18話 釣りとは。
葉華邪たちが素潜りをして騒ぐ中、落笑堕は少し離れた岸壁で釣り糸を垂らしていた。
透き通る海が波によって無秩序に揺れ動き突き刺す太陽光を乱反射させている。
だが、深い海の底は見える様子がなく虫を付けた糸の先端は紺碧の海に飲み込まれていた。
穏やかな風が落笑堕の肩甲骨まである髪を揺らした時、竿の先端がぴくぴくと動き落笑堕の掌に魚がついつく感覚がある。だが、落笑堕はそこで引き上げることはせずに魚がしっかりと食いつくまで粘りつよく待った。
数十秒が数分に感じる中、急に竿が海に向かってそのシャフトをしならせる。
落笑堕は魚が食いついたことを確認してその竿を大きく上に振り上げた。
予想よりも重い感覚に落笑堕は顔をにやけさせ、重さによって硬くなったリールをここぞとばかりに巻き上げる。
段々と深い海から真っ黒い影が見えてきて、落笑堕は糸が切れないように慎重に早く巻き上げながら期待のまなざしで海の中を覗き込んだ。
「は?」
覗き込んだ落笑堕の口から出たのは喜びの声ではなくて、状況を吞み込めずに現実逃避する為の短い一音だけだった。
「よっす。」
吊り上げられた魚は真っ黒いダイビングスーツに身を包んでおり、片手を挙げて落笑堕に挨拶をする。
声からするに男ではあるが、ダイビングスーツと水中ゴーグルによって顔が隠されてだれか判別することは出来ない。
ダイビングスーツを身にまとった男は腰に付けた腰バッグから一丁の小拳銃を取り出す。
短く小さい発砲音が鳴り響き、装薬の匂いが落笑堕の鼻を貫いた。
混乱していた落笑堕は回避が僅か3コンマ遅れたため完全に避けきることができず、弾丸が落笑堕のこめかみを掠めた。
ギリギリで避けられた弾丸は落笑堕の背後にある岩へとぶつかり、波風によって浸食され弱くなっていた岩は衝撃によって音を立てて崩れ落ちた。
落笑堕の脳は即座に混乱状態から戦闘へと無理矢理切り替えられる。
落笑堕はサンダルに仕込んでいた毒針を一瞬の動作でつかみ取り、抜き取る動作と共に敵に投げる。
だが、針は海面に音もなく突き刺さり勢いを徐々に失いながら海中へと消えた。
落笑堕が警戒を解かずに辺りを見回すが、すでにダイビングスーツの男は影すら残さずに消え去っていた。もっとよく辺りを見回すとさっき崩れ落ちた岩肌に何かしらの紙が筒状に丸めて埋め込まれている。
落笑堕はその紙を警戒しながらそっと引き抜いてついている砂埃を丁寧に払った。
形は封筒になっており朔は蝋で閉じられた封をはがして中を開ける。
そこには思った以上に丁寧な文字で「お前ら阿呆一族はこの沖縄で全員殺される。これは始まりに過ぎない。」と書かれていた。
「まじかよ、めんどくさ。」
落笑堕はため息をついて紙をクシャっと丸める。せっかくの釣りが台無しになり気分がそがれた落笑堕は紙を丸めた手から顔を上げる。すると目に入ってきたのは相変わらず水遊びを楽しむ笑雨や乙華麗の姿だった。
そんな様子を見た落笑堕は情報共有は後からにしようと思いなおし、みんなの元へと熱い砂をサンダルで踏みしめて駆け出した。