5話 先輩
落笑堕は、僅かばかりの気力を使って腰ポーチの数少ないカードを手に取る。
だが、投げつけるだけの力が残っているはずもなく、カードを取った腕はだらんと地面に落ちた。
「ごめん遅くなったね。もう大丈夫。」
閉じられるオワタの目に最後写ったのは、殴りかかる男を蹴り飛ばす一人の姿だった。
聞き覚えがあるとても優しい声にオワタは息を抜かれた。
薄灰色のパーカーを着た彼はオワタの額についた血を拭うと、オワタを殴ろうとした男に向き直った。
「俺の後輩がお世話なったみたいやね。話し合いは通じなさそうだし少し痛い目見てもらおっか。」
彼は殴りかかって来る男の拳を軽くあしらうと、隙を見ては細かいボディーブローを打ち込んで様子見していく。彼は男がバランスを崩したのを見逃さず、一気に間合いを詰めて投げ飛ばした。
一回りは大きいであろう男を彼は軽々と投げ飛ばすと、流れる動きで背後に迫っていた敵の頭蓋骨を蹴り上げる。
バタン。
鈍い音を立てて、男2人が同時に倒れた。
ドーピング剤によって、半ば理性と意識が無い男達ですら動きを止めた。
男どもは、急な乱入者を一瞥すると、彼を標的に切り替えた。
パーカーを来ている彼は、再び襲い掛かってきた男どもの攻撃を避けながら。
一人一人確実に意識を奪っていく。
僅か5分ほどで、意識を奪われた男たちが一つに括られた。
「ん。ここは.....」
意識を失っていたオワタが目を開ける。
オワタが周りを確認すると、目の前に男たちが括り付けられていた。
男たちはまだ気を失っており、痣がないことを見ると最小限の攻撃だけで沈められたことが伺われた。
「こんなのだれが、、、、、」
オワタが全身の痛みに耐えながら、顔を上げると頭上から優しい声が降ってきた。
「お、おはよう。ずいぶん寝てたね、身体は大丈夫?」
上を見ると薄墨色のパーカーを着た細身の人が座っていた。
彼はにこにこと笑いながら、コンテナから音もなく飛び降りる。
「雨蹴先輩?何でここに。」
「月堕から連絡をもらって慌てて駆け付けたんだよ。大学が休みで遊びに出ててよかった。」
雨蹴と呼ばれた彼は、落笑堕の先輩であり兄弟子のような存在であった。
オワタが武道を始めるきっかけの人物であり、全国大会で優勝するほどの実力を持っている上容姿端麗で、オワタが知っている中では最強の人物であった。
「さ、べらおがあっちで寝てるんでしょ、早く回収してもどろっか。」
雨蹴は落笑堕に包帯をまくと、手を差し出した。
オワタが手をつかむとサッと引き上げる。
雨蹴は「何をしているかわかんないけど、あんまり危ないことしたらダメだよ。俺も今回はたまたま間に合っただけだから」と、落笑堕にくぎを刺した。
落笑堕が逃げてきた倉庫に2人で向かうと、我路堕が大の字でスヤスヤと寝ている。
近づいてみると、「笑っちー、守ってあげるねぇ」と寝言を言いながら幸せそうな顔をしている。
落笑堕はムカついて結構な力で腹を蹴ったが、全く起きる様子が無い。
その様子を見て雨蹴は「やめてあげなよ」と言って、ワロタを背負う。
雨蹴は月墜に電話をかけるが、ザザーという強いノイズが聞こえる、2人は仕方がないので倉庫を後にする。
倉庫はがらんとして、僅かに残った睡眠薬のにおいだけが漂っていた。
阿呆九冴 雨蹴
阿呆九冴家長男
落笑堕と同じ武術道場に通っており、高校・大学でも一歳上の先輩。
全国大会も総なめするほどの実力で、端的に言えば最強と呼ばれた。
家族第一で、従兄弟達である阿呆好喜の3人にも気を使っている。




