第92話
「カニ野郎が瀕死の重傷!? どういうことだよ!?」
確かに渋谷で会った時に先に青山に行っているぜと言っていた。聞き逃してはいない。しかもなぜ駅ではない正反対の住宅街の方で見つかったのかも意味不明だ。先に青山に行ったのではなかったのか。
『実は今、渋谷区で路地裏で人を狙った連続無差別殺人事件が起きているようでな……諒花は知らないか?』
「知らない……!」
概要だけ話すぞ気をつけろ、と蔭山。
昨日の夕暮れ――初月諒花がフォルテシアに敗れた直後である――に渋谷区路地裏。喫煙所と化していたその場所で、諒花と同じ学校に通う男子学生一人を含めた複数の人間が斬殺、もしくは刺殺された遺体が発見された。その場にいた全員を次々と逃がさず殺したと見られる。
その数日前から渋谷区の人気のない住宅街の他、路地裏や空き地など各所でタバコを吸いに休憩にきたサラリーマンなどを狙った同様の事件が散発的に起きており、警察は行方を追っていた。
しかし日を追うごとにこっそりとジワジワと表沙汰になりすぎない速度で数は増えていき、既にいつから始まったのか見当もつかない状態。その凄惨すぎる犯行から犯人は異人もしくはそれに通ずるチカラを持った武器を使う可能性が高いと、警察はXIEDにも要請をかけ、行方を追っているという。窓際刑事の蔭山にも突然声がかかったのはそのためだが……
『既に30人もの犠牲者が出ているこの状況で俺に声がかかるとは、判断が遅すぎる』
そう言ってのける蔭山。全くその通りだ。こういう時ももし、零がいてくれたらいち早く犯人に遭遇できたかもしれない。零がいなくなってから、ワイルドコブラが攻めてくるまで他の事件のことは完全に想定外だった。滝沢家が何とかしてくれるだろうとも思っていた。だがワイルドコブラ侵攻とかのどさくさに紛れて、犯行は繰り返されてきたのだろう。
「アタシと同じ学校の男子学生でタバコっていえば……」
昨日犠牲になった男子学生。それだけですぐ浮かぶ人物が一人だけいた。普段ならばどうでもいい存在。最近は学校にすら来ていない。
「犠牲になった男子って……スモークドーズのコバか!?」
『なんだその恐ろしいおかしな異名は……諒花知ってるのか?』
「ああ……! 絶対仲良くできない奴だよ」
その行いも恐ろしい。変態ピエロとかとは別の意味で恐ろしい。その行いからスモークとオーバードーズを掛け合わせ、瞬く間に生まれた悪名高いあだ名。未成年でタバコというとアイツであり、そもそも経歴からアイツしかいない、コバだ。
部活はバスケ部。喧嘩好きだが当然、異人と渡り合える戦闘力もチカラもない、語ることもないただの一般人だ。素行不良、成績悪いのにどういうわけか取り巻きを二人ほど引き連れた隣のクラスで悪名をとどろかす典型的なヤンキーである。
女好きでもあり、歩美の友達に迫ったそいつを歩美に頼まれて止めたこともある。コイツに容姿を褒められても顔が常に嫌らしくてひねくれていて不快感しか出ない。
おれの女になれと言ってきた変態ピエロよりも質が悪いかもしれない。学校の廊下という公然の場で胸を揉もうと手を伸ばすなどセクハラ行為も挨拶代わりに平気で行おうとする。
しかし、それでも彼を語る上で欠かせないのが、未成年なのにタバコを吸って停学を三回食らっていることに尽きる。
一年生の夏休み前の夏と冬休み前の年末、二年生になった今年の梅雨。三度目からいつの間にか学級で定着したあだ名がスモークドーズである。発端はコバが三回目をやらかした後、たまたま薬物の乱用、覚醒剤の危険性について学ぶ授業があり、そこで出てきたオーバードーズ、つまりは過剰摂取を意味する言葉からきている。そこから転じて既にタバコをやめられず、既に救いようのない彼はそのあだ名で呼ばれるようになり、悪い見本となった。
三回目に停学を食らった後は先生達の手によって他の生徒からも隔離され、たっぷり絞られ、大人しくしていると思われていたが……
『なるほどな。そんなヤンキーいたんだな、あの学校に。男子学生の手元にはタバコがあったことから親からくすねたタバコを吸おうとした所を犯人に殺られたようだ』
「四度目は許されなかったってことか」
仏の顔も三度までってな、と蔭山。とはいえ、知っている顔が謎の死を遂げたのは喪失感が出てくる。いったい、誰の仕業なのか。真っ先に浮かぶのは。
「もしかしてワイルドコブラの仕業か?」
だとしたらついには関係ない人にも手を上げ始めた酷い奴らだ。やっぱり潜んでいた。コバは完全に自業自得だが。
『それもまだ分からない。ただ病院送りにされたシーザーは犯人と交戦した可能性が高いから回復を待って、話を聞けばどんな奴か分かるはずだ』
犯人が異人の場合、カニ野郎も目撃者ということになる。たぶん、そいつが犯人だろう。
「頼む、蔭山さん」
『そっちもしっかりな。こっちは気にするな、また連絡する。零のパソコンについて滝沢の話を聞いてからでいい』
蔭山との通話が終わるとみんながこの通話の様子を聞いてただ見守っていた。
「コバってあの凄くだらしない奴だろう? 分かりやすいワル」
「そうだハナ」
「二度あることは三度あるっていうけど、人の過ちで三度あることは四度あるとは滅多に聞かないよ」
花予も授業参観や体育祭など学校行事の時にコバを見たことがある。その印象は当然最悪。わざと着崩した制服に立った金髪、無駄に筋肉質な体で親分気取り、誰がどう見ても怖いもの知らずの正真正銘のワル。
「渋谷に潜伏している敵も一筋縄ではいかなさそうですわね」
翡翠も察したのか言う通りだ。ワイルドコブラ、または関係ない別の脅威かもしれない。どちらにしろ青山にいて良かったのは言うまでもない。襲撃されないためにも。
「今はこれは後回しにして、そろそろ始めてくれないか? 零のパソコンの中身が見たい」
渋谷の事件。誰が犯人なのかは気になる。渋谷のことは蔭山に任せておこう。それよりも今は零と黒幕に関する情報を知るのが先だろう。
「分かりましたわ。シンドロームさん、勝さん! 準備はもうできていますね?」
翡翠の号令とともに檀上の舞台袖から現れたのはグラスをかけた二人組の男。そう、滝沢家親衛隊、ハーモニー・インセクターズの二人である。
「いつでも準備OKです、翡翠さん!」
合図をしたマンティスは緑の服を着たカマキリを模した被り物をしている。
「ヨオヨオ! クイーン、おれ達が飲みに行った先にいた助っ人のお陰で、あのシルバーガールのパソコンの中身を見れたYO! そこで見つけたアレコレ、これからこのプロジェクターで発表するから、みんな聞いてくれYO!」
ラップ調で喋るシンドロームは黄色を基調としている。二人とも異人だ。
「では、始めて下さい」
翡翠の宣言のもと、パソコンの中身が二人によって明かされようとしている。はたして何が判明したのか。それを知る時が、間近に迫っている。心臓の鼓動が無性に早くなる。
読んで頂きありがとうございました!次週より、大変お待たせしました、零のパソコンの内容が明かされる「人狼少女とパンドラの鉄箱」を前編、中編、後編に分けてお送りします!
スモークドーズのコバ、実は第一部ラストの第45話に登場しており、この時から現在に至る悲劇は始まっていました。零のパソコン、渋谷で暗躍する殺人鬼、そしてシーザーやコバの前になぜか現れた零。謎が散りばめられる中、ギッシリ詰め込まれたパソコンに向かっていきます……ご期待下さい。




