閑話 切り裂きジャック、まさかの遭遇
あの人狼女と、刑事さんとは青山で落ち合うということで別れた。
刑事さんは何やら急用で一足先に飛び出していき、人狼女は一旦、家に帰るようだったので一足先に青山に行って待つことにした。
サイズの合わないコートを着て帰っていく、身長も高めで髪も尻に覆い被さるほど長い、整った後ろ姿を見て邪に思った。
――もし、ここでこの人狼女の後をこっそりつければ、あの女の家が分かる。
だがその家を突き止めて、部屋に土足で上がり込んでまであの女をやる趣味はない。あの女とは、銀髪女も揃ってる時に戦わなければ意味がない。一人ずつでも二人まとめてでも。そうやって正面から堂々と戦って打ち負かしてこそだ。あの二人に勝ちたい──!
あの胸糞悪いメガネ野郎──死神のマヤ、じゃなかった樫木麻彩なら、ご自慢の透明能力を活かして家に忍び込んで暗殺とかやりかねないだろうが。
アイツは殺し屋家業で飯を食っているから、憎い奴を戦わずして消すことも厭わないからだ。考えがこの時点で奴とは見切りをつけて正解だった。
因みにマヤというのは下の名前が麻彩でマヤとも読めるからだ。だがそう呼ぶと当人はブチ切れる。
この樫木とは4ヶ月前の7月、池袋でのベルブブ教と円川組の抗争が始まる前にレーツァンが開いた地下闘技場の大会の決勝戦で戦った。奴は自分の体だけでなく、自ら引き金を引いて放った銃弾や投げた鎌までも透明にする、いわば自分自身と手で触れたものを透明にする能力の使い手で敗れた。
剣や槍などの武器は大バサミで真っ二つにできても、目に見えない攻撃を前になすすべもなかった。
樫木は以降、関東裏社会の新たなチャンピオンとなり以降、奴は事あるごとにチャンピオンであることを鼻にかけるようになった。傲慢で図に乗る胸糞悪い奴だ。
一方で負けたオレはというと準優勝で、樫木の野郎とともにベルブブ教と円川組の抗争に呼ばれ円川組、実質ダークメアサイドとして突如台頭してきたカルト教団殲滅に貢献。教団もまた、ただの人間ばかりながら異人同様の異能のチカラを秘めた武器などで抵抗してきた。
その縁でレーツァンから先月、稀異人で人狼のチカラを持つ女の話を聞き、渋谷に乗り込んだ。
まずは教えてもらったその相棒の銀髪女を誘い出し、それを餌に路地裏に現れた人狼女と初めて戦ったわけだが、負けて、樫木に次ぐ実力者と謳われた地位から転落。しかしその後、樫木も人狼女とあの銀髪女に負けたために転落したためにブームの衰退と言わんばかりに相手にされなくなった。
屈辱だった。だが、あの人狼女と銀髪女にリベンジしたい一心だった。樫木は己の顔に泥を塗られたことで復讐を誓っていたが、オレはリベンジしたい。いっときの復讐をしても自己満だけで、それだけじゃ満たされる気がしない。また這い上がって戦って勝ってこそだ。
カフェで人狼女と翡翠の通話を横から聞いたが、先月19日に滝沢邸でレーツァンをあの人狼女が倒してから、今日で二週間だ。オレ、樫木、滝沢家の奴ら、そして犯罪組織ダークメア総帥にして裏社会の帝王レーツァン。たった二週間でここまでの奴らと戦って生き残るなんて大した女どもだ。
しまいにはワイルドコブラと戦い、コカトリーニョまで倒したというのだから驚きだ。アイツはニワトリ人間で他の鳥人間や羽を持った昆虫人間のように、空こそ飛べないが足は速いし、脚力ならば飛べる奴らより上。普通に斬りかかろうものならば飛び蹴りで腹筋をへし折られる。
ついでに奴がシュートする、デタラメに壁で跳ね返って飛び回るサッカーボールはヤクザやチンピラの軍勢100人を山にしてしまうぐらい強力で本人からすれば、ただのボール遊び。
――にしても、だ。
あの相棒の銀髪女も、人狼女のただのお友達ではなかった上に、ワイルドコブラが人狼女を狙って動いていたりと、とても二週間前だと考えられない事態だ。
先月19日も銀髪女なんか共闘することになった時もこっちをずっと、眼帯に隠れてない方の左目で鋭く警戒していたのに。何としても諒花や歩美が大切で自分が守る。そんな強い目だった。
表面的にあれが実際は偽りだったとは到底思えない立ち回りだ。まさに監視役、スパイのテク。
続報は青山の滝沢邸で分かる。さっさと青山に行って待つとしよう。
「テキトーにコンビニでおむすびやサンドイッチでも買ってくか」
渋谷駅に入っていく前に、あちらで待っている間、小腹が空きそうだ。青山までは駅でいうと二つ。距離は遠くないが、待ち時間はかかりそうだ。
犬の銅像があっていつも人で埋め尽くされた駅の広場から少し離れて、適当に歩き回ってコンビニを探す。至る所、ビルが建ち並ぶ歓楽街だが坂道を歩いた先にコンビニがあった。ペットボトルに入ったスポーツドリンクとおかかの具が入ったおむすび、たまごサラダのサンドイッチを持って会計する。
声も小さいダラダラしながらやってる店員が癇に触る。目は半開きで歯を出している。やる気あんのか?
――ん?
視線を入口に向けると新たに客が入ってきた。だがその客の姿を見て、目を丸くする。そんな店員などどうでもよくなる。
右目に黒い眼帯、少しかかった美しい銀髪の少女。白いコートを着ている。
――あれは……銀髪女……!
どこからどう見てもあれは黒條零だ。あの整った体型に銀髪。トレードマークの黒い眼帯に落ち着いた顔。諒花が根性あるパワー型ならばあの女は頭の回転が良い頭脳派。
ATMの機械まで行き、普通に金を引き出している。確か銀髪女はさっきのカフェでの刑事さんの話によると今週日曜から姿を消していて、人狼女は今、必死に捜している。それが目の前にいるこの女だ。
会計を終えて、背後から少し離れた位置で様子を窺う。日曜から数えて今日が土曜。さしずめこの約6日間、この街のどこかで潜伏していたが、ついには遠くに逃亡を図るつもりなのかもしれない。そのための金を下ろしにコンビニに来たという所に違いない。
コンビニを出た所をつけていき、その右肩に手を伸ばして置いた。すると彼女は歩みを止めた。
「よお、銀髪女! ここで会ったのが運の尽きだ。諒花がお前のこと捜してるぜ? 行ってやらなくていいのかよ?」
────!
すると置いた手を振り払って、行こうとしていた方向へと走っていく。
「お、おい!! 待ちやがれ!!」
通りから裏に曲がり、だんだんと人気の少ない閑静な路地裏へと逃げていく。これはもしかすれば、あるかもしれない。
────あの銀髪女をとっ捕まえて人狼女と刑事さんに差し出せば、もうあと残ってるのは滝沢とワイルドコブラの抗争だけでこの騒動も丸く収まるんじゃないか……?
さっさと終わらせてやろう。ドヤ顔でその銀髪の後ろ姿が曲がった次の角を同じく右に曲がる。すっかり静かな住宅街まで来てしまった。遠くにはでかいビルが並んでるのに、ここは4階、5階ぐらいのアパートとかがあるぐらいだ。
今、走って横切った、歩きスマホしてた赤いシャツとズボンを履いた男以外は道に誰もいない。都会に片隅に来たような空気だ。
どこだ、あの銀髪の後ろ姿は。辺りを見渡すが左右、正面、どこにもいない。その時。
「ウッ……!!!!」
背後から、何かがブッ刺さった。それは小さい。ナイフとか刃物の類だ。一つだけ確かなのは敵が後ろにいること。
──どうやって後ろに回り込んだ……? 逃げてたのはそっちだろう……?
腹部から全身に走る痛みを堪えながら、後ろ、とにかく後ろを見る。そこに立っていたのはさっき横切った歩きスマホをしていた男だった。しかも武器を何も持っていない。どうやって刺したのか。
「銀髪女じゃない……!? なんでお前が……!」
男は嫌らしく歯を見せて口角を上げ、黒く鋭い不気味な目でドヤ顔を決めた。直接、声に出さなくても伝わってくる。
────ここで会ったのが運の尽きだと。




