第72話
蔭山とフォルテシアに繋がりがあった――そのことに驚きを隠せないまま、蔭山は続ける。
「あいつと会ったのか? 昨日さ──」
そして昨日あった、あの敗北のことをそのまま説明する初月諒花の言葉を一つ一つ丁寧に聞く蔭山。
「めちゃくちゃ強かっただろう? お前がレーツァンを倒したあの事件のことを向こうに報告したのがいけなかったのかもな……配慮すべきだった」
「いや、いいって蔭山さん。アタシも負けて分かったことがあるんだ。アタシはここまで戦ってこれても稀異人としてはまだまだ弱いんだって」
翡翠から言われたことも咀嚼している。同じ稀異人のレーツァンとの戦いは勝てたけれども、フォルテシアには全く通じず勝てなかった理由は、あのピエロとの因縁という感情に異源素が呼応し、一時的に自身のチカラが引き上げられていたからにすぎない。
歩美を洗脳して手駒にしただけでなく、両親、恋人を死なせた主犯であり、更に花予にも手を出そうとしたあの変態ピエロが許せなかった。ただそれだけだった。それがあの一時的な強さを生んだだけだった。
同じ稀異人にも関わらず、それに見合ったチカラを出せてないと言われるギャップは幼少期より首にしていたあの赤いチョーカーで長らくチカラを抑え込まれていたことによる反動が大きい。また、自分自身が強いチカラを使うことを無意識に躊躇っている、怖がっていることも翡翠から指摘された。
「今までは零もいてくれたし、どんな敵が来ても何とかなっていた所もあると思う。けどその零はいねえ。だからアタシも強くならないといけないと思う」
今は零もいないし、ピエロを倒した時のような特別強力なチカラもない。その状態でワイルドコブラ幹部三人に勝てたのは大きいかもしれないが、フォルテシアという高い壁がいる以上、喜べない。
「なるほどな。言っておくが、フォルテシアはXIEDの実働隊の中でも最強クラスの一角だ。仕事でやっているプロとアマチュアでは差は歴然だから、あまりふがいない自分を責めるなよ」
フォルテシアは稀異人。翡翠が言っていた。同じ位でもここまで次元が違うのはそういう所なのかもしれない。
「蔭山さんの言う通りだよ、諒花。あまり一人で深く考えすぎちゃダメだぞ。ゆっくり強くなっていけばいい」
「ハナ……」
花予も後押しして優しくそう言ってくる。とはいえ、まだまだ弱い。それをフォルテシアとの戦いで思い知った。たった一戦で。だからこれから見つめ直していきたい。するとここでまたしても裏話が蔭山の口から出た。
「あいつも本当は諒花がレーツァンを倒した19日の滝沢邸の事件に介入したかったが、円藤由里殺害事件の捜査とかで忙しくて行けなかったからな。お前は本当によくやったと思う」
先月10月19日の事件は二つの軸で動いていた。一つは青山の滝沢家にも被害をもたらし、突如現れて剣で斬りかかってきた全身西洋の鎧に身を纏った謎の女騎士。それを零の推理に従って滝沢家の攻撃をかわしつつ二人で正体を追っていた。渋谷の隣、三軒茶屋まで行ってそこで全てを知り、蔭山の車で零とともに滝沢邸のある青山へ急行した。
その一方で起こっていたのが零の推理で女騎士の正体の可能性が高いとされた志刃舘高の剣道部主将、円藤由里の殺害事件だ。18日に遺体が渋谷の路地裏のゴミ箱から発見された。その時に出動した捜査員の中にフォルテシアもいたのだろう。
「そうか。もしあの時、フォルテシアが来てたらあの変態ピエロも楽勝……だったのかもな」
あの時は翡翠の支援もあったが、零と二人で戦うしかなかった。もしフォルテシアがいたらあそこまでの被害にはならず、また違っていたかもしれない。
「実は昨晩に少しだけ話したんだ」
「なにか言ってたか?」
タイミング的にフォルテシアに負けて運ばれてホテルに宿泊していた頃だろう。蔭山は顎に手を当てて、
「なあに、軽く近況報告しあっただけだ」
ここでフォルテシアが言っていた、あることを思い出した。
「ところで蔭山さん。フォルテシアも零を捜しているみたいだったんだ。戦った時、どこにいるのか訊いてきた」
「意外だな。それはXIEDの直々の命令なのか、本人の都合なのか」
それも直接確かめてみないと分からない。
「仮にXIEDの意向とするならば面倒なことになりそうだな……」
腕を組み悩んだ顔の蔭山はあることを口にする。茶を飲みながら。
「XIEDはな、たとえフォルテシアがいても大元のXIED東日本支部がやれと言った命令には逆らえねえんだ」
「フォルテシアも言いなりってことか?」
「これは向こうの奴から聞いたんだが、今の関東のXIEDは本部であるその名の通り東日本支部と、別の神奈川基地に分かれていて、神奈川基地が関東実働部隊の本部という扱いなんだ」
全世界のXIEDの最高本部はアメリカにあり、そのため日本のXIED全体という枠組みでは東日本支部が本部となる。紛らわしいが。
昔、まだ小さい時に花予から母親はどんな仕事をしていたのかを訊いた時に初めて知った。その時は自分の母親はアメリカに本部があるでかい警察のような組織で働いていたという認識だったが。実際は表向きは警察や自衛隊とはまた違う、それらの影に隠れた特殊部隊的な組織という扱いだ。
「鶴の一声というと、円藤由里殺害事件の捜査権が警察からXIEDに急に持ってかれたのも長官の権力によるものだからな」
確かにあれは急な話の様子だった。零と一緒にその現場に居合わせた時は警察が捜査していたのに学校から帰ってきた時には、XIEDに捜査権が移行していたことに納得いかない蔭山の姿があった。蔭山もXIEDと関わる仕事をしているとはいえ、礼状一つで捜査権を突然奪い取る強引さがあったからだ。
話を今に戻した。もし本当に零を求めてXIEDが本気で出てくるとしたら、滝沢家、ワイルドコブラと三つ巴になる。零を捕まえて味方に引き入れるつもりなのか。どちらにしろ零は他の誰よりも絶対に先に見つけなければならない。
「蔭山さん。フォルテシアが零はいったい何だったのか知っている様子だったんだ。けど教えてくれなかった。アタシには手を引けって──」
そこからだ。フォルテシアによる説教、もとい洗礼が始まったのは。裏社会は甘くないと。表社会で暮らしたらどうだとも。
「そこまでして口を割らないとなると、やっぱ何か抱えてるんだろうな……」
蔭山も難儀そうだ。より一層、秘密が内包されたあのパソコンの中身が気になってくる。




