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第42話

「では────いきますよ!」

 フォルテシアは猛スピードでこちらに突っ込んできた。


「速いな、弾き返してやる!」

 諒花の華奢な拳が猛々しい人狼のものへと青白い炎とともに変わっていく。その拳を一直線に向かってくるフォルテシアへと全力で突き出した。


「な────!」

 普段通りならばこの拳で相手は吹き飛んでいるか、それとも向こうの武器や拳がぶつかり、火花を散らしあっているはず。

 しかし前に出した拳をぶつけた手ごたえが全くない。拳の中央に一点に集中した痛みが走るだけ。


「な、なんだこれ……!」

 目を疑った。勿論意図的にそうしてはいない。猛々しい人狼の拳がなぜか勝手に元の少女の柔らかい手へと戻っていくのだ。慌ててその手をそっと引っ込めるとフォルテシアは右手の人差し指をこちらに向けていた。

 それが何を意味しているのか考えて、全身に寒気が走った。冗談かもしれないが本当だ。


 そう──彼女は開幕初手でいきなり、こちらが迎撃で放った人狼の拳を指一本で受け止めていた──!


「お、おい、どうなってんだよ!」

 離れ業だ。彼女の手は白く綺麗な女性らしい細い手だ。その指一本でこの拳を受け止めるなど普通ならば突き指になりかねないだろう。いや、指を失う恐れもある。


「不服なら、もう一度その人狼の拳でかかってきなさい。何人もの猛者をなぎ倒したその拳で」

「……くっそおおおおっ!」

 

 再び拳に意識を集中させ、異源素ゼレメンタルを奮い立たせ、再び両手を人狼の拳へと変え、フォルテシアへと殴りかかった────


 一発を瞬時に避けられ、もう一発を避けた先へとぶつけるもまた避けられ、左、右、左、右、左、右。

 高速移動で瞬時にこちらの拳が何一つ、かすることもなく避けられていく。


 全く当たらず、攻撃した方向には気がついた時には何もおらず、それで横に現れてもう片方の手で捉えようとするが消えてしまう。がむしゃらになって目の前にいる彼女に覆い被さるようにして両手を振り下ろして襲い掛かるがダメージは一切当たらない。

 全て避けられてしまう。攻撃をすると、その方向にいた彼女は消えていて瞬時に横に現れている。その繰り返し。


「どうなってんだ!? アタシの攻撃が全く当たらねえぞ!」

 もしかしたら目の前にいる彼女は本物ではない幻なのか。そんな錯覚さえ憶える。直接攻撃しようとするから当たらないのかもしれない。だったらと一歩距離をとって、


初月流(はつづきりゅう)魁狼正拳(かいろうせいけん)!!」

 青白い満月の如く、美しい輝きをした光弾が剛拳から放たれる──当たれば障害物ごと吹き飛ぶ威力を持つ──当たれば相手も吹き飛ぶ。


「ウソだろ……?」

 諒花自慢の魁狼正拳という名の光弾は実体を失い、空気に溶けた。何が起こっているのか全く理解が追いつかない。攻撃したはずなのになぜだか謎のチカラで蜃気楼みたいにされてしまった、よく分からない。

 フォルテシアはそっと右手を前に出して触れただけ。ただそれだけしかしていない。


 こんなこと、前にあっただろうか。放った技をガードされたりして防がれることはある。しかし、生身同然の手を前に出しただけで消してしまうなど、これまでの敵でこんな奴いただろうか。


「だったら数で勝負だ!」

 人狼の拳から光弾を次々と撃ちまくる。何発も遠距離から撃てば一発は当たるかもしれない。数を打てば当たる──そんな望みをかけて。しかし、何発も次々と放たれたそれら弾幕は、どれもフォルテシアがその手で触れると勢いと形を失ってそのまま空気へと溶けていってしまう。そして一つ残らず消えてしまう。


「……もう、いいでしょう」

「────!」

 呆れた声音のフォルテシアはそっと歩いて近づいてくる。その歩は踏み出す度になぜだか圧を感じた。迫ってくる彼女を前に一滴の雫が諒花の髪から頬をつたる。光弾を放って迎撃しても消し去られ、間近に迫ってきた所を拳で殴ろうとすれば、その人狼の拳がただの手へと自動に戻される。その白く綺麗な人差し指によって。


 もはや打つ手がない。その時。フォルテシアの体が諒花の体に密着────


「ウッ…………!」

 その瞬間、腹部にとてつもない激痛と寒気が走る。それは目の前に映る世界を歪ませ、何が見えているのかが分からなくなる。

 意識が暗い闇の底へと完全に墜ちかける寸前。そこまで追い込まれる。膝をつき、その場に全身で倒れ込んだ。

 起き上がろうにも起き上がれない。腹部から全身に激しい痛みが走る。立ち上がる気力も、自らの腕を人狼の拳へと変える気力さえも失わせる。そして、ヤバい。


 なんなんだ、この女の能力は────!


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