第9話
西園寺夫妻は、京都で警官を片っ端から暗殺していく。
「これで3匹目。この辺が潮時だ」
城三郎が狙撃銃をしまうと次のポイントへ出かけた。
「お父さん、息子には会わないのかい?」
はつねは息子である紘汰のことを心配していた。
「あんなやつは知らん! あいつは私たちとの縁を勝手に切ったのだ」
「そうね。あの恩知らずは野垂れ死ねばいいのよ」
「母さんや、あいつのいるチームも潰しておくべきじゃないのか?」
「そうね。でも、あの二人の下ごしらえが済んでないのよ」
「おぉ、そうだったな」
西園寺夫妻は情報収集のため近くのカフェへ足を運ぶ。
二人が立ち寄ったカフェはどこか落ち着いた雰囲気のある店内。
枯山水風の中庭が一望できる。
「紘汰のやつ、あれほど馬鹿な夢を見るなと言ったのに」
「NBAからも一目置かれるなんて、とんだ大バカ野郎だね」
西園寺夫妻は、紘汰の活躍ぶりに苛立っていた。
「それよりもお父さん、大阪の事務所の取り潰しお疲れ様」
「あぁ、今の世の中を戻しているのさ。私たち大人の言うことが絶対である世の中を」
西園寺夫妻は、若者が輝く時代に不公平感を感じている。
そのきっかけとなったのは、西園寺ホールディングス営業取り消し命令が下った10年前のこと。
「なんですって! 営業取り消しですと!?」
「パワハラや、低賃金の過労の強要。これらの事案を踏まえて労働基準法に基づき、貴社を営業取り消しとする!」
「待ってください! 弊社は優良企業ですよ? 高収入で……「これを見てもその言い訳が通用しますかな?」
労働基準監督官が城三郎にある映像を見せた。
それは、西園寺ホールディングス元社員がパワハラを行う上司の姿を映像証拠として捉えたもの。
「そんな馬鹿な。これは教育の一環で、決してパワハラとは……!」
「では、こちらをご覧になってもですか?」
労働基準監督官がある書類を見せる。
「な! 返せ! それは我が社の財産だ!!」
城三郎が激昂した。
労働基準監督官は取り立てから逃れるための別の請求書を紙に印刷して保存したものを押収していた。
「これが動かぬ決定的証拠です。ご容赦を」
「あぁ、我が社の未来はどうしてこんなに暗いのだ!!」
城三郎とはつねは没落し、まだ14歳の紘汰を親戚が運営する施設に預けることになった。
西園寺ホールディングスは解散処分となり、幹部役員は全員逮捕または更迭を余儀なくされる。
加えて私的財産は警視庁に差し押さえられ、まともに生活ができなかった。
「なぜだ。なぜ私たちが苦しんで若者が輝く時代になってしまったのだ」
没落後は、日雇いのバイトを転々としながらアドレスホッパーとして流浪の生活を送る城三郎とはつね。
「お父さん、これもすべて世の中が悪いのよ。私たちは正しいのだから」
はつねは城三郎を励ました。
「そうだな。世の中が悪いのだ」
「若者が輝く時代を終わらせて、私たち大人が輝く時代に戻しましょう」
これが、城三郎とはつねの復讐計画の始まりだった。
その一方で、英治は映画ラグナロクの完成披露試写会に向けて準備に追われていた。
「クランクアップも無事に終わって、編集も順調。来週の完成披露試写会には、間に合うかな?」
英治は完成披露舞台挨拶に向けてオーダーメイドスーツ店へと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。スーツの新調ですか?」
「あぁ。来週完成舞台挨拶が控えているから、それにふさわしいスーツをってね」
「映画ラグナロクの試写会に向けてですね。かしこまりました!」
店主はそう言いながら英治の身体で採寸する。
「そう言えば、完成舞台挨拶ではレコちゃんも来るのでしょ?」
「あぁ、一応招待状を送ったんだ。彼女なら絶対食いついてくると思ってね」
「いいですね~。レコちゃんと夫婦になったら、レコちゃんのスーツ、作らせてくださいね」
スーツ店の店主は採寸を終えて英治の要望に耳を傾ける。
「で、今回は?」
「気品漂うハリウッドセレブスタイルで頼むよ。ポケットは裏側に4つある方がスッキリした印象を受けたほうが良いと思う」
「了解!」
店主がオーダーどおりのスーツを仕立てていく。
「3日後には出来上がると思うので、取りに来てくださいね!」
「わかりました」
そう言って英治は店を出る。
いつの間にか、昼時になっていた。
英治はとりあえず近くのコンビニで済ませることにした。
「いらっしゃいませ」
店内は閉店か改装が近いのか、在庫一掃セール中だった。
とりあえず、レトルト惣菜を2つ購入する。
自宅へ持ち帰る途中、
『京都府でまたしても警察官が殺害されました。これを受けて警視庁は、犯人からの牽制と見て捜査を慎重に行うと……』
街頭の大型ビジョンが、この日起きたニュースを伝える。
「犯人捕まると良いなぁ」
そんなことをぼやきながら、英治は急いで家路につく。
自宅マンションでパソコンを起動する。
そしてメールの確認をする。
フィルタリングのお陰で、毒親たちからのメールはすっかり表示されなくなった。
麗奈からXのダイレクトメッセージが届いていることを確認する。
すぐにXのアカウントを開いて確認する。
「英治さんへ、熱海のVR動画の撮影が終わったよ!
あと、完成披露あいさつへの招待ありがとう。
映画ラグナロクの完成、すごく楽しみにしてるよ!」
英治は、直ぐに返信した。
「出来栄えは及第点かな?
これでアカデミー賞を取ったらすごいことだねw
君と一緒に、ハリウッドのレッドカーペットを歩きたいね」
「そうだね!
私、ハリウッドへ行ったことがないから、すごく楽しみ!
ノミネートされたら、また私に報告してね!」
二人のやり取りが続く中、
「宅急便です」
インターホンのチャイムと同時に宅急便の荷物が届いた。
「誰からだろう?」
玄関先で受け取る。
小型の荷物で封筒タイプ。
英治は中身を開封する。
「な、なんだよ……。これは」
その中身は、燃え残った英治たち若手漫画家が書いた同人誌。
添えられた手紙にはこう記されていた。
「お前たちのやっていることは屑だ。
いい加減漫画を書くのをやめて、大人の言うことに従え。
それが若者にできることだ。
映画ラグナロクの試写会は我々が中止させる。
お前のようなクリエイターを名乗るやつがいると目障りだ!
我々は、すべての親の代表として、お前たち若者にさばきを下す」
なんとも脅迫じみた文章。
英治は向笠に連絡を入れた。
数分後、向笠と山城が鑑識官を連れてやってきた。
「とんだ災難でしたね。大阪へ旅行中にテロを目の当たりにしてしまうとは」
「全くですよ」
「それで、犯人から送られたものというのは?」
「こちらです」
英治は、送られた物を向笠に渡す。
「これはひどいですね。皆さんが心血を注いで書いたものをこうも灰にしてしまうとは」
「向笠さん、東京の科捜研に分析してもらいましょう」
山城はそう言いながら燃やされた同人誌を鑑識官にわたす。
これで、犯人の逮捕につながればと思うと英治は信じている。
「映画の試写会ですが、SPの方々に護衛を任せましょう。彼らなら、保険に越したことはありません。それとこれを差し上げましょう」
向笠は、英治にお守りを渡す。
「ありがとうございます」
「それを肌見放さず持っていてください。いずれ貴方を救ってくれるでしょう」
「大切にします」
そのお守りには、ある仕掛けが入っていることを英治はまだ知らなかった。
夜、英治はラグナロクの完成披露あいさつに向けた打ち合わせをしている。
「やはり、延期したほうが良いのでは?」
『いや、むしろ行ったほうがいい。若きクリエイターの熱意を失いたくない』
監督は、完成披露あいさつを延期しない意向を示した。
それだけに、映画ラグナロクの公開に絶対の自信がある。
「わかりました。それで行きましょう」
その時、麗奈からメールが届いた。
開封すると、そこには驚くべき内容が記されていた。
「英治さんへ。
私の両親、貴方に会えるのを楽しみにしてるよ!
お見合い楽しみだね!
あ、東京ばな奈はやめてくださいね。
お父さん、あの味がどうも苦手みたいでwww」
お見合いについて和気あいあいとチャットし合う。
「それで、蔵丸のお酒で何が良い?
無難にも日本酒か焼酎でいい?」
「そうだね……。
あ、この前飲んだレジェンダリーの<会津15>ってまだ在庫あるかな?
ありそうなら私のところに送って!」
「了解」
英治は一旦チャットを切り上げて通販サイトを確認する。
目的の酒が見つかり、即決で購入した。
「麗奈さん、ギリギリのラス1を注文したから、そっちに送っておくね!」
「おー!
助かりました!
これなら父も喜びます」
麗奈が英治が買ってくれたことに感謝の意を示した。
「どういたしまして。
ところで、お見合い場所のホテルは決まったの?」
「当然!
沖縄で最高のロケーションが望めるコテージスタイルの宿を予約しておいたわ!」
呑気にチャットをしている。
その一方で、毒親たちの悪意はすぐそこまで迫っていた。
「お父さん、久しぶりの我が家ね」
「あぁ。すっかり変わり果てたな」
西園寺夫妻がかつての豪邸へと帰ってきた。
何もかもなくなり、廃墟となった館は主を迎えてくれるかのごとく、門が開いている。
「思い出すな、忌々しいあの日のことを。愚か者が西園寺ホールディングスの秘密を公にさらさなければ」
「こんな惨めな思いはしないですんだよね」
はつねは怒りで身を震わせ、城三郎は自分の野望が最後の段階に来たことを実感した。
「母さん、今こそ西園寺ホールディングス再建の旗揚げと行こうじゃないか」
「そうだね。久しぶりに一緒に寝室で寝ましょう」
二人は、かつての寝室へと向かう。
ベッドもなにもない寝室。
検察によって家具はすべて押収された後だった。
城三郎ははつねとともに持参した寝袋で一夜を明かす。
それは、英治と麗奈に迫る悪意がいよいよその牙を研ぎ始めた合図だった。
翌日、麗奈は仕事で鎌倉の旅番組の撮影に来ていた。
「吉田鉄蔵の、リチャージジャーニーIN鎌倉!!」
人気お笑い芸人の電動アシスト自転車旅番組に、麗奈がゲスト枠で参加していた。
「今日のゲストは、今や話題暴騰のコスプレイヤー、東雲レコさんです!」
「どうも! 東雲レコですっ! 鉄蔵さん、今日はよろしくお願いしますっ!」
麗奈は鉄蔵に挨拶する。
今回は、鎌倉のおすすめスポットを自転車のバッテリーを充電しながら巡って、ゴールの江の島で絶品グルメを食べるという。
「それでは、さっそくレッツラどーん!」
鉄蔵とパートナーの丸井、そして麗奈の3人は鎌倉のおすすめスポットを巡る電動アシスト自転車旅を始めた。
この先、毒親の悪意が間接的に麗奈に襲いかかることを、3人はまだ知る由もなかった。
「ところでレコちゃんは、映画ラグナロクに招待されたんだって? 鉄ちゃん、ラグナロクのファンだから実写化は待ち遠しくてたまらないんだよ」
「そうですね。私のパートナーである神城先生の作品だからこそじゃないですかね?」