第2話
「こっちの方向だ! 俺に続け!」
三人組のローラーボードの男たちは合図とともにゾロゾロと路地裏の通路に足を踏み入れてくる。探知機を持った男が先行してくるのが足音で読めた。その持っている探知機の反応音も一緒に近づいてくるのも相まって。曲がり角からその横顔が映った。
「──! ぐあああああああああああああああああっ……!」
紫水晶の如き双眸からの鋭い眼光を持った少女の勇敢かつ力強い拳が男の顔面に炸裂。殴られた男は豪快に仰向けに倒れ込み、持っていた四角い探知機は宙に浮いてその場に落下した。
「なあっ……! 一撃……!」
「バカ! 驚いてどうすんだよ! この女こそ、俺達が仕留めるべき相手、初月諒花だよ!」
残った二人も急な不意打ちによって足並みが乱れている。反撃の体勢をとられる前にすかさずその一人の顔面をコンクリートの壁にヒビが入るまでねじ付けると、残りのヘタレそうな一人も腹部に一発食らわせてノックアウト。
この程度の相手ならば人狼の拳を使うまでもない。チカラのない人間に余計に強いチカラを使って痛めつける趣味はない。異能の宿った特別な武器を持っている様子もない。
倒れて気を失っている彼ら。こちらを仕留めるために送り込まれた兵隊にしては自由な服装。冬物のダウンコートにジーパン。ギャングのようだ。
落ちている四角い探知機。再利用されないために拾い上げ、それをグチャグチャに握り潰して粉々にすると、奴らが乗っていたローラーボードが目に入る。
「悪いな、こいつもらってくぜ」
せっかくなので一つもらうことにした。ボードを地面に置き、左足を乗せ、右足で地面を蹴る。そしてボードに取り付けられているタイヤが走り、颯爽と駆け抜けていく。
長い黒髪をなびかせ、スカートの短いセーラー服に背も高く胸も大きい整った体型と顔つきの少女はそうやってその場を後にした。
先ほどの本部からの連絡と今さっきのアイツらの会話を思い返すと、スコルビオンという大将が近くにいる。さっき倒した奴らの連絡で現在地を知られてしまっている可能性が高い。逃げてもその情報をもとに捜索範囲を広げ、どこまでも追ってくるだろう。渋谷駅を抜けて西側に逃げ隠れても騒ぎを大きくするだけだ。敵の狙いは自分なのだから止めねばならない。
こういう時……もし彼女がいたら、それは得策ではないと自分を止めていただろうか。いない今だからこそよく考えてしまう。
この狭い場所で戦うのは危険だ。敵は数で迫ってきている。少しでも今いる敵を率いる大将と有利に戦えるように、路地裏を抜けた先に見えてきた、住宅街の中に作られた無人の小さな公園に場所を移す。辺りを見渡すが幸い、煙草を吸っている人間もランニングしている人間もどこにもいない。
滑り台にブランコ。木のベンチがあり、辺りの建物の窓はいずれも消灯している。ハロウィーンだからかもしれない。いや、平日の木曜だからか。
ベンチに背中を預ける。どちらにしろ、ここで心置きなく戦って下さいと言われているにも等しいバトルフィールドだ。先ほどのような下っ端たちは他にも街中に散らばっているのだろうが、全て倒しに行く必要はない。既に先程の連絡を受けた味方が出撃して抗戦しているからだ。
そうなると三人組の連絡を受けた大将であるスコルビオンは単身でもこちらを仕留めるべく追跡してくる可能性が高い。
前回戦ったビーネットの傾向を思うに、ただ下っ端どもに任せるのではなく、敵幹部は狙った獲物は自分で仕留めるべく自分から動いてくるタイプな気がした。このビーネットはスコルビオンとは犬猿の仲なのだそうだ。つまりライバルということ。
迫りくる敵の軍団、ワイルドコブラは多数の下っ端に一人の幹部が大将としてそれを率いている。その幹部という役職にいる者はいずれも異人。司令塔である幹部を倒せばこちらの勝ちだ。そうすれば指揮を失った下っ端達は撤退していく。つまりは大将を倒さなければ、この騒ぎは収束しない。
ベンチから立って、肩にかけてある鞄をそこに置き、敵が来ても良いように構えて時々ジャブの練習をする。いつ敵が来ても殴っていけるように。抵抗できるように。
それにしてもスコルビオンとはどういう意味なのだろうかとふと考える。明らかに本名ではない。なんて事を考えながら背筋を伸ばしてストレッチしていると。
「ゴォーーーースゴスゴスゴスゴス!! 報告を受けて来てみたら、見つけたでゴスよ!! 初月諒花!!」
死角の方から高笑いが聞こえた。その方向には一人の男が立っていた。