第30話
先ほどまで肩にかけていたカバンがなくなったことで身軽になった体。この状態から繰り出す素早い飛び膝蹴りは襲いかかってくる敵が攻撃動作に入る前に顔面をメチャクチャにする。
更にゾロゾロとやってくる敵の軍団を人狼の拳次々と一発で黙らせていく。死角から銃声が聞こえたが、とっさに反応して人狼の拳で防ぎ、その撃ってきた奴の前に瞬時に移動して一発で腹部を凹ませてダウンさせ、とにかく先を急ぐ。
「……クソッ!」
この乱戦の中でスマホは出せない。石動に連絡したいがその余裕はない。とにかく一旦、戦闘になってもいい人気のない場所まで逃げるのが先決だ。だがどこへ逃げればいいのかが分からなくなってくる。
走って逃げてもその先にはやはり濃黄のスーツに虎柄の模様のワイシャツの敵が待ち構えていて次々と集団で襲いかかってくる。道を曲がった所にも待ち構えていた。もうそのスーツの色を見ただけで敵だと分かってしまう。なんだか逃げきれば大金をもらえるバラエティ番組の参加者のような。
だが中にはこちらの頭を叩き割らんと黒いハンマーを持った敵までいる。だが振り回すパワーだけで初動が遅くて丸分かりな相手に負けることはない。
ハンマーを持った一際体格の大きい敵がホームランでも打つのかというぐらい、それを大きくスイングしてくるが、それを高く飛び越えて顔を踏みつけて、ただひたすらに走り続ける。
マンションやアパートなどが並ぶ閑静な住宅街から駅の近い街の方に出ると、道路を挟んだ向こう側の歩道にも同じような格好をした奴らが歩いていた。完全に渋谷の街の各所は奴らに占拠されてしまったと言ってもいいだろう。
南にある拠点、渋谷ヒンメルブラウタワーまでは距離が遠い。今いる西側から南側に出るには横に伸びる線路を抜けた先。だがその途中で敵が待ち構えていたら最悪、戦闘やむなしだ。関係のない人が沢山行き交う道でそんな荒事はできない。ひたすら走って逃げる以外ない。
しかも駅付近から行くとタワーの真ん前に更に最後の境界線のようにしてある高速道路には横断歩道がなく、タワーと繋がっている歩道橋を渡るしか方法はない。下手すればタワーまでの道から来る敵と後ろから来る敵によって挟み撃ちにされてしまう危険性もある。
どうするか。全速力で駆ければ辿り着けるかもしれないが……
ブルブル。その時、スマホが震えて目の前に意識が戻った。画面を見るとそれは石動からだった。そういえば翡翠にタワーまで呼び出された後に関係各所の連絡先をスマホに登録させられたのだった。
「もしもし」
電話に出ながら辺りを見渡す。先ほどまでの敵の群れが近くにないことを確認すると、すぐ背中にあったビルの中の自販機の影と壁の隙間にしゃがんで身を隠す。ちょうど自販機に背中を預けられる。これなら見つからないだろう。この空白がなんであるのかは置いといて。これなら正面からビル入口を覗かれても気づかれない。
『石動です。もうご存知かもしれませんが敵襲です。無事ですか?』
「ああ。登校途中に襲われたけど撃退して逃げてきたよ。一緒にいた歩美は学校に届けてアタシ一人で渋谷駅の近くまで逃げてきた」
『ならば良かった。賢明な判断です。戦うことを躊躇ってはいけません。この騒ぎ、我々滝沢家が起こしたことにしておけばいいのですから』
安堵した石動のその優しい気遣いに同じくホッと息をつく。
『私もすぐに救援に向かおうとしたのですが、我々が拠点を構えているタワーにも敵がやってきたので連絡に少々時間がかかりました』
「そっちは大丈夫なのか?」
『この程度は何ともありません』
「それよりも、今襲ってきている敵はなんなんだよ! どこかのヤクザっぽかった」
ヤクザやならず者が襲ってくる光景はこれが初めてではない。だが突然現れて、集団で襲ってくることが常に当たり前のようにあるわけではない。
『彼らは犯罪組織ダークメア二次団体の一つ』
ダークメアはともかく、それは初めて聞いた名前の組織だった。二次団体……?
「なんだそりゃ……スカールが率いているのがダークメアじゃねえのか?」
『そうです。ダークメアの今の事実上のトップは彼です──』
更に石動は続ける。
『ですが今襲ってきているのは、彼と同じ三大幹部の一人カヴラが率いている、本家から連なる形で存在する二次団体、ワイルドコブラなのです』




