第3話:忘れられた約束
蒼い霧がゆっくりと薄れ、次の試練の場が姿を現した。リュカとアリスが踏み入れたのは、どこか懐かしさを感じる草原だった。青々とした草が一面に広がり、柔らかな風が二人の頬を撫でていく。空は蒼星の光に照らされて淡い輝きを放っている。だが、リュカの胸には何か重苦しい感覚が芽生えていた。
「ここは……」リュカは呟くように言葉を漏らした。
アリスは静かに周囲を見渡しながら言った。「次の試練は過去の記憶に向き合うことよ。この場所には、あなたの忘れていた記憶が眠っているわ」
リュカは一歩を踏み出すごとに、懐かしさと不安が混ざり合った感情に襲われた。見覚えのある小道、風に揺れる木々、そして遠くに見える小さな村。彼の足が自然とその村へと向かっていた。
村に辿り着くと、そこにはかつてリュカが過ごした故郷そのものが広がっていた。村人たちは穏やかに日常を送っている。子供たちは広場で遊び、農夫たちは畑を耕している。彼らの顔にはどこか幸福な表情が浮かんでいた。
「これは……幻なのか?」リュカは困惑しながらアリスを見た。
アリスはゆっくりと頷いた。「ええ、これはあなたの記憶の中にある故郷の姿。でも、ここであなたは大切なことを思い出さなければならないの」
その言葉にリュカは再び村を見渡す。過去の平穏な日々が鮮明に蘇り、胸が締め付けられるようだった。そして、村の中心にある大きな木の下で一人の少年と少女が話しているのが目に入った。
リュカは無意識のうちにその二人に近づいていた。少年は幼い頃の自分自身だった。そして、その隣にいる少女の顔を見た瞬間、リュカの記憶の底から忘れていた名前が浮かび上がった。
「セリア……」
その名を口にすると、少女が微笑んでリュカを見つめた。「リュカ、覚えていてくれたのね」
リュカはその声に胸が熱くなるのを感じた。「どうして……お前がここに?」
セリアは静かに首を振った。「これはあなたの記憶。私はあなたがずっと忘れたままにしていた存在なの」
リュカは動揺を隠せなかった。セリアは幼い頃の親友であり、村が滅ぼされる前に一緒に多くの時間を過ごしていた。しかし、その記憶は長い間彼の中で埋もれていたのだ。
「なぜ忘れていたんだ……こんなにも大切な人を」
セリアは微笑みを浮かべたまま言った。「あなたが忘れたのは、私との約束が果たされなかったから。あの日、私たちは一緒に遠くへ行こうと誓った。でも、あなたは生き残り、私はここに残された」
その言葉にリュカの胸が締め付けられた。確かに、彼らは故郷を出て新しい世界を探す夢を語り合ったことがあった。しかし、村の壊滅とともにその夢も、彼女との思い出も断ち切られてしまったのだ。
「俺は……お前を置いて逃げたのか?」
セリアは首を横に振った。「違うわ、リュカ。あなたが生き延びたことに意味があるの。私との約束を果たすために、あなたは力を手に入れる必要がある。でも、そのためにはこの試練を乗り越えなければならない」
その瞬間、セリアの姿が蒼い光に包まれ、次第に変わっていく。彼女の姿は巨大な影のような存在へと姿を変え、空間全体が不気味な雰囲気に包まれた。
「リュカ、この影はあなたが抱える罪悪感と後悔の象徴。これを乗り越えなければ、次の試練には進めないわ」とアリスが静かに言った。
リュカは剣を構え、目の前に立ちはだかる巨大な影と向き合った。影は低い唸り声を上げながら、鋭い爪を振り下ろしてきた。リュカはとっさに身をかわし、反撃の隙を探る。
影の攻撃は激しく、リュカは何度も地面に叩きつけられそうになる。しかし、その度に彼は立ち上がり、再び影に挑み続けた。彼の中にはセリアとの約束を果たすために、この試練を超えるという強い意志があった。
「セリア、俺はお前を忘れない。この先、どんな困難が待っていようと、お前との約束を胸に刻んで生きていく」
リュカの叫びとともに剣が蒼い光を放ち、影を貫いた。その瞬間、影は消え去り、周囲の空間が再び穏やかな草原に戻った。
リュカは剣を下ろし、深く息をついた。アリスが彼のそばに歩み寄り、優しく微笑んだ。「よくやったわ。これで第二の試練は終わりよ」
リュカは静かに頷きながらも、胸に残るセリアの言葉を忘れないと誓った。この試練を通じて、彼は自分自身の中に眠る過去の重みを受け入れることができた。そして、その過去が彼を前に進ませる力になるのだと感じていた。
蒼い霧が再び広がり、次なる試練への道が開かれる。リュカはその道の先に待つ未知の試練に向けて、決意を新たにした。