第14話
翌日、英治はパソコンのニュースサイトを閲覧する。
その記事は沖縄県知事の不祥事がスキャンダルとして報道されていた。
「沖縄知事、22歳女性と不倫! 本人は関与を否定」
沖縄県民からの批判は、知事にとっては耳障りかもしれないと英治は思った。
その時、麗奈からメールが届いた。
「英治さんへ、明日気晴らしも兼ねて京都へ行きませんか?
実は、カップルモニター調査キャンペーンに当選したので、いい話だと思いませんか?
英治さんがその気ならの、話だけど」
麗奈は、英治を旅行デートに誘っていた。
「OK。
それじゃ、9時半に東京駅で待ち合わせで!」
英治はすかさず返信した。
早速旅行の支度を始める。
「京都観光のモニター調査だから、それなりにふさわしい服装をしないと」
モニター調査は外見も重視される可能性が大きく、英治は服装選びには一貫したこだわりがあった。
「晩秋の京都は風流があっていいからね。防寒対策もしっかりしつつおしゃれに……」
呑気にコーディネートを模索していると、
「宅配便です」
玄関モニターが宅配便を知らせた。
「どうも!」
英治は玄関へと駆け寄った。
扉を開くと、
「いつもすいません、山本様からお荷物を預かっていまして」
配達員はそう言って立ち去った。
「麗奈から? なんだろう?」
そう言いながら英治は小包をリビングで開封した。
中身は麗奈が手編みしてくれたマフラーが入っていた。
「英治さんへ、私が丹精込めて編んだマフラーを差し上げます!
京都はこれから寒くなるだろうと思って、夜なべしてきました!!
これからも、よろしくお願いします」
なんとも嬉しいサプライズ。
「ありがとう」
英治は感謝の意を示し、明日の京都旅行へと心を弾ませた。
一方で、麗奈は京都旅行に胸を弾ませていた。
「英治さんとモニタリング旅行! 今からが楽しみだなぁ!」
ウキウキしながら旅行の支度をする麗奈。
それだけに、期待が高まるわけだ。
「ふふふ、京都で舞妓さん体験をして、清水寺へ立ち寄って、あとはパパへのお土産におばんざいを買って……、あーもう! 想像しただけでもワクワクしちゃう!!」
妄想と興奮が降り混ざって収集がつかなくなった。
「とりあえず、お泊りセットの準備は完了! ひとまずお昼です!」
麗奈は、自宅最寄り駅の目黒から大塚まで山手線で揺られる。
大塚駅北口から歩いて10分のカフェギャラリー「ビスキュイ」に到着した。
「いらっしゃいませ! 麗奈さん、お久しぶりです!」
出迎えたのは、若手経営者コスプレイヤーの神崎ミーナ。
「みーちゃん、久しぶり! そういえば、結婚したんだって?」
「お恥ずかしながら……」
ミーナはある知的障害者と結婚したことで話題になり、「奇跡の格差婚」と揶揄されるほど。
「でも、その人好きだったでしょ?」
「まぁ、熱意に負けてしまったと言うか」
「私からも言わせて。結婚おめでとう」
「ありがとう。レコちゃんたちにも招待状送りたかったなぁ……」
「いいって、お互い忙しかったし」
「それはそうと、注文は?」
「何時ものを頼むよ。ドリンクはホットカフェオレで」
麗奈は、お決まりのカウンター席に座る。
壁一面には猫や撮影モデルの写真が所狭しと飾られている。
「今回は猫と撮影モデルなんだ」
「良いでしょ? レコちゃんも個展開いてみたら? お安くしておくよ!」
ミーナは麗奈に個展を開くよう進めた。
「そうだね。今まで送ってきた写真もあるから、検討してみるよ!」
「毎度あり〜。あ、神城先生と婚約したんだよね?」
「そうだよ。交際始まって間もないけど、来年の7月には正式な挙式を上げるつもり」
「それはおめでたい! じゃぁ前祝いに私とのキャスドリ無料サービス!」
ミーナがキャスドリとしてクラフトコーラを持ってきた。
「それって、蔵丸の<厳選スパイスのクラフト生コーラ>! 蔵丸では<今夜9時のクラフトコーラ>のノンアルコール版として、人気が高いやつ!」
「そう! 旦那がいつもお店に送ってくるから、私もこのお腹だし、しばらく飲めないから助かってるの」
「といいますと?」
「只今妊娠4ヶ月! 赤ちゃんが生まれるのは不安だけど、家族が増えるのは嬉しいな」
そう、ミーナは妊婦。
生まれてくるのが待ち遠しくて仕方ない。
「おめでとうございます! 生まれたら是非会いに来てもいいですか?」
「もちろん! 旦那さんも大歓迎すると思うよ!」
麗奈とミーナはこれから生まれる新しい命に乾杯した。
こうして時は過ぎていき、
「京都についた!」
「新幹線旅、長かったぁ……」
英治と麗奈は京都へと着いた。
晩秋の京都は、紅葉と枯れ枝が織りなす侘びしい雰囲気を醸し出している。
紅葉シーズンが少し過ぎただけで雰囲気がガラリと変わるのは、この町ならでは。
「英治さん、早速だけど京都についたらまずやりたいことがあるの!」
「それってどんなこと?」
「それはね……」
そんなこんなで、
「じゃじゃーん! 舞妓さんになってみました!」
麗奈は、舞妓体験で英治とデートすることを計画していた。
普段のメイクとは違う化粧が、どことなく妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「と、とてもお似合いです」
「ほんと? じゃぁ、一緒にデートしましょう!」
麗奈に引っ張られ、英治は裁判や諸々のことを忘れて思い切り楽しむことにした。
祇園の町を散策し、金閣寺で記念撮影をしたりと、楽しい時を過ごした。
その夜、
「いやぁ、まさかモニタリング調査の対象ホテルに泊まれるなんてね」
「へへへ! わざわざ応募したかいがありました!」
停まっているホテルは、かの有名な新選組屯所をモチーフとしたホテル。
ロビーには新選組ゆかりの資料やテレビドラマなどのメディア関連の裏話まで展示されている。
そんな歴史と文化が織りなすホテルで一泊するということは、歴女や刀剣女子からしても価値のあるものだ。
「あ、沖縄知事の話聞いてますか?」
「なにか進展があるのか?」
「西園寺夫妻の裁判に関して、沖縄県知事・西園寺ジョニーが<弟の保護者として、無罪を主張する>と」
そう、西園寺ジョニーは城三郎の兄。
弟である城三郎が公判にかけられていることを知って、黙ってはいられなかった。
「それで、ジョニー知事はどんな行動を?」
「公判を即座に中止し、弟の身柄をこちらに引き渡せと」
ジョニーの狙いはおそらく弟のバックアップ。
西園寺ホールディングス再建の資金面で弟に寄付することで、西園寺家の威厳を復権させるのが狙いだった。
「検察はなんて?」
「当然引き渡しを拒否したわ。知事はそれの対抗措置として第2進に出頭するみたい」
「おそらく裁判を有耶無耶にして、弟の無罪をもぎ取ろうとしているんだね? 向笠さんに連絡を入れないと!」
英治は、携帯で向笠に連絡を入れた。
『英治さん、こんな夜にどうしたのですか?』
「西園寺ジョニーについて調べてほしいのです。今回の第2審で裁判を有耶無耶にするつもりです」
『それは本当ですか。ならばそうと思って手は打ちましたよ』
「それって、」
『西園寺ホールディングスの極秘資料をマスコミにリークしました。私が信頼するメディア雑誌に送っておきましたので、そこはご安心を』
「ありがとうございます。では後ほど」
電話を切って一安心した。
「麗奈、西園寺ホールディングスの件は大丈夫みたいだ」
「どういうこと?」
「向笠さんが手を打ってくれたんだ。 これで、裁判が有利に傾くのは間違いない」
そう、向笠は週刊ベストダンディーズに西園寺ホールディングスの軍事衛星計画をリークした。
これは、10年前からの一大スキャンダルとして巻頭第1特集で大々的に取り上げられることになった。
翌朝、この日がその掲載号発売日。
特集タイトルは「封印された西園寺ホールディングスの悪意」と大々的なタイトルになった。
「やっぱり、週刊誌で特集されるとマスコミも食いつきますね」
2日目の人力車に揺られながら、麗奈は掲載号を読んでいる。
やはり、一大スキャンダル特集となれば、興味が湧くものだ。
「これで、西園寺夫妻の無罪がほぼ決まる。あとは、」
「ジョニー知事の出方次第だね」
そう、西園寺ジョニーの動向次第ではうやむやになることも否定できなかった。
鴨川沿いにたどり着くと、
「あれは?」
「京都のお祭りかな?」
河原でなにか人だかりがあった。
一旦人力車を降りて向かうと、そこではテレビ番組のロケが行われていた。
「今日の京都はお天気に恵まれて、清々しいお散歩日和となるでしょう! 鴨川の冷たい風が身にしみますぅ」
女性フリーアナウンサーがはんなり口調で天気リポをしていた。
「英治さん、生放送だからサプライズしちゃいましょう!」
「そうだね」
英治と麗奈はこっそりと番組スタッフを横切る。
「さて、今日の近畿地方のお天気は、冷たい換気の影響で冬さながらの……って、神城先生にレコちゃん!?」
アナウンサーがびっくりするのも無理はない。
英治と麗奈がカメラの前にひょっこりと顔を出した。
「どうして有名なお二人が京都へ!?」
「なぜって、プライベートのデートですけど?」
麗奈がペロッと舌を出す。
「そうだったのですか。びっくりしましたよ」
「すみません。たまたま通りかかったものですから」
「先生といえば、超時空大戦ラグナロクがいよいよ12月5蟹公開されるのですね! 私も早く見たくてたまらないのですよ!」
アナウンサーが興奮する。
それだけに、映画ラグナロクの公開が待ち遠しいのも頷ける。
「でも、その前にやっておきたいことがあるんです」
「西園寺夫妻の裁判ですね。私も当局のアナウンサーとして現地レポートをしますので」
「ありがとうございます」
そう言って、アナウンサーと別れた英治と麗奈。
再び人力車に揺られる。
「お客さん、ラグナロクの公開、うちの若い衆が楽しみで仕方ねぇのさ。何しろ世界的だって言うくらいだ」
「それは嬉しい限りです」
「あんたも、裁判沙汰で忙しいだろう? 今日はそのことは忘れてゆっくり巡ってくだせぇ」
運転手はごきげんな様子で引っ張っていく。
これから寒くなる京の都。
麗奈が編んだマフラーが、英治を優しく温める。
「このマフラー、手触りが良くて気持ちいい」
「でしょ! フランス産のウールを使った高級毛糸をふんだんに使いましたから!!」
麗奈がえへんと胸を張った。
大きな乳房がボヨンと跳ねる。
「さて、この先200mを右に曲がったところに若い衆が一押しの抹茶スイーツのカフェがあります。そこの黒蜜抹茶ロールが絶品ですよ」
運転手がおすすめの喫茶店を紹介してくれた。
その店は、昨年オープンした新栄店。
黒蜜ソースと抹茶ホイップを使ったロールケーキが絶品であるという。
「じゃぁ、そこでお茶にしますか」
英治たちは、その店の前で一旦降りてお茶会にした。
「この黒蜜抹茶ロール、美味しい!」
「京都で話題のスイーツだからね。僕も前から気になっていたんだ」
なんとも和やかな雰囲気。
英治と麗奈、そして西園寺夫妻とジョニー知事。
最後の対決が近づいてきた。