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第95話

「……ふざけんなよ」

 その呟きともとれる一言は部屋中に静かに響き、全員は一斉に膠着し、それを発した人狼少女に視線を向けた。

「国を守るためにアタシが欲しいとかさ!! そのために零を送り込んで監視させてさ!! 勝手にコソコソ話進めてんじゃねえよ!!」

 プロジェクターに向けて、人狼少女、初月諒花の咆哮が響く。きっと中郷はチェスか将棋の要領でこちらを俯瞰し続けてきたのだろう。

「アタシはさ、誰かに勝手にされるような道具じゃない。生きてるんだよ! 母さんみたいにXIED(シード)に入るのも良いけどさ、誰にも決める権利ってあるだろ??」

 これまでも、全ては中郷、そして同じく自分を欲したちょっかいをかけてきたあの変態ピエロが敷いたレールの上を歩いてきたのかもしれない。けれどやりたいことをやろうとして空手部に入ろうとしたらメディカルチェックで不合格になって、零がかけてくれた言葉から生きる答えを探そうと思って色んな敵と戦ってきて今に至る。


「諒花、何が嫌なんだ?」

 花予は心配そうにこちらを見て問う。XIED(シード)だからそんな肩を持つような目で見ているのか?

「そんなの、全部に決まってるだろ」

「だいたいアタシが欲しいならばさ、母さん達の縁でアタシに会いに来て、挨拶とか声をかけるのが筋ってものだろ――!」


 それを聞いて、花予は我に返ったように大きく目を開く。敵が姉の元職場のトップと明かされたその内容から姪であり娘を行かせるメリットや魅力をある程度感じたのだろう。就職にも進学にも苦労しない。

 しかし、刹那的に感じた甘い魅力は当人の言葉を受け、あたしがバカだった、すまなかったと口に出さずとも伝わる、即座に態度を改める申し訳ない顔へと変貌した。当人のためにならない。直感でそう結論付けた。


「ハナ。母さんがXIED(シード)に入った時はそうだったんだろ? 無理やり強引に連れてったりはしてないんだろう?」

 そうだよと頷く花予。昔聞かせてくれた母に関する昔話が浮かんでくる。それを続ける。

「あたしはいつも学校終わったら家に友達呼んでゲームして、テレビの中で四人で大乱闘して騒ぐぐらいいたけど、姉さんはいつも一人で本を読んだり、映画を観たり、勉強していて友達もいなかった」

 そうだ。母の幼少期は決して明るく過ごせたわけじゃない。異人(ゼノ)であることを自覚していた母は花予とか家族がいながらも、学校では友達がおらず、孤独だった。

「でも父さんの親戚のツテでXIED(シード)の人がスーツで家に来てさ、姉さんと何度か話をしてあっちの世界に誘った。そこから姉さんは少しずつ笑顔を見せるようになったんだ」

 スポーツでも優れた人材がいたらスカウトがまず声をかけるだろう。母もそうだった。きっと母は自分と同じ考えや境遇を持つ人間に出会えたから、孤独を埋められたから笑えたのだろう。


 それなのに中郷はどうだろうか。そもそも中郷に会ったこともない。こちらが欲しいという共通の目的を持った変態ピエロにこちらの両親と恋人を事故に見せかけて殺し、チョーカーに発信機を仕組み、常に遠くからこちらの居場所を把握し、しかも友達で相棒と思っていた相手もそれと通ずる監視役というオチまで仕組んできた。

「そうだよな、ハナ。その通りだよな!」

 花予は大きく頷く。最近は色々あって記憶の遥か彼方にあったが、それでも思い出した、昔、聞いたことのある母親と花予の子供時代の懐かしい話。それが今になって完全に蘇ってくる。


「アタシさ、この中郷が絶対に許せねえ」

 もう変態ピエロ以上にタチが悪いかもしれない。零もこの中郷の指示でただ動かされていたのだろう。コイツがいなければ両親も恋人も死ぬ事故も火災も起こらなかっただろう。変態ピエロは中郷に近づくためにそれらを起こした。だが、中郷にも利があることなのでやはり諸悪の根源なのは明らかだ。


 両親が亡くなった2013年に始まり今年で11年。恋人は亡くなって5年。目的のために自ら手を汚さず、手段を選ばない執念はとても恐ろしい。

「諒花さん。仰る通りですわ」

 真っ先に同調したのは翡翠。きっとパソコンの解析が完了した時点で一番最初に知ったに違いない。

 自分が欲しくて声をかけるという行為ならば、翡翠もやったし、あの変態ピエロだってやってきた。翡翠に至ってはわざわざ家まで来てくれて花予にも挨拶しに来た。だが中郷は直接会いに来たこともなければ、会って話したことも一度もない。


 やり方がハッキリ言ってズルいのだ。そんなマネをしている時点で、その壮大な野望、理想に付き合いたくないし、行きたくない。

「仮に中郷に従えば、欲しいものも食べたいものも沢山買えるぐらいお金も生活も安定する可能性もあるでしょう」

「――ですが諒花さんがそれで幸せなのかは別問題です。なので私は諒花さんに同意です」

 翡翠、その通りだ。

「そうだね。諒花の人生は諒花のものだからさ、どっかの知らないおじさんに勝手に決められるくらいならば、自分で決めな。母さんも父さんもそれを望んでるよ、きっと」

 優しく背中を押してくれる花予。

「あたしもさ、諒花の言う通りだと思う。それに自分を買ってくれるスカウトなら会いに来て欲しいよね」

 紫水もまたメディカルチェックを不合格になったからこそ言えるのだろう。誰かに認められるというのは。

「俺は中郷なんかより翡翠さん命だからそれにならうまで」

「マサルと同じだぜ。それに自分の道は自分で決めるってもんだYO!」


 これまで接点があまりなかった勝、シンドロームも頷く。それを見て、心の中で一時はどんよりとした暗い雲に染まった空に、一筋の陽の光が差してきたような気がした。



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