第20話
翡翠がそう切り出すと「そうだね。このままだと楽しみすぎて日が暮れそうだ」と花予も軽く笑いながら同意し、お菓子とお茶や紅茶を交えて本題に入っていく。
「早速ですが花予さん。お宅の初月諒花さんを我が滝沢家の傘下にさせて頂きたいという件ですが、どういう所がお気に召さないか、聞かせて頂きたいです。どんなことでも言って下さい!」
最後の強調した一言からは翡翠の真剣さが垣間見える。
「そうだねぇ……メリットとかはさ、諒花から聞いたんだけどさ、実際大丈夫なのかい?」
それは昼間聞いたことと同じだった。滝沢家は兵力2500人のヤクザを率いているがそこに娘を預けて大丈夫かということ。渋谷に攻め込んできた時はうち500人が攻めてきた。更にそれはもう一つの懸念にも繋がる。
「滝沢家が渋谷に拠点を置いたら、その兵隊は当然ヤクザなんだろう? それで何か事件とかに発展したたりしないかい?」
花予は更に続ける。が、声は張り上げない。
「それに組織はでかいほどトップは統制が難しくなるもの。そういうことにはならないのかい?」
翡翠は顎に手を当てて頷く。
「仰る通りです。私の方こそ、あなたの許可なく勝手に当人に提案して、ご心配かけて申し訳なかったです」
丁寧にお辞儀をする翡翠。いくら青山の女王でも花予の方が年上だ。そこには異人だとか普通の人間だとかは関係ない。
「我が滝沢家は抗争の末に青山の裏社会で台頭しました。が、その成り立ちゆえ、私の前に屈服した野蛮な男たちを配下として従えています。彼らには厳しい教育をし、都市と緑の融合した美しい青山を守ってきましたが、我々の存在によって何かしら事件が起きてしまう可能性は否定できません」
敵対組織との抗争、裏社会ならではの裏切り。それに伴う無関係な人間への被害。想定されるリスクは挙げてもキリがない。真っ当でも表社会側から見れば充分にならず者と見られるリスクがあることを語る翡翠。
「なのでこうするのはどうでしょう花予さん。諒花さんは傘下という扱いではなく、私が直接、面倒を見るというのは」
「ちょっと待て。それってアタシが傘下って表向きには言わず、本当に滝沢家に入るってことか?」
思わず自分の顔を指さした。すると翡翠はこちらを見て、
「いえ。あの男──レーツァンを倒したあなたを守るには表向きは傘下に入ったことにして協力関係を築くのが外部にも圧力をかけられて一番良いと思ってましたが、花予さんに配慮して、私と本家が花予さんからあなたを責任もって預かるという意味です」
翡翠がいるならば傘下であろうとなかろうと、外から手出ししづらい事には変わりはない。表向きへの口実を変えただけである。
「なるほどね。それならあたしも文句は言わないよ。零ちゃんがいつも傍にいたけどあんな事になったからね。それに諒花の友達としての付き合ってくれるなら、あたしは嬉しいよ」
「ふっ……友達、その表現が正しいですわね。ウチの妹も諒花さんのことを気に入っていますので」
それを聞いて翡翠は微笑しながら言った。
「ヤクザではなく翡翠ちゃんに直接預けるという意味ならば良いさ。翡翠ちゃんも強い異人なんだろう?」
「ええ。私も稀異人なんですよ」
「あんたもかい。異人のチカラのこととか、あたしにも分からないことも分かりそうだね」
「ふふっ、私はお宅の諒花さんと違って、積み重ねでこの位にいる者なので生まれ持ったチカラは普通の異人程度でした」
生まれ持ったチカラの強さはそれぞれだ。メディカルチェックで不合格になり、この時初めてそれまで自分は異人だと思っていたのが、実はもっと一段大きなチカラを宿した稀異人と診断されたのだから。
翡翠は森や植物を操ることができる。本拠地である滝沢邸は中心の屋敷と後ろの時計塔以外は全て森に覆われており、翡翠はその能力で森のあらゆる場所を透視したり遠くから光合成由来の光線を植物から放てるほどのチカラを持つ。
そういえば倒したあの変態ピエロも稀異人だった。裏社会の帝王という異名を持つほどなので当然だろうが、滝沢邸の敷地にある森全てを緑炎に包み込むほどのチカラは今思えばそれまでと比べ物にならない遥かに強い敵だった。
「一緒にいて楽しいと思える助け合える仲間ならあたしから言うことは何もないよ。それは異人だろうと関係ない」
すると花予は翡翠やもらったお菓子に目をやり、
「それに──翡翠ちゃんも若くてきちんとしていることは確認できたし、あたしと趣味も合いそうだしお菓子ももらっちゃったしさ」
無論、それは餌付けされたからではない。花予なりに翡翠の人柄とここまでの関わりを確認しての判断だというのは分かっていた。花予はこういう時はしっかりとしている。過去には話すべき重要な情報をこちらにあえて話さない判断をしていてムカつくことはあっても、それも常に義母、母としてこちらを大切にしてくれているからこそだ。
翡翠はそっとお辞儀をし、
「ありがとうございます。では花予さんにも安心して頂ける施策として、私の盾であり執事であり、参謀の石動千破矢をこの渋谷に送ります。当初は諒花さんとの出会いを機に本格進出の一環で大規模な拠点を置こうと考えてましたがそれだと花予さんの懸念に繋がってしまいます。ですから何かあれば石動からすぐ私にも連絡が行く形とします」
翡翠は更に続ける。滝沢家の下には滝沢組という二次団体がある。この前、渋谷に初めて攻め込んできた兵隊の大部分は滝沢組が主だった。
しかし、本家はしっかりと教養と実力、滝沢翡翠の見込んだ者しかなれない。いくら二次団体で功績をあげようと本家構成員になれるのは翡翠と石動の出した課題や面接をクリアした者のみ。二次団体とは質も実力も違うと翡翠は断言する。
「というわけなのでもし、諒花さんや花予さん達、この渋谷で何かあった際は急いで本家の精鋭が出撃できるよう、体制作りを進めていきたいと考えています」
渋谷に攻め込んできた時も徒党を組んで黒い車を走らせ、青山から渋谷へと迅速に飛ばしてきた。青山は渋谷から東にあり、港区の西側の端っこに位置する。渋谷から徒歩だと駅三個分のなかなかの距離だが、車ならば渋谷区内に入るのはあっという間の距離である。
翡翠の丁寧な説明は続き、花予もしっかり耳を傾ける。
「諒花さんは私にお任せ下さい」
滝沢家に正式に入るのではなく、滝沢家が諒花に進んで味方をし、花予から責任を持って預かる。という意味で。
かくして初月諒花は青山の女王の一存による預かり……という形でまとまった。
更に翡翠は渋谷にはどこかに司令塔となる小規模な拠点を置くことを宣言。石動はそれだけで仕事ができるほど有能だという。あれほどの屋敷と庭を所有する滝沢家ならば、その確保ぐらい容易いだろう。




