第24話
──登校すべく、今日も朝の日差しが眩しい街の通学路を歩美と歩く。
今振り返ってみても色々と濃い二日間だった。いや、その前日に翡翠の推理を聞かされた日も入れて三日間だ。
そこから零がいなくなって、家宅捜索、滝沢家との関係をどうするかの決着。傘下ではなく翡翠がこちらを花予から責任もって預かるという意味で取り決めがされ、渋谷ヒンメルブラウタワーに拠点が置かれ、石動千破矢が渋谷に派遣された。
零がいない今、これから先はどうするのか。それを考えさせられるきっかけになった。
「それにしてもさー、石動さんみたいな、綺麗で優秀な執事がいてくれれば、諒ちゃんももしもの時に助かるよね」
翡翠、石動とともに家に帰ってきた時、歩美も遊びに来ていたので石動と初対面となった。石動はそっと丁寧に深々とお辞儀をし、
「花予様。歩美様。お二方、諒花様のことはこの私にお任せ下さい。何かがあれば責任は私と我が主、翡翠様が負います」
と、挨拶をしていた。その誠実さは歩美にもしっかり伝わっていた。
「そういえば歩美は実家にいる時は執事やメイドの世話にはなってるのか?」
「まあね。家事はわたし一人でもできちゃうけど家にいる時は甘えちゃうかな」
歩美はこう見えても笹城家のお嬢様でもある。それもあり小3の時に大阪に引っ越し、小5で再び東京へ帰ってきた。零が転校してきたのは小4という空白の時である。
この前の謎の女騎士事件の中で知ったことだが、小5の時に戻ってきたのは歩美の希望もそうだが多忙で面倒を見れなくなっていた姉の湖都美が花予に持ちかけた相談から始まった、水面下でのやりとりもあってこそだった。
なお歩美も母を歩美を産んだ後に亡くなっており、母親代わりの湖都美も一か月前の交通事故で亡くなり、あの女騎士事件から翡翠に推理を聞かされる間の一週間には一度実家のある大阪に戻っている。零の件もあり忘れていたが、そこでどんな話し合いがあったかは分からない。が、今はあえて訊かないでおく。というか訊くのが怖い。零だけでなく歩美もいなくなったらと思うと。
「一人で零を捜すのにも無理があるし、黒幕とかその先のことは零だけしか知らねえ。何としても見つけ出さねえと」
今現在は滝沢家と協力体制を築いただけにすぎない。零については進展がない。この先どうするのかはまだ具体的に未定だ。零を捜すにしても手掛かりも無しに当てずっぽうではいけない。それはこれから決めることになる。
「そうだね。さすが。それでこそ諒ちゃんだよ。零さんにもきっと言えないワケがあるんだよ」
「言ってくれるなあ、アタシはまだ……」
励ますように言う歩美に苦笑したくなる。零の正体を暴き、いなくなった最初はとても衝撃的で立ち直れるかも分からないぐらいショックだった。だが不思議なことに滝沢家の応援が来て、自然と冷静になった。悲しんでいる暇もなかったことに等しいが。花予と歩美に真実を話す時も落ち着いて、ありのままの話ができた。
零がいなくなって早二日。今日が彼女がいなくなってから二度目の登校である。いなくなった直後から寂しい気持ちを落ち着かせ、一刻も早く何とかしないとという思いの方が強くなったのを感じた。それは今も変わらない。
だが学校へ行くと、とても寂しいことには変わりないことに気づく。目の前の景色が雑に切り取られたような錯覚。いつもの日常に零がいたはずの机は空席のままだ。早く見つけ出さないとという焦燥感と不安、寂しさが混濁する。その場所、その風景、日常にいつも零はいてくれたのだ。一時喧嘩した時でも。
『諒花』『諒花!』『……諒花』
授業中。こちらを呼ぶ声。幻聴になって聞こえてくる。その時、その場面によって違う、記憶の中に残ったしっかりと自然で感情のこもった零の声。だがそれも実は裏では監視役としての任を背負った状態だとはとても信じられなかった。微塵も思わなかった。友達だと思っていた。
「黒條は……欠席だな」
出欠確認でも欠席であっさり流される。ふと見た零の座っていた席には何も置かれていないし誰も座ってもいない。それが嘘だと学校内で知っているのはここには他に歩美しかいない。
流れゆく日常は穴だらけ。出欠確認では毎回返事もない、昼もポツンと空席。授業中に零を指そうとした理科の広橋先生がうっかり指そうとして「あら休み? 珍しい」となる一幕もあった。
零が学校を休んだことは小学校から見た記憶がない。傍から見れば成績含めて優秀だったのだ。裏側を知った今だと休むのも許されなかったのかもしれないが。
「これを届けておいてくれ」
放課後。呼び出された職員室で零の分の宿題と授業で使ったプリントが担任の荻野から直接手渡された。とはいえ零の家に持っていくわけにはいかない。なので家に届けたフリをする。いや、ちょっと待った。
──学校を休むには当然連絡が必要だ。荻野ならば何か零から連絡を受けているのではないかと──!
「あの、先生」
「なんだ?」
「零から何か連絡きてませんか?」
「いや、特には。黒條が無断欠席とは珍しいものだ。どうしたんだ? 初月は連絡とかもらってないのか?」
まずい。
「……ちょっとこの後」
視線を下に逸らす。返す言葉が見当たらなかった。ひとまず、言葉を濁す。
「──用事あるので失礼します!!」
早足で逃げるように退室した。ここでもらってませんとはハッキリと言えない。真実を知らない以上、下手にそれを言えば不審に思われるかもしれない。
なんてこった。まずいことになった。先生を納得させる答えが見つからない。
同時に分かったとはいえ、まさか本当に学校に休みの連絡すらしていないとは。これはもはや自分一人ではどうしようもない。




