13話 苦悩
葉華邪はため息をつきながら手に持っていたプリント握りしめる。
プリントは音と共に折れ曲がり、握っていた部分はクシャっとしわになった上に一緒に持っていたシャープペンのシャフトに大きな亀裂が走った。
葉華邪ははっとプリントに気付くと、慌てて机の上に置いて手アイロンで伸ばし始める。
だが一度できた折り目は完全に伸びることがなく軽いしわとなってプリントに残った。
「葉華邪、笑雨と6時間も話してないんだけど。」
葉華邪は恨めしそうに笑雨の席の方を眺める。
だが休み時間の笑雨の机には大勢の人が集まっており、お目当ての笑雨の姿は見ることができなかった。
葉華邪はさっき伸ばしたプリントを手に持って伸ばしながら机に突っ伏してさらに大きなため息を吐いた。
「葉華邪ならあんな奴ら1分もあれば殺せるのになぁ。」
そのセリフを聞いた前の席の人が驚いたように肩をすくませ、葉華邪に気づかれないようにちらりと後ろを向く。前の人は葉華邪が握っているシャープペンのシャフトがひび割れていることに気づき、見なかったふりをして席を立った。
葉華邪は思いついたように顔を上げる。
貰ったプリントを裏返して机に置くと、笑雨の似顔絵を書き始める。
数分にして書き上げられた笑雨の似顔絵は線が粗雑ではあるが高いクオリティだった。
葉華邪は数分で書いた笑雨の似顔絵を満足そうに眺める。
そして笑雨フォルダーを机から取り出して、その中に今書いた笑雨の似顔絵を閉じた。
「ほらーおまえらー授業始めるぞー。」
その時教室の前の扉がガラリと音を立てて開かれた。
6時間目である生物の授業をする為に教科の先生が入ってくる。
教室の中で各々自由に過ごしていた生徒から批判の声が上がったが、先生の「あと10秒で座らないと評価下げるぞー。」という一声によって全員が席に座った。
全員が座った事を確認した先生が黒板に文字を書き始める。
書かれた文字は「動物の主要機関の仕組み」であった。
「えーっと?今日は7月3日だから、3番の葉華邪!」
一見すると体育教師にしか見えないガタイのいい生物教師が葉華邪を指名する。
笑雨フォルダーを見ていた葉華邪は、顔を上げて「はぁい」と返事をした。
「おまえ、いつも違うことしているよな、まぁ赤点じゃないからいいが。それで質問だ。おまえは生き物の基本的な急所はわかるか?」
葉華邪は先生の質問に一瞬で人体解剖図が頭の中に広がった。
少し考えた葉華邪は自信満々な顔をして立ち上がった。
「急所は首の神経と頸動脈で、ナイフがあるなら頸動脈をサクって切っちゃって、ないなら首の骨を一撃で砕けば簡単に殺せます!!」
「お、おう。よくわかっているな。もういいぞ」
若干引き気味の教師が葉華邪を座らせる。
褒めてもらえると思っていた葉華邪は少し残念そうに椅子に座った。
「まぁ他には脳や心臓などがあるな。これらの臓器は生命維持にとっても大切だから急所なんだ。今日はそんな大切な機関について授業をしたいと思う」
葉華邪は先生の授業を最初は真面目に聞いていたが段々と飽きてきたようで、ノートを全てとってしまうと余白に笑雨の後ろ姿を書き始めた。
50分の授業が終わる頃には、授業ノートかイラストノートか分からないノートが出来上がっていた。
そんなノートはテスト後に毎回先生に提出することになっている。
提出された葉華邪のノートは毎度職員室で話題となると共にノート評価Cをつけられていた。
葉華邪の笑雨フォルダー
葉華邪が作った笑雨をまとめたフォルダー。
内部は2層に分かれており、半分は笑雨の隠し撮りも含めた葉華邪厳選の写真を挟むアルバム。
もう半分は描いた笑雨のイラストを取っておくファイル。
総数1000を超える笑雨フォルダーの中身は葉華邪しか知らない。