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第21話

「ふぅ……話がついて良かったです」


 零の失踪、遺された家の家宅捜索、そして滝沢翡翠来訪と一日に一気に詰め込まれたような過密スケジュールも終わりを迎えようとしていた。ドアが開かれるとすっかり寂しい夕闇に包まれていた。翡翠の説明があまりに長すぎた。


「諒花さん。とても居心地が良かったですわ。また来たいです」

「そう言ってもらえて良かった、翡翠」

 初月花予も交えた面談も終わり、帰り際の翡翠はとても満足した顔で帰っていった。本題である話し合いのため、時間はなかったが翡翠もレトロゲームに理解があり、花予とは今度は一緒にゲームでもやろうと約束をしていた。


「ハナ。会ってみてどうだった?」

 翡翠が帰った後、花予にどうだったかを尋ねてみると、

「うん、話をしてみて分かったよ。あたしが思ってた最初のイメージと違ってたね。翡翠ちゃんだったら諒花のこと、任せてもいいって思えた」


 さすが滝沢家という一勢力の長だけあり、翡翠は丁寧に説明をしてくれた。滝沢家の渋谷進出に関してもまとまり、零の捜索、および再び起こるだろう戦いなど今後に向けて対応していくことで決着した。滝沢家の拠点こそ置かれるが、それは小規模であり、参謀の石動千破矢が派遣される。


 この名前は先の謎の女騎士事件でも聞き覚えがあった。だが滝沢家と出会う前に肝心の石動本人が謎の女騎士との戦いで既に病院送りにされてしまっていた後だったので、顔を合わせることもなければ戦うこともなかった。


「あの子は凄く真剣なのが伝わった。諒花のメディカルチェック不合格に関しても気にかけてくれてたしね」


 翡翠は自身の妹──紫水──もメディカルチェックが不合格になって陸上部を諦めるしかなかった話も改めて行い、同時になぜ自分が最初は渋谷を攻めたり、諒花と敵対する立場だったのかも改めて語ってくれた。あの変態ピエロ、レーツァンにあえて利用されて彼の話に乗っかり、翡翠は妹を同じ境遇である諒花に引き合わせるため、双方のために敵となって諒花の前に立ちはだかり、芝居を打っていたことを。


「組織に直接入るのではなく、翡翠ちゃん達と組む形になれば、諒花のこれからの道にも光が見えそうだ」

「翡翠さん、のんびりした表情をあまり変えないマイペースさがあるけど、言っていることは諒ちゃんのことも花予さんのこともよく考えている大人って印象だったね」

 一緒にいた歩美からもとても好印象だった。勿論、翡翠の説明もしっかり聞いていた。


「もし力づくでも諒花を連れて行くとか、お金を積んできたりとか強引な態度だったらたぶん断ってたよ。そうじゃなくて良かったー」

 もしそうなっていれば翡翠とはやっぱり対立していたかもしれない。最初は部下に渋谷を攻めさせたりとても厄介な人柄という印象だったものが、親しみあるものへと変わってきている気がした──




 そんな感じで一気に色々あった日から翌日の月曜日。休みなのにそれを感じさせないぐらい慌ただしかった。

 花予の焼いてくれた目玉焼きと食パン、買ってきた牛乳を飲み、そして身支度をして学校へというのは変わらない。のだが。


『おはよう、諒花』

 幻聴が聞こえた。家を出て学校へ向かう途中、いつも挨拶から大抵駆け寄ってきていた彼女の姿はない。どこかまるで違った景色のようだ。


 そしてこの瞬間で分かる。この角を曲がった横断歩道で結ばれる交差点とか、彼女が声をいつもかけてくるタイミングも実はだいたい何となく分かってきていたことを。それぐらい彼女の存在は当たり前だったことを。


 この日は零がいなくなってから初めての学校だった。歩美はいてくれても、それはいつもの日常の半分以上の景色が抜け落ちたような感じがした。


 授業中もふと、座学に集中出来ず秋の青空の広がる窓を見やる。

「初月、続き読んでみろ」

 国語の授業。担当の岩戸いわとから指され、慌てて教科書に書かれている小説の一文を音読する。


「ああ、どうしていなくなってしまったの由平よしひらさん。椿つばきはその日、自宅で朝まで泣き崩れた」

 今、授業で読んでいる小説は若い男女の恋愛小説だ。由平と椿は仕事を通じて知り合い、恋仲になるが、その由平が時代の流れによって徴兵され戦争に行き、そのまま帰らぬ人となってしまうというものだ。


 きしくも、いや皮肉にも、この内容が今の状況とどうしてもダブらせてしまう。零はどこからやってきたのかはまだ知らない。だが自分も含めて、異能の溢れた裏社会というもう一つの世界との関係は切っても切れない。


 由平は徴兵されてやむを得ず戦地に行くわけだが、それは男に生まれたからだ。戦わなければならない運命に本人の意志は関係ない。零も自分と同じで異人ゼノという特殊な存在として生まれた。だから戦わなければならない。普通に暮らせない。零にはやはり話せないやむを得ない事情があることは間違いない。


 それからもどうも、零がいなくなって上手くいかない時間は過ぎていき、放課後にうんざりしているとスマホが鳴る。

「もしもし」

『こんにちは。諒花さんに会わせたい人がいます。すぐにこれから言う場所へ来て下さい』

 電話の相手は翡翠だった。これから言う場所とはどこなのか訊くと、


『渋谷ヒンメルブラウタワーの十七階にてお待ちしています』

「……え」

 まだ一日しか経っていないのに対応が非常に早い。名前と階からしていかにも高層ビルの予感しかしない場所があっさり出たことに度肝を抜かれた。



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