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第2話:心の影と向き合う


蒼い霧が一面を覆い尽くす中、リュカは足を踏み出した。視界はぼんやりと滲んでおり、先が見えない。背後を振り返ると、扉はいつの間にか消えており、戻る道はすでに断たれている。


「ここからが本当の試練だってことか……」


リュカは深く息を吸い、心を落ち着けようとする。しかし、不安は消えない。手に汗が滲み、緊張が徐々に体を支配していく。


アリスは彼のそばを歩きながら、静かに言葉をかけた。「この試練では、あなたの内面が具現化するわ。心の奥に潜むもの、目を逸らしてきたもの……それらと向き合わなければならない」


リュカは眉をひそめた。「内面が具現化する?」


アリスは小さく頷いた。「ええ。誰もが自分自身の影を抱えている。その影が何かを知り、受け入れることが、この試練を乗り越える鍵なの」


リュカはその言葉を噛み締めながら歩き続けた。やがて霧の中から薄暗い空間が姿を現す。古びた広場のような場所で、中央には黒い影がぽつんと佇んでいた。


影は徐々に形を成し、やがてリュカ自身の姿に変わった。しかし、その目は冷たく、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。


「これが……俺?」


リュカは言葉を失った。目の前の存在は、自分自身が最も見たくない姿そのものだった。


影のリュカは低く笑い始めた。「お前はずっと逃げてきた。復讐だの力だの、そんな言葉で自分を誤魔化してきただけだ」


リュカは唇を噛みしめる。「黙れ。俺はあの日、すべてを失ったんだ。それを取り戻すためにここまで来た」


影は冷笑を浮かべたまま続ける。「本当にそうか? お前が本当に望んでいるのは、復讐でも正義でもない。ただ、自分の無力さを誰かのせいにしたいだけだろう」


その言葉にリュカの心が揺れた。確かに、過去の自分は無力だった。何もできず、ただ家族や仲間が目の前で奪われていくのを見ているしかなかった。その記憶が彼を苦しめ、同時に彼をここまで突き動かしてきた。


「違う……俺は……」


リュカは拳を握りしめる。だが、言葉が出てこない。自分自身の中にある迷いや恐れが、影を前にして全て暴かれているようだった。


その時、アリスの声が静かに響いた。「リュカ、目を逸らさないで。その影はあなた自身。でも、それが全てじゃない。あなたには立ち向かう力があるはずよ」


リュカはアリスの言葉に励まされ、再び影を見据えた。震える足を一歩ずつ前に進めながら、冷静に問いかける。


「俺が怖いのは、また何もできない自分に戻ることだ。もう二度と、誰かを失いたくない。それが弱さだとしても、それが俺の本心だ」


影はしばらく沈黙した後、微かに口元を緩めた。「認めたか……ならば見せてみろ。お前の覚悟を」


その瞬間、影のリュカは剣を抜き放ち、襲いかかってきた。リュカはとっさに身をかわし、地面に転がる。胸の鼓動が早まる中、冷静さを取り戻そうと必死だった。


アリスは祭壇から現れた剣を指差し、「それを使って!」と叫んだ。リュカはその剣を手に取り、影に向き直る。


影は一瞬の隙も見せず、鋭い剣撃を繰り出してくる。リュカは必死に防御しながら、反撃の機会を伺った。だが、影の動きは彼自身と同じだけに読まれている。攻撃を仕掛けても、すべてがかわされるか、受け流されてしまう。


「自分と同じ相手にどう戦えばいいんだ……?」


リュカは息を荒らげながら考えた。だがその時、ふとアリスの言葉が頭をよぎる。「受け入れることが鍵」


リュカは剣を握り直し、攻撃の手を止めた。そして、静かに影のリュカに語りかけた。


「俺はお前を拒絶しない。お前も、俺の一部なんだ。俺の弱さも、迷いも、全部含めて俺自身だ。それを受け入れた上で進む。それが俺の覚悟だ」


影はリュカの言葉を聞き終えると、一瞬動きを止めた。そして、冷たい笑みを浮かべながら剣を下ろす。


「その言葉を待っていた。これでお前は前に進める」


影の体は徐々に光に包まれ、蒼い霧の中へと溶け込んでいった。リュカは剣を手放し、深く息を吐いた。


アリスがそっと彼のそばに歩み寄る。「よくやったわ、リュカ。これで第一の試練は終わりよ」


リュカは疲れた表情で微笑んだ。「まだ試練があるんだな……」


アリスは静かに頷いた。「ええ。でも、これであなたは強くなった。次の試練に向かう準備はできているわ」


蒼い霧が再び彼らの周囲を覆い始め、次なる空間への道が開かれていく。リュカはその先を見据えながら、心の中で新たな決意を固めた。


彼の旅はまだ続く。だが、自らの弱さを受け入れたことで、確かに一歩前進したのだと感じていた。


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