第9話
昨日と同じで再び零の部屋の前まで来た。恐る恐るそっとインターホンに指を伸ばすと、ここへ来る度にいつも聞くことになる、ピンポーンという音がなぜかこちらの緊張感をより煽ってくる。
「おはよう諒花」
扉を開けてそこに現れたのは右目に眼帯、そして美しい銀髪姿の落ち着いた少女。これまで戦いと日常をともにした相棒であり親友だ。昨日の翡翠との一件がなければここまではごく当たり前の日常。しかし今日はそうじゃない。
「おはよう零。朝から悪いな。上がって話をしようぜ。訊きたいことがあるんだ」
息を吸い込み、意を決した初月諒花。部屋に上がらせてもらい、ワンルームの真ん中に座り、零は自分の机の椅子に腰かける。
さて、どこから切り出そうか。これは探偵ドラマでいうならば、犯人を推理して犯行を暴くのと同じシチュエーションだ。とはいえ、考えれば言いたい事は一つしかない。
「零。アタシはこの前、死に際の変態ピエロに言われたこと、覚えているか?」
「うん、覚えている。レーツァン以外にも、もう一人、諒花を狙う敵がいて、それは既にこちらに手下を送り込んでいる。諒花の両親達の死にも関わっているかもしれない黒幕」
零は頷いた。あの変態ピエロを倒した直後、事の顛末を共有したのでそれは覚えていて当たり前だ。両親、それから恋人。全て変態ピエロの犯行で命を奪われた。
「そのもう一人の敵がさ────」
ここで慌てて言うのをやめた。いきなりド直球が過ぎたと思ったから。それよりも。
「どうしたの? 諒花」
「その黒幕について、零の方では何か分かったのか?」
「いいえ、なにも」
零は首を横に振った。本当に分からないのか、訊かれても答えないだけなのか。本当は疑いたくない。でも今はそういう目で見てしまう。
「けど彼が総帥の座に座っていた犯罪組織、ダークメアで内紛が起こっていることが分かった」
「ダークメアってこの関東裏社会で一番影響力の大きい犯罪組織だよな」
19日の事件の時に屋敷内の地上と地下を結ぶ昇降機の中で翡翠が話してくれたことぐらいしか知らない。
「そう。総帥が倒れた事で虎視眈々と次の覇権を狙っていた層が動き出したみたい」
「次の王はオレ達だ、ってか」
「あなたが裏社会の帝王を倒した事で、王の座る玉座は実質空席になった。これからは間違いなくより狙われる立場になることを覚悟しておいて、諒花」
とはいえ、あの悪趣味なピエロを倒さなければ今頃、事件の舞台となった青山は地獄絵図と化していただろう。ほぼ隣に位置する渋谷の街も大混乱になっていたに違いない。それだけではない。唯一の家族である花予が殺され、自分はあの変態ピエロの女に無理矢理させられていたと考えると、絶対に死んでも負けるわけにはいかなかった戦いだ。
にも関わらず、敗れたあのピエロは大笑いしてこちらを賞賛し、まだ黒幕がいることや謎を言い残して消えていったことは腑に落ちないが。
「ダークメアはレーツァンが頂点だけど、側近でナンバー2のスカールという男が実質トップとして仕切っているから組織そのものは総帥を失っても変わらず続いている。とはいえ、内紛状態の彼らがどう動くかで今後は変わってくると思う」
これじゃ話が進まない。今はあの変態ピエロの組織がどうとか、代わりに仕切ってる側近の話とかどうでもいい。やっぱりだ、言うしかない。これも運命だ。覚悟を決めて切り出す。
「……そうか。なあ、零。さっきのもう一人の敵──黒幕の話に戻るけどいいか?」
「なに?」
もう直球でハッキリと言ってしまおう。そう決めた。
「昨日アタシさ、そいつが送りこんだ手下が誰かって分かっちまったんだ」
「え……?」
突然、零の眼帯に塞がっていない方の右目が丸くなり、口が少し開いている。
「まさか……」
その言葉。知られてはまずいと今までずっと隠し通してきた情報を、知られてはいけない相手に直接口で言われてしまう寸前の恐怖と寒気を示すもの。それとしか形容する事ができない。そんな零の顔を見て、彼女はこれからこちらに何を言われるのか知っているかのようにとれた。だが、言わなければならない。この疑うしかない状況をハッキリさせて前に進むために。
「──零、お前なんだろう? 黒幕がアタシの所に既に送った手下って」