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第12話

 その頃、警視庁では動きが慌ただしくなった。

 

 ついに西園寺夫妻が、表立った行動に出たからだ。

 

「被疑者は日本政府に何を?」

 

「西園寺ホールディングス再建及び、政府が取り組んでいる若者支援策の撤廃です」

 

「そうですか」

 

 向笠は、これまでのシナリオが上手く言っているかのような確信を得た。

 

「会場内への通信手段は?」

 

「それがダメです。会場内に電波障害を起こす装置が仕掛けられて」

 

「やはり、解除されるのは30分後、それが決行の合図です」

 

 向笠はそう言うと山城とともに現場へと向かう。

 

「向笠さん、妨害装置がある以上、こちらから人質の様子が」

 

「うかがえる手段はないと言えますか?」

 

「といいますと?」

 

「あのお守りに私が用意した仕掛けがあるのです。それを使えば、会場内と通信できます」

 

 向笠は、そう言うと携帯を操作してあるメッセージを送る。

 

 それは、会場内の英治のお守りを通して電気信号として脳に伝達した。

 

「英治さん、今私はこうして貴方にメッセージを送っています。お守りのある位置をモールス信号のように叩いてください」

 

 英治は、すぐにお守りのあるポケットを叩いた。

 

「犯人は、監督を後で殺して映画を燃やすと言っていました」

 

 そのメッセージは、解読文として向笠の携帯に表示された。

 

「監督を後で殺して映画を燃やすつもりでいます。加えて、僕と麗奈さんを殺すつもりです」

 

「やはり、貴方を殺して世界の見せしめに」

 

「その可能性は否定できません」

 

 向笠とやり取りをしている中、城三郎は会場をうろついていた。

 

「さて、夢を見ているバカどもにはお仕置きをしてやらなくては」

 

 城三郎は舌なめずりをしながら獲物を吟味していく。

 

「お父さん、早く一人殺さないと警察が来ちまうよ」

 

「わかってる、奴らとの通信は遮断した。警察が来ても会場の人質は皆殺しだ」

 

 焦りを募らせるはつねを城三郎は優しくなだめた。

 

 それを見ている英治は、

 

「向笠さん、犯人は警察が来る前に僕達全員を殺すつもりです」

 

「わかりました。すぐに機動隊がこちらに着くように手配しましょう」

 

 向笠とやりとりをする。

 

「さて、会場の人質は変な動きはするな。それをすれば殺すからな……!」

 

「お前たちは逃げても無駄だよ。逃げても会場はこちらで操作しないと開かないようにしてあるから」

 

 なんとも、冷酷な夫婦だと麗奈は憤る。

 

 英治は向笠に伝えた。

 

「向笠さん、会場のドアは犯人が操作しないと開かないようになっています」

 

「わかりました。 山城くんがハッキングしてこちらから開けるようにしておきます。それまでご辛抱を」

 

 向笠は山城に、

 

「聞きましたね?」

 

「バッチリです! ハッキングを始めますよ!」

 

 ハッキングを始めるように伝えると、山城はパソコンを操作する。

 

「これは、解除に少し時間がかかりそうですね」

 

「時間は?」

 

「3分くらいです!」

 

「慌てず素早く丁寧にお願いしますよ」

 

「了解!」

 

 向笠は機動隊に連絡を入れた。

 

「機動隊、そちらの状況は?」

 

『既に突入準備が整っています! あとは、向笠さんの指示待ちです!』

 

 機動隊は既に現場近くにスタンバイしていた。

 

「わかりました。25分後に突入してください。会場への入口はこちらで解錠します!」

 

 向笠は冷静になる。

 

(やはり、西園寺ホールディングス再建目的の人質事件。予感はしていましたが、こうも大胆な犯行に及ぶとは)

 

 そう、今回の事件はそれだけに世界各地で注目されることになる。

 

 YouTubeのライブ配信のコメント欄を見ると、

 

「犯人許せない!」

 

「この極悪人!」

 

「人質を解放しろ!」

 

 といったコメントが流れている。

 

 途端、動画自体が削除されてしまった。

 

「西園寺夫妻は気づいたみたいですね。配信で自分たちが世界の晒し者にされていることに」

 

 そう、城三郎が配信用のカメラを破壊していた。

 

「こんな物があるからいけないのだ」

 

「そうねお父さん、いまどきそんな物を使うなんて世の中が馬鹿になった極みだね」

 

 はつねと城三郎が毒づいた。

 

「これでわかっただろう! お前たちは何もしてはいけない! 親の言うことこそが絶対であることを!」

 

「そうだよ! 子供は黙って親の言うことを聞きなさい! それが一番の幸せだよ!」

 

 そう叫ぶ中、英治は向笠に通信した。

 

「向笠さん、犯人はまだ貴方とのやり取りに気づいていません」

 

「そうですか。今そちらに着きました。20分後には突入しますのでそれまでの辛抱を」

 

 向笠は一旦通信を切った。

 

「山城くん、鍵は?」

 

「開きましたよ! いつでも突入できます!」

 

 山城がハッキングを成功させ鍵を開けた。

 

「それでは皆さん、20分後に突入してください!」

 

「「「了解!」」」

 

 会場内は数分しか過ぎていないのに、数時間が過ぎたように感じる。

 

 泣きじゃくる子供を拳で殴って黙らせる城三郎。

 

「泣くな! 母親もろとも殺すぞ!」

 

 脅されて泣き止む子供。

 

 母親は必死に抱きしめる。

 

「いいか? 子供はしっかり躾けるのだぞ! 子供の意見は否定しろ! 人権尊重は以ての外だ!」

 

「後付け加えておくけど、子ども食堂なんてやるんじゃないよ。あれは吐き気がしてたまらなくてね」

 

 はつねは、母親につばを吐きかける。

 

「子供の未来は親が決めることだ! 子供の将来の夢なんか叩き潰せ! 否定しろ! 夢をなくして親の奴隷とするのだ!」

 

 城三郎が高らかに笑う。

 

 そして、

 

「我が西園寺ホールディングスの名において、子どもの夢を根絶することで、夢のない公平な社会を築き上げる! 子ども食堂は禁止、学童保育もだ!」

 

 真上に向けて拳銃を発泡する。

 

 恐怖で震え上がる人々。

 

「オレンジリボンという偽善行為も我々が廃止する! それは親の尊重を守ることにもつながるのだ!」

 

「偽善者どもは一人残らず排除するよ! 子供に食事を与えたり、恵まれないやつに金をばらまくことも許さないよ!」

 

「さぁ、最初に殺されたいのは誰だ! 命乞いしろ! そいつが私に殺される一人目だ!!」

 

 西園寺夫妻の悪意が最高潮に達した。

 

 麗奈はこっそりと英治に寄り添う。

 

「英治さん、なんとかしないとここにいる誰かが……!」

 

「落ち着いて。今向笠さんが到着したみたいだよ」

 

「それって? でもどうやって?」

 

「向笠さんがくれたお守りだよ。どうやらモールス通信ができる仕掛けなんだ」

 

 そう、向笠が英治に渡したお守りには、超小型のモールス電気信号通信機が内蔵されていた。

 

 体温で発電し、向笠から送られてくるメッセージは電気信号として脳に送り込まれ、叩いた振動がモールス通信信号として向笠の携帯に送信される仕組み。

 

 この通信システムは、東大と警視庁が共同で開発した緊急暗号通信システムの一環である。

 

「じゃぁ、」

 

「コイツらは一網打尽にされる」

 

 小声で会話していると、

 

「そこ、何を話している! 静かにしないと殺すぞ!」

 

 城三郎が牽制してきた。

 

 ここは大人しくする必要があった。

 

「向笠さん、今どこですか!?」

 

「いつでも会場に突入できます。合言葉は<ラグナロクがはじまった>、です」

 

 それが突入の合言葉。

 

 英治は城三郎を睨む。

 

「何だその目は? 夢追い人ぶって、いい加減にしろ!」

 

 城三郎は怒りに身を任せる。

 

「お父さん、そんなやつ殺してしまえ!」

 

 はつねが激昂する。

 

 英治は叫ぶ。

 

「ラグナロクがはじまった!」

 

 次の瞬間、

 

「確保しろ!!」

 

 機動隊が突入した。

 

「警察が!! なぜここに来た!!」

 

 城三郎が慟哭しながら抵抗する。

 

 はつねも取り押さえられる。

 

「話せこの悪党警察! 税金泥棒!」

 

 ようやく、西園寺夫妻は御用となった。

 

 英治と麗奈は胸を撫で下ろした。

 

「お二人共、大丈夫ですか?」

 

 向笠が英治たちを心配した。

 

「ちょっと殴られたけど、大丈夫ですよ!」

 

「あーあ、せっかくのメイクもドレスも台無しだよぉ……」

 

 麗奈と英治は大した怪我もなく無事だった。

 

「それは良かった。監督さん、今回の舞台挨拶は災難でしたが、後日改めてやり直してはいかがでしょうか?」

 

 向笠は監督を縛っている紐を切りながら訪ねた、

 

「もちろんですよ! お礼にあなた達も招待しますよ!」

 

 こうして、西園寺夫妻による一連の強盗殺人事件は幕を下ろした。

 

 後日、

 

「本日はありがとうございました!!」

 

 試写会もあいさつも無事に終わり、英治と麗奈は夜景の見えるレストランへと向かった。

 

「英治さん、今日もお疲れ様!」

 

「麗奈さんこそ!」

 

 店は、六本木ヒルズの中層階にあるおしゃれなフレンチ店。

 

 腹ペコ庶民でもガッツリ食べれるボリュームメニューから、海外セレブが愛した懐石フレンチコースまで揃う。


 |Quand tu as faim Rentrer à la maison《腹が減ったら帰っておいで》のコンセプトを象徴している。

 

「お待たせいたしました。こちら、じゃがいもと鶏肉のフレンチロースト、バジルソース添えのディナーセットでございます」

 

 ギャルソンさんが英治が注文した料理を持ってきてくれた。

 

「ここのフレンチロースト、庶民のプチ贅沢として人気が高いメニューですよね!」

 

「テイクアウトだと、雑穀ご飯とライ麦パンが選べるらしいよ」

 

 英治と麗奈は夕食を食べ始める。

 

 ボルドーワインが華やかに食卓を彩る。

 

 英治は、麗奈と過ごす時間が何よりも愛おしかった。

 

「麗奈さん、明日は沖縄に行くんですよね?」

 

「あ、お見合いの話?」

 

「そのことでちょっと親が来れないんだ」

 

「あ、それ私も同じ! パパったら英治さんのことを話したら、<神城先生なら、娘を幸せにできるからよろしく伝えてくれ>って!」

 

 麗奈の父は、英治の大ファンである。

 

 それだけに、ラグナロクの映画を見に行く代わりに娘を幸せにしてほしいというものだ。

 

「ははは、なんて投げやりのお父さんなんだ」

 

「パパは沖縄でかき氷屋を営んでいてね、お店が繁盛しているらしいの。旅行がてら行ってみない? パパ、飛んで喜ぶから」

 

 麗奈はいたずらにウィンクした。

 

「よし、じゃぁ食べ終わったら支度しよう!」

 

「了解なり!!」

 

 こうして、二人の夜は過ぎていった。

 

 そして翌日、那覇国際空港。

 

「着いた沖縄!」

 

「久しぶりにパパに会えるよ!」

 

 麗奈は上機嫌だった。

 

 観光タクシーを呼び、那覇市をひた走る。

 

「映画ラグナロク、12月の5日に公開が決まってよかったですね!」

 

「カンヌ国際映画祭とかにも早速ノミネートされたから、期待できそうだ!」

 

 などとのんきに話していると、

 

「お客さん、知事の支持者には関わらないほうが良いですぜ」

 

 タクシー運転手に忠告された。

 

「あぁ、共産党系の知事を指示している人に関わると偉い目に合うってことですか?」

 

「その通りさ。いまラグナロクの公開が決まったところで知事がピリついてるのさ。まったく、作品に罪はないのに」

 

 運転手が呆れた声を出す。

 

「どういうことですか?」

 

「あの男は極度のサブカル嫌いなのさ。この前の彼方ユウナのライブ・コンサートを<性的興行として、強制中止命令を下す>ってよ」

 

 Vチューバーを性的に見ているということはフェミ系の輩がいると、英治は思った。

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