第6話
向笠と英治たちは、夕食を食べながら有名人連続強盗殺人事件について情報を出し合うことにした。
「では、貴方がたが知っている情報を私達にお聞かせ願えませんか?」
向笠が英治たちに知っている情報を要求してきた。
「最近の話ですが、編集部に不審なメールが届いたので、ZIPファイルにして転送しておきます」
英治は先日編集部からもらった脅迫メールをZIPファイルに圧縮したものを向笠の携帯へ転送する。
「確かに受領いたしました」
向笠は解凍して中身を拝見する。
「これはなかなか手の込んだ脅迫文ですね」
「向笠さん、差出人を追跡すればなにか手がかりが掴めるかもしれませんね」
山城はとりあえず鑑識にメールを転送する手配をする。
「私からは、事務所の後輩が殺されたらしいのです」
「知ってますとも。本庁が犯人の特定に従事してますが、如何せん犯人は狡猾で用意周到な方々でして」
麗奈の問いに山城は携帯の操作を終えて直ぐに回答した。
「後輩さんの身辺状況を調べたところ、殺害される数週間前から不審な人物に付きまとわされている気がすると、事務所から相談がありまして。まさかこんな事態になるなんて思いも寄りませんでした」
「つまり、私も狙われる可能性があるということですね?」
「否定はできません」
向笠はスタウトビールを一口飲む。
「事務所に掛け合って、警備会社に敬語をつけるように申請しておきます」
麗奈は事務所に警備会社に護衛を手配するよう、メールで要請する。
その間、
「向笠さん、さっき科捜研から例のPCからパスワードの消去に成功したようです」
山城が科捜研から入った情報を向笠たちに見せる。
「旧ツイッター・西園寺ホールディングスの公式アカウントが稼働し続けている。妙ですね」
そう、西園寺ホールディングスのSNSアカウントが摘発されたにも関わらず非公開状態で存在していた。
「西園寺ホールディングスって、12年前に潰れた会社ですよね? その公式ソーシャルアカウントが活動しているなんて」
「おそらく、会社の元幹部か経営者本人が闇バイト目的で運用しているかもしれませんね」
会社自体は潰れているのに、アカウントが存在している。
向笠は、このアカウントの所有者が犯人ではないかと見ていた。
「英治さん、何かありましたら私のところへ連絡を」
向笠はそう言いながら、自分の名刺を英治たちに差し出した。
「僕の連絡先も」
山城も同じく。
「ありがとうございます」
「何かあったら連絡します」
英治たちは連絡先を交換する。
「さぁ、情報交換はここまでにして、夕食を楽しみましょう」
英治たちは夕食を食べ終えて一旦解散となった。
現場近くのホテルを予約したため、英治は麗奈と一晩を明かすことにした。
「麗奈さんっていうんだ」
「それが本名なの。よろしくね、英治さん」
麗奈は早速服を脱ぎ始める。
「れ、麗奈さん!?」
「大丈夫。寝間着のインナーは着込んでいるの」
麗奈はどこか嬉しそう。
好きな人と一緒に寝れるのは、これ程嬉しいものはない。
「じゃぁ、僕は隣で……」
英治は既にベッド・インした麗奈の隣に入る。
「今夜は思い切り甘えさせてくださいね」
「こちらこそ」
英治と麗奈は一夜を過ごしている中、
「母さんや、今宵の飯はうまいなぁ」
「そうですね、お父さん」
西園寺夫妻は、これまでの強殺で巻き上げた金で都内屈指のホテル・レストランで食事を取っていた。
かつての栄華を取り戻したとは言えないが、毒親としての悪意は徐々に大きくなっていく。
「これで、私達の計画は次の段階に移るわね」
はつねと城三郎は、自分たちが暗躍的に進めている計画を次の段階に移すことを決意した。
「必要な金は揃った。後は立ち上げるのみだ」
「でも、まだ時ではないでしょう?」
はつねはまだ計画が未完であることに懸念を示した。
「警察も私達のことを嗅ぎ回り始めた。次は警察もターゲットにしておこう」
城三郎は、既に動き出している警察を手に掛けようとした。
それは、自分たちに関わる者は死ねと言う意味が込められていた。
「警察の誰を殺せばいいの?」
「一番若い下っ端を殺しておけば、私達に手を出すことはできない」
城三郎は、はつねに巡査クラスの警官を殺害して、警察に対する牽制と警告を行うというもの。
「警察を黙らせるには、警察を殺せばいいのね!」
そして、会計を済ませて行動に移した。
華やかな夏夜の銀座。
涼しげに歩む若者たち。
少し裕福な夫婦が楽しげに語らいながら歩いている。
そんな夫婦の隣を西園寺夫妻が見逃すわけもなく、
「お父さん、あの夫婦を殺しましょう」
「そうだな。こいつらには死んでもらおう」
城三郎とはつねはまずこの夫婦の身辺などを調べることにした。
それからどうなるかは、また別のお話。
翌日、コミケ最終日。
英治たちは、在庫の確認とブースに傷がないかを調べていた。
「頒布する分は問題ない。あとは、ブースの傷みがないか、だな」
「みんな! 今日の衣装もバッチリだよ!」
集談社代表メンバーたちは、一層の気合を入れる。
最終日なら尚更だ。
コミケ最終日は、まさしく最終決戦。
サークルの売上次第では、商業作家となる可能性も十分あり得る。
「今日は、最終決戦! みんな気合入れていくぞ!」
「「「おーーッ!」」」
会場がオープンした。
この日も、多くの来場者で賑わい始めた。
「集談社新連載プロジェクト、最終日もよろしくお願いします!」
英治たちは、元気なかけ声を出して人々を集める。
「これ買います!」
「ありがとうございます!」
コミケ会場内は、いつにもまして賑わいを見せている。
そして、
『インフォメーションです。本日15時30分に東雲レコさんから重大発表があります。今すぐ集談社ブースへ!』
麗奈の重大発表を告知するアナウンスが会場内に流れた。
会場内はざわつき始めた。
人気コスプレイヤーの重大発表。
それを聞いた多くのファンが黙っているわけには行かない。
「なんだなんだ?」
多くのファンが集談社ブースへと集まってきた。
「はいはーい! みんなのカメラの恋人、東雲レコですっ!」
麗奈がカメラマンやファンの前で挨拶した。
「今日は、すっごく大事なお知らせがありまーす!」
その言葉に、会場は期待に高まった。
人気コスプレイヤーの重大発表は、内容次第では批判や称賛のどちらかに傾いてしまう。
「まず、先日の配信でお話した通り、私にパートナーができました。この方です!」
麗奈が指さした先に、英治が現れた。
「って、神城先生!?」
「レコちゃんのパートナーって、神城先生だったのか!」
会場内は大いに盛り上がった。
「実は私、神城先生の漫画の大ファンなんです! デビュー作の<超時空大戦ラグナロク>はすごくドハマリしたのです!」
超時空大戦ラグナロク、英治が読み切りで出したことがきっかけで月刊少年ゴーゴーで大人気連載中の作品である。
主人公・結城護が時空の裂け目から現れた謎の敵、タブーに立ち向かう変身ヒーロー作品。
特撮映画化も決まったことで話題が最高潮になっている。
しかも、米国アカデミー賞を受賞した超有名スタジオで制作中とあって、話題が暴騰している。
もとを辿れば、英治が書いた読み切りを映画スタジオが称賛したことがきっかけだった。
そして、麗奈が惚れ込んだのも、英治の描写力があってこそ。
「先生、レコちゃんを大事にしろよ!」
「雑に扱ったら秒でバンするぞ!」
ファンたちから叱咤激励が英治にめがけて飛んでくる。
「ありがとう! これからもよろしく!」
英治は、多くの人たちの前で感謝の意を示した。
これから先、映画のクランクアップに向けての最終打ち合わせが控えている。
英治は、麗奈との関係も含めて一層に気合を入れた。
「僕からも重大発表があります!」
英治は、映画の話を打ち明けようとした。
その時、
「お前のせいで、我が家の威厳は損なわれた!」
突然、会場内に罵声が響いた。
英治が視線を向けると、そこには西園寺夫妻とは別の夫婦が立っていた。
「うちの娘がお前に憧れたせいで、親としての威厳が傷ついた!」
「連載中の漫画を打ち切りにしろ! 映画にするな! 慰謝料よこせ!」
どうやら、自分たちの息女が英字に憧れてクリエイター職を目指していることに我慢ができなかった。
モンスターペアレントとも言える毒親の形。
「そして、コミケ実行委員会に訴訟をする! 二度とコミケを行わないと誓約するなら、訴訟を取り消す!」
「私達親の威厳のために! 健全な社会向上のために!」
訴訟の紙を高らかに掲げる夫婦。
麗奈は、これは明らかな捏造品であることを見抜いた。
「あなた達が書いたそれは、捏造品ですね?」
麗奈はそれを指摘する。
「うるさい! お前に何がわかる! 私達はより健全な社会向上のために……」
夫婦はそう言い切れないうちに警察のお縄となった。
「なぜだ! なぜわたしたちの行動を理解しない!?」
「お願いします! 娘のために、日本の未来のためを思っているのです!」
連行される夫婦をよそに、
「とりあえず気を取り直して、映画超時空大戦ラグナロク最新情報を……」
とんだハプニングがあったが、コミケ2日間は無事に終了した。
「やれやれ、とんだ災難でしたね」
向笠と山城が事後処理の聴取も兼ねて英治たちと話していた。
「全くですよ。ファンが通報してくれなかったらどうなることかと」
「映画の情報も気になるところですが、今はご自身の安全を最優先させてください。彼らはおそらく、西園寺ホールディングスに雇われた刺客かもしれませんから」
向笠の言葉に、英治と麗奈は身構えた。
「西園寺ホールディングス、既に動き出しているのですね?」
「否定はできませんよ。彼らは再建のために暗躍を始めたのですから」
西園寺ホールディングスの再建。
それが意味するのは、日本社会の掌握。
英治たちは、自分たちがその隷属者となるのかと震えだす。
「ご安心ください。私達警視庁がお二人を護衛しますので」
「そうですよ。今はご自身の本業に集中してください」
そう言われると安心できる。
英治と麗奈は、とりあえず護衛を付けてそれぞれの家路についた。
英治のマンションでは、映画の最終打ち合わせに向けた書類を作成している。
「今年の冬に公開するから、急いで仕上げないと!」
今年の冬に映画が上映される。
まもなくクランクアップする。
英治は大急ぎで関連グッズなどに関する企画書類を大急ぎで仕上げていく。
すると、英治の携帯にメールが届く。
差出人は麗奈だった。
『英治さん、2日間ありがとう!
実を言えば、このまま一緒に同棲したかったけど、まだパートナーとなったばかりじゃちょっと気が引くよね?
だから、来週の日曜日に私とデートしない?
レストランは、英治さんのおまかせで』
英治の店選びのセンスが試される内容だ。
「麗奈さん、無理難題を押し付けてくるなぁ……。よし、奮発しますか!」
英治は、行きつけの三つ星レストランを予約する。
それが吉となるかは、わからなかった。