第68話
零のパソコンの中身の全貌が今日中に判明する。また連絡するのでそれまで下手に出歩かず待ってて欲しい──。
そう翡翠から言われた。そして更にこの吉報の後に彼女から一つ提案されたことがある。
それと最後にもう一つ、と前置きした上で話し始めた翡翠。
『これは諒花さんだけでなく花予さんもですが、今の渋谷にはワイルドコブラが潜んでいることでしょう。私の屋敷の部屋を無料でお貸ししますので、騒動が収束するまではこちらに避難しませんか?』
コカトリーニョを撃破してからまだ遭遇こそしていないが、何を仕掛けてくるのかが全く読めない。この状況でいかに大都市とはいえ居座り続けて零を捜すだけでなく、どこからやってくるか分からない敵と戦い続けるのは危険でしかない。
『それに私としても、渋谷ヒンメルブラウタワーがあっさり陥落したのは申し訳なく思っています。もう一度、青山を拠点に仕切り直しませんか?』
その報を部屋を出て、台所で皿洗いなど片付けをしている花予に早速伝えた。
「え? 翡翠ちゃんがそこまでしてくれるの? やったー良かったよ、それならば安心だな、諒花!」
花予はとても嬉しそうだった。更にパソコンの件を説明すると、
「なるほどね。あたし達を滝沢邸に泊めさせてくれるだけでなく、零ちゃんの部屋にあったパソコンの中身に眠る秘密をみんなで見るってことだね?」
そういうことになる。これまでずっと隠されてきた、開けてはいけない箱をみんなで開けるドキドキ感がする。
パソコンの中に何が眠っているのかは分からない。ただ黒幕が誰なのかは分かる。そして、零が今まで何を隠し続けてきたのかも。
すると花予はそうだと何かを思い出したように言い出す。
「そうだ、諒花のことですっかり忘れてた。これから歩美ちゃんと蔭山さんがうちに来るんだよ。移動はその後でいいかな?」
「なんでだ?」
「歩美ちゃんはさ、9月に湖都美さん亡くなった件もあるからこの三連休に実家に帰ることになったんだって」
「ああ、それか」
花予に言われて思い出した。そんな話だった気がする。実は学校で本人から聞いてすっかり忘れていた。聞いた記憶すらなかったぐらいに。
何せワイルドコブラにフォルテシア来訪と立て続けにあったのだから。フォルテシアに登校中声を掛けられ、それから昼食時も彼女のことばかり考えているうちに、会話こそしたが、いつの間にか歩美と一緒に食べた時に交わした会話内容が完全に頭の中から抜け落ちていた。
笹城湖都美。歩美の実姉であり、諒花も幼少の時に世話になった間柄である。歩美とは年の離れた姉で母を亡くしている歩美にとってはお姉ちゃんであり、母親代わりでもあった。笹城家は各地に家電量販店を営む金持ち、つまり湖都美は歩美共々お嬢様でその跡取りでもあった。しかしある日、交通事故で帰らぬ人となった。
失意の歩美はよりによってあの変態ピエロ――レーツァンに目をつけられ、洗脳されて別の人格を植え付けられると、全身鋼鉄の鎧を着せられ、先月19日のあのピエロと対峙した夜。敵として立ちはだかった。変態ピエロとの最終決戦の最中、零が戦って取り戻してくれたものの、あの笑い声がうるさいピエロの清々しい外道っぷりにはムシャクシャする。
「蔭山さんはハナが呼んだのか?」
「そうだよ。ワイルドコブラに目を付けられちゃ大変だからね。それに大阪に発つ前の歩美ちゃんも交えて今後のことを話し合っておきたくてね。さっきの翡翠さんの預かってる零ちゃんがあたし達に隠してたパソコンのことも含めて報告しないとね」
「それに蔭山さんもあたし達の状況とか全く知らないだろうし」
蔭山も現場にいた19日の変態ピエロとの最終決戦から今日でちょうど二週間だ。窓際刑事ではあるが、警視庁とXIEDの橋渡し役でもある蔭山が来てくれるのは心強い。
しかし先週土曜に翡翠と話して零がスパイと分かり、今週の日曜に零が失踪して、そこから滝沢家が味方してくれて、渋谷ヒンメルブラウタワーに拠点も設置してくれて、ワイルドコブラが攻めてきて、それでその拠点も今日あっけなく潰されて……と怒涛すぎるこの一週間、刑事蔭山は完全に蚊帳の外だった。だからこれまでの説明をする必要がある。警察で裏社会にも精通している貴重な味方でもあり、諒花が小さい時からよく知っているおじさんでもある。
「そういえば石動さんはどうしたんだい?」
「ホテルに迷惑かけたからその後始末だってさ」
「そうかい。大変だねえ……迷惑な奴らだ」
花予とそんな会話を交わしながら、二人が来るので軽く部屋の清掃と支度に入った。




