第47話
それは先月の10月19日。レーツァンが青山で初月諒花に倒され死んだ日だ。
その日の夜明け前にスマホが鳴った。レーツァンから知らせが来たのだ。
『関西の連中が攻めてくるかもしれねえ。警戒を強化しろスカール』
通話でワケも話してくれた。笹城家の令嬢を洗脳して手駒にしたので邪魔がねえように見張っておけと。
すぐにカヴラも含めた最高幹部残り二人にも召集をかけ、19日当日とあるビルの屋上で早朝に落ち合った。まだまだ陽の上がっていない冷たい風が吹いている時だった。タランティーノはすぐに応じたものの、この時もカヴラは来なかったのだ。
二週間前の10月5日。その日の定期ミーティングでもカヴラは欠席したのだ。この時は季節の変わり目、気候の寒暖差によるコロナがひかないから休むというものだった。常人より身体能力が高い異人でも風邪はひくときはひく。なので了承したわけだがあの肉体派にしては珍しいと思った。が、今日はそうはいかない。
レーツァンからの緊急の指令なのに、カヴラは召集に一切応じないどころか行けないという連絡もよこさないとはどういうことなのか。通話をかけても一切出ないスマホ画面にツッコんだ。
ひとまず19日の哨戒任務は苛立ちながらも最高幹部二人体制で行った。横浜経由で入れる新宿駅近辺にタランティーノを送り込み、新幹線で大阪から一直線で乗り込める東京駅近辺に陣を敷いて構えていた。そしてカヴラに任せるはずだった羽田、成田の空港には二人で分配した部下を派遣する形でケリをつけた。
だがこの時、関西からの刺客と思われる人物の目撃や特別な異源素反応はなかった。哨戒任務に入る前に一つ手を回しておいた。関西の同業者の知り合いが上手いこと関東に足を運んでいる場合じゃない状況を作り、妨害してくれた。
大阪の都市の各所に爆弾を複数仕掛けたなんてことをされたら、それどころじゃないだろう。その知り合いはウチにとっては貴重な関西裏社会とのパイプであり、かつ機転が利く。大金やるから関西の奴らがこっち来れないように足止めしてくれという突発的な頼みをすぐ聞き入れてくれた。ちょうど向こうが海外から仕入れた試作の武器のテストを予定していたのも大きかった。爆弾で連中を誘導し、その武器のテストも兼ねていたということ。
そして哨戒任務中。スマホが鳴った。
『おれだ、スカール。おれ、今日死ぬわ。後のことは頼んだぜ。ユアーホープ!』
レーツァン自らいきなりの遺言を聞かされた。そしてその夜にレーツァンが死亡したという報が青山に様子を見に行っていたハインから届けられた────。
*
「……カヴラ。なんであの時召集に応じなかったんだ?」
「ちょっくら大阪の方へ商談へ行っていた」
後日、カヴラとようやく連絡がついたのはレーツァン死亡から三日後のことだった。翡翠が最初にこちらに連絡をよこしてきた日から数えると二日後。
ようやく連絡がついたカヴラに直接電話で訊くとそう返ってきた。
「連絡ぐらいしろ、バカ野郎!!」
より詳しいことを訊こうとしたが、突如遠くから部屋を激しく揺らす震動が走った。地震ではない。何か巨大なエネルギーをぶつけたような。
「なんだ!」
席を立つと急いで部屋のドアを開けてサングラスとスーツ姿の部下が慌てて入ってきた。
「スカールさん! 敵襲です! ロケランを持ってます! 急いでご準備を!」
「やかましいな……すぐに迎撃体制に入れ! 急げ!!」
立ち上がって指示を下す。ゆっくり話す時間はなく、結局その日はそれだけしか聞き出せなかった。なんで仕切り直しで話をしなかったか。いや、できなかったに等しい。
聴取よりも他に最優先でやらなければならない仕事、いや掃除があるからだ。そう、今大事な所を邪魔してきた奴ら。
──いよいよ本気で攻勢をかけて本性を表しやがったなアイツら。
全ては計画の範疇だ。レーツァン亡き後、それまでダークメア(ウチ)が関東裏社会で天下をとった後は大人しく配下に入り、尻尾を振るだけだった連中が──狙い通りかつこちらの計画通りに──これが好機だと睨んでこぞって武装蜂起を起こしたからだ。
そして、それら今までこちらの命令に大人しく従い、チャンスをしぶとく待って面従腹背していた裏切り者どもを一刻も早く、残らず片付けて組織を立て直すことが最優先でやらねばならない仕事である。
奴らは主にウチの築いた現体制よりも前に関東裏社会を牛耳っていたが抗争の末に2016年に滅亡した組織、岩龍会の残党だ。岩龍会が無くなってあれから8年。それに取って代わったこちら側に与した者も多いが、依然として未だにそれを良く思わないのもいくらか混じっているのも実情だ。
近年、そんな諦めの悪い残党どもが外から攻撃を仕掛けてくる以外にも組織内に潜り込んで内部から攻撃を仕掛けてくるケースが非常に増えた。
倉庫に貯蔵してあった武器や爆薬などを根こそぎ盗み、こちらの許可なしに勝手に使って騒ぎを起こしたり。セキュリティをどこからか解析し、内部と外でやりとりして金品や貴重品、機密情報、しまいには闇市に並べる予定だった大事なブツを盗みとったりとまるで盗賊だ。
パスワードなどのセキュリティもこちら側に与しているからこそ得られる機密情報だ。それをどこからか盗んで売っている奴がいるのは明らかだった。
こちらの配下に与した元岩龍会のうち、誰が完全なる敵で、誰が本当の味方なのかハッキリしないまま、やむを得ずここ3、4年はそのままの歪な組織運営を強いられた。
ネズミが潜り込んでいて上手いこと尻尾を出さず勝手な悪事をしている。そんな状況が続き、そのネズミの巣がどこにあるのかの粗探しの連続。
先月の9月頭も、ネズミどもを統率し動かしているのが二次団体、円川組系列の犬飼組だと判明し、潰しに行ったわけだが、トカゲの尻尾切りと言わんばかりに組長は毒薬で死亡。
首謀者たるフィクサーが手を回しているようで、結局何なのかまでは突き止められず、未解決案件として残り続けている。
そんな中、これは翡翠にはオフレコだが、レーツァンは自分が死ぬことでこれも丸く収まると言っていた。自分が死ねば決起するのが待ち切れないバカが勝手に騒ぐと──あの野郎が死ぬことを選んだ大きな理由の一つでもある──。
*
後日。連絡がついたカヴラの召集に今度こそ成功すると、ともに武装蜂起したネズミどもの本格的な殲滅にあたった。それまでは迎撃だったが今度はこちらから攻める本格的なカチコミ。反旗を翻した奴らの最初の大掃除だった。
決起したネズミを殺さず尋問して情報を聞き出し、かつそこからアジトの場所も特定した。そうして東京23区全体の地図の上で点と線を描いて繋げていくうちに一つの絵が出来上がった。やはり奴らはバラバラに見えて実際は一ヵ所にアジトを築き、地下に数年かけて巨大なレジスタンス組織を形成していたことに行き着いた。
いつか好機と見たら決起して王座を奪うために。表向きは忠実に仕事をし、見事にこちらを欺き、裏切っていた。疑う余地もなかった。まさしくネズミだ。
だがそんな巨大な巣の駆除にあたってもその全貌は見えなかった。設備も思いのほかしっかりしていて、誰かの資金提供による後ろ盾がなくてはここまでのものは出来上がらないと推測するのは容易だった。元残党どもにそこまでの財力はない。
本拠地であるアジトを抑えてもまだ終わっていないこの戦い。押収したパソコンやスマホを調べればまだまだ他の場所に繋がりのあると思われるネズミ軍は関東の至る所に潜んでいる事が分かる。
それらを一つずつ叩いていき、潰さなければ終わらない。全ては計画のために。




