第79話
「悪い。俺の電話だ。ちょっと出てくる」
翡翠と通話している最中、蔭山が急に席を外してスマホを持って店を出ていった。だがここでする話はもうあらかた終わっている。
「翡翠、悪い。じゃあそういうことで。四人で滝沢邸に行くよ」
「皆さんが来られるのを楽しみにしていますわ。では、また諒花さん」
通話が終わった。するとさっきからこの通話の様子をずっと見て、どうにか耳を近づけてその内容を、店内の雑音と闘いながら聞いていたシーザーがやっと口を開く。
「……滝沢とワイルドコブラの抗争はスカールさんとカヴラの揉め事に始まり、そんであの銀髪女もどっかから送られたスパイか」
なんで揉めたのかを翡翠に説明しないということは話したくない何かがあるのだろう。だが零のパソコンにこの抗争がなぜ起きたのかという答えがある。翡翠はなんで起きたのかは知っているが、なんで二人が揉めたのかは知らない、ということだろう。
ややこしい話だが、二人が揉めたのと抗争が起きた理由は違うのかもしれない。
「今回の事件も先月に続く形でまた何か裏がありそうだな。あのレーツァンも、零も実は一人の黒幕と繋がっているってか」
「ああ。因みに零は変態ピエロとはグルじゃなかったぞ。零も知らされてなかっただけだと思う」
あのピエロは全てを知っていたようだが零は知らされていない部分がある。その可能性が極めて高い。現に零もピエロが味方だと把握していなかったのは言動で明らかであるし、死に際にあのピエロは全ての一部分を明かして消えていった。自分以外にあともう一人いることを、まだ見ぬ黒幕がいるということを。
「カニ野郎。お前はどうすんだ?」
するとシーザーは二っと笑って、
「決まってんだろ。オレも行くぜ。だいたいテメエらを倒すのはこのオレなんだよ! それを横取りする奴はブチのめしてズタズタにしてやる!」
形は違えど自分のために戦ってくれる彼を見ると素直に礼を言いたくなる。
「……ありがとよ。零はお前のこと嫌ってたかもだが、アタシはそこまで悪くないと思ってるよ」
それを聞いてシーザーは一瞬ときめいたかのように硬直するがすぐに、
「べ、別にお前に礼を言われる筋合いはねェ! だいたい先月19日の事件でも、三軒茶屋でお前らをあのメガネ野郎と一緒につけてたら、それどころじゃねえ敵が現れたから共闘したまで。それだけだ」
一瞬、頬を赤くしていたがすぐにまくし立てるカニ野郎。メガネ野郎とは樫木のことだ。一時はともに倒された者同士、二人で手を組んだようだが、この様子を見るに喧嘩別れしたようである。
「今は先月同様に手ぇ貸してやる! その代わり黒條零を取り戻したら──そもそも取り戻せるか知らねえけどよ、全部終わったらまたテメエらに挑むから覚悟しとけよ!」
コイツはこれまでの悪党とは違って話が分かるヤツだ。そしてこちらには都合が良い。ここまで堂々と喋ってくれるのはその証拠だと思っている。
「おうよ、絶対零は取り戻すから見とけよ!」
すると蔭山が早々と席に戻ってきた。だが欠相をかいた様子だ。
「悪い、ちょっと急な別件ができたから俺は後で追いかける」
「どうしたのさ、蔭山さん」
「事件が起きちまって召集がかかった。ひとまず落ち着いたら話す。滝沢邸で会おう」
そしてコーヒーショップでの話し合いは解散となる。蔭山は急用でそのまま走ってどこかに行ってしまい、シーザーと二人だけになる。だがまずは花予を迎えに家に戻らないといけない。
「オレは先に青山に行ってるぜ。このシチュエーションも先月以来だな」
そう言って、シーザーと別れた。確かにそうだ。先月19日も謎の女剣士──その正体は変態ピエロに洗脳された歩美だった──を迎え撃つために蔭山の車で青山に向かった。
それでこちらが敵であると誤認している翡翠を説得するため──しかしそれは翡翠の思惑による芝居だった──に初めて滝沢邸に行ったわけだが、事件から一週間後に翡翠から呼ばれて訪れている。その時に零が敵側に通じている疑惑に関する推理を聞いたのが事の始まりだ。そして今回が三回目の滝沢邸訪問となるが、振り返ればいつも大事な時に行っているような気がした。
そして家に向かって早足で帰るわけだが――石動からもらった変装用コートをしっかり着込んで、横断歩道を渡っている所で電話がかかってくる。翡翠だ。歩きながら出た。
『諒花さん。急にですがプランを変更しましょう』
「どうしたんだ翡翠。これからハナ連れてそっち行くぞ」
『電車にも彼らの手が回っている可能性があります。何をしてくるか読めません』
「そっか。戦闘になったらまずいもんな」
そんなことされたらとても青山どころではない。駅にまたコカトリーニョみたいな異人が待ち構えているかもしれない。
それかタイミングよく電車を止めるために線路に爆弾などを仕掛けているか、駅で客に紛れて複数人で待ち構えている敵がいるかもしれない。無関係な人などお構いなしに。よくよく考えればこの時に地下鉄で青山に行くのはリスクがありすぎる。
『ですので、これから車でそちらに私がお迎えにあがるので、花予さんにはそう伝えて、二人で家で待ってて下さい』
「分かった」
あまり外に長くいては敵に今度こそ襲われるかもしれない。小走りで街を駆け抜け、帰宅することにした。
ここでふと思った。カニ野郎はどうやって青山へ行くのか? まあ、向こうが狙っているのはあくまでこちらなので、狙われる心配はないだろうが。




