第6話
今はもう傍らにはいない彼女。
──時はスコルビオンが倒れたハロウィーンの夜から5日前の10月26日へと遡る────。
その日、初月諒花を青山の高級住宅街の敷地の森の中にある屋敷、つまりは滝沢家の本部に呼び出したのは、滝沢家当主にして青山の女王の異名で呼ばれる滝沢翡翠。一週間ぶりに会って言葉を交わす中で、それまでの当たり前とお約束を丸ごとひっくり返されるような事実に直面した。
これまでずっと戦いの中で相棒として、また、親友、仲間として傍にいてくれて、自分を支えてくれて、ともに日常と非日常の中で、楽しさと辛さの混じった日常を一緒に過ごしてきた彼女。
強大な敵が現れても、黒き双剣を手にともに戦って、自分を守って助けてくれていた彼女の名は黒條零。
肩に少しかかる短い銀髪に黒い隻眼をした、戦いの中では常にクールで平静を保っているが、日常の中で時々見せる笑顔がとても可愛らしい少女。四年前の2020年に小学四年の春に同じ小学校に転校してきてからの付き合いであり、頭も良くて成績も良い。パソコンや機械にもとにかく何でも詳しい。運動が好きで小難しいことはあまり得意ではない諒花にとっては自分にはないものを持っていて助けてくれる頼れる親友だった。
彼女も訳ありの過去があるということは承知していた。両親は既にこの世におらず、仕事で日本中を飛び回っているサラリーマンの親戚が家を借りてそこに零を住まわせ、遠くから仕送りをし、かつ部屋でゲームを楽しんだりぬいぐるみを置くことも許されないという窮屈かつ厳しいルールを敷いている。
その親戚は授業参観や小学校の卒業式など、これまで全ての学校行事に姿を見せる事もなかった。この時点でいくら仕事が忙しいとはいえ、どれだけ冷たいのかと疑問に思うくらいだ。
そして意外にも見落としていたことが一つあった。なぜ零の親はいないのか。なぜ死んだのか。なぜ親戚に預けられているのか。それらは実は彼女の口からは一度も明かされていなかったのだ。転校してくる前の話も一人で休み時間中、ずっと本を読んでいたとかぐらいで殆ど聞いたことがなかった。
諒花もまた、実の両親を事故で亡くし、母の妹である叔母の初月花予に引き取られ育てられた。ゆえにあまり話題にするのを避けていた。零は初月家に来て、一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたりする時はとても楽しそうで和やかで幸せな顔をしていた。その笑顔をあまり奪いたくなくて。いつか本人が話してくれるのを心の奥底で待っていた──のだが。
そんな彼女──零がまだ見ぬ敵が送り込んだ手下の可能性が一気に強まったのだ。それに至るきっかけは26日から更に一週間前の土曜日、11月19日のこと。数日前から鋼鉄の鎧に身を包む謎の女騎士が滝沢家や諒花に襲撃をかけた謎の女騎士事件が終結した日だ。
その中で、諒花の行く先々で度々現れ、最後は青山と花予を賭けてゲームを仕掛けて襲撃してきたのは裏社会の帝王レーツァン。白と黒に塗り分けた画面に膨張した右目、輝かない金髪、紫のリップをした不気味なピエロで、事あるごとに『フャハハハハハハ!』と笑い声がうるさい男だ。
お前が欲しい────と人狼少女に近づき、挑戦状を仕掛けてきた変態ピエロは滝沢翡翠をはじめ多くの人々や異人を利用し、諒花と戦うようにけしかけてきた。まるで盤上のチェスの駒のように次々と。そして彼が利用するのは何も異人だけでなく、謎の女騎士も差し向けてきたのだ。事件を起こし、演出し、翻弄し、騒ぎを拡大させ、事態を大いに混乱させた。
更に対峙した彼は諒花の素性を最初からほぼ知り尽くしていた。両親、初恋の人の死に関与していたことをカミングアウトしただけでなく、どこで仕入れたか不明だが、内容は正確に記入されていた謎の資料も持っていた。
その資料とは初月諒花が生まれて今に至るまでの家族構成などの経歴だけでなく、よく食事をしたお店、よく行ったカラオケ店、修学旅行や社会科見学などの学校行事で行った先やそこでの出来事など、プライベートな情報までも細かく記録した、翡翠曰くいわば履歴書。いや、とうに普通の履歴書の域を超えている内容なのだが。行動履歴をこれでもかと記録したまさにストーカーの産物であり、まさしく究極の履歴書。
その究極の履歴書はレーツァンによって裏で滝沢翡翠に渡り、翡翠に興味を持たせ滝沢家を諒花へ仕向ける道具に使われた。
──翡翠からは敵対していたこの時から滝沢家に入るように誘われた。だから履歴書と、しゃれた言い方をしたのだろう。妹思いの翡翠だけに。
そして19日に諒花がレーツァンを倒し、事件解決から一週間後の26日に呼び出してきた翡翠によって上がったのは、そもそもこの履歴書は一体全体誰が作ったのかという話。これこそが超重要アイテムであり今回の疑惑に至った引き金でもあった。それまでは零が敵だとは微塵も感じなかったのにこの紙によってまさかの急展開。
このレポートは実際に学校生活をともに体験していなければ書けない情報だけでなく、プライベートな情報までも余すことなく記載されていた。小学四年以降の情報はきめ細かく記載されていて、逆にそれ以前の両親がなぜ亡くなったのか、三歳の時に花予に引き取られたなど最低限の情報しか記載がなくとても少なかったことも裏付けている。
そこから翡翠の推理によって履歴書を作ったのはレーツァンではない。諒花と最も近い立場にいた零以外あり得ないという結論に至った。
零にしか教えていない、あるいは自分と零との間しか知らない出来事や情報、零としかやりとりしていない内容が含まれていたことも相まって────。