第26話
「風浴びたいから外行ってくる」
「いってらっしゃいー」
宅急便も何も来ないまま、花予の口実作りの長電話も終わり、夕飯後に黒いジャンパーに袖を通して玄関のドアを開けた。秋の夜らしい冷たい空気が漂う。
静寂な夜。零がいないのも相まって、どこか寂しさを感じさせる。マンションの外を出ると小走りで夜の住宅街を進んでいく────。
電話を終えた後の花予の第一声はニコニコした様子で「上手くいったよー」だった。それを聞いて、安堵した。
夕飯を食べながらどのように先生を大人しくさせたのかを訊くと、さすがにプライベートで哀しい出来事があり傷ついて引きこもりになった生徒には先生も直接行って確かめるという強硬手段は出せず、花予は懸命に「私に任せて下さい」と言い続けたという。
零は今も心に深い傷を負って傷ついていて、部屋から出てこない。頼れる大人が花予以外にいない。プライベートで起こった哀しい出来事に関して事情を訊かれると、花予は昔お世話になった遠くに住む親戚が亡くなってショックだったみたいということにした。他にも色々な要因は推測できるとも付け加え、先生としてはひとまず暫くは落ち着くまで仕方なく時間を空けるということにしたという。花予に任せた上で。
それはそうだ。最後会った時にベランダから飛び降りる時の零の顔からは涙が一つこぼれていたのだ。監視役としてではなく一人の人間として彼女にとっても小4から今に至るまで特別な時間だったのは明らかだったのだ。あの涙に偽りは絶対にない。一緒にゲームしたり遊んだりして過ごした花予も同じであった。結果、戦いの場ではなく、日常の中で零と過ごした時間の多い実に花予らしい口実で時間稼ぎには成功した。
風を切り、足どりも軽やか。夜の住宅街を走る。車が時々、走ってくる以外は静かで遠く離れた歓楽街の喧騒も微かに耳に入ってくる程度。いなくなった零の存在を随所で感じる学校と違って、こうして体を動かしていると零がいなくなった寂しさや喪失感が紛れて少し気が楽になってくる。冷たい秋の風から徐々にその先の寒い冬が近づいてきていることを実感させる。
明後日はハロウィーンだ。コンビニやショッピングモールを見るとカボチャや幽霊やコウモリの装飾を見かける。毎年、渋谷の駅前は荒れる。それが過ぎれば11月になり、より冬の訪れを感じさせる天気となる。
そしたらクリスマスも近い。はたして零を見つけることはできるのか。またいつ先生から電話がかかってくるか分からない。中学校は義務教育なのだ。事が大きくなる前に何とかしなければならない。
「こんな夜に一人でランニング? 体力の浪費よ?」
走っていると電柱に背中を預けて腕を組んでいる人影が目に入る。声をかけてきたのは一人の少女だった。ランニングは決して無駄じゃない。が、それよりも。
「なんだお前は?」
その視線の先に立つその少女は黒い長袖のシャツ、黒いミニスカート、黒いタイツ、氷のように白い肌に黒い双眸、黒いおかっぱ頭に黒い花のリボンと黒を基調とした格好だった。
少女は背中を預けていた電柱から前に出て、右手を腰に当てた立ち姿でこちらを見る。
「走って焦燥感を忘れようとしているようだけど、無駄みたい。本当は心が落ち着かないのがよく分かるわよ?」
「お前は誰なんだ?」
「ちょいとあんたの顔を見に来たのよ。ふふっ」
不敵な笑みを浮かべる少女。
「お前まさか……!」
一つだけ直感した。これは、こちらのことを予め知った上で近づいて来ているパターンだ。あの変態ピエロや零と同じ。
「そのまさかよ、初月諒花。これから始まるわ、あなたの戦いが。生きていたらまた会いましょう、まーたねぇ♪」
軽く挑発的に右手を振り無邪気でイタズラな笑顔を浮かべた黒い少女はすぐ近くの交差点を左手に曲がって走り去っていく。
「おい、待てよ!! 話すだけ話して逃げるなよ!!」
その背中を追うが、その先には走っていく少女の姿も、影も、何一つなかった。




