第4話
英治は、この日の仕事を終えて急いで帰宅した。
東雲レコのライブ配信を見るために。
「レコちゃんの特別配信、楽しみだなぁ!」
缶ビール片手に、英治はウキウキ状態になっている。
配信開始までまだ時間はある。
英治は、冷凍枝豆を茹でることにした。
鍋で沸かしたお湯がグツグツと煮えている。
冷凍庫から枝豆の袋を取り出して開封して鍋に投入する。
沸騰したお湯が凍った枝豆で一時下がるがすぐに高温に戻る。
缶ビールが常温になる前に1本目を飲み切る。
「おつまみも用意できたし、あとは配信を待ちますか」
英治はパソコンをつけてネットのニュース番組を見る。
『神奈川県を中心に起きた連続強盗殺人事件を受け、警視庁は捜査本部を立ち上げ、各都道府県警と連携して事件解決に向けての捜査チームを発足しました』
有名人になり得たかもしれない有望な若者とその家族が殺されて、金品や通帳が奪われる事件が相次いで多発している。
そのため、これ以上の被害拡大を防ぐ目的で一刻も早い解決が望ましかった。
「とりあえず、犯人が捕まると良いなぁ」
英治はそう言いながら缶チューハイを冷蔵庫から取り出した。
『まもなく、レコチャンネル・スペシャルライブ配信! みんな、画面から離れてお部屋を明るくして待ってて!』
レコの声が画面から響く。
「そうだった!」
英治はそう言いながら、缶チューハイをおいてから枝豆をザルにあけて水気を切る。
これで、今夜の晩酌は万全だ。
「さぁ、始まるぞ!」
英治はワクワクしながら待っている。
『東雲レコのレコチャンネル! 今夜はコミケ前夜祭ということで、私の売り子さん情報や、取るに足らない雑談まで、幅ひろーく! お送りいたしまーす!』
ライブ配信が始まった。
これをどれほど待ち望んでいたことか。
『さて、まずは最新インフォ! この度私東雲レコは、集談社ブースで2日連続の売り子さんをすることが決まりました!』
その事実に、英治は缶チューハイを吹きそうになった。
「レコちゃんが売り子さん!? 編集長、一体何を考えているのか」
わんぱくの編集長は何を考えているかわからない、周囲から着いたあだ名は、「腹黒編集長」。
これは流石に嬉しさと困惑が混じった。
『実は、私が前から好意を寄せている漫画家さんがいまして。その漫画家さんのお仕事のお手伝いをしたいということで、集談社さんに直談判して、今回のお仕事をもぎ取りました!』
その漫画家というのは、
「僕のことか?」
英治は確信的に自分に想いを寄せていた推しレイヤーが存在していたのか、と思ってしまう。
『その方とパートナー契約をするのはコミケ当日、しかも最終日! 私のとびきりビッグなサプライズをぜひお楽しみに!』
レコのとんでもない発言に、コメント欄は大いに盛り上がる。
「レコちゃん史上最大の爆弾発言!」
「お相手は誰なの!?」
「変な男だったら、許さない!」
といった具合のコメントが多数寄せられた。
「ははは、僕も手が出せないや」
流石に英治も、これは苦笑するしかなかった。
缶チューハイと枝豆を交互につまむ。
『さーて、みんなのコメントで大盛り上がりの中、悲しいお知らせがあります』
レコが深刻な表情になる。
「どうしたんだ?」
英治は心配そうに画面を見つめる。
『3日前、私の後輩である三上リナーシタちゃんが何者かに殺されました。警察は拳銃で撃たれたと言っています』
それは、ネット記事にもあった人気コスプレインスタグラマー銃殺事件に関わる話だった。
警察の調べによると、被害者は44マグナムで銃殺された。
そして自宅から現金や預金通帳が盗まれ、翌日に現場である自宅から離れた路地裏で燃やされたコスプレ衣装と預金通帳が見つかったという。
『私も命を狙われているかもしれません。今後のためにボディガードをつけておきますので、みんなもどうか安心してください』
レコは、今後は民間警備会社にボディガードを要請し、身辺警護とセキュリティ強化を図っている。
それなら一安心と、英治はそう思った。
『さぁ、悲しいお話はここまでにして、みんな、今夜は飲みまくるぞ!』
レコが、お酒を片手に乾杯をする。
「待ってました!」
「KP!」
「かんぱーい」
英治を始めとしたレコのファンは一斉に乾杯する。
『さぁ、コメントもいっぱい届いているよ! 全部読むことはできないけど、目を通しているから安心してね!」
レコはそう言いながらジョッキ缶ビールをグイグイと飲み干す。
『お、THEカミキリラー油さんからのコメントだ! なになに、<最近では、毒親でも違法サイトを通じて拳銃を買うようになってきたから、レコちゃんも気をつけて>? 心配してくれてありがとう!』
レコは安心してポテチをつまむ。
「僕も楽しかったよ」
英治はコメントを残す。
『あ、僕も楽しかったよというコメントが来ました! うれしいなぁ!』
レコはそう言いながらプレゼントを開封する。
この日は、彼女のバースデーでもある。
『お、晩酌チョコレート! これ、前から気になっていた蔵丸さんの人気チョコレートリキュール! ゴッドさん、ありがとう!』
(それ、僕が注文して送ったやつだから)
英治が注文したチョコレートリキュールを片手に喜ぶレコを見て思う。
(これからもよろしく)
そう、心に誓う英治であった。
しかし、毒親の悪意は着々と迫っていた。
一方で、警視庁捜査一課警部補・向笠は同輩である山城と東京都内のとある一軒家に来ていた。
もちろん例の連続強盗殺人の現場検証。
「山城くん、見給え。この3人の遺体から見て、無惨だと思わないか?」
「同感です、向笠さん」
現場は、ごく普通の家のリビング。
その床には、拳銃で撃たれた親子3人が横たわっていた。
リビングは激しく荒らされ、記念トロフィーらしき置物の残骸が散乱している。
「凶器の銃は44マグナムか」
「撃たれた傷から推測できるものとすれば、多分それが妥当でしょう」
向笠は、現場状況からある仮説を組み立てた。
「この状況からして、私は単なる強盗殺人とは思えないが?」
「と、言いますと?」
山城は、長年ともにしてきた相棒の勘が冴えていると見ていた。
「おそらく犯人は2人で行動していると見る。目撃者の話では、被害者宅周辺で不審な男女が目撃されているらしい」
被害者家族の邸宅近くに暮らす女性から、不審な夫婦の動向を見ていたという情報を入手していた。
しかし、それでは決定打とは言えなかった。
「それなら、被害者が襲われたのも納得できますが、なぜ普通の家庭にも関わらず、こんな犯行を……!」
山城は少しだけ憤りを見せる。
「おそらく、被疑者は被害者一家の息子さんが全日本ジュニアブレイキン選手権で優勝したことに何らかの恨みを持って犯行に及んだ、と仮定するのが現状で最適な結論だ」
一方的な恨みによる犯行。
はた迷惑で身勝手な勘定による犯行は、何としても終わらせたい。
「そうなれば問題は、犯人はどうやって凶器を購入したかですね。日本では、銃刀法に引っかかりますし」
山城は、拳銃の入手ルート割り出しも視野に入れた。
「たしかに、容疑者はどうやって調達したのかも調べておく必要がありそうだ。私達は勤務を終える。あとは任せた」
「了解です。お疲れ様でした」
向笠と山城は本庁へ戻る。
「山城くん、君がこの事件の犯人だとしたら、被害者に対してどういった動機で及ぶかね?」
帰りのタクシーで、山城にこんな質問を投げる向笠。
「私ですか? ブレイキンで優勝した子供ってカッコよくて羨ましいから、その地位を奪おうとするかと?」
「残念だが、それは違うよ」
向笠はくすくすと笑う。
「おそらく犯人の人物像は、世間体に対して異常なまでの嫉妬心を持っている。凶器を購入できるほどの潤沢な資金源と人脈ネットワークを持っていると推測する」
向笠の推測に、
「まさか良家がらみ!? 向笠さん、いくら良家がからんでいるとは言え、そこまでの犯行が……」
「良家が庶民に干渉しないと思っている時点で私の後を継げないのだよ。良家には、子供を所有物として扱う親の居る家だってある」
向笠は、そう言いながらタクシーを降りる。
山城もその後を追う。
「どういうことですか?」
「犯人は良家の人間と見て間違いはないが、証拠を集める必要がある。そのためには、こうやって地道に足で集めるしかない」
降りた先にあるのは、かつて没落した良家が持っていた館。
今は廃墟となっており、所有者もいない。
「手がかりがあると睨んでいるのですね」
「そうだ。犯人の人物像を少しでも浮き彫りにするために」
既に管理者の許可をもらい、中へと入る。
「だいぶ荒れていますね」
かつては裕福だった一族が何らかの理由で没落し、以後誰も住んでいなかった。
「この家はかつて西園寺ホールディングスの会長一家が暮らしていたが、ブラックな業績が発覚して会社は営業取り消し、一家はこの家を退去せざるを得なくなった」
「知ってます。家庭内暴力も日常茶飯事だったとか」
向笠の言葉に答える山城。
たどり着いた当主の書斎には、1代の古びたノートPCが机に鎮座していた。
おそらく最後の業務を果たしてから、数年間電源が入っていない。
「SSDになにか手がかりが入っているかもしれませんね。これは科捜研に持っていって調べさせます」
山城はなにか重要な手がかりがあるかもしれないと睨んで、そのノートPCを回収する。
向笠は、本棚から1冊のノートを見つける。
それは、西園寺家当主の日記。
家が没落した時の事が鮮明に記されていた
「2013年 4月6日
うちの会社の業務状況が労基署にバレた。
誰が漏らしたのかはわからないが屈辱的だ!
息子をとりあえず施設に送るとして、妻とともに夜逃げすることにした。
畜生、こんなことになるなんて思ってもなかった。
西園寺家を潰したやつには死の鉄槌を喰らわせる。
そして、若者が輝く時代なんて目障りだ。
親の言うことが絶対の時代を、必ず作り上げてみせる!」
この日記には、今回の事件をほのめかすことが書かれていた。
「山城くん」
「何でしょうか?」
「どうやらこの事件は、一筋縄ではいかないようだ」
「ですよね」
今回の事件は、かなり複雑で厄介なことは確か。
その時、山城の携帯が着信を知らせる。
「はい。……、本当ですか!?」
「どうした?」
向笠は、山城に訪ねた。
「茨城からの報告で、拳銃の密売人が逮捕されました! 今取り調べをしているとのことです!」
茨城県警察が、暴力団に拳銃を密売していたとしてベトナム国籍45歳の男を逮捕したという。
その男は、反社会主義者を専門とした卸売業者。
「それは良かった。直ちに、今回の事件と関わりがあるか問い詰めてくれと伝えて欲しい」
向笠は、そう言いながら葉巻を吹かす。
「この事件は、毒親問題が大きく変わりそうだ」
夜空を見上げる。
今宵は下弦の月。
その月は、毒親の悪意を照らし出すかのように輝いていた。
これは、まだ序の口。
本当の事件は、これから始まる。