第34話
「くっ、そっ……」
突如背中に走る激痛。背後から不意打ちをかけたのは誰なのか。背中から広がる激痛に耐えながら振り向くと、屋上の真上を飛行する形で、そいつはいつの間にかいた。金網の上に直立している黒に黄色が雑に混ざった迷彩服を着た男。
「ブンブンブブブン、ブブーーン! 後ろからの不意打ちに気づかないとは……バカな女だ!」
嘲る声。背中にぶっ刺さっているのはナイフではない。太い針だった。すぐに力づくでも抜けるし、抜きたくなるが、それをしない。ここで抜くと傷口からの出血と痛みが酷くなるからだ。昔、零に教えてもらったことがある。
稀異人とはいえ、背中からジワジワくる痛みに耐えながら戦うのは不利だと直感で決定づける要素があった。目の前の男には大空を動き回れる透明な羽が生えている。
「お前が噂の……!」
「ブンブンブーン! いかにも! 俺は犯罪組織ダークメア、ワイルドコブラ幹部の一人、ビーネットだ!」
戦いの中でついたのだろう傷跡が大量に残った顔。それを蜂を模した触角つきのマスクで覆っているその姿は分かりやすい蜂人間そのものだった。ミツバチなどではなく、凶暴で得物を蹴落とすスズメバチを彷彿とさせる。
同時に上司の気配を感じとったのか、背後にいる残りとビルの下にいる奴の手下達が歓声を上げている。
「ビーネットさんやっちまえ!」
「オレ達の仇をとってくれ!」
完全にアウェイに追い込まれた。ここで慌てて引き返そうものならば階段付近と更にその下にいる手下達にフルボッコにされるのがオチだ。石動の作戦通り、ここで倒すしか方法はない。
「初月諒花。俺の差し向けた666の兵隊を一人で撃退するとはな。褒めてやろうブンブンブーン!」
「666? こちとら滝沢家と戦った時の500人で経験済みなんだよ」
実際はもっと多いかと思いきや、意外にも少ない。前に滝沢家と敵対していた時、こちらを捜し出すために翡翠が渋谷に送り込んできた数に166人足しただけだった。
とはいえ、今回はこちらの拠点や居場所を把握して攻めてきていた分、166人増えただけでもかなり多く感じた。
ところで気になったことが一つある。
「なあ。なんでそんな半端な数字なんだ?」
「ブンブン! 666は世界で一番不吉な数字なの知らないのか! ブンブン! 昔、そういう映画があっただろ! ブンブン!」
「言われてみれば確かにそんなのあったな」
観には行かなかったけどもホラーの代名詞だった気がする。というかさっきからブンブンうるさい……
「蜂は六角形の巣を作る、響きの良い数字だ。これを三つ並べた666は、貴様を呪う数字だ。それを思い知れ! ブンブンブーン!」
叫びながらビーネットは空高く真上に飛ぶ。その後を目で追うが既に奴の姿はなく、どこへ行ったと思った刹那────
「うわっ!!」
目で追えない速さで真ん前に瞬時に現れ、両手が変化し、太い尖った槍のような先端が今にも喉元に突き刺さろうとしていた。人狼の拳で尖ったそれを受け止める。
「貴様の住んでる場所、滝沢家の拠点、全て事前に調べた上で奇襲をかけた! 押し寄せる俺の軍勢に対処しようと、ビル屋上で籠城するつもりだったのだろうが失敗だったな!」
ビーネットは受け止められた槍を引っ込めて一歩距離をとった。羽で浮かびながら移動するその移動速度は走るよりも速い。同時にこちらは不意打ちで背中の痛みを抱えながら戦っている。とてつもないハンデだ。
そして石動の考えた作戦も向こうもお見通しのようだ。こうするしかなかったとはいえ、不意打ち食らわされたのも相まって非常に厳しい。
「空からの奇襲は次の一手を考えることに次いで俺の得意分野よ!」
ビーネットは素早く迫ってくると、右手の変化した槍で一突きにしようとしてくる。それを避けた────が、それも束の間。左の腰に激痛が走るとそのまま床に叩きつけられていた。避けた所を大きく伸ばした右足で蹴られたようだ。槍に夢中で全くそこは考えていなかった。
「ブンブンブブブブーーン!! その背中の傷が効いているようだな? 動きがさっきまでと各段に鈍っているぞ?」
「くっ……」
唇を噛む。コイツは今さっきまでの手下どもとの戦いを遠くから見ていたのだろう。そして頃合いを見て後ろから不意打ちをかけてきた。それに今になって気づく。
このままではやられてしまう。どうする……




