第1話:蒼星の儀式
森の奥深く、リュカは湿った土の感触を確かめながら進んでいた。夜風が葉を揺らし、かすかな音が静寂を破る。彼は背負っている荷物を少しだけ持ち直し、さらに奥へと足を踏み入れる。この先にあるのは「蒼星の祭壇」。その場所に辿り着けば、星の力を得るための儀式が始まるとされていた。
空を見上げると、濃紺の夜空に無数の星が輝いている。その中でも一際強い光を放つ星が、リュカの目を引いた。それは昔から「蒼星」と呼ばれ、人々の運命を左右すると言い伝えられている星だった。リュカはその星を見つめながら、故郷の村が焼き尽くされたあの日を思い出す。
彼の故郷は五年前、突如現れた謎の軍勢によって滅ぼされた。村は炎に包まれ、家族も友人もすべてが失われた。彼が生き残ったのは偶然に過ぎない。だが、その日から彼の心に芽生えたのは、消えることのない復讐の炎だった。力を手に入れる。それが彼の唯一の願いだった。
リュカは足を止め、前方にぼんやりと浮かび上がる青白い光を見つけた。それは祭壇の光だ。近づくにつれて、その光は徐々に強まり、やがて森の中に隠された広場が姿を現した。中央には古びた石造りの祭壇があり、その表面には複雑な模様と古代文字が刻まれている。蒼い光はその隙間から漏れ出し、まるで生きているかのように脈打っていた。
リュカが広場に足を踏み入れると、すでに数人の参加者が集まっていることに気づいた。どの顔も険しく、皆が緊張した面持ちで祭壇を見つめている。その中の一人、黒いマントを纏った壮年の男がリュカに近づいてきた。
「お前も儀式に参加するのか」
低く、威圧的な声だった。男の手には巨大な剣が握られており、ただの参加者ではないことが一目で分かる。リュカはその視線を受け止めながら、短く頷いた。
「覚悟をしておけ。この儀式では命を懸けることになる」
男がそう言い残し、再び祭壇へと向かうのを見送りながら、リュカは自身の決意を再確認した。この場に集まった者たちは皆、何かしらの目的を持っている。その中で自分が生き残り、力を手に入れるには迷いや躊躇は許されない。
その時、柔らかな声が背後から聞こえた。
「初めてなのね。緊張してる?」
振り返ると、そこには銀髪の少女が立っていた。彼女の瞳は蒼い光を映し出し、まるで夜空の一部のように美しかった。
「私はアリス。あなたは?」
「リュカだ」
アリスは微笑みながら近づいてきた。その表情には不思議な安堵感があり、リュカの心を少しだけ和らげた。
「ここに来るのは簡単じゃなかったでしょう。でも、ここからが本当の試練よ」
彼女の言葉にリュカは眉をひそめた。「試練?」
「蒼星の力を得るには、自分自身と向き合う必要があるの。祭壇がそれを試すための扉を開くわ」
アリスが指さす先、祭壇の中心部がゆっくりと輝きを増していく。そして、まるで応えるかのように低い音を立て、中央に一つの扉が現れた。それは古びた金属製で、何世紀も前からそこに存在していたかのような威厳を放っている。
他の参加者たちも一斉に扉の方へと視線を向け、緊張が場を包み込んだ。アリスがリュカのそばに立ち、静かに言った。
「この扉の中に入ると、あなたの心が試されるわ」
リュカは扉を見つめながら深呼吸をし、ゆっくりと歩み寄った。その背後からアリスが続く。他の参加者たちもそれぞれのタイミングで扉に向かい始めた。
扉を押し開けると、そこには蒼い霧が立ち込める異質な空間が広がっていた。まるで現実とは異なる次元に迷い込んだかのような感覚がリュカを襲う。足元には見慣れない模様が描かれた床が続いており、周囲の景色はすべて霧に包まれている。
「ここからが本番よ」とアリスが静かに言う。
リュカはその言葉を胸に刻み、前へと進む決意を固めた。この試練を乗り越えることができれば、彼はついに星の力を手にすることができる。だが、その先に待つものは果たして希望なのか、それともさらなる絶望なのか――。
祭壇の扉が背後でゆっくりと閉じる音が響き、彼らは試練の世界へと足を踏み入れた。蒼い霧の中、リュカは自らの宿命と向き合う旅を始めたのだった。