が高まりました。
また、ユトランド海戦以後、集中防御方式と弾薬庫防護、速度と防御のバランスに関する
戦訓が帝国海軍に浸透し、火力・装甲を極限まで追求した本格戦艦として長門型が設計さ
れました。
◆ 長門型戦艦 概要仕様
項目|内容
種別|主力戦艦(高速巡戦に対する重装甲型)
排水量(満載)|約42,000トン(設計時点ではやや大型)
全長/幅/喫水|約240m/34m/10.5m
主機|艦本式重油専焼缶+ギヤード・タービン(出力110,000~120,000馬力)
最大速力|25~26ノット
航続距離|約9,000海里/16ノット巡航
主砲|35.6cm(14インチ)3連装砲塔 ×4基=12門
副砲|15cm単装砲 ×18門程度+高角砲・機銃
舷側装甲:350mm/甲板:150mm/主砲塔:370mm/艦橋・弾薬庫強化
特徴|完全集中防御方式、バルジ追加、砲塔配置は前方2基+後方2基の十字配備
建造所|長門・加賀:呉工廠/陸奥:横須賀工廠/土佐:佐世保工廠
◆ 個艦紹介
◉ 長門
竣工:1935年・呉工廠
本級のネームシップ。砲力を象徴する艦として「艦隊の矛先」として位置づけられる。
天城・赤城型と連携し、決戦時には敵の主力艦を一撃で沈めうる重砲戦艦。
日本戦艦の設計思想を転換させた「近代戦艦の完成形」と称される。
◉ 陸奥
竣工:1936年・横須賀工廠
長門の設計を一部見直し、機関配置と耐衝撃構造が強化される。
長距離航行に備えて燃料搭載量を微増。南方作戦での機動戦を意識。
◉ 加賀
竣工:1937年・呉工廠
本級では最も砲塔防御と甲板防御に重点を置いた設計。
大口径榴弾の耐性を高め、弾薬庫の爆発防止機構が試験的に導入される。
一部には電気溶接構造や艦載射撃指揮装置の先行搭載も。
◉ 土佐
竣工:1938年・佐世保工廠
設計上の最終艦であり、艦橋構造と通信装備が大幅に近代化。
艦隊旗艦級の通信能力を備え、また空中偵察能力の強化が図られる。
予備艦を兼ねて太平洋方面への展開任務にも投入された。
◆ 運用上の意義
高速の天城型4隻+重装甲の長門型4隻=日本海軍戦艦戦力の骨格
有事の際は、「天城型で敵を撹乱・分散 → 長門型で撃破」という伝統的な戦法を想定。
航空戦力や潜水艦に対する脆弱性を持つが、砲戦では東アジア最強級の火力を誇る。
◆ 建造の政治的意義
1930年代後半、ナチス・ドイツが海軍再建を進める中、日本も英仏陣営としての存在感
を維持すべく重戦力化を推進。
• • また、大日本帝国と蝦夷共和国の相互抑止力を保つ目的もあり、帝国議会でも比較的
高い支持を得て建艦が続けられた。




