第49話
『……というわけだ。俺達の間で組織の方針による食い違いがあったのが具体的に何なのか──それはネズミ退治以外は詳しい説明はできない。ただ、俺達の内輪揉めでこのようなことになったとだけ言っておく。カヴラは俺達の方針に反し、アイツは初月諒花を狙って、渋谷に侵攻をかけている』
「なるほど」
説明が一通り終わった所で翡翠は持っていたカップに淹れてある紅茶を啜った。一通り要約しますとと付け加えた後、
「今回の件、元々スカールさん達とカヴラさんとの間で組織の方針の打ち合わせができていない状態だった。結果、以前からすれ違いが生じていた」
『そうだ。アイツが定期ミーティングをコロナで休んだのもあるし、レーツァンが死んだ19日も大阪に商談に行っていたという理由で連絡がつかず、ついたのもそれから三日後だ。俺が忙しかったのもあったからな』
きちんとした話し合いができていなかったことで歩調が合わせられなかったのだろう。最もどのような議題や方向性でズレていったのかは察する他ないが。
「でも諒花さんがレーツァンを倒したことであなた方の言うネズミ達──ダークメア内の反乱分子が一斉蜂起。スカールさんはこのネズミ達を掃討しようと殲滅作戦を計画していましたが、組織の方針を仕切るスカールさん達のやり方に以前から納得いかなかったカヴラさんは反発し、今に至るというわけですね」
『その通りだ。ネズミの駆除は前々から計画していたことだ』
カヴラはレーツァンが倒されたことで弔い合戦を起こしたかったのかもしれない。だがスカールはそれに反対した。あの暑苦しいくらい脳筋の男だ、たまったもんじゃないだろう。そして元々彼はスカールに不満があったのかもしれない。そしてその不満が今回でついに爆発したと推測する。
そもそもダークメアの反乱分子というのはもう無数にいる。巨大な組織であればあるほど統率は難しく、裏切りはつきもので根絶することは不可能に等しくキリがない。今回の渋谷侵攻も内部抗争の延長線で起こったものと言える。
「では諒花さんが見た、ハインさんが渋谷にいたのは?」
石動から報告は受けていた件を訊いてみる。最初の刺客、ビーネットが現れて戦いが始まる前日の夜の話だ。
『あれは俺がアイツの事務所に偵察に行かせてただけだ』
それは当然、ワイルドコブラの事務所である。彼らは港区の南側に拠点を置いており、場所は品川。芝浦ふ頭や高輪ゲートウェイも近い。つまり渋谷へはそこから北西へと向かって進軍して来ていることになる。
『ちょっとした寄り道だったんだろう。あの女、時々勝手な行動するからな……』
悩ましそうにスカールは言った。あの小悪魔めとボヤキながら。だが寄り道という言葉がすぐに引っかかった。
スカール率いる犯罪組織ダークメアの本拠地は港区北の新橋近くの虎ノ門にある。渋谷の遥か東、青山から見ると南東に位置する。
明らかに南のワイルドコブラを見に行ったついでの寄り道ではない。何か別の用があって全く違う方角にある渋谷への寄り道だったに違いない。
諒花がハインと出会って、その翌日にワイルドコブラのビーネットが侵攻してきた。それも相まって、ダークメア全体が滝沢家を潰そうとしている可能性も一瞬浮上したほどだ。
『実際に偵察に行ったハインからはワイルドコブラは既に戦争の準備を始めていたという報告を受けている。勝手なマネはやめるよう俺の手が空くタイミングで出向こうと調整していたら……もう時すでに遅しだった』
「調整って……虎ノ門から品川までは車で約15分じゃありませんか。なんですぐに止めに行かなかったんですの?」
『こっちも片手間で色々と忙しかったんだよ。カヴラと衝突した件とかネズミどもの駆除についてとか色々な』
めんどくさそうな顔と腕を組んだ態度にカツンと来た。
「言い訳は結構です。もしスカールさんがもっと柔軟に早く行動して、カヴラさんを止めていれば、このような事態は避けられたんじゃありませんこと?」
『そ、それは……』
そうすれば、ダークメア内部でのただのくだらない内輪揉めで終わったはずなのに、よりによってこちら側にも飛び火する事態となってしまった。
『ああーっ、くそーーっ!! なんて事してくれたんだカヴラの奴!!』
たまらず逆上したスカール。
「はい、減点。ガッカリです。さっき言った賠償請求ですが、上乗せさせてもらう方向でお願いします」
そして紅茶を一口啜る翡翠。
『ウチのカヴラが本当に申し訳ない。迷惑料以外にも要望があれば答える。高い酒、宝石だろうと、欲しいものはやる』
スカールは再度頭を下げた。
『それに加え、今後本家は今進めているネズミ退治と並行して、上手く滝沢家に全力で加勢しよう。俺もそっちへ行く』
「あら、前回大きな問題に発展した時は協力するとは言ってましたが、二次団体の暴走に際し、その本家が全力で味方してくれるとは、頼もしいですわね」
前回、何か問題があった時は協力すると言っていたスカール。ただそれは手すきの援軍を派遣するだけに終わると思っていた。それがなんとスカールが直々に手を貸してくれるのだから心強い。まさに二言はない。
「では具体的にどう加勢して下さるの?」
『まずそっちに送れる戦力を可能な限り派遣する。そして俺は責任とってカヴラに攻撃をやめるよう直接出向いて話をしてみよう。何かあったらすぐに連絡する』
「ではよろしくお願いします。賠償云々はこの抗争が終わったらにしましょう。カヴラさんと戦闘になった時はどうします?」
『叩き潰す……! 味方する奴も同罪だ』
カヴラへの鉄拳制裁でもするのだろうスカール。顔に出ている。
「……ふっ」
リモートが終わり、上手く彼の協力を得ることができて翡翠がドヤ顔の笑みを浮かべた直後────、渋谷から一通の電話が鳴り響く。石動からだった。エメラルドに輝くスマホを耳に当てた。
「はい、私です。石動ちゃん、何か?」
『諒花様が……フォルテシア様に敗れました────』




