19話 笑雨を寵愛する者
「笑雨っちー見てみてーでっかいヒトデ捕まえたぁ」
「はいはい。わかったから。ねぇ、わかったって。ほんとまじで。」
笑雨は次々とよくわからない生き物を持ってくる我路堕にうんざりしていた。
積みあがっていく珍妙な生き物から滴る塩水で、地面の砂が色を変えている。
近くにあった棒で少しだけツンツンとつついてみると、笑雨の拳ぐらいあるであろうムール貝が塩水を吐き出した。
漂う潮の香りの中、笑雨は自分の隣に置いていたリュックサックからおにぎりを一つ取り出した。
「(雨蹴が素手で握ったおにぎり…食べたいけど食べるのもったいない。)」
笑雨は野暮なことを思いながら数秒間じっとおにぎりを見つめて、思いきって口にする。
中には昆布が入っており、丁度良い力加減で握られたお米が口の中でほどけた。
先ほどの葛藤はどこに行ったのかもう一つリュックサックから取り出し、すまし顔で食べ終えてしまった。
笑雨は続いてスマホを取り出した。
電源ボタンを押してロック画面を開くと雨蹴が振り返った瞬間の写真が写っている。
その写真は笑雨のお気に入りの一枚だった。そのロック画面の写真を右にスワイプするとカメラモードへとスマホが移行する。
笑雨はスマホのカメラを掲げて、遊んでいる葉華邪達にピントを合わせた。
今、葉華邪は雨蹴と水をかけ合って遊んでいる。
笑雨はパシャパシャと数回ボタンを押して写真を撮った後、一番いい写真を選んでお気に入りに追加した。いつもは下がっている口角が少しだけ上を向いている。
「シャッターチャーーーーンス!!」
うまく取れた写真を眺めていた笑雨の耳に、シャッターの音とシャッターチャンスという単語が届いた。
ふと顔を上げると、スマホを横にして持った我路堕が姿勢を低くして笑雨の少し笑った顔を連写している。
「撮るな!」
少し耳を赤くした笑雨が足を180度に振り上げて我路堕のスマホを蹴り飛ばす。
「そんなーーーー!!」
スマホを蹴り飛ばされた我路堕が絶望の表情を全面に押し出して膝から崩れ落ちる。
そんなオーバーと言える表現をする我路堕の方に、僅かにいる観光客がチラチラと視線を向けた。
笑雨は恥ずかしくなってその場を後にすると、熱い砂の上をサンダルで歩いてバス停まで戻った。
そこには3台の自販機がある。笑雨は自販機のラインナップを見て顔をしかめた。
おしるこにコーンポタージュ、ホットレモンなどそこに並んでいたのは冬であればこぞってなくなるような人気のラインナップである。
「いや。なんで冬のラインナップが並んでんだよ。」
つい突っ込んでしまった自分に恥ずかしくなりながら他にないかとほかの自販機を見ると、なぜかサイダーとコーラしか売っていない自販機がある。そしてもう一台の自販機も冬仕様でしかも65度あっつあ
あつとまで書かれている。
笑雨は悩んだ挙句、コーラとサイダーどちらも買うことに決めた。
ガタリと音を立ててコーラが落ちてくる。
先に買ったサイダーを脇に抱えて、コーラが噴き出さないように慎重に蓋を開けるとコーラの香りがその場に広がった。
笑雨はぐびっと少し上を仰ぎコーラをのどに流し込む。
よく冷やされたコーラは気恥ずかしさと暑さでほてっていた笑雨の体を冷やした。
その後恨みを買った我路堕が、笑雨に65度のホットココアを一気飲みさせられるがそれはまた別のお話し。
謎の3台の自販機。
この3台の自販機にはわざと冬仕様が行われている。
理由はサイダーとコーラをみんなに買わせるため。
原因は旅館の発注ミスでサイダーとコーラが大量に届いてしまったためである。
因みにこの自販機はネットで話題となり結果的に歴代で最高額の売り上げをたたき出したという。