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第81話

「準備できたかい? 諒花」

「ああ、できたよ」

 もう一度部屋をくまなく見回す。何も持っていくものはない。

「母さんと父さんの写真はどうしようか」

 気軽には持ち歩けないがお守りでもある、まだ自分が生まれる前の二人が映った笑顔を浮かべた写真。他にも色々写真がリビングにはある。すると花予が肩にそっと手を置いて、

「ここは大丈夫さ。きっと姉さん達が守ってくれる」

 そう花予が言ってくれるとなんだか安心できた。


 ふとそれで遠い記憶の彼方から思い出した。最初のハチ野郎、ビーネットが現れた時、こちらの住んでる場所も滝沢家の拠点も調べたと宣言していたが、それでもここはまだ無事なので、実際はまだこの家の場所までは敵に知られていないのかもしれない。

 つまり渋谷に住んでる所までしか把握されてない。だから渋谷に攻めてきた。結局、その後のサソリ野郎ことスコルビオンが来た時もこの家に被害はなかった。家が無事なのは滝沢家が警戒しているのもあるのかもしれないが。

 ただ、あえて見逃されている可能性もあるので何とも言えない。向こうからすれば、戦えない花予しかいないこの家はマンションと、号室さえ分かってしまえば下っ端だろうと誰を送り込んでも余裕なわけで。

 そして、やはりこれらは石動の言っていた情報アドバンテージを得るための戦略と見るべきで、その証拠、渋谷ヒンメルブラウタワーが今朝標的となり、安全という保証ができなくなった。次は何を仕掛けてくるか分からない。


 今、青山に逃げれば、敵の注意は家よりもこちらに向く。わざわざ家を壊して退路を断つよりも追いかける方に本腰を入れるだろう。翡翠もそのつもりに違いない。

 するとスマホが震えた。

『もうすぐ到着しますのでマンション前で待ってて下さいな』

 翡翠からの電話だった。部下ではなく本人がわざわざ来てくれるあたり花予を気遣う配慮ととれる。

 石動からもらったコートを着込んで、花予とともに外に出た。そこにはちょうどこの前、翡翠が訪問してきた時と同じように一台の黒い高級車が止まっていた。

 その助手席から翡翠が顔を出す。

「お二人とも、お待たせしました。どうぞお乗り下さい」

 そう促され、開かれた後方座席に花予とともに乗り込んでシートベルトを締めると車はその場から動き出した。

 運転座席には翡翠の従者と思われる、スーツを着た黒い短髪の女性がハンドルを握っている。鏡で目元が見えるが綺麗に整った顔立ちだ。石動と同じぐらいに男にも女にも見えるが、この女性は白い肌と目つき、顔つきからすぐ女だと分かる。

「石動が不在のため、代理で運転手を務めます、倉元(くらもと)です。以後お見知りおきを」

 そう自己紹介されて花予とともに軽く会釈をする。石動はホテルの後始末で戻ってくるのが遅くなるに違いない。そういえば滝沢家には女性の従者はいないものだと思っていた。連れている兵隊が皆、荒々しいヤクザだったからだ。

 滝沢家は先月19日の事件で突如滝沢邸に現れたあの変態ピエロ――レーツァンのチカラで溶かされてスーツだけを遺して多数の構成員が殺された。それでもまだ人員はいるが次々と死んでいく様は大惨事だった。その時倉元はどこにいたのか。ふと気になったので訊いてみた。

「あの19日の事件の時、倉元さんってどこにいたのさ?」

「幸い、外にいたので難を逃れました。あの時は屋敷を救って頂きありがとうございます」

「いや、当然のことをしたまでだ。変態ピエロ、アイツ好き勝手やりたい放題だったし」

 今思えば、掴んだだけで人を溶かして殺すあのピエロのチカラはとんでもない。下手すればもっと沢山の犠牲が出ていただろう。

「はい、存じています。戦闘員である滝沢組で屋敷にいた方々が犠牲になりました。私は石動直属なので戦闘で重傷を負い、入院された彼女の世話をしていたのです」

 滝沢家と初めて関わり合いになるよりも前から、石動は19日の事件では全身鎧姿の謎の女騎士によって病院送りにされていた。女騎士はあの事件を引き起こした重要人物で滝沢家に被害をもたらした。そしてそれを操っていたのは変態ピエロだ。

 あの19日の時は紫水を除いて滝沢家とは敵対関係にあり、もし石動が健在で渋谷に攻めてきていたら、いくら零と一緒でも勝つのは厳しかったに違いない。


 稀異人(ラルム・ゼノ)で戦って唯一勝てたのは変態ピエロ、レーツァンだけだ。フォルテシアとの戦いであの勝ちの本質も思い知った。

 だから稀異人(ラルム・ゼノ)である石動を病院送りにした女騎士もそうとうなものだが、きっとそれを操っていた変態ピエロもそうなるように何か仕組んでいたに違いない。あのピエロだけに。異人(ゼノ)ではない特殊な鎧を着込んだ人間に押し負けるとも思えない。


 19日の事件で変態ピエロに負けていれば今頃青山も、滝沢家も壊滅していただろう。花予もいない。

 あの勝利は本当にいくつかの条件が重なって自分のチカラが引き上げられていたから掴みとれた。

 実力でねじ伏せたんじゃない。ただただ、奇跡に近かった。


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