第27話
「クソッ、なんだったんだあの女は」
初めて見る顔だった。イタズラな笑みを浮かべる小悪魔みたいな少女。変態ピエロと同じで会う前からこちらの名前を知っていた。一体、何者だったのだろうか。だがパッと姿を消したことから、ただの人間ではない可能性は高い。
ひとまず、スマホを取り出す。石動に連絡をするのが先決だ。誰だったのか。何か手掛かりが得られるかもしれない。
「もしもし。石動さん」
「諒花様、いかがされましたか?」
「黒いおかっぱ頭に黒い花のリボンをした怪しい笑みを浮かべてる、とにかく黒い女に出くわして逃げられた。それで」
今さっきあの黒い少女との間にあったことを説明すると、
「その少女……その容姿の特徴から一人心当たりがあります」
「誰なんだ?」
「──黒闇の魔女ハイン。犯罪組織ダークメア幹部の一人です」
その名前を出されて、あの倒したピエロのドヤ顔が浮かんできた。フヒャハハハハハという笑い声とともに。
「あの変態ピエロの手下が直々にやってきた……!?」
「それで、彼女はなんと言っていたのですか?」
今さっきあったことを説明すると石動は違和感を口にした。
「おかしい……翡翠様から聞いた話では、ダークメアは諒花様と我々滝沢家に手を出すつもりはないと聞いたのですが」
「それホントか? 誰がそんなことを?」
「最高幹部のスカールがそう言っていたとのことです。ご存じですか?」
その問いに頷いた。零と最後に交わした会話の中に、あのピエロの側近でナンバー2のスカールという名前が出てきていた。
「総帥はあなたが倒したレーツァン。組織図的には彼が正真正銘ダークメアの現トップですが、多忙な彼に代わって組織を一手に全てまとめ上げているのが腹心であるスカールなのです。彼は先日、翡翠様とリモートで会談して戦争するつもりはないと言っていました」
多忙というのを聞いて思わず変態ピエロがこちらに試練を与え、ストーカーしてきた様が浮かんだ。もし仕事を丸投げしているのだとしたら、腹心もかなりの苦労人だろう。そんなくだらない事で働かない総帥の代わりをしているのだから。
「じゃあ奴らが裏で何かしら動いているっていうのか?」
「そこはまだ分かりません。そしてハインはそのスカール直属の幹部なのです」
「え……」
手を出さないのになんで来た? しかもその言葉は波乱の幕開けを告げるような不吉なものだった。何だか不穏な予感しかしない。ハッタリや嫌がらせなら良いに越したことはないが。
「スカールは戦争はしないと言っているのに、その部下のハインが諒花様を見に来て戦いが始まると言い残したのも奇妙な話ですね」
戦争を起こさないスカール、戦いは起こると言い残したハイン。つまりはどちらかが嘘を言っていることになるのだろうか。更に石動は続ける。
「念のため諒花様、いつ敵襲があっても戦えるように準備はしておいて下さい。我々も警戒を強化します」
「分かった。石動さんも何か分かったら教えてくれ。アタシも何かあったらすぐ連絡する」
──ひとまず今日はもう帰ろう。
そう決めて、スマホをしまい、来た道を走って戻っていく。先ほどのハインも異名で呼ばれていた。異人としてはこれまでの敵以上の実力者なのが伺える。組織を仕切っている幹部直属の部下となれば、あの変態ピエロ──レーツァンにも匹敵する強さなのが見て取れる。
これまではあのピエロが遠回しに差し向けてきたり背後で絡んでいる刺客を倒してきただけだった。それがこれからはどこから狙われるのかが全く予測がつかなくなる。背中に寒気がした。だが、こんな時だからこそ、気を引き締めなければ。自分を奮い立てる。
しかしそのハインの言葉の意味を、明日知ることとなることを諒花はまだ知らなかった。
*
渋谷上空より、羽音を響かせる影。それは夜風を浴び、手にした双眼鏡は黒髪をなびかせ、走っていく少女を捉えていた。
事前に仕入れた、渋谷に在住しているという情報と異源素反応を辿って来てみたが、あの少女で間違いない。
「ブンブンブブブン、ブブン! ふむ、せいぜい最後の夜を楽しむがいい……!」
手筈通り、準備は既に整えてある。敵の位置、敵の拠点、そして標的の位置。もう全部入手済みだ。
もう勝ったも同然だ。さあ、たった一人で抗ってみろ。こっちは高みの見物だ──。




