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第3話

 コミケまであと2日を切った。

 

「先生、脱稿お疲れ様です。今週の仕事はコミケ両日での頒布ですので、ゆっくり休んでくださいね」

 

 信子に言われて、英治は休養を取る。

 

「そうだな。日帰り温泉でも行ってみるか」

 

 英治は、日帰り旅行の計画をすぐに立てる。

 

 あまり遠くへはいけないので、神奈川県の箱根温泉でのんびりすることにした。

 

 軽い着替えを、プライベートのボディバッグに詰め込み、英治はすぐに出かける。

 

 この日は木曜日。

 

 平日に出かけるというのは、なにか申し訳ない感じがする。

 

 土日祝日にはない特別感があって、英治は本当に楽しみで仕方なかった。

 

 携帯でクレジットカードを使い、ICカードにチャージする。

 

 タクシーを拾って東京駅まで向かう。

 

 山手線にのり、新宿まで揺られて新宿駅で特急に乗り換える。

 

 特急に揺られ、目的の箱根湯本に着いた。

 

 さすが人気温泉地だけあって、平日でも外国人観光客がちらほら存在している。

 

「さて、日帰り温泉ができる宿は……」

 

 英治は携帯で近くの温泉宿で、日帰り入浴ができる施設を検索した。

 

「とりあえずここにしておくか」

 

 良さげな施設を見つけて、英治はそこへ向かう。

 

 その宿は早川を挟んだ向こうにあるホテルで、格安の日帰り温泉を提供していた。

 

 英治は早速浴場の入場料金を支払い、男性浴場へと向かった。


 脱衣所で服を脱いで扉を開けると、眼の前には早川を一望できる露天風呂が併設されている大浴場が広がっていた。

 

 英治は体を洗い、露天風呂へと向かう。

 

 湯船に浸かり、大きく息を漏らす。

 

「ここ最近仕事ばかりだったから、こうやって休むのも悪くないな」

 

 自分はなんのために仕事をしているのか。

 

 自分自身と向き合う時間を作るのも、プロフェッショナルの仕事。

 

(思い起こせば、父さんたちが後押ししてくれたおかげで、今の僕がいるんだ)

 

 要求されているうちにそれ以上の成果を出し、相手の期待を誘う。

 

 あの頃は(・・・・)、自分が完璧だからすごいと思っていた。

 

 それは間違いで、自分を追い込む要因だった。

 

 現在(いま)は、編集部に期待されるくらいのプロ作家になっている。

 

 露天風呂から上がり、脱衣所で服を着る。

 

 施設を出ると、観光客が大いに賑わっていた。

 

 そう、この日は箱根湯本の夏祭り。

 

 地元の飲食店が屋台を出して自慢の一品を振る舞っている。

 

「屋台グルメも良いかも」

 

 英治はそう言いながらお祭りへと参加した。

 

 どこもかしこも賑わっていて、地元の住民が自慢の一品を観光客や地元民に振る舞っている。

 

 英治はとりあえず牛タンの串焼きを1本購入し、腹ごしらえを済ませる。

 

 お土産を売っているお店では、地元の工芸品を取り扱っていたりと様々。

 

「今日はお祭りだから賑わっているな」

 

 なんだか嬉しい気分になっている。

 

 そんなおり、英治とすれ違う羽振りが良さげな初老の夫婦。

 

「ねぇ、あなた。今度のターゲットはあの人にしましょうよ」

 

「そうだな、そいつはコミケで漫画を売るという不届き者。我が家を出し抜いてはいけないことを教育してやらねば」

 

 何やら不穏な会話をする夫婦。

 

 彼らは後に、英治と恋人の幸せを徹底的に潰そうと画策する。

 

「息子は施設に預けておいてよかったわね」

 

「そうだな。あの子は知らないほうが良いんだ。私たちは、息子のために(・・・・・・)息子よりも優秀な子供や成功者を潰してきた(・・・・・)のだから」

 

 その夫婦は余罪を匂わせている。

 

 そんな夫婦の存在を知らず、英治は帰りの電車に乗り込んで帰宅の途に着いた。

 

「さて、編集部との最終打ち合わせに向けて資料を書いておかないと」

 

 時刻は午後6時、早急に資料作成に取り掛かった。

 

 その資料というのは、集談社スペースレイアウトについて。

 

 サークルとしてではなく、企業で出店しているゆえ。

 

 とりあえず、レイアウトの設計を漫画家ならではの視点でやっておく。

 

 すると、編集部からメールが届いた。

 

「編集長から?」

 

 編集長から届いたメールは次のとおりだ。

 

『連続有名人変死事件を知ってるか?

 

 ここ最近、有名な芸能人やクリエイターが謎の死を遂げて口座から現金が抜き取られているんだ。

 

 警察は同一犯の行いと見て調べている。

 

 君も十分気をつけてくれ。

 

 うちの編集部にも犯行をほのめかす不審メールが届いてね。

 

 警察に相談したが、一応君にも転送しておく。

 

 不快に思うかもしれないが、そこは了承してくれ』

 

 添付ファイルとして添えられた編集部あてのメールを開封すると、次のことが書かれていた。

 

『集談社に告ぐ。

 

 直ちに、少年わんぱくの新作連載プロジェクトを中止せよ。

 

 私たちは息子の尊厳を守るために、いかなる手段を用いてでも中止を要求する。

 

 これは、我が家と息子の威厳を守るための聖戦である。

 

 もし要求に応じなければ、実力行使で強制中止を執行する。

 

 以上だ』

 

 なんとも言いがかりに近いメールに、英治は怒りすらも覚える。

 

「こんなメールを送り付けてくるなんて、どこのバカ親なんだ?」

 

 英治はそう言いながらレイアウト設計を書き始める。

 

「やっぱり限られた面積で最大限生かせるのは技量が問われるからな」

 

 ペンを走らせる。

 

 夕食の時間が迫っている。

 

「もう晩御飯の時間だ。一旦切り上げて、出前頼むか」

 

 英治はデリバリーアプリを起動させて高級寿司屋の海鮮丼を注文する。

 

 注文を確定し、インスタグラムを起動させる。

 

 英治の場合は、描き下ろしイラストと自分が食べたものなどを投稿するためのアカウントとして運用している。

 

「今日の投稿は、牛タン串とたこ焼きに焼きそばを……」

 

 英治は携帯で撮影した写真をインスタグラムにアップロードする。

 

「これでよし」

 

 アップロードが完了した同時に、

 

「こんばんは、出前です」

 

 注文した海鮮丼が届いた。

 

「これで今日の晩御飯は大丈夫だな」

 

 今夜は贅沢な夜になりそうだ。

 

「さて、今夜の世界びっくり新聞社でも見ますか」

 

 テレビを付ける。

 

 画面に映し出されるのは、世界の驚きを新聞編集部の視点で描くと言うバラエティ番組。

 

『さて、本日のスクープは、なになに? <最近の日本で起きてる連続有名人変死事件>か。こいつは取材しなくては!』

 

 記者に扮したMCは、気になった現場へと突撃取材を敢行した。

 

「そう言えば編集長もこの事件について気になっていたな」

 

 英治はこの特集に興味を持ち始めた。

 

『ここ最近、怖いから家の子供達には寄り道しないでまっすぐ帰ってほしいと言っています。成績優秀な子が親御さん共々殺されているんです! それと、タンスから預金通帳が盗まれて、口座から現金が抜き取られていたんです』

 

 インタビューを受けている専業主婦から意外な情報が飛び込んできた。

 

 このニュースは為になると思った。

 

「あのメールは、その事件の犯人からなのか?」

 

 なんだか不安になってきた。

 

 そんなときでも腹は減っていた。

 

「そうだ、早めに食べないと!」

 

 英治は急いで夕食を済ませる。

 

 この日は大間産の本まぐろ中トロやヒラメなどをふんだんに使った贅沢な海鮮丼だ。

 

「明後日はコミケだから、明日は編集部と打ち合わせしなくちゃ!」

 

 英治は夕食を済ませて、レイアウト設計を仕上げていく。

 

「これでレイアウトは完成した。 編集部に送ってひとまず風呂に入っていこう」

 

 英治は完成したデータを編集部に送信して風呂場へと向かった。

 

 夜は更けていく中、

 

「やめてくれ! 息子には手を出さないでくれ! 金はいくらでも出す!」

 

 命乞いをするのは、子息が未来のファッションデザイナーを目指していることを応援する夫婦。

 

「だめだ、お前たちは我が家を出し抜いた。出し抜いた罪はお前たちの命で償ってもらう。慰謝料はお前たちの財産全てだ」

 

 黒い服と目出し帽を被った男は、夫婦と息子を拳銃で殺害した。

 

「母さんや、預金通帳は手に入ったか?」

 

「もちろんよ」

 

 同様の服を着た女が、預金通帳を持ってきた。

 

「よし、引き出したら通帳は燃やしておこう。これで証拠は残らない」

 

 男女はその場を立ち去った。

 

 翌日、英治は集談社の少年わんぱく編集部で最終打ち合わせを行っていた。

 

「それで、今回のレイアウトは昭和レトロ漂う貸本屋風にしてみたけど、いかがですか?」

 

「たしかに、今の若い子たちは昔のことに興味を持っているから、インパクトとしては賛成だ。ただ、これが吉と出るか凶と出るかは反応次第、ということになる」

 

 英治が送ったレイアウトに、編集長がなかなかGOサインを出してくれない。

 

「そう言うと思いまして、即興で仕上げたもう一つの案がここにあります」

 

 タブレットで見せたのは、シティ・ポップが聞こえてきそうな大型ショッピングモール風レイアウト。

 

 奥行き感のある見た目は、コミケのスペースとは思えなかった。

 

「これなら、行けるか!」

 

「僕が印刷所に頼んで、レイアウト張り紙の印刷を依頼していくよ!」

 

 満場一致でコミケの最終準備へと動き出した。

 

 まるで文化祭の出し物の準備をするかのように廃段ボールを使ってレイアウト棚を作っていく。

 

 大きな仕事になりそうだが、会場で最終組立ができるように細かいパーツ分けにしていく。

 

「よし、会場で最終組み立てするから!」

 

 そう言って、編集長が配送業者に連絡する。

 

 英治は暇になったので、同輩の作家とともに昼食を食べに行くことにした。

 

 やってきたのは神田にあるカレーの名店。

 

 激戦区である神田地区で人気が高い店。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「3名で来ているんだけど、空いてる席はあるかな?」

 

 英治たちは、店員に案内されてカウンター席に着く。

 

 お冷の水で喉を湿らせる。

 

「そうそう、最近有名人どころか将来の夢を持った若者とその親が殺されたってニュースが流れているよ」

 

「それ、昨日のバラエティで取り上げていたな」

 

 英治は、同輩たちと話題のニュースについて語り合う。

 

 警察は同一犯の強盗殺人として調べている。

 

 しかしながら、犯人に繋がる証拠が全く見つからない。

 

 事件は、迷宮入りになりつつある。

 

「でも、犯人が捕まるといいな」

 

「ご尤も」


 英治たちと同輩たちは、楽しく会話する。


 そんな彼らをよそに、悪意は(・・・)徐々に迫っている。

 

『次のニュースです。神奈川県横須賀市で、またもや強盗殺人が発生しました。被害者は拳銃のような物で撃たれて殺害され、タンスからは現金20万円と預金通帳が盗まれていました。警視庁は、全国に拡大しないために各県警に協力を要請しました』

 

 アナウンサーが画面越しに事件の様子をありありと伝える。

 

「やっぱり、怖いね」

 

「犯人は、誰なんだろう?」

 

 店内の客は、ざわめき始める。

 

「ご注文は?」

 

「スパイスチキンカレー、3つ」

 

 ウェイトレスに注文を頼み、英治は携帯のメールを確認する。

 

「お客様、最近のニュース、暗い話題ばかりでウンザリしませんか?」

 

 店の主人が英治に尋ねる。

 

「たしかに。でも、漫画家が世界に誇るという明るい話題もあります」

 

「ですよな」

 

 店主はそう言いながらカレーを仕上げていく。

 

「お、レコチャンネルからのお知らせだ」

 

 メールを確認する。

 

『レコチャンネルインフォメーション!

 

 いよいよ間近に迫ったコミケを記念して、

 

 明日19時30分からスペシャルライブ配信!

 

 スパチャも遠隔も大歓迎!

 

 みんな、見てね〜〜〜〜!』

 

 ライブ配信のお知らせだった。

 

「今夜は、眠れなくなるな」

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