第23話
丁寧に右手とともに丁寧にお辞儀をした青年。その名前は諒花も前々から耳にしていた。石動千破矢。滝沢家のナンバー2であり翡翠の執事である。
「え、ええと……アタシは初月諒花……よろしくお願い……します」
その姿を見て、心臓の鼓動が不思議と早くなる。頬を人差し指でかきながらぎこちなく挨拶をする。その凛とした雰囲気と声はとても上品さが伝わってくる。
「諒花様のことは翡翠様から存じています」
その呼び方はこちらをお姫様のように扱っているようだった。その容姿、佇まいは男なのか女なのか。判断がつきづらい。こっそり主に訊いてみた。
「なあ、あんたの執事って性別はどっちなんだ?」
「私達と同じ女ですわ」
マジか。一見その容姿はやはり男に見える。崩すことなくしっかり着ている執事服も相まって。声は凛としているが、姿勢や髪型が男にも見える。執事服がよく似合う整った体型と顔つきはともに程よい華奢で男にも女にも見える絶妙なバランス。
「ふふっ、あなたも私が男に見えましたか?」
口の前で手を広げて微笑する仕草を見ると途端に女らしく映る。その時の振る舞いによって、何も知らない側からしたら綺麗な男にも男装した女にも見える。
「私は翡翠様の執事。そのためなら男に見えようが女に見えようが関係ないのです。どちらも私なのですから」
そう語る石動はナンバー2だけあって、この仕事に誇りを持っていることが見ているだけで伝わってくる。過去に色々あったに違いない。
「翡翠様の命令である以上、諒花様も私が守るべき存在」
「あのさ……アタシ、あんまり、様付けされるの好きじゃないんだけど」
さっきから落ち着かない原因はそれかもしれない。とても上品で丁寧なのは分かるが初めて会ったばかりの相手に頭を下げられ、様付けで呼ばれることは何だか恥ずかしくてやりづらい。
彼女──零は黒幕から送られた監視役である事が分かる以前からずっと対等に接してくれた。たとえそれが芝居だったとしてもそれは確かに頼れる相棒であり、そして親友だった。こちらを守ってくれたりその知識を活かして訊いたことを分かりやすく解説してくれるのも監視役とはとても思えなかったぐらいに。
「恐れ入りますがこれが執事としての作法でして。主だけでなく客人にも様付けをさせて頂いています。ご承知の程を」
石動はとくに不満そうな顔をすることもなく語る。こう丁寧に言われたら反論しようがない。
「だったら諒花様でいいよ。でもアタシは石動さんって呼ばせてもらうよ」
視線から顔をそらして言った。
「構いません。ため口で結構。何なりとお申し付けください」
そこに間を割って意表を突いてくる青山の女王。
「うふふ。私にもため口で呼び捨てしてるんですから緊張せずに♪」
「あ」
「別に構いませんわ。今更他人行儀にされてもしっくり来ませんし、諒花さんは自然体の方が私は嬉しいです」
敵として相対した時から変わっていない。だが当人がそう言ってくれるなら今更修正する必要はないだろう。
「なあ。あんたの前でも翡翠のことはこれまで通りで呼んでいいかな?」
「翡翠様がそう仰るのであれば、私はそれに準じるまで」
「早速ですがお茶を淹れます。座ってゆっくりお話をしましょう」
ポットを持った石動によって机の上に置かれた高級なカップに丁寧に注がれる風味のある紅茶。それは彼女らしくとても上品なものであった。話はつい最近までの戦いの話となる。
「諒花さんが名を上げた経緯も私はよく存じています。今月上旬に黒條零と二人で大バサミのシーザー、死神の樫木麻彩といった最近名を上げた異人を立て続けに撃破したことも」
石動の言う通りだ。シーザーも樫木も当初はあの変態ピエロ──レーツァンが送り込んだ刺客だった。シーザーは両手をその名の通り巨大な大バサミに変形させることが出来る異人。そのハサミで相手を斬り刻み、現代の切り裂きジャックともあだ名されていた。一見すると残忍残虐な印象で何度も立ちふさがるしつこいタフさを持つが、謎の女騎士事件の際は成り行きでこちらと共闘した。好戦的だが卑怯な手段は人質をとるぐらいで戦いは堂々とした男だ。
樫木は自身の姿を含め自らが握る銃から発射された銃弾も透明化する能力を持つ異人。こちらはシーザーと対照的に姑息で容赦のない、かつ器も小さい小悪党だ。とはいえ、相手に姿を見られないように戦闘を進め、見えない所から奇襲して次々と仕留めていく様は死神の異名を持つだけの実力者であった。
他にも、それ以前に部流是礼厨というならず者集団が渋谷でスリや恐喝をしたりと暗躍していて、歩美の荷物をひったくったことから戦ったが、それらも全てはあの変態ピエロが裏から糸を引いていたことを石動と翡翠に改めて説明した。
「……なるほど。無名の時から既にあなたに目をつけていたあの男も、なんとまあ執着力が凄いこと。諒花さんに立ちふさがる敵もまるでチェスの駒のように置いていたということですね。私達も駒として置かれたわけですが」
隣に座る翡翠はカップに入った紅茶を味わいながら話を聞いていて呆れた様子でそう言った。
「シーザーと樫木麻彩。この二人はレーツァンに腕を買われ、三か月前に池袋で台頭したベルブブ教を潰すために彼の配下である円川組が起こした抗争に円川組側として参戦したといいます。その二人をまとめて撃破した諒花さんには可能性を感じます」
「いや、向こうが襲ってきたから戦っただけだよ、石動さん」
円川組はレーツァンが総帥として君臨していた犯罪組織ダークメアの系列組織。そんな組織の総帥と関わりのあったトレンドだった二人を倒したのだからそう言われて当然なのかもしれない。
「それでも、あの男の仕掛けてきた謀略の数々を潜り抜けてここまで生き残ってきたわけですから賞賛に値しますよ」
潜り抜けてきたのは零がいてくれたからこそだ。自分一人だけの力ではない。だからこそ彼女の存在がいつの間にか当たり前になっていてそれを失った喪失感が凄い。
「そしてつい二週間前のあの滝沢家も巻き込まれた事件では、黒幕レーツァンを倒した。翡翠様が気に入るだけありますね」
「さすがですわね石動ちゃん。よく把握していますわ」
「当然です。これから時間をともにする相手のことを知らなければ仕事はできません」
そんなわけで暫く、こちらの軽い経歴に関する話が盛り上がった。
「今後はこの部屋から私が指揮をとります。諒花さんも好きに使ってもらって構いません。私は大抵ここにいます」
「ああ、分かった」
とにかく何か困ったことがあれば、ここを頼れ。そういうことだと認識した。同時に石動がスマホを出してきたので連絡先も共有。すると翡翠が手をポンと合わせて、
「そうだ。花予さん達にも石動ちゃんを紹介しなければなりませんわね」
翡翠の一声によってその後、ホテルを出て三人でそのまま家まで行って挨拶をした。ちょうど歩美もいて、その紳士的で誠実な人柄は二人の心をグッと掴んだ。池袋の執事喫茶とは違う、完全にホンモノの執事であると。
零がいなくなったことから始まった激動の二日間。これでようやく一段落着いたのであった。これからは滝沢家と協力して零の捜索を行っていくのだが、この後予想外の敵の登場があることをまだ知らない────




