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第1話

 僕は常に完璧でなくてはならない。

 

 なぜなら、僕はそう信じて生きてきたから。

 

 でも、なぜだろう。

 

 何をやってもうまく行かない。

 

 そう、この僕神城英治(かみしろえいじ)は完璧主義だった。

 

 勉強もスポーツも常に完璧でないと気がすまなかった。

 

 絵を描くこともそうだった。

 

 小学校水彩画コンクールでは、初めての特賞を受賞した。

 

 父さんと母さんが褒めてくれたからとても嬉しかった。

 

 だからこそ僕は更に頑張れた。

 

 さらなる完璧を求めて僕は一生懸命頑張った。

 

 中学生になってから、僕の主義は揺らぐことになる。

 

「神城くんって、実は完璧主義?」

 

 クラスの女子にからかわれた。

 

「べ、別にそんなわけじゃないよ!」

 

 その言葉がきっかけで、僕の完璧主義は崩壊した。

 

 成績が落ちて、絵に対する情熱も失い、僕はどうしようもなく落胆した。

 

 それ以来僕は、自分に何が起きているのか不安になってネットで検索したら僕が今陥りかけたある症状が出た。

 

 |心的外傷後ストレス障害《PTSD》。

 

 おもに、強いストレスや衝撃的な出来事が原因で発症するこの病気は、僕を苦しめていた。

 

 僕は思い切って医師に相談することにした。

 

「やはり、PTSDの寸前ですね。よく相談してくれましたね」

 

 担当医が僕の治療プログラムを組んでくれたお陰で、僕は少しづつ情熱を取り戻した。

 

 両親からの後押しもあって、僕は江戸川区にある芸術系の高校に進学した。

 

「神城くん、絵がうまいね。漫画研究部に入らないか?」

 

 そう言って僕を誘ってくれた1つ上の先輩の鈴木紘汰(すずきこうた)

 

 彼のお陰で、僕は漫画を書くことの面白さに目覚め、のめり込んでいった。

 

 僕の初めて書いた漫画が、週刊少年わんぱくで新人賞を獲得したことは何よりの励みになった。

 

 以後、僕は漫画家とイラストを兼任して現在24歳の僕に至った。

 

「神城先生、今週の進捗はどうですか?」

 

 担当アシスタントの大山信子(おおやまのぶこ)が僕を心配してくれた。

 

「信子さん、僕を誰だと思っているんですか? 今日中には原稿が仕上がります!」

 

 僕はサムズアップをした。

 

 現在、大型新連載プロジェクトの一環として「魔法少女ラジカルはるか」を書いている。

 

 この物語は、謎の武装勢力に家族を奪われた少女・三成はるかが、人型機動兵器に乗り込み、魔法を駆使して戦うちょっと攻めすぎた内容になっている。

 

「しかし編集部も考えがわからないわね。コミケで読み切り版の同人誌を出すなんて」

 

「そりゃぁ、集談社が決めたことだからね。僕も流石に頭が上がらないよ」

 

 そう、少年わんぱく編集部の連中はコミケで大型新連載作品宣伝を目的として、はるかの読み切り版を同人誌として頒布する計画を立てている。

 

 その魂胆としては、コミケでの評判を見て連載するか否かを決める。

 

 漫画家としては、頭が痛い。

 

「先生、無理はしないでくださいね。時には休むことも仕事のうちですよ」

 

 信子さんに言われて、僕は時計を確認する。

 

 時刻は午後6時。

 

 締切までまだ時間はあった。

 

 晩御飯食べに行くか。

 

「信子さん、今日は付き合ってくださいね!」

 

「先生、飲み過ぎは禁物ですよ」

 

 僕は港区六本木にあるタワーマンション上層階にある自宅から、行きつけのコンセプトバーへと向かう。

 

 秋葉原にあるメイドバー「アンゲロス」、この店は僕の行きつけになっている。

 

「おかえりなさいませ、先生!」

 

「先生の新連載、すごく楽しみにしてますよ!」

 

 キャストのメイドさんたちが出迎えてくれて、僕はほっこりした。

 

「先生、いつものクラフトコーラカクテルで?」

 

「あぁ、あと、オムライスセット2つ頼むよ」

 

 僕と信子さんはいつものカウンター席に座って注文を取る。

 

 その間にキャストの一人と楽しく会話する。

 

「でね、最近の毒親って自分が気に入らない人や物に八つ当たりするっていうの!」

 

「あぁ、それっていわゆる怒りの快楽と言うやつね」

 

 僕はそう言うとお冷の水を飲む。

 

 ここ最近の毒親の行動は多様化し始めている。

 

 子供を支配するだけにとどまらず、自分たちが気に入らないものを排除しようとする動きが見られている。

 

 そんな毒親の多様化に、僕は警戒することにする。

 

「あと、最近小売業向けの転売防止システムが導入されてから、転売ヤーたちが泣きっ面で廃業せざるを得なくなって、ざまぁだよ!」

 

 キャストさんがドヤ顔で自慢した。

 

「話題のAIを使ったサブスクモデルだね」

 

 転売が問題となっている今、大手IT企業が決定打としてAIを用いた転売防止システムを開発、サブスクモデルとして展開している。

 

 もとを辿ればSNSに投稿された生成AIによる基礎理論を拾って形にしたもので、投稿者本人は国民栄誉賞を獲ったらしい。

 

「お待ちどうさま。いつものやつね」

 

 40代の女性マスターが僕にいつも飲むお酒とオムライスを差し出してくれた。

 

「先生、若いからって無理しないでね。 人間身体が基本よ」

 

「わかってますよママさん」

 

 僕は、酒を嗜む。

 

 明日は原稿を仕上げないといけない。

 

 程々に酔いを回して晩御飯を済ませた。

 

 会計を終えると、僕はまっすぐ自宅に戻った。

 

「さて、明日も早いし今日は寝る」

 

 僕はそう言ってベッドに突っ伏した。

 

 夢を見る。

 

 中学の頃両親が僕に言ってくれた言葉。

 

「完璧にならなくてもいいんだよ。お前はお前らしく頑張っていけばいいから」

 

「そうよ。だから完璧にこだわらないで、あなたの好きなことを極めなさい」

 

 それがどれほど心強かったのか、僕は前を向いて歩くことができた。

 

 朝、目が覚めると僕は早速仕事に取り掛かった。

 

 とにかく読み切りの原稿を仕上げないと今週中に提出できない。

 

 テレビを付けて朝のニュースを見る。

 

『転売防止システムを排除するべく、転売ヤーで構成された反システム推進団体<AI撲滅委員会>の幹部が警察に逮捕されました』

 

 転売ヤーたちもこれにこりて転売しないことを切に願いたい。

 

 PCと液タブを起動させ、現行の最終仕上げに入る。

 

「先生、締切は明日の23時までですよ」

 

 という、伸子さんからのメールを確認し、僕は頑張って仕上げにかかる。

 

「わかってますよ」

 

 僕はそう言って、レタッチや加筆をしながら仕上げていく。

 

 形態のネットニュースを検索すると、やはりコミケの話題で持ちきりだった。

 

 注目株は、やはり僕の同人誌だ。

 

 大手出版社が同人誌を出すことは大きな台風の目になることは間違いないと思った。

 

 これで満足なのだろうか、僕は少しだけ疑問に思った。

 

 そんな疑問を払拭するため、僕は動画サイトのあるチャンネルを開いて、気分転換を図った。

 

『東雲レコのレコチャンネル! 今日はいよいよ本番夏のコミケ直前生雑談配信!』

 

 人気コスプレイヤーの生配信を見る。

 

 いよいよ夏コミが近いと思うという。

 

 僕も気合を入れないと。

 

「さて、今回も仕上げますか!」

 

 僕はコメントを書き込んで仕上げに取り掛かる。

 

『神城さん、ありがとうございます! 読み切り同人誌、楽しみにしています!』

 

 コスプレイヤーさんが喜んでくれた。

 

 皆さんは知らなかったと思いますが、僕は六本木のタワーマンション上層22階の2LDKで暮らしている。

 

 僕はそこで作業場も兼ねて暮らしているので、成功者とも思って欲しい。

 

 日当たりも良好でバルコニー完備、ジャグジーバスも併設されて夢のある暮らしが実現できたと言っても過言ではない。

 

『しかし、大手出版社さんが同人誌を出すなんてびっくり! どんな作品なのか、楽しみで仕方ないです!』

 

 そんなコメントをよそに僕は淡々と原稿を書き上げる。

 

 すると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「すみません、お届け物です」

 

 配達員さんが荷物を持ってきてくれた。

 

 僕は玄関で荷物を受け取ってリビングへ持っていく。

 

 開封すると、以前注文したクラフト酒が入っていた。

 

「これならママさんも喜んでくれるかな?」

 

 入っていたのはクラフト日本酒の「大吟醸立つ巳」。

 

 故郷である千葉のクラフト日本酒。

 

 ママさんは日本酒が大好きだと言うから、これはすごい。

 

 しかもレア度は最高ランクのシークレット。

 

 というのも、抽選販売で購入したのだから。

 

「さて、原稿が仕上がったところで、編集部に送っていきますか!」

 

 僕はそう言って、原稿データをPDFファイルとしてまとめ、編集部へと送信した。

 

「さて、メールの確認をしますか」

 

 仕事柄、メールの確認は忘れない。

 

 担当からのメールや、仕事仲間から飲み会の誘いとかで仕訳しておかないとまじでやばい。

 

 そんな中ある1通のメールに目が停まった。

 

 差出人が不明で僕に宛てたメールだった。

 

 開封すると、次のことが書かれていた。

 

『お前のやっていることは我が家の恥だ。

 

 お前の成功は我が家に悪影響を及ぼし、息子を施設へと送ることになってしまった。

 

 我が家の尊厳はお前の絵のせいで損なわれた。

 

 だから創作をやめて我が家に謝罪せよ。

 

 さもなくば、お前の家に乗り込んでお前の活動すべてを止めてやる。

 

 コミケに行くな。

 

 お前の成功が我が家を壊した』

 

 言いがかりのメールだ。

 

 どこぞのアンチかわからないこのメールはさっさと削除して、確認を続けた。

 

 仕事仲間から1通届いていた。

 

『神城さん、今日は飲みに行かないか? 


 俺の推しが居酒屋イベントやるって言うから。


 高田馬場駅のマジョリティビル10階2号室だ。


 お返事待ってる』

 

 居酒屋イベント、ちょうど仕事も終わったところだし。

 

 今夜行ってみるか。

 

 その前にデータの整理をしておこう。

 

 使わなくなったファイルの削除や、データの仕分け、やることが多すぎることこの上ない。

 

 それでも、充実しているのは事実。

 

 楽しかったよと言えるくらいに。

 

 夜、高田馬場のマジョリティビルで仕事仲間と飲むことにした。

 

「そうか、コミケでの読み切り版を脱稿できたのか」

 

「まぁね。でもおかげで連載にこぎつけるかどうかは時間の問題だよ」

 

 僕はそう言いながらレモンサワーを飲む。

 

「まぁ、先生も大変なことでしょうに」

 

 イベントの女性主催者が、柿の種を出してくれた。

 

 これは酒のツマミになるな。

 

「そういえばさぁ、児童虐待の加害者が子ども食堂を襲撃したってニュース見たか?」

 

「随分前の話だけど、それがどうしたの?」

 

「容疑者の男性が逮捕されたんだ。警察の調べじゃ、『子供に勝手に食事と居場所を与える偽善行為を罰してやった。警察はなぜ俺の正義がわからない』って、怒鳴っていたらしい」

 

 なんとも迷惑な話だ。

 

「ちょうど僕のところにも言いがかりなメールが届いたんだ。『お前の成功は〜〜』っていう感じの」

 

「あぁ、日本は同調圧力が大きいからね。爺さん婆さん世代からの圧力は半端ないぞ」

 

 確かに、それは言えている。

 

 誰かが成功すると、必ず叩いて足を引っ張ろうとする輩が出てくる。

 

 僕もそれだけは気をつけないと。

 

「そんなことより、コミケに向けて英気を養おうぜ!」

 

「そうだな」

 

 僕はこの先、特別な出会いが待っているかもしれないと、そう思っていた。

 

「さて、マスター、レモンサワーもう1杯」

 

「了解!」

 

 お酒が進む話で友人と盛り上がる。

 

 みんなで盛り上がって楽しいひと時を過ごした。

 

 彼ら(・・)が僕らの幸せを奪いに来るまでは。

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